第5話 想像だけで結論を出してはいけないよ

★★★(佛野徹子)



放課後。


ホント、どうしよう?

一応、昼休みに約束しちゃったから、このコーヒーショップに連れてきたけど。

忘れたフリしてバックレた方が良かったかな?


今、アタシたちは学校帰り、制服の緑色のブレザーのまんま。

コーヒーショップで二人、テーブル挟んでコーヒーを飲んでいた。


アタシは無糖のブラックコーヒー。

対面座席に座ってる子……ミヨマツこと松田美代さんは、砂糖をドバドバ入れた上、たっぷりミルクを入れた、糖尿病一直線のコーヒー。


「……そんなの飲んで大丈夫なの?」


思わず聞いてしまった。


「甘いもの取ると元気が出るので」


体重は気にしてないみたい。

それでそのスレンダー体型。


だいぶ、運動頑張ってるんだね。

そこは素直にすごいと思うよ。


「太りにくい体質なんだ?」


「うーん、そうかもしれませんねー」


でも、佛野サンほどじゃないですけど、胸はそれなりにありますよ。

と続ける。


アタシは別にスタイルが良いこと誇ってないから、特に嬉しくない。

まぁ、嫌でも無いんだけど。

……鏡を見るたび、なぶり殺しにしてやった牝豚を思い出すことを除けば。


「で、アタシに何を話したいの?」


お願いですから話を聞いてください、と丸坊主で土下座され。

聞かざるを得なくなってしまった。


お昼に正気を疑う行動に出たこの子は、今、しれっと丸坊主をウィッグで隠し、コーヒーを啜っている。

コーヒーカップを置いた。


そして。


「単刀直入に聞きますけど、下村センパイが彼女作ってないっての嘘ですよね?で、佛野サンがその彼女さんなんですよね?」


……また、そこからか。

ちょっとウンザリ。


まぁ、前の話はアタシらの事情を説明する前に、この子がすごくイラつくことを言ってくれたから終わってしまったけど。

男の子を一段低く見るような言動をする女って、アタシは大嫌い。牝豚を思い出すから。


で、ウンザリしながら「違うよ。ただの親友だから」って言おうとして……


それを言った場合、この常軌を逸した子はどんな行動に出るだろう?


それを、瞬間的に想像してしまった。


……あやとのところに猛攻かけるんじゃない?

だって、アタシと話する意味なくなるわけだし。

そしたら彼、絶対迷惑するよね?


……それ、相方としてどうかなぁ?

生涯の相方なんだよ?一緒に地獄まで行くんだよ?


……やっちゃダメなんじゃない?


だったら……


数瞬思案し、アタシは、ちょっと覚悟を決めた。

手招きし、ミヨマツちゃんの耳を貸してもらう。

そして耳打ち。


「……うん。そうだよ。ホントのところは彼女、っつーか夫婦状態だから」


ここは嘘を言っておいた方がいいよね。

この子をアタシに引き付けるためにも。



★★★(松田美代)



佛野サンに手招きされ。

とんでもない事実を言われた。


「……うん。そうだよ。ホントのところは彼女、っつーか夫婦状態だから」


やっぱり!!!

噂は本当だった!!!


でも。

そうすると、別の疑問が……


「じゃあ、なんで浮気しまくってるんですか?」


なんでそんなクソビッチぶりが許されるのか?

夫婦状態だって、今、この人言ったよね?


「ちょ、声が大きい!」


注意された。

思わず口を押えてしまう。


クソビッチ彼女さんこと佛野サン、声を落として、さらに、そっと耳打ち。


「……全部、彼の指示。彼、自分の女を他の男に抱かせるのが好きなの」


……なんと!!!

所謂NTR属性と言うやつ!!?


「アタシの身体が、他の男に好き放題にされるのを想像すると興奮するんだって……。ホントは嫌だけど、彼のこと愛してるから……我慢してるんだよ……」


だってそうしないと勃起しないって言うんだもの。


言って、佛野サンは自分の身体を抱きしめて、目を伏せて、一滴の涙を流した。

……そんなに、この人は、下村センパイの全てを受け入れて、愛してるのか……。

嘘を吐いているように見えなかった。


クソビッチ彼女さんだなんてとんでもない。

佛野サンは、ものすごく、男性に尽くす耐える女だったのだ。


「……佛野サン……可哀想……!!」


「ううん。これは彼とアタシの愛のカタチだから。口出しはしないで。絶対に」


思わず同情の弁を口にすると、佛野サンはキッと私を睨んで。


「黙ってると彼に迷惑がかかると思ったからこそ、明かしたんだよ?だから、絶対に喋らないでね?約束だよ?」


……破れぬ口約束。

そんな感じがした。



★★★(佛野徹子)



はーい。嘘でーす。

心で舌を出すアタシ。

アタシ、演技は得意だからね。しっかり騙せたはず。

素人に見破られるはずがない。

昔、元UGNエージェントしてたスケベオヤジも騙したことあるし。アタシ。

これで、諦めてくれるといいんだけどな。

自分が入り込む隙間なんて欠片も無い、って思ってくれて。


あやとの事を寝取られ属性のド変態と言ってしまったのはちょっと心が痛むけど、こんなおかしい子に猛攻をかけられるよりはマシでしょ?

許してね。

これは相方の愛の嘘。

これはあなたが大切な相方だからこそ吐いた嘘なんだから、許すべき。


しかし。


さっきからこっちに聞き耳立ててるギャラリーが一人居るから、この子が大声で、なんで浮気をしまくってるの、と言ったときは焦った。

まあ、アタシに彼氏居ながら浮気してるって噂自体はあるから、そのくらいなら大丈夫かな?

今更な話だしね。



★★★(南出加代)



……肝心なところがよく聞こえなかった。

すごく、気になる。


「じゃあ、なんで浮気しまくってるんですか?」


「ちょ、声が大きい!」


はっきり聞こえたのは、ここだけ。

後は


好き放題、愛……?


そのくらいだった。


浮気、ということは。

本命が居るってことだよね?


とすると、やっぱ下村先輩の「彼女作りません宣言」あれが嘘だって話に繋がるはず。

もしそうでないなら、松田さんの第一声は「違う人なんですか!?」これになる可能性高いし。

驚くポイントズレるはずだものね。

そうじゃない以上、そう考えるのが自然。


……さて、ここからは予想。

本命彼女佛野先輩が浮気しまくってても、容認されている。

それは何故か?


1)彼女の方がカップル内権力者だから。


2)浮気がばれていない。


3)合意の上。そういう趣味。もしくは商売。


……この3つかな。可能性として考えられるの。


1)だった場合、浮気しまくってるんですか!?という言葉を抑えさせる必要あるかな?

だって、カップル内権力で彼氏を黙らせてるんでしょ?

それに、佛野先輩が不特定多数の男の子と遊びまくってるのは周知の事実だし。

意味不明。


2)の場合はもっとありえない。下村先輩がそんなことに気づかないほど鈍いはずがない。

大体、学校中で噂になってるのに、それでも知らないなんて……


とすると、3)か……


3)が一番しっくり来るよね……


で。商売のセンはありえない。

だって、佛野先輩、不特定多数の男の子とのデートで、金品要求して無いみたいだし。

とすると、純粋な趣味であると判断するのが一番しっくりくる。


知らなかった……ホントにあったんだ……


NTR属性って……!


すると、何?

下村先輩って、ベッドの上で、佛野先輩に


「このエロイ身体を俺以外の男にどう弄り回されたのか言ってみろ!!」


「それで感じたのか!?どうなんだ!?」


って言葉攻めしてるってこと?

で、佛野先輩が泣きながら自分がどう抱かれたのか告白させられて、それに興奮した下村先輩にメチャメチャにされてると……


……うわー。

ちょっとすごいことになってきましたよ?


ちょっと興奮しちゃうかも。

攻められて泣きっ面アヘ顔になってる佛野先輩を想像したら。


しかし。


下村先輩、気遣いできて優しいって話なのに。

自分の彼女でそんなことをやっちゃう鬼畜男なの……?

もし本当なら、佛野先輩が金髪に染めてるのも実は下村先輩の趣味って可能性も出てくるよね……?


真偽を確かめたいけど……まさか、本人に聞くわけにもいかないしなぁ。

どうしよう?


でも、ハッキリさせておきたい気持ち、抑えられそうにない。

これ、情報通の宿命かも。


どうしよう?


……


………


そうだ!!



★★★(下村文人)


「下村先輩ですよね?」


今日も天気がいいので中庭で本を読んでいると、女子に声をかけられた。

僕を先輩と呼ぶということは、この子、1年か。


普通の身長、普通の体型。

髪の毛が天パ入った短めの子だ。


例によって、あまり顔をしっかり見ずに返事する。


「そうだけど?キミは?」


「1年A組の、南出加代って言います」


「どこかで会ったっけ?」


「いえ。直接話すのはこれが初めてですね」


物怖じせず、堂々と僕に話しかけてくる。

わりと度胸のある後輩女子だな。


で、何の用なんだろう?


「何か僕に用事?」


「ええ。ちょっとお聞きしたいことが」


彼女はニコニコしている。


「黒い虹に興味ってありますか?」


「黒い虹ぃ?」


虹は7色だろ。

今の常識では。

昔は5色だったはずだけど。


黒い虹なんて聞いたこと無い。


「何だそれ?都市伝説か何か?」


「あら、ご存じないですか?学年10位の下村先輩ともあろう人が」


彼女の声に、挑発的なものが混じる。


そういわれても、知らないものは仕方ない。


「いや、そんなこと言われても。知らないものは知らんのだから」


「……分かりました。あとひとつ。不幸な神と言われて出てくるのって何ですか?」


不幸な神?


色々いるけどさ。

まぁ、日本人なら……


「イザナミノミコトと、オオクニヌシあたりかな」


この二柱を挙げておくべきだろ。

片方は、夫に見捨てられた神。

もう片方は、築き上げた国を奪われた神。


不幸な神でいいと思う。


僕の答えに、彼女はちょっと複雑な表情を浮かべた。


「分かりました」



★★★(南出加代)



……これ、どうとるべきなんだろうか?


黒い虹にも、不幸な神にも反応が無い。


「黒い虹?ああ、今は社名違うんだっけ?」


「不幸な神?あああの幼馴染の?」


これが返ってきたら、確定だろと思ったんだけど。

顔色もチェックしたけど、本当に知らないみたいに見えたし。

第一、あの先輩と、NTR属性のド変態ってのがどうしても結びつかない。

間近で見て、特にそう思った。


……じゃあ、違うのかなぁ?


私は、下村先輩と別れた後、先輩と話した内容を反芻して結論を出そうとした。

でも、無理だった。


……ん~。やっぱ、肝心なところが想像で、だしね。

ひょっとしたら、自分の理解を超えた問答が、あそこであったのかもしれないし。


自分の理解を絶対視するのは危険だよね。

情報通気取るなら、もっと確かな証拠を掴んでから考えないと。


自分が賢いなんて勘違いして、見当違いの事を言うのはみっともないもんね。

うん、もうちょっと良く調べよう!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る