第51話 悪魔の日


 スグルがいなくなってから十日、悪魔が大量に復活してこの世界の状況は一変した。

 特に大きく変わったことは二つ。

 一つ目は夜がなくなった。

 闇が覆っていた時間帯は、紅い月に照らされて続けている。

 血の色を思わせるその景色は、見ているだけで気分が悪くなる。

 二つ目は悪魔によって人が狩られ続けること。

 すでに恐ろしい数の人が殺されている。正確な数はわからないが、万を超えていると思われる。

 私とリタはスグルと別れた後、すぐにスグル街に作った城に避難した。

 そして今までずっと、ひっきりなしに届く悪魔の被害報告を聞き続けている。

 私たちは玉座の間に缶詰め状態だ。

 

「アリア、王都が落ちたよ……」

「……そう。いつもと同じ?」

「……うん。人々を閉じ込めて、家畜として扱っている」


 玉座のそばに立つアリアの報告に顔をしかめてしまう。

 悪魔は人を家畜として扱っている。この場合の家畜は奴隷ではなくて食物としてだ。

 ……私たちが豚や牛にやっていることと同じ。

 王都の人のことを考えると無意識に両手を強く握りしめていた。

 自分がやっていることが、玉座にふんぞり返っていることなだけに嫌気がさす。 

 悪魔に対して人間は全く歯が立たない。ずっと蹂躙されているだけだ。


「対抗策を考えないと……このままだと、本当に国が亡ぶ」

「……そうだね」


 もちろん今まで考えていなかったわけではない。

 純粋に対抗策が思いついていないだけだ。

 悪魔は空を自由自在に飛べて、刃物も通らない強靭な肉体を持ち、王宮魔術師が束になっても叶わない魔法の使い手。

 人とはスペックが違いすぎる。こちらの攻撃は当たっても通じない上に、そもそも届かないのだ。

 そのせいで人はずっと悪魔に蹂躙されている。

 ……だが悪魔を弱体化する術はある。


「この国はほぼ悪魔に占領された。スグル街とその周辺を除いて……つまり悪魔たちは次に向かってくるのはここのはず」


 悪魔たちはスグル街を今まで襲ってこなかった。

 それはとある理由があったからだ。アダムがこの国を中心に、科学の力を発動している。

 詳細はあまり理解できなかったけど……悪魔たちはこの国から一定距離内では飛べなくなるらしい。

 飛べなければ悪魔とて進軍速度はそこまで早くない。

 そのため今まで後回しにされていた。


「飛行能力だけは消える……それで対抗できそう?」

「……正直、厳しいと思う。でも今までと違って戦いは成り立つと思う」


 リタが床に目を伏せる。

 悪魔に飛行能力がなくなっても、まだ強靭な肉体と魔法がある。

 分が悪いことに変わりはない。

 

「……でも少しでも長く耐えてみせるよ。スグルとの約束だから」

「うん」


 この戦いは私たちの力で勝つことは不可能。

 そんなことは最初からわかっている。

 だから各町にも防衛に徹すること、占領されても自棄になるなと命じた。

 ……それしか出来ない自分が嫌になる。

 自己嫌悪に陥っていると勢いよく扉が開かれ、息を切らした兵士長が入ってくる。 


「報告します! ジュラの町にて悪魔百余体と戦闘! ジュラ軍は兵九千は壊滅……なれど! ゴーレムたる鉄の棒の働きによって悪魔二体を殺したと!」


 兵士長は歓喜の声と共に、伝令として届けられたであろう紙を握りしめた。

 九千人の兵士に、鉄で作る代わりに大量生産できない強化型木偶の棒。

 それらの犠牲でたかが二体の悪魔を殺せただけ。

 それですら今の私たちには奇跡に思える。

 悪魔の総数を考えれば無意味に等しい、だが――。


「新兵器で悪魔を殺せたこと、それを国中に報告して。私たちは狩られるだけの存在ではないと」

「ははっ! これを機に我々の逆転劇を!」


 兵士長は意気揚々と部屋を出て行った。

 本来ならば気休めにもならないが、少しでも自暴自棄になる人が減る様に。

 まるで大戦果をあげて、今後は逆転劇が始まるかのように報告させる。

 本当にそんなことしかできない自分が嫌になる。


「アリア、少し休んだ方がいい」


 私の顔を見ながらリタは呟いた。

 しばらく鏡は見ていないがかなり見目悪くなっているだろう。

 スグルがいなくなって以来、まともに寝てないし顔を洗うことすらしていない。

 ……そろそろ睡眠をとったほうがいいのだろう、理屈ではわかる。


「リタの言うことはわかる。でもこんな状態で寝るわけには……それにリタも同じ」

「……そうだよねぇ。スグルならたぶん、無理やりでも気絶させてくるんだろうけど」

「スグルならやりかねない」


 気を紛らわせるために二人して無理やり笑みを浮かべる。

 私たちは決して諦めていない。スグルならきっと来てくれる。

 それに今も彼は力を貸してくれている。部屋の隅に目を閉じて立っているアダムのほうを見た。

 彼女は片腕を失いながらもこの世界に残ってくれた。

 そして力を使って悪魔の飛行能力を奪っている。

 それに集中する必要があるようで、ずっと身動き一つ取らずに黙っているが。


「鉄の棒は強いねぇ……一体で悪魔を倒しちゃうなんて」

「作るのに時間もかかるし、鉄も全く足りない。次に作れるとしても数日かかる」

「でもこれで……少しは希望を見せられるよね。完全に大嘘な言葉だけじゃなくて」


 リタの言葉に頷く。

 一番怖かったのは、絶望のあまり自殺したり内部から軍が崩壊すること。

 悪魔を殺せたならば数日は持つ……。

 今後の作戦を考えていると勢いよく扉が開かれた。

 ジュラの町長が護衛の兵士五人を連れて、勢いよく部屋に入ってきた。

 また文句でも言いに来たかと思ったが雰囲気が違う。

 彼が連れてきた兵士たちは武器を強く握りしめ、臨戦態勢のように見える。


「何用ですか? 今は軍議中です」

「いえいえ。悪魔たちが王都やジュラの町を占領しましたが、麗しき王女は何をしているのかと」

「…………」


 ジュラの町長が私に向ける視線は、味方に向けるソレではない。

 つまりは……。


「反逆ですか?」

「反逆ではありません。元々、貴女が王なのがおかしいのですよ。スグル様ならばこんなことにはならなかった。つまりこの状況は全て貴女のせいだ!」

「なっ!? ……反逆だ! ジュラの町長を捕らえよ!」


 リタが大声で叫ぶが外にいるはずの護衛兵士は誰も来ない。

 それを見たジュラの町長は薄気味悪い笑みを浮かべる。


「護衛の兵士たちはもういませんとも。何故ならば、悪魔に勝てるわけがありませんから」


 その言葉と共に、町長の連れてきた五人の兵士の身体が膨張していく。

 鎧や服が破裂して黒い身体に翼を持った人型――悪魔へと姿を変えた。

 それを見てリタが私をかばうように前に出た。

 部屋の隅で立っていたアダムも目を開き、こちらを見ている。

 どうやら異変を感じてこちらに意識を向けているようだ。


「なっ!? 何でお前が悪魔を連れてるんだ!」

「悪魔は言葉がわかる、ならば交渉の余地はあるでしょう。アリアを譲り渡して、毎日一定数の人間をささげると約束しましてね」

「……最低」


 思わず漏れた本音。それを聞いたジュラの町長はこちらを見て嘲笑う。


「最低で結構。私は自分の命が惜しいのでね。では悪魔たち、よろしくお願いします」

 

 五体の悪魔たちが一斉に襲い掛かってくる。

 そのうちの一体を横からアダムが殴り掛かって吹き飛ばす。

 更にリタが銃を撃って一体が倒れ伏す。

 だがそこまでだった。アダムもリタも残りの悪魔の体当たりを受けて、壁に叩きつけられて床に力なく倒れる。

 

「っ……アリア、逃げて……」

「……破損率九十パーセントを突破。自力での行動、不可」


 三体の悪魔たちがこちらにゆっくりと歩いてくる。

 どうやら私は戦力として見なされてないらしい。

 私の前に立った悪魔が、片手で私の首を押さえて宙に上げる。

 ……懐に隠してあった銃を手に持つと、その慢心した顔に向けて引き金を引いた。

 物質破壊銃。スグルから受け取っていたそれは、悪魔の顔を跡かたなく吹き飛ばす。

 掴まれた腕から力が抜けて、私は地面に身体を打ち付けられる。

 

「チイッ! よくモ仲間ヲ! お前ハ許さン!」


 生き残った悪魔が、恐ろしい速度で私におそらく殴り掛かった。

 吹き飛ばされてリタやアダムと同じように壁に叩きつけられる。

 身体が動かない、視界がぼやける。たぶん骨も折れていると思う。

 銃も落としてしまったようでもう抵抗の術はない。

 改めてゆっくりと悪魔が近づいてくる。

 リタやアダムの声が聞こえるが、遠くて何を言っているかわからない。

 悪魔が私のすぐそばに来て右腕を振り上げた。


「死ネ!」


 そして腕は振り下ろされて私は死ぬ。

 どうやら少し失敗したようだ。もう少し耐えられたならば、スグルが来てくれただろうに。

 結局、自分では何も……。


「いや完璧だ。君は私の予想以上の結果を残した」


 そんな私の予想を砕くように、いつものように白衣の男が目の前にいた。

 

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