第52話 盤面反転


 タイムマシンの転移座標をアリアとリタの反応箇所にして、彼女たちの世界へ戻ってきた。

 そんな私の目の前には、悪魔が彼女らを殺す寸前の場面が見えた。

 彼女らの生存反応のある時代に来たので生きているのはわかっていた。

 だがかなりギリギリのタイミングだったようだ。

 すかさず転移装置を起動し、アリアと悪魔の間に割り込んで電磁障壁を展開。

 彼女を葬ろうと振り落とされた悪魔の右腕を弾き飛ばす。

 

「!? な、ナニモノダっ!?」


 悪魔が何か言っているがどうでもいいので無視。

 力なく倒れているアリアへと振り向く。

 かなりの怪我だ、肋骨三本に右腕と右足の骨が折れているようだ。

 だがそんなことは問題ではない、私との約束通り生存していう。

 悪魔に本拠である城の内部まで攻め込まれているのだから、現状がかなり劣勢なのだろう。

 アリアのことだから自責の念に駆られているはず。

 そんな彼女に、私は十二パターン考えていた再会の挨拶の一つを言い放つ。

 

「いや完璧だ。君は私の予想以上の結果を残した」

「スグル……遅……い」

「すまないな、だが約束は守った」

「……うん、ありが……と……」


 アリアはそう呟くと意識を失った。

 身体をスキャンするが気絶しただけのようだ。睡眠不足のようなので、銃を取り出してナノマシンを撃ち込み怪我だけ治しておく。

 そして近くで倒れているリタとアダムを見る。

 彼女らは立つことはできないようで、顔をこちらに向ける。


「スグル……助かった」

「マイマスター、申し訳ありません。守り切れませんでした」

「間に合っているのだから問題ない」


 ねぎらいの言葉をかけつつ、リタにもナノマシンを撃ち込む。

 アダムはすぐに修理は難しいので放置。

 すると悪魔は激高して私を指さしてくる。


「テメェ! オレを無視するンじゃネェ!」

「無視はしていない。優先順位が低いだけだ」

「ザケンナァ……ン? オマエはたしカ……俺達のナマカを殺したヤロウダナぁ!」


 ふむ、私が悪魔を殺したのは間違いない。

 だが私を見た悪魔は全て処分したのに、どうやってこいつは私のことを知ったのだろうか。

 

「オレタチはナァ! ツネに繋がってるンダ!」

「ふむ。魔法か何かで記憶や情報を共有しているのか。魔法で通話できるならば可能だな」


 この悪魔とやらの生態系は興味深いな。

 個体として見ても強靭な肉体を持ちながら、群れるための能力も持つ。

 群れる生物は個体としては弱いものだが、こいつらはそうではない。


「テメェは俺達のナマカをコロシタ! ラクにシネルとオモウナヨっ! テメェの力はワカッテいる! イマの俺達ならば勝てル!」


 三体の悪魔が私を威嚇するような姿勢で爪を向けてくる。

 それと共に身体の色が変色して真っ赤に染まり、奴らの体内エネルギーが上昇したのが確認できる。

 一部のバッタなどは一定数集まると姿を変えて、より狂暴になるがその類だろうか。

 だが――上昇値は誤差の範囲だな。

 

「貴様たちは三つ、致命的な勘違いを犯している」

「シネェ!」


 私が三本の指を立てると同時に、悪魔たちはこちらへと突っ込んでくる。

 だが先ほどと同じように電磁障壁によって吹き飛ばされる。

 床へと勢いよく叩きつけられた悪魔たちは、驚いたようで目を見開いている。


「ナッ!? バカなっ! オマエのその壁のカタさがアガッテル!? コワセルハズガ!?」


 茫然としている悪魔たちにもわかるように、私は一本の指を立てて言い放つ。


「一つ目。以前の私は何の用意もしていなかった。言うならば財布だけ持って買い物に出ていた状態だ。今は完全装備している」

「ウルセェ!」


 悪魔たちは電撃をこちらに放つ。だがそれも電磁障壁が吸収して、こちらのエネルギーに変換する。

 結構な力のようだ。これまでで一番強かった白い悪魔より、数倍程度上の出力だな。

 しばらくすると電流が止んで、悪魔たちが息を切らしている。

 そんな彼らに私は二本の指を立てる。 


「二つ目。貴様たちは私の怒りを買った」

「グッ……コレも防がれるトハッ! ダガッ!」


 三体の悪魔が空に向かって吠え、その衝撃で城の天井が崩れて空が見える。

 上空には大量の悪魔たちが翼を羽ばたかせて待機していた。数は三十三。


「サッキまではナゼカ飛べなかったガ、イマはもうトベルんでなァ! ナマカを呼んダ! これで終わりダ!」


 援軍を呼んだようだ。飛べなかったのはアダムの機能だろう。

 だが研究対象が増えただけだ。私は三本の指を立てる。


「三つ目、これが最も愚かな間違い。私は戦士ではなく、『科学者』だ」


 私の言葉に呼応して周りの空間がねじ曲がり、次々と人型の少女たちが現れる。

 アンドロイド――機体モデル名をイヴ。

 彼女たちは二種類の姿を持ち、翼に天使と見まがうような羽根を持っている。

 

「……待って!? なんでアリアがいっぱいいるの!?」

「リタも大勢いる……」


 リタと意識を取り戻したアリアがこの光景を見て驚いている。

 そう、このイヴたちはアリアとリタの見た目で作った。

 彼女らからすれば、親しい友人と自分の姿が大量にいることになる。


「当然だ、君たちの身体をモデルに作ったのだから。安心したまえ、バストサイズなども全く同じだ」

「全く安心できないけど!? いつ計ったの!?」

「スグル、最低」


 二人から責めるような視線が向けられる。

 仕方あるまい。新しくデザインするのも時間がかかるので、身近な存在をモデルにしただけだ。

 きわめて合理的な考えだろう。

 悪魔たちは私の周りに降り立った百余人のイヴに、気おされているようだ。


「キモチわりぃ! オナジカオバッかじゃネェカ!」

「……スグル、そいつ絶対逃がさないでよ」

「生皮剥いで」

「わかっている。私の作品を侮辱したのだ、報いは受けてもらう……やれ」


 私の指示に応じて、一体のイヴが悪魔たちに空を浮いて突撃する。

 装備した剣が振るわれて、一瞬で三体の悪魔の両足と翼を切り落とした。

 血を流しながら、立つ術を失って床へと倒れ伏す悪魔たち。


「ハッ……? エッ……?」

「……ナンデ、俺は倒れて……タテネェ!? あ、アシがネェ!?」

「な、ナニガオキタ!?」


 悪魔たちは何をされたかも理解できていないようだ。

 イヴの速度が速すぎたのと装備した剣の特性――神経を切断し痛みを生まないことが原因だ。

 

「イヴの剣は痛みを生まない。つまり貴様らは、自分たちが何をされたかもわからない。いつの間にか身体の一部がなくなってもな」

「ナッ……マテ、ヨセ……ヤメロ……」

「痛みとは身体の警告であり生きている証。それが出ない、自分自身の状態すら分からなくなるのはどうだね?」


 イヴに指示して悪魔たちの死角から、身体の一部を切り落とさせる。

 彼らはいつ気づくか時間を計測しながら、今も上空を飛ぶ悪魔たちを指さす。


「イヴよ、奴らを処理しろ」


 私の命令に従ってイヴたちが悪魔に襲い掛かった。

 もはや戦闘ですらない蹂躙。スペック的に一体でも三十の悪魔と同時に渡り合えるイヴ。

 それが百余体、対する悪魔は三十三。勝負にすらなるわけがない。

 悪魔たちは一瞬で全て翼を切り落とされて墜落した。

 私の目の前で倒れている悪魔が、その光景を信じられないとばかりに見ていた。


「ば、バカナ……」

「私は科学者で戦う者ではなく戦力を整える者、それを個の戦力として見たことが最も愚かな失態だ。安心したまえ、君たちは簡単には死なせないとも。素晴らしい……研究対象だ」

「ヒッ……くッ、クルナァ!?」


 上機嫌なため笑みを浮かべながら、私は悪魔に近づいていく。

 何故か私の研究対象は這いつくばって逃げようとする。

 だが全く移動していない。しばらくして、茫然と自分の腕の状態を見ている。

 腕の損失に気づくのに五十二秒ほどかかったか、自分の身体のことでもわからないものだな。

 すでに半ばから切断されていたことに、ようやく気づいたようだ。


「うわぁ……悪魔に怯えられてるよ」

「スグルは悪魔より危険」


 リタとアリアの言葉は無視しつつ、悪魔に注射器を撃ち込んで薬物を注入するのであった。

 

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