第二章 来佳の場合

第12話 来夏の場合

 あ! 新しい投稿出てる!

私は起きてすぐパソコンのスイッチを入れた。夕べ早くに寝てしまったので、大好きな写真ブログの新規投稿を見逃しているだろうと思った。思った通り、同じ時間にブログは投稿されていた。


“beyond the light”


 そのブログの名前。今回の写真は、朝もやの公園通りの写真。青みがかったその写真は、早朝のキリっと冷たい空気が伝わってくるようだった。…あの通りで撮ってたのか…。撮っている場所からいって、きっとそう遠くないところに住んでいる人なんだろうけど、素性は全くわからない。ハンドルネームはシーナさん。女の人なんだろうか? この人の撮る写真は、光がとても優しくて、見ているだけで自分もその景色の中に入り込んでしまうような錯覚を起こす。


(その場の空気が伝わってきそうです。素敵なお写真。)

コメントを残した。

(ありがとうございます! 空気感が伝わって嬉しいです。)

すぐに返信があった。シーナさんも今、オンラインなんだ! パソコンの向こう側には彼女がいる、そう思うとドキドキした。いつか会ってみたいなぁ。


「来佳、起きてる~?」

キッチンの方から母の声がした。私の名前は高島来佳。来佳と言う名前は父の独断で名付けられた。私の父は大のカメラ好きで、ドイツ製のLeicaというカメラを長年ずっと大事に使っている。そう、父が愛用のカメラの名前を私に宛てがったのだ。

「はーい、今行く~!」




「そこから見える工場の風景がすごく良くてさ、今度一緒に撮りに行かない?」

通学途中、隼人は見つけてきた撮影スポットを自慢げに話していた。彼は小学校から一緒で、父親同士がカメラ友達だ。小学校の時、私と隼人の母親がPTA役員をしていて、イベントなどで力仕事がいる時、父親も駆り出されていた。その時、父同士がカメラが趣味ということが分かり、それ以来一緒に撮影に行っている。たまに私も連れて行ってもらうことがあって、同じように一緒に来ていた隼人と仲良くなった。そして私たちも自然と写真撮影をするようになって、今では父親抜きの二人で撮影に行ったりしている。


 そんな彼から夏休みの終わりに告白された。近所の川で毎年行われている花火大会の撮影に行こうと誘われて、会場から少し離れた高台に二人で三脚を立てて撮影した。多重露光でたくさんの花火を一枚に納めたくて、その日は初めての挑戦だった。隼人は予め撮影の仕方を学んできてくれた。息をするのを忘れるくらい熱中している最中、「お腹空いたね」くらいの何てことない温度で「来佳が好きだ。」と彼に言われた。そして私たちは付き合うようになった。中三の夏休みだった。



 隼人は成績が良かったので、この地域でも上位の進学校を第一志望にしていた。私は中堅クラスの高校を第一志望にしていたのだけど、隼人が一緒の高校に行きたいと言うので、頑張って上を目指すことにした。猛勉強と隼人の助けもあって、春には二人とも揃って憧れの進学校に合格できた。卒業式は、友達と離れ離れになるのは悲しかったけど、隼人とまた一緒の学校へ行けるので、少しだけ悲しみは薄れた。




P:M9:00

シーナさんが写真を投稿する時間。今日はどんな写真だろう? 私はパソコンを立ち上げて、シーナさんのブログを開いた。

「わぁ…」

ピンク色のもやに包まれた桜の写真だった。バックのボケ具合が絶妙で、焦点を合わせた一枝の桜の花が美しく可憐に、そしてどこか儚げに浮かび上がっていた。私はその写真にギュっと胸を掴まれた。目が離せなかった。写真越しにシーナさんの想いが伝わってきそうな気がしていた。


(すごい! すごいです! 今まで見たどの桜より心を持っていかれました!)

私はコメントを入れた。するとすぐに返事が帰ってきた。今、シーナさんもオンラインなんだ! 私は嬉しくなった。

(ありがとう! 嬉しいです。新しいレンズを買ったばかりだったので、試し撮りしてみました。)

…え! 新しいレンズの初撮りなの? 慣れてないレンズで、どうしてこんなにキレイに撮れるんだろう? 私はさらにコメントを入れた。

(私なんて、慣れたレンズでもこんなにキレイに撮れないです(涙)。シーナさんが羨ましいな…。)

するとまたすぐに返信が来た。

(褒め過ぎ~(笑)! 来佳ちゃん、使っているレンズ、ズームだよね? 単焦点レンズも面白いよ。機会あったら使ってみて。)

嬉しいなぁ…。憧れのシーナさんからアドバイスもらっちゃった! お礼書いとこっと!

(アドバイスありがとうございました! お小遣い貯めて単焦点レンズ買いますっ!)

するとまたすぐに返信が来た。

(アドバイスなんてとんでもない! 自分如きがそんな大層な事出来ないよ! 来佳ちゃんの単焦点フォト楽しみにしてるね。明日はまた桜を撮影しに行くので、また桜を投稿します。是非見てくださいね!)


 シーナさんって謙虚な人だな…。でもそういうところがすごくいいな。明日また桜撮りに行くんだ…。


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