第5話

オッサンになると移動だけでも疲れるらしい。


 部屋の内装に満足したボーさんはそのまま座布団を枕にして眠りに落ちて行った。勿体ないな、と思うけど、よく考えたら親父も旅行の際は到着してすぐ寝ている。いつかは俺もそうなるのだろうか。


「まあ、いいか」


 考えても無駄。

 そのときはそのとき。

 眠たいまま、歩き周ってもしんどいだけなのもわかる。


 宿を出て、来た道とは逆に足を向ける。


 ここに来るまでにいくつかの飲食店は見つけたが、狙い定めるほど心を掴む場所は無かった。それに、一緒のフェリーに乗ってきた人たちは、やはり同じ道を辿ったはずだ。その手段が車だったとしても、窓から飲食店が並んでいることは確認したはず。だとすれば、戻るようにして店を求める人も多く、混雑しているかもしれない。


 時間も昼時だし。

 だから、俺は逆を行く。

 カッコつけた言い回しだな、これ。

 人と違うことしている俺かっけーと思っていた時期もありました。


 足を向けた方向にも建物が並んでいるのは見えていたし、気軽な気持ちで「あるだろ!」とも考えていた。歩けばコンビニや飲食店と鉢合わせするような街で生活しているがゆえ、こんなことになる。考えが甘い。


 一軒もない。

 建物は、たしかにある。

 だけど、それらの大半が旅館などの宿泊施設だし、そうじゃなくても店先を閉めている建物がほとんど。

 食事できる店が一軒もない。


「どうしようか」


 引き返すか。

 いや、まだ十分ほどしか探していないし、ここで引き返しては負けな気がする。

 ラーメン屋でもいい。チェーン店でない限り、それもこの島でしか食べられない食事だ。ご当地ラーメン。そう呼べなくとも、ラーメン屋によって味は違う。


 そんな感じでドンドン求めるレベルを下げていき、旅館を出て三十分近くになるころにはチェーンのファミレスを求めていた。


「あれは……」


 そうして出会ったのが、【アスパラマート】と可愛くレタリングされた看板を下げたコンビニエンスストアのような店だった。〝のような〟と付けるのは、その店の形態が、俺たちが普段利用するコンビニエンスストアとかけ離れているからだ。


 入れば、その店のカラーを表すような制服を来た店員はいない。入り口傍のレジでは、ウェーブがかかった金髪のお姉さんが座りながら雑誌を読んでいる。丈の長い紫のシャツの服装で辛うじてフォーマルさを演出しているが、それでも小売店の店員にはとても見えない。


「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませー!」女性の声が二つ、出迎えてくれた。一つは金髪姉さんのほうから。もちろん、気だるげな声だ。


 金髪姉さんは俺を一瞥すると、すぐに雑誌へと目を落とす。

 ラフ過ぎないか、この店。店長とかがこの接客見たら怒るだろ。

 もう一人は、どうやらお菓子コーナーの整理をやっていたらしく、俺がそこへ行くともう一度「いらっしゃいませ!」と声をかけてくれた。


 金髪姉さんも若かったが、この店員はさらに若い。高校生、それか大学一回生といったところか。長い髪をポニーテールに纏め、服装も白シャツと黒のチノパン。お手本のような格好だ。雰囲気も真面目そうだし。


「初めまして、ですね!旅行でいらしたんですか?」


「ええ、まあ」


 この島を訪れる人なんてほとんどが旅行客だろうに。一見さんが来るたびに訊いているのかな?


 一言だが、会話をした手前、お弁当コーナーに移動するのも気が引ける。探すふりをして、棚を見る。


 だいたいは、どこでも売っている商品ばかりだ。むしろ、コンビニ会社が独自に抱えるプライベートブランド商品が無いので違和を感じる。そう言った商品のパッケージデザインはどちらかと言えば落ち着いている。それがメーカーの出すパッケージが派手な商品の中にいることで、かえって目に留まる。そんな箸休め的存在が、この棚にはいないのだ。主張の強いやつらがひしめき合っている。


 三十秒ほど棚を眺めている間、真面目な店員は俺の顔をじっと眺めていた。落ち着かない。行動を監視されているようで、体の向きすら変えられない。これじゃあ俺は、お菓子の並んだ棚の一点だけを見つめるヤバいやつみたいじゃないか。


「あの、どうかしました……?」よせばいいのに、訪ねてしまう。


「あ、っと、えっと……!」


 俺から話かけられるなど、彼女は考えていなかったのだろう。目線をあちこちに飛ばして、やがて俺の見ていた棚に視線を定めて。


「どれを買ってくれるのかなー……と思いまして……」 


 尻すぼみに言葉が消えていく。


「あー、もしかして発注したのって」


「私、です……」


 よくわかりましたね、と言いたげな表情だ。


「なんとなくね」


 ただのバイトが、ただの客がどれを買おうが気にするとは思えない。だけど、自分でラインナップを決めたのならば、どれが受けのいい商品か気になるのだって頷ける。予想でしかないけど、当たると当たるで気持ちがいいな。ボーさんが他人のSNSアカウントを特定したがる気持ちが少しわかった気がする。探偵って趣味が悪い。


「それで、あの」


「あー……」


 まさか、すぐ離れるのは気まずいから棚を眺めていただけで、本当はお菓子を買う気なんて微塵も無いなんて言えない。


 とりあえず無難なやつにしよう。


 見たことのあるキャラクターが描かれている、見たことのあるポテトチップスを手に取る。


「わぁ!それ私の一押しなんです!嬉しい!」


「そうなんだ、俺も好きだよ」


 適当に合わせたけど、そんなに喜ぶことかな。これが好きな人なんて万といそうなものだけど。定番すぎて、好きだと言う人も少ないのか。


「美味しいですよね!〝ジャグジーの漢のラグビー塩味〟!」


 なにそれ、初めて聞きますよ。メーカーもカ○ビーのパクリっぽいし。


 手に取った薄黄色のパッケージを見る。そこに描かれているキャラクターは髭を生やしたハンプティダンプティだし、ポテトチップスの写真だと思っていた部分は黄色のユニフォームに身を包んだ大柄な男たちがスクラムを組んでいる絵だった。見ているだけで暑苦しい。塩ってもしかして、汗ってこと?イメージだよね?本物じゃないよね?


 一度手に取ったうえ、好きだと同意しているので、元の場所に置くわけにもいかない。


 まあ、いいか。マズかったらボーさんにあげよう。あの人、バカだからマズくても食べるだろ。


 一つだけも忍びないので、適当に何個かカゴに入れていく。


 買い物かごに商品を入れていく度、発注担当から頷いたり驚いたりされると、なんだか自分のセンスを量られているようで落ち着かない。 


 とりあえず、このお菓子たちは今夜のツマミにしよう。酒も適当にカゴに入れ、お弁当なんかが売ってそうな冷蔵ケースに向かう。


 だけど、それらしき場所に、それらしきものは一つも置いてなかった。寂しい空間ができあがっている。


「あ、もしかしてお弁当探しています?」


「うん、まあ」


「ごめんなさい、いつも朝には売り切れちゃうんです。漁師さんたちが持っていけるようにしか作っていないので」


「なるほど……」


 そうだな、こんな離島だもんな。工場で作られたやつを運んでもらうわけにもいかない。


「昼ご飯探しに来たの?」


「あ、輝美さん!」


 いつの間に、俺たちの後ろにあの気だるげな金髪お姉さんが立っていた。座っていて気づかなかったけど、こうやって並ぶとけっこう背が高い。ボーさんと同じぐらいだ。


 輝美さんと呼ばれた金髪お姉さんは軽く手を合わせて、


「ごめんね。憶(おぼえ)の言う通り、うちは漁師さんたちの分ぐらいしか用意してなくて」


 この娘、憶っていうのか。なかなかお目にかかれない名前だ。


「いえ、それは仕方ないですよ」


 これ以上の社交辞令に相応しい言葉は出てこなかった。


「そう、ありがとう」


 輝美さんは「でも、」と話を続ける。


「でも、ご飯屋さんなら船から降りていっぱい見たでしょ?なんでそっちに行かなかったのかな?」


「それは──」


 別に隠すようなことは無い。俺は単純に混雑した場所に行きたくなかったことを正直に明かす。確かに、船から降りてからの旅館までの道中で飲食店が並んでいるエリアがあった。ならば、こっちのほうにも同じように飲食店が固まっているエリアがあっていいはず。この予想は見事に外していたのだけど。この結果、俺はこのコンビニもどきに辿り着いた。


「うーん、何か深い理由がありそうでそんなことも無いのね」


 まさしくその通りなので俺は何も言えない。偉そうに理由をつけたが、要は思っていた場所に思っていたものがなかった。それだけだ。


「憶、せっかくだし案内してあげなよ」


「え、いいの⁉私まだシフト入ってるよ?」


「いいよ。どうせ客なんてたいして来ないし」


「やった!ちょっと待っててくださいね!」憶さんは、レジの方へ走っていき、そのまま事務所らしき場所へ消えていった。


「あの、これは今どういう?」


 俺の頭上で勝手に話が進み、完結している。


「せっかくだし君にはこの島のことを知ってもらおうと思って」


「はあ……」


 女の子が付きっきりで?憶さん、かなり美人だから飛び跳ねて喜びたいところだけど、そう言う気分でもないんだよなー……。緊張で吐き気がしちゃうぜ。


「あの、ありがたいのですけど、でも、荷物が」安定した精神状態を保つため、思い付きの言い訳を言ってみる。


 持ちきれない量ではないが、酒などは重量がある。旅館からここまで三十分近く歩いてきたのだ。ここから移動するとなれば、それより長い時間、荷物を抱えなきゃいけなくなる。


 などと俺が説明していると、輝美さんは呆れたように天井を眺め、


「うん、まあ、あんたの心配することにはならないから。憶に任せときな」


「……ちょっと面倒くさくなってます?」


「自覚あるなら救いがあるわ」


 女の人からの面倒くさいと言う評価は、この世で一番キツい。さらに輝美さんの言う通り自覚もしているので、心の傷に塩を擦り込まれた気分。忘れかけていた痛みが、倍になって蘇る。すぐに励ましてくれる存在で思い当たるのはカゴの中に入っているアルコールだけ。今、この場で飲んでしまおうか。迷っている間にリュックサックを背負った憶さんが戻ってきた。

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