第36話 相互不理解


 捕縛した兵士たちの前でアリアを紹介し、丁重に開放することで戦後処理は終了。

 彼らの脳内を読み取ったが結構な人数にアリアに好印象だった。

 彼女が演説した時、背景にオーロラの映像を出したりしたのも大きい。

 これで我々に有利なようにことが動けば助かるのだが。

 そして急務の仕事は終わったことで、残りの重要な話をすることになった。

 私の家にアリアにリタがやって来て、椅子に座って机を挟んで対面している。 


「スグル、悪魔について詳しく教えて欲しい。なんで彼らは五体も蘇ったの?」

「悪魔の封印は魔力を浴びると解放される。地下にいた悪魔たちが、ルルたちの魔法の余波を受けたんだ」


 戦場の地下に封印された悪魔が五体いて、魔法の余波で目覚めた。

 想定外の事態であったが先日の件はこんな簡潔な話である。


「……なら悪魔たちはあの戦場だったから偶然蘇っただけ。不運を引いただけでそうそうないと考えていい?」

「それは知らん。悪魔の総数も封印された分布図も把握していない」


 真剣な表情のアリアを眺めながら返事をする。

 彼女が気になっているのは先日の件がまた起きるかどうかだ。

 私やアダムでなければ簡単には倒せない存在。それが魔法使いが戦うたびに出てこられてはたまらないのだろう。

 確認方法は一応ある。この国の地下を全てスキャンすればわかるだろう、だが手間だ。

 

「そもそもここ数百年、悪魔は出てないのだろう? ならばその理由を解析したほうがいいと思うぞ」

「……どういうこと?」

「今回の戦場で数百年の間、魔法を使った戦いはあったかだ。なかったならこの戦場に偶然眠っていたのを運悪く起こした可能性が高い、あったならば封印とやらが壊れていると仮説できる」


 難しそうな顔をしているアリアに諭す。

 以前に同じ戦場で魔法が使われていたならば、その時に悪魔が出てきたはずだ。

 だが悪魔は数百年発見されていない。つまりはその当時は封印が働いていたと仮定できる。

 もし仮定が正しければアリアにとっては最悪だろう。封印が弱まっていて、これから悪魔が様々な箇所で蘇ってくる可能性がある。

 時限式の不発弾が地上に眠っていたようなものだ。不発弾ほど生やさしくはないが。


「スグル、悪魔に対して友好的な手段はない?」

「好き放題に資源を用意できるなら、いくらでも作ってやれるがね。現状ならば私かアダムで倒すしかない」


 特殊合金などの資源が大量にあるならアダムやヴィントの量産型も作れる。

 それらならば悪魔相手でもやれる。だが木でアレに対抗するモノを作れと言われても限界がある。

 いくら私とてあれほどのエネルギーを持つ生命体に、木造建築では厳しい。

 

「悪魔については研究結果が出てから話す。それでいいだろう」

「……わかった」


 心痛な面持ちでアリアは頷いた。

 いつもは無駄に明るいリタも暗い表情をしている。

 研究結果次第では殺虫剤ならぬ殺悪魔剤を作れる可能性もある。よってとりあえず保留しておく。

 

「では悪魔の件は終わりだ。次にお前たちに尋ねたいが、吸血鬼がどこにいるか知らないか?」


 アリアは首を横に振るが、リタは思い当たる節があるのか考え込んだ後。


「たしか以前に王都の北に討伐依頼が出てたような……」

「すでに討伐されているのか?」

「わからないけどされてない可能性が高いと思う。今の王都は吸血鬼を倒せる冒険者はほぼいないし……優秀な冒険者は出て行ったから」


 リタがこの国が冒険者を強制徴兵すると噂が流れたからと付け加える。

 凄まじく愚かな考えである。戦争なんぞに好んで参加する者はそうはいない。

 他の場所でも生きていける優秀な者は出ていくだろう。

 私としては吸血鬼が残っていそうで都合がいいが。後でアダムに捜索と捕獲を命じよう。


「では次だ。国の軍勢を破ったことで裏切る俗物も増やせるだろう。イヌやすでに裏切った貴族を使って、さらにこちらの味方を増やせ」

「イヌ……あ、ジュペタの町長か」


 リタは机に肘をつける。

 あのイヌは姑息なのでこういう時は使えると踏んでいる。

 あいつから渡された裏切りそうな貴族リストは役に立った。見事に全員がこちらがわについたのだから。

 今回の我々の勝利を利用して、更に味方を増やせると踏んでいる。

 

「それとアリア、君にこれを渡しておこう」


 手元に小型の銃を転送してアリアに手渡す。

 彼女はそれをしばらく観察した後に口を開いた。


「……これは?」

「物質破壊銃、光に当たった物は硬度や濃度に関係なく消滅する」


 例え分厚い鉄の壁だろうがダイアモンドだろうが、光に当たった箇所は消滅する。

 私でもそう簡単には作れない品物で、現状は一つしか存在しない。

 撃つのに大量のエネルギーを要するため連射も難しい。だが有事の際には役立つはずだ。

 

「君なら言わなくてもわかるとは思うがそれを使うといい」

「……こんな物騒な物はいらない。今までと同じようにスグルが守って欲しい」


 アリアはお気に召さなかったようで、私の目の前の机に銃を置いた。

 だがそれでは困る。 

 私は元の世界に戻る準備をし始めねばならない。鉱山も手に入る目途がついた。

 諜報部隊ケチャップズから、鉱山を所持している貴族を翻意できそうだと報告が来たのだ。

 もうすぐ去る私を頼りにしていては意味がない。


「私は今後はあまり君には関わりたくない。この銃は手向けだ」

「……ッ」


 アリアは黙って私を見つめてくる。

 珍しいことにわずかに怒ったような表情に思えるが気のせいだ。

 以前から説明していたことを実行に移すだけ。

 彼女は返答として置いてあった銃をかっさらうと、私に背を向けて走って家から出て行った。

 了解したということだろう、相変わらず話が早くて助かる。 


「よし。アリアとの話は終わりだ。次にリタ、お前の話だが」


 待たせていたリタへと話しかける。

 だが彼女は私に対して辛辣な視線を向けてくる。


「……今のを見て何も思わないの?」

「ふむ? アリアは相変わらず優秀だとは思ったな。逐一説明しなくていいから助かる。元の世界に連れていけないのは惜しいが、彼女ならば私がいなくとも問題ないだろう」


 私の言葉にリタは難しい表情をしたまま考え込む。

 何を悩む必要があるのかわからんが、思考の邪魔をするのもどうかと待つ。

 しばらくするとまとまったようで彼女は口を開いた。


「スグル、さっきの言い方だとアリアを拒絶したように聞こえるよ」

「拒絶などしていないが? 私はもうすぐ元の世界に帰る必要がある、なので私なしで動けなければ困るだろう」

「そんな内容とは思えなかったけど……あの銃を渡したのは?」

「脅しに有用だろう。いざとなれば身を守るのにも役立つかもしれん」


 交渉中に鉄でも溶かせば相手に恐怖を与えられるだろう。交渉の脅しとしては役立つはずだ。

 身を守るのは閉じ込められた時でも壁を消滅させられる。

 護衛役のリタに渡さないのは、アリアのほうが有効活用できると踏んだため。

 それをリタに説明すると彼女は大きくため息をついた。


「アリアは王に祭り上げられることで、だいぶ参ってるんだ。以前にもみんな離れていくって怖がってた。なのにあんなこと言ったから……彼女、泣いてたよ」

「そうか。だがアリアならばすぐに解消できるだろう」

「……アリアはそんなに強い子じゃないよ。ずっととは言わないけど、もう少し落ち着くまでそばにいてあげれないの?」


 何を言っているのか。アリアは私と同じ考えができる人間だ。

 そんな者が弱いわけがない。

 それにもう少し長くいるのも難しい。時間が惜しいのではない。タイムマシンの起動、すなわち私が元の世界に戻るには世界の地場や重力が安定する必要がある。

 乱れていれば目的の時間や場所にたどり着くことは困難だ。

 そしてもうすぐ安定期が終わってしまう。これを逃すと次に安定するのはいつになるかわからない。


「無理だ」


 リタは寂しそうな、そして責めるような目をこちらに向けた。

 だがこちらも無理なものは無理だ。


「大丈夫だ、アリアに問題はない。それよりもリタ、お前にも話がある」

「……言ってもムダみたいだね。ボクへの話は何?」

「前から思っていたが何を隠している?」


 以前からたまに聞こえないように意味深なことを呟いていた。

 我々に危害を加える内容ではないので放置していたが、そろそろ解決したほうがいい。

 この件が理由でリタがアリアから離れてしまえば、アリアを補佐する者がいなくなってしまう。

 私の言葉にリタは薄い笑みを浮かべる。

 

「なんの話? 隠してることなんてないよ?」


 リタは全く言い淀まず、冗談のように流そうとする。

 俗物が見れば思い当たる節など一切ないと感じるだろう。だが彼女の身体を解析すると脈拍が大きく上がっている。

 間違いなく何か隠し事がある。


「無駄だ、何かあるのはすでにわかっている。頭を読み取ってもいいが?」

「…………わかったよ」


 リタは観念したように両手を上げると周りを見渡す。

 家の中なので当然だが私しかいない。彼女はそれを確認すると私に対して小さな声で話し始める。


寄生人草パラサイトフラワー……ボクはそこに寄生された村の唯一の生き残り……いや唯一逃れた人間なんだ」


 リタから何やら興味深い話が出た。

 少し長くなりそうなのでペットボトルを手元に転送し、彼女に手渡した。

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