第26話 イヌと呼ぶ


「お、おお! スグルどの! あなたはこの町の救世主だ!」

「世辞はいい。それより木偶の棒ズの代金を払ってもらおう」


 ジュペタの町を占領したその足で、ジュラの町の町長の屋敷を訪ねた。

 前と違って嫌がらせの扉もなく、上等な置物が揃った部屋へと案内される。

 この俗物は以前とは打って変わって、私にこびへつらうように背を低くしている。

 私たちを案内した無礼な門番も以前と変わっていた。次に同じ態度を取られた時のために、洗脳装置を作っていたのにがっかりだ。

 ソファーに腰かけて、机を挟んで向かい側に座っている俗物のほうを向く。


「以前に入り口にいた門番は?」

「不敬を働いたと仰っていたので、すぐに首にしまして地下牢に捕らえています」

「余計なことを……」

「えぇ!? な、なぜですか!?」


 この俗物の移り身の早さは優秀かもしれない、私の計画が崩されてしまった。

 しかたがないのでこの装置は次の機会だ。どうせそのうち暗殺者とか来るだろ。


「ジュペタの町は私の支配下になった。貴様はどうする?」

「逆らうつもりはございません。靴を舐めろと言われればいつでも舐めましょう」

「ならば何か失敗すればやってもらおう。私の靴は肉をも焼き焦がすがな」

「えっ」


 私のホバーブーツは常に肉をも焼ける熱を発している。

 それを舐めるなどもはや拷問だ、そこまでやるとはな。

 

「えーっと……今のはなしで……」

「そこまで言うのならば信じてやろう。言葉を違えばわかっているな?」

「は、はい……」


 俗物は視線を床に落として頷いた。

 これでジュラの町も実質的に私の支配下だ。仮に逆らえば武力で倒すだけだ。

 木偶の棒ズは私の指示を優先的に聞くので、やろうと思えばこの町は一瞬で占領できる。

 私たちの軍隊の駐在を許した以上、もはやこの国には抵抗できない。

 この町の現状を考えれば他に選択肢はなかったが。


「まずは貴様の人脈を使って貴族と私を引き合わせろ。交渉する」

「ええっ!? た、たしかに可能ではありますが……」


 この俗物は自分を貴族と言っていた。

 それならば同類に会わせるのくらいは楽勝だ。

 アリアと約束したので味方を増やしてから、この国の政権を奪い取る必要がある。

 俗物は手ぬぐいを出して顔の汗を拭いた。

 

「ち、ちなみにどのようなことを言うおつもりですか?」

「私に従って王に牙を向け。拒否権はない」

「交渉じゃなくて脅迫ですよねそれ!?」

「それはダメ。貴族相手なら陰湿な駆け引きが必要」


 アリアが傍に寄って言ってきたことは私が一番苦手なことだ。

 物事をすぐに決めたい私にとって、ダラダラと政治的な交渉は最悪の相性。

 腹の探り合いなど手間にもほどがある。


「私の交渉は最初に銃を突き付けるところからだ」

「交渉する気がなさすぎる……」


 リタが何か言っているがしらん。

 そもそも私に腹の探り合いなど必要ないのだ。心を読み取る装置でだいたい終わる。

 メイドが机の上に置いた紅茶を口に含む。まずい。

 

「そもそもあの無能な王によく俗物きぞくどもは従うな。理不尽な要求をされないのか?」

「逆らっても勝てないのですよ。この国の魔法使いの大半を王都が抱きかかえていますので」

「ほう。ならば話は単純ではないか、交渉も簡単だ」

「「え?」」


 私の言葉に俗物とリタが首をひねる。本当に貴様らは似ているな。

 手元に紅茶の入ったペットボトルを転送し、フタをあけて口つける。

 

「王自体が力で交渉しているのだ。ヴィントの砲台を突き付ければ俗物はこちら側につく」

「結局脅迫だよねそれ!」

「それはいい」

「そうだよねダメに決まって……ってちょっとアリア!? いいの!?」


 アリアはこくんと頷いた。

 当然のことだろう、力で脅されている者はより強い暴力に屈する。

 平和をうたって武力を持たないとか抵抗しないなど夢物語。

 私の時代の日本とて機動自衛警隊がいる。自分から攻めるかは置いても、一方的に殴られない力は必要だ。

 そうでなければサンドバックである。


「どんなに交渉しても貴族は、最終的に勝てそうになければ従うとは思えない」

「そうですね。私もスグル様のお力を見なければ、このように媚びへつらってはおりませぬ」

「自分で媚びへつらってるの認めるんだ……」

「犬とお呼びください」


 俗物は椅子から腰をあげて片膝を床につけた。

 やはりこいつは俗物にしてはやる。私という勝ち馬に乗る重要性を理解しているのだ。


「いいだろう、貴様は俗物から昇格させてやる。イヌと呼んでやろう」

「ははっ! ありがたき幸せ!」

「幸せなの!? そもそも犬って昇格なの!?」


 当たり前だ。

 俗物は何一つ特徴のない者、犬は媚びへつらうという特技がある。

 

「私がこの世界に来て、俗物以下に認定していないのは四人だけだ」

「すくなっ!? 待って、スグル村の人も俗物認定なの!?」

「俗物だ。ただただ私の恩恵を口を開いて待っているだけのな」

「それ絶対本人たちに言ったらダメだからね!?」


 リタは私に顔を近づいて叫んでくる。

 言ったところで何もしてこないし、仮に攻撃でもしてきたら捕縛するだけだ。

 再度ペットボトルに口をつけると、イヌが申し訳なさそうにしている。


「紅茶はお口に合いませんでしたか?」

「次に出したら靴を舐めさせる」

「ひいっ!? 申し訳ございません!」


 イヌは頭を床にこすりつけて土下座してくる。

 この世界にも土下座の文化があるのか。以前に王都で侍っぽい存在も見たから、日本に近い国か集落でもあるのだろうか。

 今度探してみてもいいかもしれないな。


「出された物にここまで悪口言うのすごいよね……たしかにスグルの紅茶と比べると物足りないけど」

「当然だ。それとこの町に私の店を出すから土地を用意しろ、税金は払わん」

「はい! 今すぐにご用意いたしました!」

 

 イヌは即座に棚から一枚の書類を出して、印を押して私に手渡してくる。

 文章を見ると大通りの一等地の権利書だ。


「いいぞ。話が早い奴は嫌いではない」

「はい! ちょっと土地の上にこの町のチンピラの本拠地ありますが、気にしないでください!」

「空き地じゃないよねそれ!?」

「更地にすればいいだけだ、全く問題はない」


 私が指示したのは土地の用意であって、空き地である必要はない。

 それに王都でもチンピラからいい物を奪取ドロップした。

 今回も期待できるといいのだが。しかしこの町にもチンピラがいるとはな。

 善は急げだ、感づかれる前に全員倒すか。

 ソファーから腰をあげて立ち上がる。


「これよりチンピラ狩りを開始する」


 その日以降、ジュラの町からチンピラは消えてしまった。

 立てこもった奴らの建物にナパーム弾を撃ち込んだだけなのに。

 もう少し抵抗して欲しかったのだがな。

 そうして譲り渡された建物を完全にナパームで燃やし尽くして、新たに飲食店を数時間で建てて商売することになった。

 商品はフライドポテトやハンバーガーやチキンなどの冷凍食品。自動販売機で金をいれて購入すれば、勝手に解凍して出てくるタイプのやつだ。

 以前の王都の店では馴染みがないので自販機はやめておいた。

 だが王都の店舗経営で気づいたのだ。客引きに薄い洗脳をしたように、入店した人間の脳髄に使い方を刻み込めばいけると。

 今も私の目の前で自販機の商品がどんどん買われていく。

 超大盛況で自販機一時間待ちだ、馬鹿じゃないだろうか。


「これは売れるな。今後はこれを軸にして儲けるか」

「ボクも一つ欲しいんだけど……」


 手元に解凍したフライドポテトの箱を転送し、リタへと手渡す。

 彼女は笑顔で受け取った後。


「ありがとう自販機……じゃなくてスグル」

「おい」


 やはりこいつは私のことを自販機と思っていた。

 少しばかりお灸をすえる必要がありそうだ。

 

「自販機、私も欲しい」

「……アリア、お前はわざとだろ」


 無表情で手を出すアリアに、同じくフライドポテトの箱を渡す。

 彼女は開封してモグモグと食している。

 近くに寄ってきてこちらを見てアピールしているイヌは無視。

 この店舗は敵対した貴族の領地にも出店し、嫌がらせのように金銭を奪うことになるのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る