第38話 寄生人草(後編)

 

 王都にある城の玉座の間。 

 そこでは王とその側近たちが深刻な顔で話し合いをしていた。

 

「どうなっておる! なぜ余に逆らう町などできておる! 暗部を放ったし、軍も差し向けたのじゃろうが!」


 玉座に座った王は中身の入ったグラスを床にたたきつけ、ワインが絨毯に吸い込まれる。

 側近たちはそれを冷や汗をかきながら見ていた。

 王のすぐ横に立つ財務卿が口を開く。


「敵対者がかなり強力なのです。救国の乙女と祭り上げられた少女を旗印に、貴族でも裏切り者が出ている始末でして」

「何が救国か! 余に逆らうなど悪でしかない! 即刻滅ぼし、そいつを余の目の前に連れてこい!」

「……現状では難しいでしょう。あの町に出す戦力がありません」

「なんじゃと!」

「ですが一つ方法があります」


 財務卿は常人ならば恐ろしく感じるであろう、背筋の凍るような下卑た笑みを浮かべる。

 だが王も他の側近たちは気づかない。


「ほう。それはなんじゃ?」

「伝説に伝わりし悪魔を復活させるのです。彼らは恐ろしく強く、そして忠誠心もある極めて優れた生命体。復活させたとなれば、恩義に感じて王の望みを叶えてくれましょう」

「しかし伝説の存在じゃろ? 復活などできるのか?」

「すでに方法も確立しております。実際に蘇った例もありますゆえ」

「そうかそうか! やはりそちは優秀じゃな財務卿!」


 王の機嫌が直って側近たちは胸をなでおろす。

 だが彼らは最悪の選択をしてしまった。財務卿が再び邪悪な笑みを浮かべるのであった。






~~~~






 飛行車にリタを乗せて、寄生人草パラサイトフラワーが発生した村へとやってきた。

 完全に寂れていて建物などもボロボロだ。

 件の植物が現れた時から放置されてるから当然ではあるが。

 

「ふむ。普通の村だな」

「特に変わった物はないと思うよ。……結局アリアを放置しちゃったけどいいのかな」

「構わん。アリアならば問題ない」


 何やら不安そうなリタに宣言する。

 護衛としてアダムや暗殺部隊ケチャップズもいるのだ、特に問題はない。

 変な植物ということで地面を調査するが、特に種子などの類は落ちていないな。


「寄生人草はどこだ?」

「村の北のほうだよ。……近づいたら寄生された村人たちが襲ってくる」


 ゾンビ映画みたいだな。どうせなら夜のほうが盛り上がったのだが。

 残念ながら今は昼下がりである。いや寄生人草も植物ならば太陽が出ているほうが動けるか。

 ホバーブーツを起動して、昔の映像で見た暴走族に負けぬ爆音を鳴らしながら北へと進む。


「ちょっ……いつもよりうるさくない!? 静かにしないとバレちゃうよ!」

 

 リタが近づいてきて顔を耳元に近づけて小さな声を出す。

 いつもよりうるさいのは気のせいではない。普段と違ってノイズキャンセラーを切っているからだ。

 植物に音楽を聞かせると成長が促進する話もある。寄生人草も音で獲物を探っているかもしれない。

 しばらく北の森の中を進むがまだ件の植物は現れない。


「むしろバレるようにしている。データを採る必要があるからな」

「……そうだよね、スグルなら襲われても勝てるもんね」

「当たり前だ。しかし派手に音を出しても来ないな」

「以前はここらへんで寄生された人を見つけたんだけどね。そこらを徘徊してるから……」


 リタが銃を構えながら不安そうな表情でつぶやく。

 発見現場で派手に音を立てているが寄ってこない。音では獲物を感知していない可能性があるな。

 そうなると他には……。


「リタ、ちょっとそこらで筋トレしろ」

「寄生人草がそこらにいるかもしれない場所で!?」

「汗や体温に反応して寄ってくるかもしれん」


 蚊などは二酸化炭素や汗で寄ってくる。以前のリタが気づかれて、今は感知されていない理由はそれかもしれない。

 今の彼女は私がいるので、不安そうではあるが落ち着いている。呼吸なども正常の回数だ。

 以前に来た時はもっと焦っていたと容易に想像できる。


「早くしろ。しないならば構わないが、その時はマジックハンドでくすぐってやる」

「な、なにか知らないけどわかったよ……何でこんなところで……」


 リタは地面に手をつけて腕立て伏せを始めた。それと共にホバーブーツの音を消す。

 彼女の呼吸音だけが周りに静かに響く。

 少しずつリタの身体に汗が見え始め、呼吸が荒くなってくる。


「……ねえ、あまりまじまじ見ないで欲しいんだけど」

「研究のためだ。それとよかったな、以前よりもわずかだが胸が大きくなっているぞ」

「余計なお世話だ!」


 リタが腕立てを続けながら叫ぶ。

 せっかく喜ぶ情報を与えたというのに。女は胸の大きさを気にするはずだろう。

 

「こんなの本当に意味が……ッ!?」


 森の茂みから男性が現れてリタは言葉を途中で止める。

 服は擦り切れ、髪もボロボロで木くずなどが大量に混ざっている。

 においも臭いので全く身体を洗っていないようだ。寄生相手の綺麗さなどに興味はないということか。

 顔も死んだように生気がないが、こちらに対して両手を向けて弱々しく構えている。


「現れたな。やはり体温の類で感知しているようだな」

「お父さん……」

 

 二十人ほどの村ならば、寄生された人間は全てリタの知り合いだろう。

 すごいな、私はこんな状態になった知り合いなど判別できる自信がない。

 寄生された男は掠れたような声を出して、こちらに襲い掛かってきた。

 自動展開された電磁障壁に阻まれるが、見えない壁を気にせずにこちらに近づこうともがいている。

 どうやら知性はかなり低いようだ。電磁障壁のことを認識できていない。


「うぅ……優しかったお父さんが……」

「感傷に浸っている暇があったらよく見ておけ」


 空中にコンソールを展開して叩くことで、寄生された人間の周りに高重力を発生させる。

 男は立っていられずに地面に膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れる。

 その隙に身体を完全スキャンすると、後頭部と首の間の箇所に小さな植物が生えているのが確認できた。

 これが脳髄などに影響を及ぼしているのだ。当然と言えば当然の箇所だ。

 私はその箇所に注射器を投げ、狙い通りの箇所に針が刺さった。


「えっ……何をしたの?」

「すでに寄生人草は分析した。人体には無害な除草剤で草だけ殺す」


 注射器から薬品が投入されていく。男はか細い悲鳴をあげると動かなくなる。

 それと共に生命反応が急激に下がっていく。

 寄生主が死ねば身体の生命活動も停止するのだろう。だがそれでは困るので、倒れた男に小さな手のひらサイズの袋を投げた。

 それは大きく広がって男を包み込み、内部に培養液を充満させる。


「な、なにこれ……」

「超強力な栄養剤などを含んだ培養液だ。これに包まれていれば死にはしない」


 寄生されていたことで自身での生命活動の維持機能がマヒしている。

 だがしばらくすれば動き始めるはずだ。生物の力は思ったより強い。

 本来は悪魔に寄生された人間を死なせないためのモノだったが。

 リタは袋に包まれた男を見ながら、地面にへたりこんで涙ぐんでいる。

 

「感傷に浸るなと言っている。全て捕獲してからだ」

「うん……うん……!」


 リタは拭っても止まらない涙を流しながら返事をする。

 しかし弱ったな。サンプルに一体くらいは確保したいが、脳髄にまで浸食していては摘出時に寄生先の身体は死ぬ。

 この村の人間はリタの知り合いだ。摘出すれば彼女の不興を買ってしまう。

 ……寄生人草のサンプルとリタの忠誠。天秤にかければ後者のほうが重要か。

 しかたがないので寄生人草は諦めるとしよう。

 茂みから更に複数の人間が現れた。リタが泣いていることで、二酸化炭素などが多く吐かれて格好の獲物になっているようだ。


「後は繰り返すだけの単純作業だな」


 次々とやってくる人間たちを先ほどと同じように処理。

 襲撃が終わった後にはちょうど村の人口の二十人を処置した。

 

「これで村人は全員か?」


 リタは感極まって喋る余裕もないようで、必死に頷き返してきた。

 彼女の願いはかなえられた。今後は私に恩義を感じて大抵のことでは離れないだろう。

 そんなことを考えていると、森の木々をかき分けて全長四メートルはあろうかという花が移動してくるのが見える。

 信じられないことに根を百足の足みたいに動かして歩いている。


「こいつらに種子を植え付けた植物はあいつか?」

「う、うん……! あれが寄生人草パラサイトフラワーの本体だよ!」


 巨大な花はこちらに向けてツルを伸ばしてくる。

 うーむ……何というか。食虫植物ならぬ食人植物か? 

 いつものように電磁障壁に防がれるが、そこで驚く行動をしてきた。

 何と電磁障壁に種子を植え込もうとしてきたのだ。無論、その程度で破れるわけがないので種子は地面に落ちる。

 

「ふむ。種子があるならばお前は不要だな。どちらにしてもこんな植物を育てる自信はない」


 コンソールを叩いて兵器を呼び出す。

 先端がラッパのような形状をした特徴的な砲台が、そばの地面に出現した。

 

「拡散熱線放射器だ。植物ならばよく燃えるだろう」


 私の命令に従って砲台から強烈な熱波が発射された。

 それは寄生人草の本体を飲み込み、一瞬で蒸発させて跡形も残さない。

 大きくて動いたとしてもしょせんは草である、植物である。

 寄生人草パラサイトフラワーが存在していた箇所を茫然と見つめるリタ。

 そんな彼女に私は口を開いた。


「これでお前の悩みは解決した。村人は我々の町で暮らせるようにしてやる」

「あ、ありがとう……本当に、これしか言えないけど」

「礼を言う必要はない。私にとっても都合がいいだけだ、この借りはお前の身体で払ってもらう」

「……わかった」


 リタが親や同じ村人が住む町を捨てることはないだろう。

 つまりは彼女をアリアの元に完全に縛れる。今まで育成のためにそそいだリソースがムダにならないということだ。

 リタを今後もずっとアリアの護衛としてつけさせられる。

 ずっと礼を言ってくるリタを流しながら、狙い通りの結果に満足するのだった。

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