第10話

 久しぶりに髪を手入れしたら憑物が取れたように気分が良くなった。美容院帰りにATMに寄ったら、裕一郎と別れたおかげで出費が減ったせいか、少しずつお金も溜まりだしている。もともと私は質素な方だったから当然だ。この勢いに乗って貯金1000万目指そうかな!


「絵美香?」

浮かれて歩いていると後ろから声をかけられた。よく知っている声だ。あのクソ野郎、裕一郎だ! 私は無言で振り向いた。

「やっぱり絵美香だ。久しぶり! …もしかして痩せた? なんか綺麗になったね。」

裕一郎と出くわしたのが今日でよかった。もし昨日だったとしたら、コイツ俺と別れて枯れたな…とでも思われただろう…。別れた相手に見下されるほど屈辱的な事は無い!

「何か用?」

私は冷たく突き放すように言った。今さら何の用があるというのだ。

「せっかく会ったんだから、お茶でもしない?」

もしやお前、また私に奢らせる気か?

「裕一郎の奢りなら考えてやってもいい。」

裕一郎は予想外の言葉を聞いてうろたえていた。以前の私なら尻尾を振ってついて行ったし、その上ご丁寧に支払いまで済ませてやっていた。思い出すだけでムカムカする。

「じゃ、そこのホテルのカフェテラスでも行く?」


 私が提案したのは高いと評判のカフェだったので裕一郎は引きつっていた。しかし私の毅然たる態度は裕一郎にそこへ行くことを承知させた。中へ入って窓際の席に座った。このカフェは前から行きたいと思いつつも裕一郎の為に節約していたせいで、行くのを躊躇していた店だった。私は遠慮なくこの店お勧めのアフタヌーンティーセットを注文した。5000円也。裕一郎はコーヒーだけ注文した。ざまあみろ。運ばれてきたアフタヌーンティーセットは信じがたいほどの美味だった。普段甘いものが食べたくなっても、裕一郎とのデート代が足りなくなると困るので、買ってもせいぜいスーパーのお徳用ロールケーキかプリン程度だった。それはそれで美味しいって思っていたけど、今、目の前に鎮座するスイーツの素晴らしさたるや、涙がほとばしりそうなくらい私の想像を超えてきた! 私は開眼された仏像の気持ちに浸った。


「俺さ…あれからずっと考えていて…俺にとって絵美香の存在って…本当に大切だったんだと思った。」

ほんとかぁ~? このホラ吹きが! 私は無視して食べ続けた。

「俺たち…きっと誤解があると思うんだ。ちゃんと話し合えば、また昔みたいに戻れると思う。」

「SNS見たよ。ついでに奥さんのも。ラブラブじゃん。」

裕一郎は顔が引きつった。

「ち、違うんだよ! あれはカモフラージュで仲良さそうなのをワザと載せてるだけ!」

どうだか…。私は裕一郎の顔を改めて眺めた。以前と変わらずルックスはいい。しかし彼に対する私の気持ちは完全に冷めてしまった。裕一郎は薄っすら目に涙を溜めて私に許しを請うている。全く気持ちが無い分、その姿は哀れに感じた。

「愛しているのは絵美香だけなんだ…。」

裕一郎は私の手を握った。

「その汚い手をどけやがれ!」

私と裕一郎の間から手が伸びて、その手は裕一郎の手を掴み上げた。

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