第41話 不快


 王都の城内にある無駄に広い王の間。

 そこで無能が玉座に座りながら、怒りに喚いて手すりを叩きつけた。

 周りには数名の臣下、そして異形の姿をした白い悪魔がいる。

 

「ふざけるな! ジュペタの町長は余を侮辱し、娘を奪っていった! 今までよくしてやったのに……すぐさま殺すのじゃ!」

「もちろんでございます! しかしあの者にあんな力があろうとは……」

「ふん! 悪魔たちから逃げただけじゃ! そうじゃろう!」


 王が悪魔に向けて叫ぶ。

 悪魔は表情を一切変えずに甲高い声で返答する。

 

「次は逃がさヌ。アノ少女は我々も必要ダ」

「無論じゃ! そのために貴様らを復活させた!」


 激高している俗物はすでに先の悪魔の発言を忘れているようだ。

 頭に血が上って殺すと言われたことすら、記憶から抹消されてしまった。

 怒りの形相を浮かべる玉座に座った男に、普段は太鼓持ちの臣下たちは少しばかりひいている。

 だが傍にいる財務卿だけは笑みを浮かべていた。


「王よ、ここは悪魔たちにこの国の愚かな国民を間引きさせては?」

「なにぃ?」

「王に逆らう民など全て国賊です。悪魔に滅ぼしてもらうのがよろしい」

「たしかにそうじゃな! 悪魔よ、余に逆らう者を皆殺しにするのじゃ!」


 王は財務卿の提案を受け入れ白い悪魔に命令を下した。

 それを聞いた悪魔は異形の顔に笑みを浮かべる。

 

「いいダロウ」


 白い悪魔は身をひるがえしてここから去ろうとする。

 ここが頃合いだろう。すでに欲しい物の一つは手に入れた。


「待て。まだ私の話が終わっていない」


 私は電磁迷彩を解除して、姿を無能どもに見えるようにする。

 いきなりの登場にここにいる奴らは例外なく驚いていた。


「だ、誰だお前は!」


 無能の一人が私を指さす。

 ここに私のことを知っている者はいない。先ほど侵入した時は変装していたからな。

 だが無能の分際でこの私を指さすか。


「誰でもいいだろう。それより素晴らしい映像を感謝するぞ、これで貴様の無能さを国中に喧伝できる」


 空中にスクリーンを出現させて、先ほどの王が悪魔に国民を殺すよう命じた映像をうつす。

 流石に状況のまずさに気づいたのか、部屋にいる有象無象どもが騒ぎ始めた。

 最も無能な王と呼ばれる者はわなわなと身を震わせている。

 

「悪魔よ! こいつを殺せ!」

「アア!」


 白い悪魔は羽根を大きく広げて私に飛び掛かってくる。

 鋭い爪で切り裂いてくるがいつものごとく電磁障壁が展開。

 襲い掛かる爪と障壁がぶつかって火花を散らすが、破り切ることができずに悪魔は諦めて私から距離を取る。

 こいつが悪魔たちを率いているのは知っている。上位種なのか、ただの群れのトップなのかはしらないが捕獲したい。


「悪魔の攻撃を防いだじゃと!? 魔法使いか!」


 玉座に座った無能が喚く。

 見当違いもはなはだしい。私が魔法使いなわけがあるか。

 こいつらに説明する価値はないので否定もしないが。

 座った無能、そして周りで愚かに騒いでいる有象無象どもに宣言する。


「すでに貴様を国の敵にする証拠は手に入れた。後は悪魔を倒して終わりだ……貴様ら程度が私に大きな損失を与えたのだ、その罪の重さは万死でも足りん」


 悪魔は三十ほどいて統括されているのは厄介だ。

 だが連携していなければ特に問題はない。この白い悪魔がリーダーのようだし、こいつさえ消してしまえば雑魚の集まりになる。

 空中に展開したコンソールを叩き、身体の周りに機械の装甲を転送する。

 人型外部装甲パワードスーツライトニングVer2。以前にゴブリン退治で使用したものからバージョンアップしている。 

 具体的には各性能の向上や新たな機能の追加である。


「な、なんだ!? 白い鎧!?」


 有象無象の一人が叫んだ。

 偶然だがこちらの装甲色も白なので、白色どうしが相まみえる絵面になっている。


「ガアッ!」


 白い悪魔は私に対して手から雷撃を放ってくる。どうやらこいつは炎を吐くのではないらしい。

 私は右手を前に掲げる。すると雷撃は全て掲げた手に集まって一つの球体へと姿を変えた。

 これがライトニングの新機能である雷撃操作だ。

 空中に散らばる電気をかき集めることで、攻撃もしくは装甲の電力として運用する。

 装甲のエネルギーを節約しながら戦うことが可能だ。


「元々は最初の悪魔が電気ウナギだったからの用意だったが……他の悪魔は炎ばかりで完全に無駄になったと思っていた。礼を言うぞ、実践テストもできた」

「舐めるナァ!」


 白い悪魔が吠えると、奴の手に電撃がバチバチと纏われる。

 そして奴の爪が急激に伸びていく。どうやら電気が爪をかたどるように形を成しているようだ。

 つまるところ私の光線剣ビームソードと仕組みは同じだ。

 構成するものが光か電気かの違いでしかない。

 随分と芸達者なことをするものだ。


「恐れおののケ! オレのサンダークローは、ドラゴンをも殺ス! 無敵ダァ!」

「くだらん嘘を喚くな。無敵ならば貴様は封印などされていない」

「死ねエ!」


 私の指摘をごまかすように悪魔は襲い掛かってくる。

 それを嘲笑しながら右手を掲げたまま出迎える。

 奴の電撃の爪が私に振り下ろされるが、私に直撃する前にそれは消滅した。

 伸びた爪の長さを考慮しての攻撃だったため、元々の爪では私に届かず無様に奴の右手は空を切った。

 そして私の掲げた右手の先には直径1メートルはある電気の球体ができている。

 奴の電気を更に吸収したことで巨大になった。


「無様だな。貴様自身の力に呑まれるがいい」


 右手に集まった電気の球体を悪魔に向けて発射した。

 それは奴を包み込んで捕らえる。


「グおおおオォォォォ!?」

「電気を纏える身体と言っても、超高出力の電撃の前では過負荷オーバーロードを起こすか」


 電気の球体に捕らえられた悪魔の肌が黒く焦げていく。

 奴はしばらくの間、悲鳴をあげて暴れていたが大人しくなった。

 だが意識を失うことはない。常に強烈な電撃に教われているのだ、気絶してもすぐにその痛みでたたき起こされる。

 これで捕獲完了だ。残りの悪魔は後で捕獲、もしくは処理しにくればいい。


「な、ど、どうなっておる!?」


 まだ状況を飲み込めていない無能が玉座の上で悲鳴をあげた。

 こいつをここで捕獲するのは簡単だが、せっかくなのでアリアにやらせたい。

 分かりやすい敵の筆頭を捕獲して政権交代を演出するのだ。

 無能は私を見て身を引いた後に、周囲を見渡して何かを探している。

 

「ざ、財務卿……!? 財務卿はどこじゃ!?」

「!? ほ、本当だ!? 財務卿がいないぞ!?」


 有象無能どもも騒ぎ出す。

 財務卿だか労務卿だか知らんがどうでもいいな。

 おそらくこいつらを見限って逃げたのだろう。間違ってはいない選択だ。

 

「ここで貴様らを捕らえはしない。近いうちに軍が攻めてくるので精一杯抵抗してくれたまえ」

「な、なにを! え、え、衛兵はおらぬか!?」


 無能が助けを求めて叫ぶと走ってくる音が聞こえてくる。

 こいつは本当に愚かだ。ここで衛兵とやらがやってきたとして何になるのか。

 まだ悪魔を呼んだ方が幾分マシだろう。

 どちらにしても問題はない。すでにやることの一つは終えたのだから。

 後はこの無能に復讐するだけである。

 私は玉座に座ったままの無能に近づいていく。奴は必死に椅子から立って逃げようとするが、腰が抜けたようで動けずにいる。


「貴様には新しい薬の実験体になってもらう。安心しろ、死にはしない」

「ひいっ!? 触るでない!?」


 暴れる無能の腕を左手で掴む。そこから薬投入用の針を刺して、奴の体内に薬を流し込んでいく。

 奴は抵抗しようともがくが、人程度の力では外部装甲の腕はビクともしない。

 そして適量を流すことができたので、奴から針を抜いて解放する。

 

「ひ、ひいっ!? 私の肌が緑色に!?」


 無能は自らの右腕が醜い緑色へ変わるのを見て悲鳴をあげた。

 右腕を身体から遠ざけるように振り回している。どうやらかなり嫌悪しているようだ。


「それは身体をオーガにする薬だ。ちなみに私は治す手段を持っている。ここから逃げずに、救国の乙女の軍に勝てたならば治してやろう。ではごきげんよう」

「ひいっ!? た、助けてくれ!?」


 無様に吠える無能を嘲笑しつつ、転移でスグル町へと戻った。

 これでおぜん立ては整った。正体が化け物で無能な王がいて、悪魔に占領された王都を救国の乙女が滅ぼす。

 完璧な筋書きだ。これならば民衆もアリアに従う。

 後はそれを実行するだけだ。だが一つだけ問題がある。

 悪魔が三十ほど残っているので、それの処理だけは私も手を貸す必要がある。

 本来ならば後はアリアに全て任せるつもりだったが、どうやらまだ彼女から手を放すことはできないようだ。

 残念だが仕方あるまいと、私は何となく笑みを浮かべて考えていた。

 

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