第8話
着いた先は夜の遊園地だった。
「ドウゾ、心ユクマデ オ楽シミ 下サイ。」
ナビはそう言うと黙ってしまった。
「どうする?」
私は真宙に聞いた。
「お互い嫌な目にあった事だし、ナビの言うように思いっきり楽しむか!」
「そだね!」
私たちは夜の遊園地を目いっぱい楽しむことにした。絶叫マシンに乗って大声で叫んだり、お化け屋敷に入って叫びまくったり、的当てを射止めて叫びまくったり、とにかく叫びまくった。大声を出し切ったら、今日あった最悪な事件も吹き飛んだような気がした。真宙もどうやら同じ気分のようだ。真宙がちょっと待っててと言うので、芝生の上に座って待った。10分くらいして彼は両手にソフトクリームを持って、脇にペットボトルを抱えて戻ってきた。
「どんだけ買ってきてんのよ!」
真宙の姿に思わず笑った。
「だって、ソフトクリームも食べたいけど叫びまくって喉も渇いただろ? ほら、お茶とコーラどっちがいい?」
「コーラ」
「ほらよ。」
思いっきり叫んだ後のコーラはめちゃくちゃ美味しかった。ん? そう言えば、こんなシチュエーション、前にもあったな…。デジャヴュ?
「前にもこんなことあったな!」
私がそう思ったのと同時に真宙が言った。やっぱりデジャヴュじゃなくてほんとにあったんだ!
「坂井がさ、フラれてプールの裏で泣いてた時、俺コーラやったよな。」
そうだった! そのこと忘れてた。確かにコーラもらったわ! 涙を流したせいか喉がカラカラに渇いていて、もらったコーラがめちゃ美味しかったんだ。
「あの時、真宙、お茶も持ってたよね? お茶とコーラどっちがいいって聞かれた覚えある。2本持ったって、誰か待ってたの?」
「いや、別に。確か俺、コーラ飲みたかったんだけど、甘いから後で喉渇くだろうなと思ってお茶も買ったんだよ。そこへグシャグシャの顔で醜く泣いているおまえが現れた。」
「グシャグシャとは失礼な!」
人が憤慨しているのを余所に、真宙は気持ちよさそうに芝生に横になった。
「そんなに膨れてないで、おまえも寝転がってみろよ! こうやって見る夜の遊園地もいいぞ~。」
さっき自分もフラれたばかりだというくせにノンキな笑顔で呟いている。しかし気持ち良さそうなので私も寝転んでみる事にした。おお! 確かに迫力の観覧車だ! 駆け巡るジェットコースターもまるで流れ星のよう!
「ニヤケんな、坂井!」
「あぁ? ニヤけてねーしっ!」
「俺ら、約束の歳になったな…。」
「え…」
真宙は覚えていたのか? あんな昔の、しかも社交辞令のような事…。
「おっまえ! 覚えてねーの? プールの裏で言ったじゃん! おまえが30になってもまだ売れ残ってたら結婚してやるって。」
「あんた覚えてたんだ!」
「感動の薄いやつだな! 普通さ、え、真宙、覚えていてくれたの! 私嬉しい! そして号泣…だろ? 普通。」
「号泣…か? てかさ、あんた本気で言ってたの? ってことは、私と結婚したいの?」
「あー? 俺は憐みを感じてやってるだけだろ!」
「てかさ、あんた私のどこがそんなに好きな訳?」
「別に好きって言ってないし。ただ…」
「ただ…?」
「遺伝子的にいいのではないかと…」
「それどういうことよ?」
「おまえさ、アホだろ。」
「アホとは何さ! 確かに頭は良くないけど…それが何の関係があんのよ!」
「俺の超人的な頭脳には、少しくらいのヌケ感がある方がいいと思うんだよ。完全な美しさより完全に届くか届かないかの不完全さの方がより美しいんだ。わかる?」
「わかるかいっ!」
「おまえはさ、頭は確かにおせじにも良くない。しかし身体能力半端はない! 足も速かったし何よりその肩! 体育の時間のソフトボール投げ、女子ダントツ一位でその成績はそこらの男子をも凌ぐ勢いだった! そして忘れてはならない、ハンドボール! おまえのシュートは男子の間ではゴリラの鉄槌と呼ばれ恐れられていた。」
「はぁ? 女子の体育見てたの? やらしー!」
「同じ運動場でやっているんだ。暇さえあれば俺に限らずみんな見ている。そんなの常識だ。見てない男など男にしか興味ある男しかいない。」
真宙は眼鏡を触りながらキリっと言った。
「キモッ。」
「俺と言えば、言わずもがな天才だ。それに加えてこの塩顔。俺の頭脳×おまえの身体能力×俺の塩顔×おまえのタヌキ顔。どうだ、この遺伝子の組み合わせ、完璧だと思わないか!」
真宙は目の中を真っ白にしてドヤ顔で言った。
「どうだって言われてもね…。つかタヌキ顔って失敬な!」
「って、冗談だよ。おまえ、俺に全く興味無さそうだし。たださ、お前はアホだけど嘘は無い。そういうとこはいいと思う。いつも真っすぐで…それを利用する男に引っ掛かりやすいけど、俺だったら大丈夫だからな。こう見えても浮気はしたことは無い。」
「だって私、今日失恋したてのホヤホヤだよ! その日のうちに他の男に乗り換えるってどうよ? あんただってそうでしょ! 私は別れてすぐ男つくるようなインラン女じゃないの!」
「ま、確かにな…。」
私たちはしばらく無言で寝転がった。ふと横で寝て居る真宙を見ると、眼鏡の下の瞳に映り込んだイルミがキラキラしていた。
「ナビはあんたに会いに行くことが私の希望ルートだって言ってるんだよね…。」
「へえ…。」
またしばらく沈黙が続いた。
「じゃさ、その希望ってのがあるかどうか試してみる?」
真宙は上を向いたまま言った。
「どうやって?」
突然真宙は私の上に覆いかぶさりキスをしてきた。
「ちょ、ちょっと!」
そういう私を無視するかの如く、真宙は私の両手を押えてキスし続けた。
頭がボーっとする…。
何も考えられない…。
自分と真宙の境界が無くなっていく…。
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