第14話 悪魔


 倒れたオーガは木偶の棒たちに乗られて、顔だけでこちらを見ている。


「くそっ……ふざけやがって……!」

「ボ、ボクもこれからオーガキラーって名乗ってもいいかな!?」

「あのイジメのような戦いに罪悪感がなければいいんじゃないか」


 あの嬲るような叩き方……じゃなくて戦い方は、キラーって誇れるものではないと思う。

 文字通りオーガを袋にしていた。奴は太鼓のように延々叩かれていたし。


「こうなりゃしかたねぇ。本来なら回収するだけの予定だったが……てめぇらもここで道連れだ!」

「ふむ、まだ何かあるのか。木偶の棒、解放してやれ」

「スグル!? なにやってんの!?」


 オーガを押さえていた木偶の棒ズが、私の命令に従って奴を開放した。

 奴はこちらを警戒しながらゆっくりと立ち上がる。

 

「……なんのつもりだ、てめぇ」

「奥の手があるのだろう? さっさと見せろ」

「もうやだこの上司! どこの世界に捕らえたオーガを開放する人がいるの!?」

「ここにいる」


 わめいてうるさいリタをアリアに押し付けながら、オーガのことを観察する。

 奴は地面に手をつけると何やら呟いている。


「太古に封じられし魔よ。我が呼び声の元、新たに生贄に宿りて甦れ」

「オーガは何をしているんだ? リタ、分かるか?」

「魔法の類だとは思うけど……ごめん、わからない。というか本当に何で敵に好き勝手やらせてるんだ……」


 オーガの詠唱に反応するかのように、地震が起きるとともに奴の周りの地面が裂けはじめた。

 これは偶然か? いや現時点で地震が起きることはあり得ないと、地層を解析した機械が結論づけている。

 つまりこれは人為的な物。

 更に地面に向けてブツブツ言っているオーガに視線を向ける。


「興味深いが……結局、何がしたいんだ?」

「ぬかせ! これでてめぇらは終わりだ! 《死魔の帰還》!」


 痛々しい決め台詞と共に地震が止んだ。だが何も起こらない。


「……繰り返すが何がしたいんだ?」

「なっ!? 馬鹿な!? 俺よりも恨みを持った存在が近くにいるだと!? この百年憎悪をたぎらせた俺よりも!?」

「……だが地震を起こしたのは興味深かった。もう一度アンコールだ」

「ふざけんな!」


 激高しながら地面に手を叩きつけるオーガ。だが何も起こらない。

 ふむ、種がわからないので現状だと手品のようなものか。

 面白いものが見れたのでよしとしよう。


「種は後で解明するとしよう。リタ、眠らせろ」

「ああ、うん……」

「まっ……」


 リタの撃った麻酔銃でオーガは地面に横たわり、いびきをかいて寝始めた。

 では帰って研究を……。


『お前が……お前さえいなければ、アリアは俺の物だったんだ……!』


 馬鹿でかい声が辺りにこだまする。

 どこかで聞いたような声だ。音源を探知すると上空に黒い身体を持った人型が、背中に生えたコウモリのような翼で飛んでいた。

 あの体躯をあんな翼で飛ばしているとは。


『全部オレの物ダ……この村も、アリアも全テ!』


 さらに私たちに向けて上空の生命体は叫んでくる。

 雷雲が奴の周りを囲むように発生し、雷が地面へと落ちてクレーターを作った。

 

「ちょっ……あれ絶対ヤバイよ……! それにあの見た目……信じられないけど歴史に伝わる悪魔じゃ……」

「電気を出すとは。色も黒いしウナギの亜種か?」

「知らないけどたぶん違うと思う。スグルも知ってるでしょ? 一度人間を滅ぼしたと言われる悪魔の存在。本物かは知らないけどここは逃げて……」


 私の白衣のすそを引っ張り、逃げようとするリタ。

 だがあんな珍妙な生物を前にして、私が見逃すなどあり得ない。

 今日は実に大漁だ。奴も人語を理解するならば、少しコミュニケーションをとってみるか。


「私に任せろ、話し合ってみる。おい! そこの飛んでる奴!」

「貴様は……」


 珍妙な生物は俺に視線を向けた。

 やはり言葉が通じるな。ならばコミュニケーションを試してみるか。


「少し話がしたい。だがその前に一つ言っておく、この村もアリアも私の物だ」

「ちょっ!? なんで喧嘩売るの!? スグルは全方位に喧嘩売らないと生きてけないの!?」


 珍妙な生物はしばらく私を見つめた後に、薄気味悪い笑みを浮かべた。

 どうやら私の話し合いに興味を持ったらしい。


「見つけたゾ! オレの敵! カエセ! アリアとムラをカエセェェェェ!」


 絶叫する珍妙生物。それに呼応するように奴から雷撃が私へと落ちてくる。

 当然ながら電磁バリアが防ぐが、電気ウナギよりもかなり高い電圧だ。


「よし。うまくこちらに興味をもたせたぞ」

「バカぁ! どうするの、ねぇどうするの!? あんな化け物に襲われて!?」

「あんな魔物、見たことない。それに……エクボに似てる」


 引っ付いてくるリタを引き離しつつ、アリアの言葉に耳を向ける。

 たしかにあの声は俗物だ。だがどう見ても奴は人間ではない。

 全身漆黒の色で目のない顔。コウモリの翼に鋭い爪、モンスターと形容するに相応しい。

 

「無論、研究の対象だ。アダム、こいつらの護衛は任せる」

「イエス、マスター」


 麻酔銃を珍妙な生物に向けて撃ち、弾丸が命中した。

 だが効果がないようで全く眠気を見せない。


「ふむ、象でも眠らせるのだがな。どうやら生け捕りは難しそうだ」


 空中に出したコンソールを叩いて、人型外部装甲パワードスーツライトニングを身体の周りに展開する。

 背部についた噴射機を起動し、珍妙な生物と同じ高度まで一気に飛び上がった。


「どうだ? 実験体になる気はないか? 今なら三食昼寝つきを約束しよう」

「コロス!」


 私の呼びかけに対して、奴は鋭い爪の切り裂きで返答してきた。

 それをライトニングの周りに展開されている対物理障壁バリアフィールドが防いだ。

 対物理障壁は一定以上の攻撃でなければ作動しない仕掛けである。

 それなりに力を持っているようだ。


「交渉は決裂か。無傷で捕獲は難しそうだから残念だ」

「アリアをカエセ! 村をカエセ! 俺のスベテをカエセ!」

「……信じがたいが本当にあの俗物なのか? もしそうなら俗物という言葉は取り消すが」


 珍妙生物はこちらに向けて両手から電撃を繰り出す。

 無論、ライトニングには効果がない。むしろエネルギーを吸収できてお得だ。

 こいつを捕獲したら電力装置にできるかもしれない。


「グオオオオオ!」


 雄たけびと共に更に電撃を出し続ける珍妙生物。

 すごいな、ここまで体内に電気を貯められるとは。

 しばらく感心しながら見ていると、流石に電気切れのようで放電が収まった。


「ドウダ! このオレにサカラウからこうナル!」


 奴は私を見て下品で勝ち誇った笑みを浮かべる。

 外側からは人型外部装甲で覆われた私の様子はわからない。私が動かないのを見て、死んだと思っているのだろう。

 全くもって元気なのだが。


「アリアァ! オレノモノダァ!」


 私に背を向けて、地表にいるアリアに向かおうとする珍妙生物。 

 それはダメだ、まだ私にもやりたいことがある。


「そんな姿になってもなお、一人の女に執着できるのはある意味すごいな」

「ナァ!? ナゼイキテイル!?」

「死んでいないからに決まっているだろう」


 せっかくなのでこいつから得た力を使用するか。

 右手に備え付けられたビーム砲に、高濃度のエネルギーが圧縮されていく。

 この珍妙な生物は電気を操る。ならば光線にも耐性がありそうだ、高出力で撃っても原型が残るやもしれん。

 残らなければ残念だが、いいデータが取れるのでよしとしよう。

 捕獲し続けるのは難しそうだしな、こいつの餌が想像つかない。


「ああ、それとな。貴様を俗物と言ったのは取り消すよ。貴様は……珍妙な生物だ」

「クソガァ!」


 やけくそ気味に襲い掛かってくる無様な生物。

 それを迎撃するように右手からビームキャノンを発射する。

 黄色の光が奴の全身を飲み込み、光線が消えた時にはその姿は残っていなかった。


「なんだ、耐えられなかったのか。しかし生命体とは思えない力だな。オーガなどはゴリラや熊と大差ないが、今のは完全に別格だ」


 奴から受けた電気のエネルギーだけで、ビームキャノンが撃てたのだ。

 原子力発電でまかなうレベルの高出力をだ。

 もはや生命が持っていい力ではない。もしこんな存在が大量に集まれば……想像するだけで笑いがこみあげてくる。


「この世界、本当に興味深いな」

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