第37話 寄生人草(前編)


 リタが何やら面白そうな植物の名前を話してきた。

 恩を売ろうと思っていただけだったが興味深い。

 私はリタにペットボトルを差し出すが、彼女はそれを心痛な面持ちで首を横に振り受け取らない。

 こんなことは初めてだ。いつもならば私を自販機かのように注文するくせに。

 しかたがないので机にペットボトルを置く。


「その寄生人草パラサイトフラワーとは?」

「名前の通りで人間に寄生する草だよ。ツルを伸ばして人を捕獲して種子を植え付ける……植え付けられた人は意識を持った状態で死ねず、ずっと操り続けられるんだ」


 リタは唇を噛みながら怒りの形相をあらわにする。

 眼鏡のレンズに映っている彼女の精神波が、今までで一番大きく揺れた。

 どうやら相当にその寄生人草パラサイトフラワーを憎んでいるようだな。


寄生人草パラサイトフラワーは絶滅したはずだったのに。何故かボクの村に現れたんだ、そしてみんな寄生された……ボクはたまたま村から出ていたんだ」

「ふむ。リタの村は何人いた?」

「ボクを除いて二十人だよ」


 つまりは二十人がその植物に寄生されていると。サンプルはかなり多いな。

 寄生する植物と言えば冬虫夏草が思いつくが、アレは今回のケースとは違う。

 人に寄生して栄養素を吸い取るならわかる。だが何故殺さずに生かす必要があるのか。

 操ってエサを取らせているのだろうか。

 侍アリなどは他のアリをさらって働かせたりはするが、それに似たことをしている?

 変な生命体だが興味はある。どうやって人を操っているのだろうか。

 

「村の皆を開放したい。でもボクの力じゃ無理ってわかってる。国が魔法使いを派遣してくれるのも期待したけど……」

「しなかったのか。放置していて危険ではないのか?」

「生えた場所からは動けないって! だから見捨てられたんだ!」


 リタは叫んだあとに悔しそうに拳を握った。

 魔法使いは貴重な存在と聞く。戦時中で余裕もない状況の国だ、二十人ていどの村なら見捨ててもいいと判断したか。

 

「だから……ボクが全員を解放してあげるんだ、死なせることで」

「殺さなくてもツルとやらを切って解放すればいいのでは?」

寄生人草パラサイトフラワーに捕らわれた人間は、解放されてもすぐに死ぬ! そんなの常識じゃないか! それにできるならとっくにやってるよ!」


 リタは机を叩きながら、目に涙を浮かべて叫んだ。その衝撃でペットボトルが床に落ちて転がる。

 ……常識か。実にくだらない。


「ならば燃やせばいいだろう」

「たいまつを投げても全然燃えなかったんだ! 捕らわれる危険をおかしてやっても……ムダだった!」


 感情を爆発させるリタ。すでにやれることは試していたようだ。 

 

「……冒険者になって自分を鍛えても、何もできそうになかった。諦めかけた時にスグルの依頼を見た」

「強さを求める者と応募したやつか」


 王都で村の警備役を募集した時か、懐かしいな。

 あの時は強さでも売り文句にしないと、こんな辺鄙な村には来ないだろうと思った。

 なので強さを求める者を条件にしたわけだが。


「この銃ならみんなを開放できるかもしれない。離れたところから頭を撃てば……」


 リタは銃を腰から抜いて見つめる。

 その様子は何とも痛々しく決して望んだ答えではないのだろう。何せ他人の心など知らない私ですらそう感じるのだから。

 そんな彼女の様子は何とも……非合理でくだらないと思った。


「リタ、お前は極めて愚かだな。無駄なことをする必要はない」

「……スグルが人のことを考えないのは知ってる。でもこの話を否定するなら、ボクは君でも許さない」


 リタが怒りに満ちた目を私に向けてくるのを見て、思わずため息をついてしまう。


「お前の実力では難しいのだろう? いいかげんに諦めるべきだ」

「……ッ!」


 もし可能だと判断したならとっくに村に向かっただろう。

 していないと言うことは出来ないと判断している。

 銃は決して万能の兵器ではない。連射数が限られていてすぐに弾切れを起こす。

 それにリタに渡しているタイプの銃は拳銃だ。射程は大して長くない。

 これらを考慮すれば銃で寄生された人間を殺しきるのは難しい。


「嫌だ……絶対に皆を開放するんだ! スグルに何がわかるんだ! 大切な人なんていないだろうに!」


 リタは手で激しく机を叩きつけ、彼女の両手は真っ赤に染まっていく。

 感情に身を任せて力加減を忘れているな。下手をすれば骨が折れかねない。


「ああ、その通り。私が言えるのは一つだけだ、アリアがお前の立場ならとっくにこの問題は終わっていた」

「……は?」


 リタは呆けた表情になる。

 私も内心は呆れて物も言えない。何故、彼女は無理なことを行おうとするのか。

 不得手なことならば他人にやってもらうべきだろう。


「こんな面白そうな生物を研究しない理由がない。お前の出る幕はもうないぞ、リタ」

「え……?」


 アリアならばとっくの昔に、私に寄生人草パラサイトフラワーという存在を教えていただろう。

 私が興味を抱くように説明し、現地に案内もして私に処分させている。

 だがリタはそれをしなかった。私にメリットがある話だと言うのに。


「聞こえなかったのか? その村の寄生人草パラサイトフラワーは、全て私がサンプルにする」

「え……待って……助けてくれるの……?」

「そう言っているつもりだが」


 魔法使い程度が何とかなる植物など私の敵ではない。

 もったいないので燃やす手段は除外するので、どうやって捕獲するかは考える必要があるが。

 私の言葉を聞いたリタはポロポロと目から涙を落とす。


「あ、ありがとう……ぐすっ……誰も助けてなんてくれないって……」

「礼などいらん。私とお前のメリットがかみ合っているだけだ」

「それでもありがとう……これで皆を楽にしてあげられる」

「殺さんぞ」

「え?」


 リタは泣いていることで少し赤くなっている目を丸くした。

 何やら驚いているようだが当然だろうが。貴重な寄生された人間というサンプルを死なせる必要はない。


「寄生されても死んでいないのだろう? なら何とでもなる」

「でも寄生人草パラサイトフラワーから解放されても……すぐに死ぬんだよ……?」

「私は常識という言葉が嫌いだ。今まで散々お前にも見せてやっただろう」


 私の言葉にリタはさらに泣き出す。

 ……いいかげん水分と塩分のムダだと思うのだが。倒れられると寄生人草パラサイトフラワーの案内が遅くなって困る。

 彼女にスポーツ飲料の入ったペットボトルを渡すと、今度は素直に受け取った。


「……ありがとう」

「礼などいらんと言った。それよりもさっさと飲め、そして案内しろ」


 リタは泣きじゃくりながら、ペットボトルのフタをあけて水分を補給する。

 寄生された人間たちは救う方向で動くとしよう。

 彼女が私に恩義を感じれば、それを利用してアリアのそばに縛りつける。

 何やらアリアは寂しがっているようなので、リタがいれば精神的に安定するだろう。

 

「さて……人を寄生する植物か。どのような原理で操っているのか楽しみだ」


 できれば脳などに寄生して操っていて欲しい。

 もし糸で人形を操るような原理だったら許さん。その場合でも人を殺さずに生かす方法があるはずなので、そちらのほうで研究対象にはなるが。

 点滴のように栄養を送っているのか、操って各自で勝手に食べ物を食させているのか。

 どのような手段にしろ変わった生態系であることに違いはない。

 普段ではありえないほどおとなしいリタを見つつ、寄生人草パラサイトフラワーのことを予想するのであった。 

 

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