第4話 土下座は暴力
★★★(松田美代)
「だってさ」
南出さんは言った。
「もし、下村センパイだけは本命で、特別で、他は遊びだから、って認識だったら」
その場合、佛野先輩の怒り文句は「
でも、松田さんの言葉通りなら、男の子を譲る譲らないっていう感覚自体を怒ったとしか思えないよね。
「それってさ、つまり、男性を敬ってるってことじゃないの?女の子よりも」
平たく言えば女なのに男尊女卑?
それってビッチとしては異常っていうか、ありえない気がするなぁ。
でも、そうとしかとれない気もする。
……佛野先輩って、学校で流れてる噂と、本当はだいぶ違うんじゃないの?
でもま、火の無いところに煙は立たないっていうし、何か噂されても仕方ない何かはあるんだろうけどさ。
「うーん、情報通としては面白くなってきたなぁ。佛野先輩にお近づきになろうかな?」
分析結果をくっちゃべりながら、南出さんは面白そうにしていた。
★★★(下村文人)
『あやと!今日アンタの家に行くから!なんなら泊まるかもしれないから!!いいよね!?』
帰宅途中にいきなり電話が掛かってきた。FHの端末に。
……徹子からだった。
えらい剣幕だな。
いつもはこんな強引なお願いの仕方する奴じゃ無いのに。
まぁ、問題ないけど。
僕は徹子のことを女だと思って見たことは無いし、これからも無い。
あいつはただの大切な仕事の相棒だから。
だからいきなり泊めろと言われても、何にも問題ない。実質男が来るのと変わらない。
一緒にマンションに入るところを目撃さえされなければ。
で、ああ、構わないけど、って言おうとしたら、その前に切れた。
……ホント、なんなんだ?
あいつらしくもない。
帰宅後、しばらくして。
インターホンが鳴って、徹子がやってきた。
お土産代わりになんか食料を買い込んできてる。
泊まるなら宿代代わりになんか作るってことか。
気を回してもらわなくてもいいんだけどな。
「キッチン借りるから!」
やっぱり、なんか不機嫌だった。
何かあったのか?
徹子は、魚とキノコと野菜の炒めものを作ってくれた。
僕は普段の食事はほぼ鍋なので、こういうのはありがたい。
ちゃんと、作り置きの鍋が僕の家の冷蔵庫にあることを考慮して食材を選んで来てくれてるわけだ。
ホント、よく気が付く良い奴だよ。
で、二人して鍋とその炒め物と白ご飯で夕食。
(さすがに、食べてるときは終始笑顔だった。怒りながら食べると食材に失礼だしな)
「お前の料理と比較されると恥ずかしいから、鍋は引っ込めたいんだが」
「ダメ。腐るじゃん」
などと会話しながら夕食を楽しんだ。
食事を終えて。
二人で紅茶を飲んで落ち着いたら。
「……で。何があった?」
僕が切りだすと、徹子は僕を見つめて
「アンタ、変な子に言い寄られたでしょ?」
真顔で一言。
「……お前のところにも来たのか?」
その一言で、大体分かった。
「……なるほど……それは災難だったな。悪い」
「アンタが謝ることじゃ無いけどね。あの子がおかしいんだし」
詳しく聞くと予想通り。
自分の求婚が受け入れられないのは、徹子がいるせいだ、と勝手に勘違いして、徹子を説得しに行くとか。
常軌を逸しているな。
まず、僕のOKを貰ってから行けよ。
まぁ、僕がOK出すことは無いんだけどさ。
……何故って。
「……あの子、まだまだアタシらに付きまとうと思うけど」
ここまでは、徹子は薄ら笑いを浮かべていたが。
スッと、真顔になった。
「万一、アタシらの秘密がバレたら、分かってるよね?言うまでも無いけどさ」
「……無論。そのときは僕が始末をつけるよ」
「……やりにくいならアタシがやってもいいけど。あやと、女殺るのそんなに得意じゃ無いもんね」
僕らは二人とも、FHセルの命令で依頼殺人をこなす殺し屋だ。
金を貰って、お客さんの要望に沿う殺人を行っている。
ターゲットは、誰かに深い憎悪を受けた人物。
ウチのセルのセルリーダーが、晴らせない恨みを晴らしてくれる地獄からやって来る魔物、って都市伝説から生まれたレネゲイドビーイング……超常生命体だからだ。
その都市伝説に従う形で、依頼人を探し、僕らに命令する。
で。
僕らは、言われるままに、狙えと命じられたターゲット……マトを殺し続けている。
別に無理矢理じゃない。望んでやってる。
理由は「ただ、やりたいから」それだけだ。
そんな将来地獄行き確定の人間のクズが、愛だとか、恋だとかありえない。
だから恋愛関係で僕らがOKなんか出すはずがない。
これは、僕ら二人の共通認識だ。
「でも、なるべく、やりたくないよねぇ。お金にならない仕事なんてさ」
まったくだ。
そんなの、殺し屋としては恥みたいなもんだしな。
★★★(南出加代)
私の名前は南出加代。
これでも学校いちの情報通で通ってる。
……情報通……なんだか知的でカッコイイ響き。
なりゆきで、この学校の一番の美人・佛野先輩の知られざる秘密に触れる機会を得てしまった。
ちょっと、気になってしょうがない。
学校では、佛野先輩は男の子が大好きで、魚拓とるみたいに誰とでもエッチするクソビッチってことになってる。
当然、男の子も軽く見てて、まるですべての男が自分にとっての奴隷予備軍だ。
そういう基本認識を持ってるはず。
それが、私たちの基本認識だった。
だったんだけど。
先日、実は色々頭がアレだった松田さんの暴走のおかげで、実はその基本認識が間違っているのかもしれない。
そう、思える事態に直面した。
……これは、面白いですよ?
実は男を人の気持ちも考えずに、とっかえひっかえしてる佛野先輩が、誠実で、真面目な女の子だった。
この意外性。
真相を探る価値は十分にある。
……さて、どうやって調べよう?
いきなり本人に凸するのは、ちょっと常識が無い。
それだと松田さんの同類にされてしまう。
それは私のこの学校での立場も危うくする望まぬ事態だ。
穏便に、確実に結果を出さなきゃ。
……友達、いないかな?
それを思いついた。
まぁ、それは厳しいかもしれない。
だって、学校中の女子が佛野先輩のこと、警戒して、嫌ってるし。
一人も居ない可能性、ある。
だったら。
佛野先輩と遊んだことのある男の子!
こっちを見つけられるなら、そっちに凸するのはアリかもしれない。
これに気づいた私は、男友達の一人に「知り合いに誰か佛野先輩と遊んだ経験ある子居ないか知らない?」と聞いた。
そしたら
「……D組の山田が、先輩にデートに誘われてデートしたことがある、って言ってたような記憶あるわ」
D組の山田君……?
あの、地味な男の子?
特に女子に人気あるとは聞いてないけど。
また意外なチョイス。
ビッチが好む男の子に思えなかった。
何だろう?
ご飯を奢らせる。
そのためだけにデートした?
それともただの気まぐれ?
搾取?
普通ならその結論なんだけど……
これは、直接聞いてみるしか無いよね。
★★★(松田美代)
私は、先日の大失敗でクソビッチ彼女さんこと佛野サンに激怒されてしまった。
これはまずい。
現在、下村センパイには接触禁止令が出ているし、これで佛野サンとまで接触できなくなったら、もう打つ手が無い。
なんとかしなきゃ……
佛野サンに許してもらう。
その手段を昨日、必死で考えて。
出た結論が、これだった。
「すみませんでした!!」
学校。
昼休みに佛野サンを探しに探して。
私は廊下で佛野サンを発見して、目の前で土下座した。
つるっぱげで。
★★★(佛野徹子)
昼休みにトイレに行った帰り道に、あの子に遭遇。
面倒なので無視しようとしたら、いきなり土下座された。
……びっくりしたのは、その頭。
丸刈りになってたのだ。
ところどころ、剃刀まで入れていた。
……え?
一瞬、ウィッグを疑った。
思わず、しゃがみ込み、頭を触った。
……マジで剃ってる……!!
絶句。
見ると、土下座する彼女の手にはウィッグが握られていた。
「先日はお怒りを買ってしまうことを言ってしまい、申し訳ございませんでした!!」
……ちょっと……やめてよ……!
ざわざわ、ざわざわ
うわっ、酷っ……女の子に土下座させてる……!あの子、下級生よね……?
何があったのか知らないけど、女の子を丸坊主にさせて、土下座させるなんて、ひくわー
佛野さん、男の子にだらしないだけじゃなく、赤い血も流れてなかったのね……!!
ひそひそ、ひそひそ
周りが囁いている。アタシを非難している。
……これは……まずい。
さすがに、耐えられない。
ビッチだとか、淫乱だとか言われるのは平気だけど、これは無理……!
土下座は、暴力。
何かの本で読んだけど、それは本当。
今、完全に理解した……!!
「わ、分かったから、ウィッグ被って顔を上げてくれないかな……!」
アタシは、こう言う他無かった。
★★★(南出加代)
さすが松田さん!!
あなた最高!!
私は、佛野先輩を調査しに、佛野先輩とデートしたことのある男子に聞き取りに行った帰り。
メチャメチャ面白いものを見て、思わず笑ってしまった。
あのミスH高が、真っ青になってる……!!
すごい!!これは見もの!!
普通、思いついてもやらないよ!!
さすが松田さん!!
躊躇いなく丸坊主で土下座するなんて!!
頭おかしい!!
興奮する!!
佛野先輩の話、面白かったけど、それが吹っ飛んでしまいそうな面白さだった。
詳しく調査すると、佛野先輩。
彼女持ちの男の子には声を掛けておらず、彼女が声を掛けるのは、決まって「優しいけど、彼氏にするには物足りない」って言われてしまいがちな、真面目そうな男の子ばっかりらしい。
で、そういう子に話を聞くと「アタシで女慣れしなよ」って言われたとか。
デートした子で、佛野先輩を悪くいう男の子は一人も居なかった。
中にはデート中に本気で好きになり、告白した子も居たようなんだけど
「アタシはやめといた方がいいよ。ろくでもないし。これ、アタシからの忠告」って言われて、断られたそう。
プレゼントを要求されたか?とか。お金を要求されたか?って聞いたら「あの人、そういう人じゃないぞ」って逆にキレ気味で返された。
どうも何も要求しないで、ただデートする。それは間違いないみたい。
……う~ん。やっぱり女子の間での噂と乖離があるなぁ。
あと、何でそんなことをしてるのかも興味深いわ。
もっと調べてみたら、もっと面白いことが分かるかもしれない。
そう思いつつ、自分の教室に引き上げていたら、見せられたのが、アレ。
爆笑しそうになった。
必死で堪えたけど。
いやはや、面白い。
なんかぼそぼそ会話してるね、あの二人。
……放課後、つけてみよう。
もっと、面白いものが見れるかもしれない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます