第35話 撃退処理
悪魔を捕獲した後は戦後処理に入った。
今回の場合は撃退戦なので得られる土地などはない。だが降伏した国の兵士たちは全員が捕虜となった。
全員捕まえられた理由だが悪魔たちが現れたことで、愚かにも我々が奴らに負ける可能性を考えたらしい。
結果として敵指揮官は撤退するか迷って軍ごと逃げ遅れた。
何とも無能の極みのような話だ。あの時点で撤退を決断すれば半数以上は逃げれただろうに。
私としては研究材料が増えるので望ましいが。
そして今は敵兵を全員を捕縛し、見張りをつけて村の外に置いている。
千人以上を収容する牢屋などないので野ざらしだ。
彼らの扱いを決めるために私の家に主要面子が集まった。
アリアにリタにアダム、村に残っていたケチャップズ。ついでに猿ぐつわを口につけさせたルル。
彼女らは円卓テーブルを囲むように用意していた椅子に座った。
「あの兵士たちは私が使用する。悪魔化実験の試験体としてな」
「それはダメ。彼らはちゃんと返す」
「……アリア、君が王である以上は従う。だが最低でも十人はもらい受ける、軍の指揮官などだ」
「……わかった。それはしかたない」
しぶしぶと納得するアリア。
負けた軍の将は責務がある。仮に一般兵は解放しても、隊長格も同じようにとはいかない。
そもそも普通の兵士を逃がすのもおかしな話だが。
相変わらず彼女は聖人すぎる。今回の場合は慈悲深いことを広めることで、救国の乙女としての評判を上げられるからいいが。
だがリタは理解していないようで、椅子から立って口を挟んできた。
「いいの? 解放したらまた戦うことになるよ?」
「アリアの評判が上がるなら問題はない。それにあの程度が増えて何だというのだ、無能はいくら集まろうが無能だ」
「ひどい言い草……まぁこちらの被害は木偶の棒だけだもんね」
リタが納得したようで椅子に腰を降ろした。
私も聞いて驚いたのだがこちらの人的被害はゼロだったらしい。
木偶の棒はそれなりの数が壊れたがすぐに作れるので、この戦い自体のダメージはほぼゼロに等しい。
喜ばしいことではあるのだが敵が弱すぎる気もする。
後衛の弓兵部隊が一切狙われなかったということだからな。
敵は馬鹿正直に正面突破の作戦だったと。
「なので捕らえた兵士たちは武器を取り上げて帰らせる。今なら敵の物資で送り返せる」
アリアが他の面子を見回して宣言した。
確かにどうせ帰すなら食料を与えるのもムダなので早い方がいい。以前にジュペタの町でもそうだったが、身代金とか要求してもおそらく渡してこない。
兵士たちを使い捨てのコマと考えている国だからな。
本当に腐っている。人的資源は有限かつ多大なリソースを費やしているのに。
「誰も異議がないなら決定」
「追い返すのは問題ない。だがその時に恩を売るべきだ」
アリアの言葉に付け加えると彼女は首をかしげた。
我々は本来ならば優しすぎることを行っているのだ。ここは敵の国に不和の種をまくべきだろう。
私たちが正しく清く見えるように、追い返す前の兵士たちに仕込むのだ。
「どうやるの?」
「全員洗脳して思うがままに操る」
「それはダメ」
アリアが椅子に座ったまま責めるような視線を私に向ける。
本当に彼女は優しすぎる。救国の乙女としては完璧だが。
私はため息をついて言葉を続ける。
「ならば我々が見返り無しに開放すること、そしてこの国を救うために戦っていること。そしてアリアの救国の乙女であると姿を印象付けろ」
「ボクたちが正義の味方だと思わせるってこと?」
「端的に言えばそうだ。愚民どもは正義の言葉に弱い」
ここで敵の兵士たちに不和の種を埋め込むのだ。
彼らの多少でも国が正しいか疑念を抱けばいい。
そこからレジスタンスなど生まれればよし、ダメでも民衆の受けがよくなれば国を占領した後の統治が楽になる。
それに民衆に私たちのことが認められれば、より多くの貴族が国を裏切る。
「確かにそれはいいかも……命を助けられた状況なら、話を聞いてくれる人もいそうだし」
「わかった。スグルの言う通りにする」
「ならアリアよ。さっさとその鎧を脱いで洒落たドレスを着ろ。多少でも見た目がいいほうがいい、馬子にも衣装だ」
「……スグルって人の心を操ろうとするのに、全然相手の気持ちを考えないよね」
リタの言葉に同意するかのように、周りのほぼ全員が私に対して何とも言えない視線を送ってくる。
当然だ、私は大衆心理は考えても個人の心など興味がない。
心など人によって千差万別だ、考えるだけ馬鹿らしい。なにせ俗物Aには喜ばれることが、俗物Bには死ぬほど嫌がられることもあるのだから。
「……わかった。スグルが用意してくれたドレスを着る」
「アレならば問題あるまい。清廉な君に似合う」
私が以前に渡したドレスならば問題ない。
下手に明るい衣装などの似合わない服は困るので、こんなこともあろうかと用意したブツだ。
アレは変な明るさや可愛さではなく、美しさをイメージして作成した。
あまり表情が明るくないアリアに似合うはずだ。
「……わかった」
アリアは少しうつむきながら頷いた。
頬がほんの少し赤く見えるが気のせいだろうか。
「スグルってわざとやってるの? それとも天然?」
「私が意図なくやる行為はない」
私は何となくや無意味なことはしない。
今回のドレスとて必ず使うと確信したから作った。そして実際に役に立つ。
「わざとは思えないんだけどなぁ……」
「くだらん議論だ。さっさとアリアは着替えて解放する兵士たちの前に出ろ」
「わかった」
アリアたちが扉の壊れた入り口から私の家を出て行った。
これで万事解決と思っていたら。
「んー! んー!」
猿ぐつわを口につけたルルが私の傍に駆け寄ってくる。
彼女は下手に喋らせると混乱するので、発言できないようにしていた。
近くにいたケチャップに視線を送り、ルルの猿ぐつわを取らせた。
「師匠! やりましたよ私! 敵の魔法使い三人を倒しました! ご褒美ください!」
「そうだな。その後に五体の悪魔を蘇らせたな」
「え、えへへ……」
ルルは一転して気まずそうに頭をかいた。
どうやら彼女は負い目があるようで、少しずつ私から距離を取り始める。
「え、えーっと……できれば罰は優しくお願いしたいです……師匠になら身体をささげてもいいので!」
「お前は何を言ってるんだ、ほれ」
手元に新たに作った金属製の魔法用杖を転送するとルルに手渡す。
彼女は受け取った後にまじまじと杖を見た後。
「えっ……私、失敗しちゃったのに」
「失敗? 何のことだ? お前は魔法使いを全て倒した上に、悪魔を五体も復活させた。褒美を与えるのは当然だ」
今回のルルは本当によくやった。
魔法使いを倒すのはそれなり程度だが、悪魔を蘇らせたのは素晴らしい。
彼女の行動は本当に予想がつかないが、今回はそれが極めていい方向に働いた。
なので以前から作っておいた杖を渡すことにした。
「その杖は練習用だ。魔力を集めにくいようにしているので、簡単には魔法が発動できない」
以前の杖が楽に発動させるための物で、今回のは逆に普通よりも魔法の扱いが難しくなる。
ようは筋トレのように負荷をかけるための杖だ。
魔法使いの強さとは空気中に散乱している魔力を集める力だ。
研究の結果として、魔力を集める力も鍛えればおそらく伸びることが判明した。
人間の筋肉と原理自体は似ている。
「この杖で魔法を簡単に使えるようになれば、お前の力は飛躍的に伸びている」
「し、師匠……! ありがとうございます! あぶっ!?」
「涙を流しながら抱き着こうとするな、濡れるだろうが」
電磁障壁に防がれて号泣しているルルを見つつ、今後の展開を予想する。
おそらくこの勝利でさらに買収できる貴族が増える。
その中に鉱山を持つ者がいれば、その時点で私の目的は達せられる。
そうでなくてもこれを機に展開は一気に動く。
私もこの世界でやりたいことを遂行して、アリアたちから離れる準備を始める必要があるか。
彼女たち、とくにアリアはいい人材だったが連れていけない。
少しばかり残念だが仕方あるまい。
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