第10話
「ここで、死体が出た」
言葉のトーンと実態が釣り合っていない。これはよくあることだ。BB探偵事務所の連中はこういう事実を平気で口にする。いや、人が死ぬ事件など、私立の探偵事務所に舞い込んでくるなんて稀だ。だからこそ、異常性が際立つ。
告げられた事実にショックを受けたのは俺より憶さんのほうだ。
「え……?ど、どうしてですか?」
震える声でボーさんに詳しい説明を要求する。震えているのは寒さのせいじゃない。自分の生まれ育った生家から、死人が出たのだ。当然の反応だと思う。
「知らんよ。おおかた、のぼせたんじゃないの」
「亡くなられた方は浴場で?」
「そう、温泉に浸かってな。まさに、天国に昇ったと。そう言う訳だ」
謹慎の欠片もない、反感さえも買いかねない言語チョイスだが、これは彼なりの乗り越え方なので黙っておく。憶さんとか、後ろの方々は驚いているけど。
「それで、なんで俺が、ボーさんが今日はオフであることを説明しなければならないんですか?」
「私たちに力を貸していただきたいからです!」
そう言って前に出てきたのは青色の制服に身を包んだ、初老のゴリラみたいな警察官だった。
見せられた警察手帳には大宮・武とある。あ、駐在さんか。この島に大きい警察署や交番は必要ないもんな。後ろで指示を出していたのは、どうやら息子さんのようだった。この島の治安は大宮家によって支えられているらしい。
「ただ単純にのぼせて亡くなったにしては不自然なのです」
「はあ、それは」
どのような。
まさか、お湯が抜けていたとかじゃないだろうな。
「二人、同時に亡くなっておられました」
「二人とも……?」
「ええ、二人ともです。お二人とも、湯に肩まで浸かりながら」
「そんなことって。お湯の温度は?」まさか、二人が死ぬまでのぼせるなんてあり得るか。
「正常です!四十四度!いつもの通りです!」
叫ぶようにして割り込んできたのは、今度は青い顔をした若い女だ。旅館従業員の羽織を着ている。
「小野さん」
「ああ、お嬢様、お戻りで」
「これはいったいどういう」
小野さん、と呼ばれた女はこの旅館に二年ほど務める仲居らしい。紫の花形をあしらったピンで前髪をとめているのが特徴的だ。
お嬢さんなんて呼ばれている人を初めて見た。そうか、この旅館の娘だもんな。そういう呼ばれ方もするか。
だけど、憶さんはその呼ばれ方を気に入っていないようで、小野さんッと名前で呼ぶよう命じていた。その辺りもお嬢さんっぽい。どうやっても滲み出てしまっている。
失礼しました、と頭を下げた小野さんはさっきの警察官の捕捉をしてくれる。
亡くなったのは女性が二人。
お湯の温度は正常。
だが、ここで番頭をして彼女たちが浴場に入っていくのは見ていたが、二人は酒に酔っていた。
それがゆえに、アルコールがまわり、こんなことになってしまったのではないかと。
「な、もうわかりきっているんだから俺の出番はないだろ」
確かに、これは珍しくボーさんが正しい。二人も湯あたりで死んでしまうことは奇妙だけど、同じように酔っていたのならあり得なくもない。
「いえ、そこはぜひ、探偵であるあなたも現場検証に付き合っていただく!」
大宮さんが熱っぽい声でボーさんの腕を掴む。これが、今日はボーさんの休日であ
ることを説明しなくてはいけない理由だった。本職の警察官の好奇心によって仕事が
降ってきたのだ。
ゴリラに詰め寄られて、ボーさんは苦々しい顔を浮かべる。
「探偵という職業を勘違いしているんじゃないか……」
「隠された真実を見抜くことではないのですか⁉」
「アニメの観すぎだ」
俺もそう思う。世の探偵の仕事の八割は浮気調査。残り一割がペット探し。残り一割がその他だ。今回のような人死にが関わる事件はその他に分類される、とBB探偵事務所の所長に教えられた。その一割の中に、探偵の業が詰まっているのだと。
「そう言うのは本職であるあんたたちがやったほうが確実だよ」
この小さな島で、どれだけの現場調査を行ってきたか知らないが、少なくとも警察学校で習ってきた分、俺より優秀だと。態度に合っていない謙虚さを口にする。
しかし、する、しないの問答を繰り返すのも面倒だと感じたのか、ボーさんが折れ、女湯の暖簾をくぐる。
姿が消える直前、彼は俺に振り向き、
「お前もいい機会だから付いて来い」
「え?」
「言ってたろ。合法的に女湯に入りたいって」
「言ってねえよ!憶さんもそんな目で見ないで!」
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