第40話 奪還


 王都の広場に転移して周囲を確認するが、特に異常が起きていない。

 それ自体に大きな違和感を感じる。悪魔が三十も復活して、アリアを連れてきた場所だ。

 すでに酷い惨状になっていると予想していた。

 アリアの居場所を示すGPSはここから北、位置を見ると王城にいるようだ。


「王城に悪魔がいるにしては、全く火の手などが上がっている様子もないか。やはり何か起きているようだ」


 可能性としては二つだ。一つは悪魔たちが王たちを脅して大人しくしている。

 もう一つは悪魔たちに何らかの手段で言うことを聞かせている。

 どちらでも共通することはアリアを救うことだ。それで前者ならば悪魔たちを殺せばいい。後者だった場合は……王城ごと消せばいいか。

 特に問題はないな。

 ホバーブーツを起動して浮き上がり、王城へと飛んでいく。

 真上をとって確認するがやはり騒動などは起きていない。


「ならば侵入を……いや、ここは変装ぐらいはしておくか」


 私が王城に侵入して暴れるのを広言されたら面倒か。

 光学迷彩を身体に纏わせる。私の今の姿は以前に捕らえた元ジュペタの町長に見えるはずだ。

 これで不都合なことが起きても問題ない。

 憂いは消えたので身体の周りに展開している電磁障壁の出力を上げる。 

 アリアの反応がある城の尖塔に突っ込んだ。

 壁を粉砕して中に入ると、床に幾何学模様の魔法陣が書かれている部屋だ。

 そしてその中央にアリアが寝かされている。

 彼女の周りには有象無象がいて、私を見て何やら喚いていた。


「な、なんじゃ! ここを、そして余を誰と心得る!」

「王の命を狙いに来た者か! 衛兵よ出会え!」


 こいつらは何を言っているのだろうか。自分たちに価値があると誤解しているようだ。

 どうでもいいので無視して、アリアのそばへと近づいた。

 彼女の脈などは確認しているので問題はない。悪魔でも破れない防護障壁も仕込んでいたので、身体に外傷もないはずだ。

 精神的にも大丈夫だ。仮死状態にする装置が発動しているのが確認できる。


「貴様! その小娘は余のモノであるぞ……ってそちはジュペタの……!? 死んだはずでは!?」


 冠を被った有象無象が叫んでいるがどうでもいい。

 アリアは確保した。ならばもうこの場に用はない。

 彼女を抱きかかえると、粉砕した壁から外へと飛び立とうとする。

 だがそれを塞ぐように悪魔たちが尖塔を囲んでいた。

 白い悪魔が私たちの近くに降りてくる。


「マテ、我らがニエだ。そしてコイツハこの男トの契約デ、しばらク貸し与えル」

「そうだ! 余は悪魔をも手中にしている! 裏切った貴様も、そこの女も余のモノだ!」


 冠をかぶった有象無象が口を開く。

 だが白い悪魔は首を横に振って否定する。


「チガウ。我らハこの少女ヲ貸してケイヤク果たしタアト、人間を全テ殺ス。貴様も含めテ」

「は……?」


 冠をかぶった有象無象は自分の妄想を話していたらしい。

 そもそもこんな別生命体を、簡単に扱えると思うのが愚かだ。

 洗脳するなりの対処をしなければ難しいだろう。

 私が悪魔を扱うならばそうする。力で負けている相手を扱うならば、操るか弱みの類でも持っていなければな。


「貴様らのことはどうでもいいが、愚かな間違いを犯している。アリアは私の所有物だとだけ言っておこう。では失礼するよ」

「逃げられルと思っているのカ?」

「逃げるのではないがね。ここで暴れては不利益を被る恐れがある」


 せっかく悪魔を倒すならばもっといいやり方がある。

 この状況を最大限利用するならば、こいつらを倒すのはここでは駄目だ。

 転移装置を起動。周りの景色が悪魔に囲まれた城から、スグル町の自宅へと変わる。

 本当に奴らは愚かだ。転移を止める手段を持ってないのだから。

 きっと私が去ったのを見て悔しがっていることだろう。 

 

「ん……」


 抱きかかえていたアリアが、目を開きながら声を漏らす。

 そして私の姿を見る。彼女のぼんやりと開いていた目が大きく見開いた。

 私の腕から逃れようと暴れるので、床に降ろすと私から距離を取る。

 彼女はこちらを警戒しながら周囲の状況を確認した。


「……貴方はっ……あれ? ここはスグルの……もしかしてスグル?」

「いかにも」


 光学迷彩を解除し元の姿に戻る。

 それを確認したアリアはホッと息をついた。

 

「念のため確認するが、身体に異常はないな?」

「……大丈夫」


 防護装置も機能していたし、全身スキャンでも異常はない。

 アリアの言葉もあるし問題はないだろう。

 

「すまないな。私のミスで君を連れ去られてしまった」

「……違う。スグルは悪くない。私が町から、いやスグルから急に離れてしまったから。スグルのそばにいれば何とかなった」


 確かにそれはある意味では間違いではない。

 私がいれば悪魔三十体がいても何らかの対処はできた。

 急だったので完全に勝てるかは不明でも、町自体に障壁を張れば退けることは可能だったろう。

 だがそもそも私が町に常に障壁を張れるようにしておけばよかったのだ。


「それこそ違う。私が悪魔の大量復活を計算しておくべきだった。すまない、君に不都合を与えてしまった」 


 あの状況でアリアがとった行動は最善で、彼女に一切の非はない。

 しかし彼女は床に視線を落として顔に暗い影を落とす。


「……スグルは失敗なんてしない人。だから私が悪い」


 アリアは少し震えた声で呟き、目に涙を浮かべ始めた。

 私はその言葉に対して眉をひそめる。


「何を言うかと思えば。私とて失敗するぞ」

「……え?」

「私は機械ではない、私は科学者だ。科学は失敗してこその物だ、その権化たる私が失敗しないわけがない」


 当たり前のことを言ったつもりだが、アリアは目も口も大きく開けて驚いている。

 まさか彼女は本当に私を完璧超人と思っていたのだろうか。

 

「私は運動が苦手だ。力も補助なしでは非力だぞ? それを余裕で補える頭脳を持っているがね」

「……スグルにも苦手なことがある」


 アリアは私の言葉をかみしめるように呟いた。

 どうやら誤解されていたようだな。


「予想外だ。君ならば私のことを理解していると思っていた」

「……そんなことない。私もスグルの真意がわからないことはある」


 アリアは首を横に振った。どうやら私も誤解していたようだ。

 彼女が飛び出して行ったときに、アリアに言われたことを思い出す。

 もしやあれも何かの勘違いがあったのだろうか、確認する必要がある。


「君が話の途中で飛び出した理由を聞きたい」


 その言葉にアリアはスカートのすそを握り、目をぎゅっとつぶる。

 何やら言いづらいようなのでしばらく待つと彼女は口を開いた。

 

「……スグルが私を拒絶して、捨てたのが耐えられなかった」


 彼女から絞り出された言葉に私は絶句した。

 拒絶に捨てる? 私がアリアを? そんなわけがない。

 私を理解できる唯二の人間を自ら手放すなどあり得ない。


「捨てる? 私が君を? あり得ないな、可能ならば元の世界に連れていきたいくらいだ。だがそれは困難なので、私がいなくてもやっていけるように頼んだ」

 

 今度はアリアが私の言葉に驚いている。

 どうやら本当に大きな誤解があったようだ。リタの言うこともたまには役に立つな。

 今後も同じようなことがあると困るな、ここで宣言しておくか。


「私はアリアを優れた人材と思っている。そうでなければ救国の乙女に祭り上げない。いやそもそも私はこの町にはいなかった。君がいたから私はここを拠点にしたのだ」


 アリアは感極まったようで顔を手で覆って、泣き始めてしまった。

 弱ったな、まだ彼女は本調子とは言えない。ここで水分をなくすのはよくない。

 私は彼女に目薬を手渡した。


「……これは?」

「涙を強制的に止める目薬だ。水分と塩分は温存しておきたまえ」


 アリアは私から受け取って目薬をさした後。


「……たしかにスグルは完璧じゃない。本来ならハンカチを渡す時」


 そう言って微笑んだ。それは何となく、見ていて気分がよかったので画像に保存した。

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