第42話 権威の失墜


 白い悪魔を捕獲してスグル町へと戻った後、王が国民を殺せと命じた映像を国内全てで見えるように上空に映し出した。

 それによって王の権威は完全に失墜した。このまま奴が死ねば簡単に政権を奪える。

 だがまだ王権の崩壊まではしていない。あの映像をガセだと広める者や、安易には信じない者も当然いる。

 前者は完全に王の手の者で、そのようなことをしてくるのは予想の範疇だ。

 国民全員から賛成を得る必要はない。大多数を味方にすればこちらの勝ちだ。

 そして一気に動いた情勢に対応するため、アリアとリタを自宅へと呼んだ。

 今はソファーでくつろぎながら待っているところだ。

 すると修復された扉をノックする音が聞こえた後に開かれた。 


「……お待たせ」

「待っていない。時間どおりだ」


 家に入ってきたアリアは私の贈ったドレスを着ている。

 ……祭典用のもので普段着ではないはずだが。まぁいいか、普段から周りの目を意識するならばアリだ。

 自動で清浄や修復する機能もあるので簡単にはダメにならない。

 何となくアリアを眺めていると、バタバタと走る音が聞こえてくる。

 勢いよく扉が開かれてリタが息を切らせて入ってきた。 


「ごめん遅れた!?」

「ギリギリだが間に合っている。問題はない」


 リタの姿は普段の冒険者風の服ではなく、中世の年ごろの少女が着るようなワンピースだった。 

 今日は護衛の仕事ではないからだろうか、珍しいことだ。

 彼女らに椅子に座るように促すと、彼女らは机を挟んで私の正面の椅子に座った。


「そういった服も持っていたのか、リタ」


 私が指摘するとリタは頬を赤く染める。

 そこまで慣れなくて恥ずかしいなら着てくる必要もないだろうに。


「う、うん……一応は……変かな……」

「微妙だ。普段の冒険者服のほうが似合っている」

「そう……」


 かなり落ち込むリタ。彼女は厚着よりも少し肌が見えるくらいの軽装のほうが似合う。

 中世風のワンピースは微妙だろう。ようは健康的な服のほうがいい。


「服が欲しいのか? ならばそういった中世風ではなく私の時代の物をやる。そちらのほうが似合うだろう」

「本当!?」

「嘘をつく意味もない」


 何だかんだでリタも働いている。ボーナスみたいに渡すのもいいだろう。

 彼女はさっきの落ち込みから一転、飛び上がるように喜びだす。

 相変わらず賑やかなやつだ。

 それを見ていたアリアが私に近づいてきた。


「スグル、私も欲しい」

「ドレスやっただろうが」

「これは業務用。リタと同じようにスグルの選ぶ普段着が欲しい」

「……やれやれ。しかたがない」


 アリアも表情にほのかに笑みの色がうつる。

 彼女らも科学のよさがわかってきたのだろうか。別に中世風も悪くはないのだが似合う似合わないはある。

 リタたちは美人というよりも可愛いタイプだ。華美なドレスよりも現代風の可愛さを意識したほうがいい。

 私のセンスが中世と違うから、似合っていないと思うだけの可能性もあるが。

 そればかりは一度渡してみて気にいるかで判断する。


「では本題に入る。私の大活躍によってこの国の王は虫の息だ」

「自分で大活躍って言うんだ……」

「事実を語っているに過ぎない」


 一人で万の軍隊に匹敵する悪魔の首領格を捕獲して、王の大スキャンダルを公開処刑したのだ。

 客観的に見て英雄の活躍だろう。

 アリアもリタもそれはわかっているようで、呆れながらも否定してこない。


「あの無能、破れかぶれかは知らんが悪魔を大々的に使いだした。今の王城の周りは常に悪魔が飛び回っている」

「うわぁ……」

「王はやけくそになってる」


 今の王城はステレオタイプな魔王城と言っても全く差し支えがない。

 雷雲などがないので雰囲気は少し微妙だが。

 王都から逃げ出す者もいるが少数だ、生活があるのであまり避難していないようだ。

 悪魔たちが王都の人間を襲っていないことも関係している。

 

「どうせなら王都で悪魔を暴れさせてくれれば、本当に助かったんだがな。まさに魔王として人間の敵にできた」

「あの王は無能だけど人間の敵ではない。自分が一番偉くない世界は間違ってると思ってるだけ」

「それはそれでゴミだな」


 アリアが目をつむりながら呟く。

 彼女は連れ去られた後にあの無能王と話したらしいので、その時のことを思い出しているのだろう。

 ちなみにあの無能は、アリアを見て襲い掛かろうとしたらしい。

 電磁障壁によって防がれたので事なきを得たようだが、本当にあの無能には生き地獄を見せてやろう。

 

「あの無能王の首をとれば後は全てが思うままに進む。悪魔城を攻撃することを提案する」

「……悪魔が厄介。スグルがボス?を倒したとしてもまだ三十いる」

「あの程度ならば三十くらいどうとでもなる」


 白い悪魔が三十いるなら話は別だが、あの劣化量産品のパチ物みたいなやつらならば問題ない。

 炎を吐くだけなら大道芸人でもできる。ようは鳥みたいに飛ぶ熊が炎を吐けるようなものだ。

 生身で戦うならば恐怖だが機械技術があれば勝てる。

 白い奴だと熊より更に強い何かで、かつ電撃まで操るから厄介だった。


「悪魔は私が処理する。ならば障害はないな?」


 私の言葉にアリアはうなずく。

 これで王都に攻めることは確定した。貴族たちへの裏工作も十分な成果をあげているし、今回の件で王の権威はチワワ以下になった。

 残りの日和見連中も寝返るだろう。この状況でなお無能な王に従う奴は邪魔なので、王都を占領した暁には処分対象だ。

 

「ああ。それと正式に鉱山を強奪……いや譲り受けた。金属が集まればタイムマシンの修理に入るつもりだ」

「今、強奪って言ったよね!? ダメじゃないの!?」

「大丈夫だ。裏切るのが遅かったが献上する物はないのか? 私は鉱山のみ欲しいと婉曲に要求したまでだ」

「露骨すぎるよね!?」


 リタのツッコミをスルーする。

 だが私も鬼ではない。鉱山を渡した貴族は、最初のほうにこちらについた者と同様の地位につける。

 本来なら側近や元々の重鎮を上の階級に置く。だが元々のアリアの周りなど私とリタしかいない。

 どうせ誰でも大して変わらないので、それなりの地位を約束しておいた。

 ただし変な動きをすれば即処分すると言っておいたが。


「改めて言うがタイムマシンが直れば私は元の世界へ戻るつもりだ」


 私が二人に向けて宣言すると、彼女らは視線をおろしてうつむいた。


「……本当に戻っちゃうの? …………ここにいるって選択肢はないの?」

「考えはした。だが現状では、やはり元の世界に戻るメリットがある」


 元の世界ならば私は金や資材に全く困らない。

 ここは魅力的な研究対象は多いが資源や機材が足りないのだ。

 この世界で手に入れた様々な物も、私の研究所ならばもっと本格的に研究できる。

 

「私はタイムマシンを完成させねばならない。約束したからな」

「……約束? 誰と?」

「知らん」

「何で誰と約束したかを聞いて、知らないって返事になるのさ!?」

「本当の名前すら知らない相手との約束だからだ」


 彼女との約束は私の原動力の一つだ。

 ほんのわずかな出会いで蜃気楼のように消えてしまった者。

 だがその身近な時間は私にとって素晴らしい日々だった。

 今の私があるのは彼女のおかげと言ってもいい。

 そんなことを考えていると、アリアが私を見ていることに気づいた。

 その目には薄っすらと涙が溜まっている。


「……覚悟はしてる。スグル、でもできれば…………残って欲しい」

「頭にとどめておこう」


 私も少しばかり迷ってはいる。この世界にはまだ魅力的な研究対象が多い。

 そして……どうやら私は、彼女らと別れるのを嫌っているようだ。

 いつの間にかまた親しい人間ができてしまったらしい。

 ……そういえばアリアは少しばかり、私がタイムマシンを作ると約束した者と似ている気がするな。

 

「私のことは今はいい。それよりも王都のことに集中しろ」

「……わかった。ただ、それが終わったら私とリタがそれぞれスグルと話をしたい」

「今も話しているだろう」

「二人きりで話をさせて欲しい」


 アリアとリタが真剣な表情になった。

 おそらくだが私がいなくなった後に、軍備などをどうするかなどだろう。

 彼女らも為政者や軍の上層部の自覚が出てきたようだ。

 私とて帰るから後は知らんとは言わない。ちゃんと色々と考えている。


「面談だな。いいだろう、予定しておく」


 彼女らにそう宣言する。そして王都に対する侵攻作戦の相談に入るのだった。 

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