第46話 悪魔は誰


 私たちは電磁障壁をまとって、外から玉座の間へと突入した。

 壁を粉砕して侵入した我々を玉座に座った無能が目を丸くして見ている。

 そのすぐ傍には五人くらいの側近。そして三十の悪魔たちが部屋に等間隔で配置されていた。


「なっ……なんじゃあ!? き、きさまらは!? あ、あ、悪魔よ! 奴らを殺すのじゃ!」


 無能は私たちに驚きながらも指示を出す。

 悪魔たちはその命令に反応して私たちに対して炎を吐いてきた。

 だが電磁障壁が自動で発生してそれを防ぐ。

 抱きかかえていたアリアを床に降ろすと、彼女は王に向けて口を開いた。


「待ちなさい。王よ、貴方に最後の通告をします。もはやこの城は私の兵が占領しました、降伏しなさい」

「ぐっ……仮に降伏すればわしはどうなる!? 当然、大臣以上の待遇であろうが!」


 玉座に座った無能が叫ぶ。

 どうやら己が劣勢なことは流石に理解しているようだ。だが発言は馬鹿すぎる。

 

「……貴方の命を助けるのは無理です。ですが降伏すれば王としての尊厳を守って死なせます」

「は……?」


 無能は口を大きく開いてバカ面を晒す。

 どうやらアリアの回答が全くの予想外だったらしい。

 しばらく硬直した後。


「ふざけるな! 余は王であるぞ! 殺すなどもってのほか!」


 無能は激高して玉座の手すりを拳で叩きつけた。周りの有象無象も何やら騒いでいる。

 こいつらは馬鹿だ。王だからこそ生かすわけにはいかないのだ。

 仮にこいつを生き残らせれば残党なりがまた王として擁立しようする。今後の火だねになるのは明らかだ。

 アリアがいくら聖人君子でも流石にそれは認められない。

 

「ええい! 貴様らのような愚民と取引などあり得ぬ! 貴様らを殺して国を取り戻す!」

「初めて意見があったな、私も貴様と交渉など時間のムダだ。アリア、もういいな?」

「……うん、お願い」


 アリアが頷いたので私は最後の仕事をすることにする。

 彼女が無能に与えようとしたのは破格の待遇だ。本来ならば悪魔に魂を売った王として、民衆の前で斬首されるのは確定だ。

 だがそれをやめるチャンスを与えた。

 この状況ですら安らかに苦しみなく一人で死なせてやると言ったのに。

 その最期の慈悲すら拒否した無能に、もはや加減も考慮も必要などない。


「悪魔よ! 余に逆らう愚民どもを殺せ!」

「「「「オオオオオオォォォォ!」」」」 


 私たちの周りにいる悪魔たちが一斉に吠える。その衝撃で部屋の壁のいたるところにヒビが入った。

 どうやら咆哮が強すぎて一種の音波兵器になっているようだ。

 玉座に座った無能や側近たちが、必死に手で耳を押さえながら苦しんでいる。

 だが私とアリアは障壁に守られているので問題はない。

 

「ふむ。悪魔の合唱か。昔の戯曲に存在しそうなタイトルだな」


 そう呟きながら手で空を切って合図を出す。するとそれに呼応して、私の前に人型の生物が転送された。

 それは白い肌を持っていた。それはコウモリのような翼を持っていた。


「ば、馬鹿ナッ!?」


 悪魔の一体が驚愕の悲鳴をあげたのも当然だ。

 それは――拘束具に纏われている白い悪魔。彼らの元首領であり同胞だったモノだ。

 周りからざわつく声が聞こえる。

 腕や足を機械の拘束具で制御されている姿を見て、周りの悪魔たちが息をのんだ。

 三十の悪魔たちは己の首領だったモノの姿に驚いて、身動きがとれていない。

 だが白き悪魔は一言も喋らず目に光もない。ただ立っているだけだ。


「少し難儀だったが洗脳もできた。悪魔などという仰々しい名前でも、貴様らはしょせんは生物にすぎない。では身内で殺しあってもらおう」


 拘束具が青白い雷撃を放ち、白い悪魔は苦悶の声を出す。

 そして以前の同胞に、すなわちこの部屋の悪魔たちに襲い掛かった。


「オォォォォォ!」

「ナッ!? オイ!? オレがわから……がッ……」


 最も近くにいた悪魔が、白き元同胞の爪で首を切断されて絶命した。

 それを見て他の者たちは警戒態勢をとる。だが白き悪魔はとまらない。

 悲鳴にも似た雄たけびをあげながら雷撃を放つ。

 それに直撃した三体の悪魔は、悲鳴すら上げれずに黒焦げになって感電死した。


「私は無駄なことが嫌いでね。その拘束具は操るためだけではなく、戦闘能力を向上させている」

「コ、この悪魔ガァ!」

「悪魔にそう言われるとは光栄だ」


 悪魔が人を悪魔呼ばわりとは滑稽だ。

 もしくは悪魔に寄生された人間の潜在意識が、それを言い放ったのかもしれない。

 どちらにしても関係はないが。

 白い悪魔が他の悪魔たちを蹂躙していくのが見える。他の悪魔の胸を腕で貫き、雷撃を黒焦げにし、首をかみ切る。

 もはや同種族とは思えないほどの力の差だ。

 玉座に座った無能に目を向けると、凄惨な光景を青い顔で見つめていた。

 奴にとっての最後の頼みの綱が蹂躙されているのだ。きっと心穏やかではない。

 そして白い悪魔をのぞいて、この部屋の全ての悪魔が生命活動を停止した。


「オオオオオオ!」


 拘束具をつけられ、爪や口に血を纏った白い悪魔が雄たけびをあげた。

 かつての同胞を手にかけたのならば、多少は辛さもあっただろうか。

 もしくは特に思い入れもなかっただろうか。

 白い悪魔の気持ちとやらを考えていると、アリアが寄ってきた。 


「……スグル。もういい、私は気にしてないから解放してあげて」


 アリアが私に目で訴えかけてくる。

 今回の悪趣味な嗜好はあえて行った。アリアを誘拐し殺そうとしたことに対する仕返しだ。

 私は許すつもりはないが彼女が願うならばしかたない。 


「君がそう言うならばこれで許すとしよう」


 ため息をつきつつ、空中コンソールを叩いて自爆装置を起動する。

 天井に向けて雄たけびを放ち続ける白い悪魔。その拘束具が天に向けて光線を放つ。 


「オオオオォォォォォ……!」

 

 白き悪魔は拘束具が発射した光に呑まれて、跡形もなく消失した。

 それはまるで天からの浄化の光のように見えただろう。実際は地上から発射しているのだが。

 証拠隠滅と暴走時用の自爆レーザー装置だ。

 無能たちはレーザーで空けられた天井の穴を見て、茫然としている。

 アリアはそんな愚か者たちの傍に近づいていき、腰につけていた剣を抜くと無能の首につきつけた。


「貴方達の負けです」

「あっ……あ……」


 無能はしばらくの間、首につきつけられた剣を茫然と見つめていた。

 その後に我を取り戻したようで目を大きく開く。

 

「まっ、待て! 余は……余は……!」

「弁明も言い訳も必要ありません。大人しく捕まってください」


 流石の無能も今の状況は理解しているようで、肩を落として抵抗をやめた。

 それと同時に部屋の扉が勢いよく開かれる。

 そこにはリタと木偶の棒ズが見えた。


「スグル! アリア! もう終わったよね!?」

「ああ。言いつけ通りに部屋の外で待機していたようだな」


 リタたちの反応が少し前から、この部屋のすぐそばにあったのは把握している。

 悪魔は相手にするなと指示していたので、部屋には入らずにそれを守っていた。

 彼女は私たちに対してピースサインを出す。 


「城は全部制圧したよ」

「そうか。ならばこれで全て終わりだ」

「ううん、始まり。これからが大変」

「……そうだな。君たちにとっては今後のほうが忙しいか」


 アリアは真剣な表情で捕獲した無能を見つめていた。

 彼女らにとってはこれからが始まりだ、国を運営せねばならないのだから。

 後は元の世界に戻るだけの私とは違う。

 もう彼女らとは同じ視線を向いていない。ここから道は分かれるのだ。

 私はそれを何となく……いや、確実に寂しいと感じていた。

 

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