第4話
ボーさんのデモンストレーションによってSNSアカウントを特定し、さらに鳥居の
破壊を手伝ってくれたSNS女子たちとは同じ宿に宿泊することになった。
フェリーですれ違ったときから、縁が深いことで。旅は道連れ。いったいどこまで連れ添うことになるのか。迷惑に感じるだろ、向こうが。
「あの、」
男に付いてゆきながらの宿への道中。
片足だけについたスーツケースを何度もつんのめさせながら歩く女性──松戸さんが声をかけてくる。
「さっきはありがとうございました」
「何がです?」
「鳥居ですよ。私たちを気遣って──」
「いやだなあ、あれは俺がお土産に欲しくってやっただけです。そんなことよりスーツケースどうしたんです?──この島、道がガタガタですもんね」
この島の道は最低限の舗装しかされていないようだった。車で走るには問題ないだろうが、さっきからつま先に石ころが何度も当たる。
「すみません、本当は車でお迎えするべきなのですが、どうも調子が悪く……」
「いや、散歩がてら調度いいよ」
「そう言っていただけるとありがたい限りでございます」
ボーさんは気を遣って言ったのかもしれないけど、俺にとってはその通りだった。表に出すほどではないが、少しだけ船酔い状態だ。喉を酸っぱいものが少し塞いでいる。水を飲みたいが、持ってきたものはボーさんが船の上で飲みきってしまった。計画的に飲め。
島の街並みはよくある温泉街だ。と、言っても俺たちが普段生活している街とは空気感が違う。非日常な雰囲気に自然と心が沸き立つ。
一本の道を挟むようにして店が並んでいる。寂れている雰囲気も無いし、本当に知る人ぞ知る観光地なのかも。心なしか、男性が多い気がするのもその理由だろうか。この時代、男受けだけじゃ流行らないだろうし。
船酔いのせいで今は食欲がないが、昼食の時間もまだ先だ。そのころには収まっているとして、さて、何を食べようか。
飲食店に掲げられた幟やメニューには海鮮が多く見受けられる。やっぱりその辺かな。
悩みつつ、しかし決定を下せぬまま「ここです」宿に到着する。
「ほへー」
「おー」
立派な門に、立派な瓦屋根。豪華絢爛、とはまた違う趣のある装飾が施されたその建物はどうみたって俺たちが当初予約していた宿よりも良いところだった。
不幸中の幸い。棚から牡丹餅。
落ち込み気味だったSNS女子たちも少しだけ活気を取り戻している。
「所長たちが羨ましがるかもしれませんね」
インフルエンザで寝込んでいるであろう彼らの顔を思い出す。
「顔真っ赤にして飛んでくるかもな」
たいして面白くもないことを言いながら、チェックインを済ませ、案内されるがまま部屋に通される。
「お風呂は一階に降りていただき、渡り廊下を進みますと離れ屋がございますのでそちらをご利用ください。利用時間は十七時から二十四時になります。
お食事は何時ごろご用意致しましょうか?」
仲居さんが俺とボーさんに目を配る。決定権はどちらにあるのか、迷っている感じだ。どう見たって年上のボーさんだと決めつけないのは、それだけ彼が頼りなさげに見えるからか。それか、俺が老けて見えるからか。
絶対に前者。俺はまだ若い。
若いので決定権は年長者であるボーさんにある。
彼が無難な時間を指定すれば、仲居さんはそのまま部屋を出ていった。
扉を閉める音が聞こえた瞬間。
「うっひょおぉお!」
「ひぇぇええい!」
俺たちは喜びの奇声と共に飛び跳ねた。
「なんだなんだ⁉他のやつらは全員インフルで欠席するし、地震で目的地が変更するはで一時はどうなるかと思ったが、なかなかどうして良い旅館に良い部屋じゃないか!」
「見てください!備え付けの風呂はジャグジーですよ!ラブホでしか見たことないですよ!」
最近行ってないけど!だからこそ懐かしいけど!
「自分で言って泣きそうになるなこのバカ!景色を見てみろ!」
ボーさんが窓を隠している襖を勢いよく開ける。
大きな窓をぶち抜いて飛び込んでくるのは、空をそのまま落としたみたいに真っ青な大海原と、それを望む港町だった。
波が微粒子のダイヤモンドを巻き込んでいるように見えるのは太陽を反射しているからか。目の潤いが少し乾くころには海中に沈んでいってしまったけれど、俺の悲しみも一緒に持って行ってくれないかな。
俺のセンチメンタルな気分を無視してボーさんはいくつかある部屋を、一つ一つ探検していく。
「うっへい!広い!広すぎる!俺こっちの海に面した部屋な!」
「勝手に決めないでくださいよ!だいたい蒲団は同じ部屋にひかれるでしょう!」
「そうなの?」
俺は適当に頷く。実際はわからないけど。普段、泊まるところは一部屋だけだし。複数部屋の場合はどんなパターンになるのだろう。俺とボーさんなんて家族に見えないし、恋人になんてもっての外だ。
「仲が悪いわけじゃないですし、一緒だと思いますよ」
「ふーん」
「もしかして、ボーさんって旅館は初めてですか?」
「あー、そうかも?」
「なんだかハッキリしないですね」
ボーさんとは短い付き合いでもない。けど、だからって一生の全てを知っているわけではない。前に、バーで話かけられた外人とも俺の知らない言語で意気投合していた際に教えてもらったのは、生まれも育ちも日本ではない、ということだった。あまり詳しいことは語ってくれなかったけれど、彼が持つ人生の深さを垣間見た気がした。まあ、盗聴盗撮が得意な奇声を発する大人がまともな人生歩んでいるわけもないのだけど。
「出張とか言っても泊まるのはビジネスホテルだしな。所長ケチだから。クオカード付きのプランにしてもすぐに気づきやがる」
「さすが探偵ですね」
「俺もだよ」
忘れそうになるけど、ボーさんの職業は探偵事務所に所属する探偵だ。殺人事件の調査とか、漫画みたいな依頼はほとんど来ないらしい。ほとんどの仕事は浮気調査や素行調査。娘の彼氏を調べてくれ、というのが意外にも多いらしい。
だからなのか、ボーさんは部屋のなかにある、普通ではないものにいち早く気づいていた。
「あれってさ、どこにでもあるものなの?」
入ってすぐ、今俺たちのいるメインとして使う部屋の上座側。そこの壁に設置された神棚を、彼は指さす。
それは、部屋の雰囲気を壊さず、かつしっかりとした装飾が施されている。
「いや、」
と、今まで泊まってきたことのある旅館を思い出す。
「御札が貼っているのは見たことありますけど、こんなのは初めてですね」
その御札も、掛軸の裏側、押し入れの奥など、気合を入れて探したときに見つけたのみだ。
わかりやすい位置にこんなものがあるのはかなり珍しいのではないだろうか。
「まあ、御札とかよりも安全だと思いますよ」
「あー……、ならいいか」
ボーさんたちの事務所にはオカルトじみた依頼も来るようで、こう言ったものを笑い飛ばせぬようだ。その辺の話は長くなりそうなので割愛する。
「まあ、何もないならいいや。これからどうする?」
「飯でも食いに行こうかと思ってますけど」
船酔いもすっかり収まり、調子よく腹も空いてきている。
「うん、じゃあお前だけで行ってきて」
「構いませんけど、ボーさんは?」
「寝る」
悲しいかな。大人になるほど、旅は移動で疲れるのだ。若いって素晴らしい。
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