第10話 正当な過剰防衛
黒ローブたちを捕獲してから数日経ち、リタとアリアを自宅に呼び出した。
どうでもいい情報を聞き出してしまったため、相談しなければならない。
「先日捕らえた盗賊が隣村の俗物に雇われたと言ってきた。特に聞いたわけでもないのだが」
「仮にも有名な彼らが勝手に自白したの?」
「右腕を肥大化させて足をオーク化させたら、知ってることは何でも話すから拷問しないでくれと」
「……どうするの?」
「どうするも何も。拷問などしていない」
用意した木製椅子に座った彼女らに、炭酸飲料のペットボトルを手渡す。
すると彼女らは受け取ってしばらく観察した後。
「……なにこれ」
「ペットボトルだ、先端の蓋をひねれば開く。振ってからがおすすめだ」
彼女たちは私の指示通りに思いっきりペットボトルを振る。
その後にふたを開いた。
「!? ちょっ!? 何っ、わぁっ!?」
リタが悲鳴とともに立ち上がり、ペットボトルを投げ捨てた。
アリアも思わず手から離してしまったようで、二本のペットボトルが床に落ちて泡を振りまいている。
床が汚れても困るのでそれらを異空間へと転送する。
「ふむ。脅しに効果がありそうだな」
「びっくりしたじゃないか!」
「スグル、ひどい。……手がベタベタだから洗ってくる」
彼女らは椅子から腰をあげて、私が室内に設置した洗面台の前に立つ。
蛇口をひねり水で手を洗い流した。そういえばこれを設置した時も驚かれたな。
「出来心と探求心だ。ほら、今度は炭酸じゃなくて紅茶だ」
改めて紅茶の入ったペットボトルを二人に手渡す。
だが彼女らは私を疑惑の目で見ている。
「……また泡出ない?」
「別に飲まなくてもいいぞ」
彼女らはしばらく睨むようにペットボトルを観察する。
そしてびくびくしながら蓋を開いて、泡が出ないことを確認してから口つけた。
……時間差で泡が出るようにしてればよかったか。
「では本題だ。実験がひと段落して時間が余ったので、ちょっと隣村を滅ぼそうと思う」
「ちょっと買い物みたいなノリで言わないでよ!?」
「戦いは避けてって言った」
アリアがペットボトルから口を外し、私を非難するようににらみつける。
確かに私は極力避けると約束した。
「アリア、これは正当防衛だ。敵が先に仕掛けてきたのだから、こちらはどんなことをしても許される」
「その理屈はおかしい」
「リタ、お前はどう思う? 私のほうが正しいと言え、給料下げるぞ」
「スグルは間違ってると言って。そうでないと村のみんなにリタの秘密を漏らす」
「どっちの味方してもボク損するんだけど!?」
狼狽するリタ。迷う余地などないだろうに。
「アダム曰くゴミな者を雇ったとはいえ、暗殺してきてくれたのだ。正当防衛だ」
「ならエクボだけ捕えればいい、他の村人は何もしないで」
「実験体を逃す道理はない」
「うわぁ……実験体って言っちゃったよ」
アリアは私の考えが気に食わないようで、椅子から腰をあげて私に近づいてきた。
先日のように私の手を掴み、訴えるつもりだ。
だが――。
「!?」
「無駄だ。私に同じ手は通用しない」
アリアが私の手を掴もうとした瞬間、彼女の手が弾き飛ばされる。
電流を流す手袋を装備しておいたので、強力な静電気に触れたのだ。
彼女は涙目になりながら痺れた手をさすっている。
「博愛主義も結構だがね。向こう的には暗殺と思っていることまで仕掛けられて、簡単に許しては問題だ」
「ボクもそれはスグルが正しいと思う」
リタもこちらの味方についたようだ。
やはり金には勝てないのだ。そもそも雇い主は私であるし賢明な判断だ。
「……スグル、具体的に隣村の人をどう扱うか言ってみて」
「ちょうど人間をゴブリンやオーク化する実験体が欲しかった」
「やっぱりボクもアリアが正しいと思う」
「黙れ、都合のいいほうに動くコウモリが」
「ひどい!?」
右へ左へすぐに意見を変えるとは、リタは救いようがないな。
給料は減額査定にしておこう。紅茶を口に含んで喉をうるおして論破策を練る。
……いや待てよ。そもそも彼女らの許可などいらないか。
こっそり攻めて事後承諾のほうが話も早い。やってしまえばこちらのものだ。
「わかった。この議題はまた今度にしよう」
「私に黙って隣村を攻めるつもり」
見事にバレていた。
「……ならばあの俗物を捕縛する。話はそれからでどうだ」
「わかった」
やれやれ。
なんで先に攻められてからの戦争で、負けた相手のことを考える必要があるのか。
アリアは聖人に過ぎる。そんな彼女はペットボトルの紅茶を飲み干したようで。
「おかわり」
「ほれ。リタは出陣の用意をしろ。木偶の棒とアダムも出す」
「過剰すぎない!? ドラゴンを倒しに行くんじゃないんだからさ」
「進軍の予行訓練だ。近場だしちょうどいい」
「訓練のノリで攻められる隣村って……どんな罪犯したらそんなことに」
ぶつぶつ言いながらリタは外へ出て行った。
準備をしに向かったのだろう。ちなみに犯した罪は俗物村長奉り罪だ。
「リタには訓練と言ったが迎撃してきたら反撃するぞ」
「わかった」
アリアも無理やり戦わせてみようか。私に対してもう少し従順になるように。
さて送らせたプレゼントは届いているだろうか。
受け取っていれば俗物だから予想通りの行動をしてくれるはずだ。
~~~~
エクボは自宅で鼻歌を吹きながら、窓の外を見ていた。
彼には待ちわびているものがある。
「血塗りの刃はまだか。早くアリアを抱きたいのに」
自らの欲望を呟くエクボ。そんな彼の想いに応えるかのように、扉がノックされる。
「おっ。来たか? 入れ!」
扉が開くとそこには両手を縛られた少女――アリアが一人で立っていた。
それを見たエクボは下卑た笑みを浮かべる。
「待ちわびた……ようアリア。お前らを襲ったのは俺の子飼いの暗殺集団、血濡りの刃だ」
まるで自らの力のように雇った者を誇示するエクボ。
ゆっくりとアリアに近づいて手を伸ばす。
「わかるか? 俺に逆らったらこうなるんだ。お前はもう俺に媚びるしかねえんだよ」
「……」
エクボの手がアリアに触れる瞬間、彼女の姿が掻き消える。
それと同時にエクボは吹き飛ばされ壁へと叩きつけられた。
「がっ……!? な、なにが……」
「アダム思う。気持ち悪い」
アリアがいた場所には長い黒髪を持った美少女が立っている。
エクボは痛みと驚きで混乱し立ち上がれていないが、その少女から目を離さない。
「マスターからの贈り物」
少女は背負っていたリュックから大量の布を取り出した。
そして倒れ伏しているエクボに投げつける。
赤と黒の色がついた布はエクボへとまとわりついた。
「な、なんだこれ……って待て!? この赤いのって血じゃ……」
「マスターの伝言。お前が贈った奴らの遺品を返す、次は貴様の番だ」
「い、遺品……!? よ、よく見たらこれってまさか、あいつらが着ていた黒のローブ……!?」
「伝えた。明日には来るから」
その言葉と共に少女は消えた。
残されたエクボは真っ青になりながら、頭を掻きむしっている。
冷や汗を流して震えながら必死に立ち上がる。
「う、嘘だろ!? 血塗りの刃がやられた!? ま、まずい! 俺が狙われて……村人を盾に迎撃するか……? だが奴らが負けた相手では……」
身体にかかった布をはらいながら、必死の形相をしているエクボ。
急いで外へと出ると。
「お前ら! すぐに戦う準備をしろ! 隣のアリア村が、理不尽にも宣戦布告してきやがった!」
大きな声でそう叫んだ。
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