第9話 隣村からの刺客
「くそぅ! なんで俺のアリアがあんな奴に奪われるんだ!」
エクボは自宅で怒り狂っていた。
手に入るはずだった少女が横から盗られたことに。
「ふざけるな! アリアは俺の物だ……! 卑劣な男なんかにやるものかよ!」
「理由はわかった。その魔法使いとやらを暗殺すればいいんだな?」
エクボのそばには全身を黒のローブで隠した男が立つ。
威風堂々とした佇まいは、男が強者であることを証明している。
「ああ。それとアリアを連れてくるんだ! 傷物にはするなよ!」
「やれやれ、注文の多い客だ。報酬は多めにもらうぞ」
「この金のインゴットをやる」
エクボはアリアから受け取ったインゴットを手渡す。
ローブの男はそれを確認した後。
「純金だな。いいだろう、魔法使いスグルの暗殺とアリアの誘拐は請け負った」
「前金払ったんだ! 失敗は許さんぞ!」
「我らは闇に潜む者。《血塗りの刃》の名は伊達ではない」
男は一瞬でエクボの背後に回って、首にナイフを突きつけていた。
「なっ……!?」
「我らに狙われて生き残った者あらず」
ローブの男はその言葉と共に、まるでそこにいなかったかのように姿を消した。
エクボは息を整えながら下卑た笑みを浮かべる。
「仲介料を払った甲斐がある。こんな辺境に来る魔法使いなんぞ、本当の人殺し集団に勝てるわけないよな……! アリア、さっさと俺の元へ来い!」
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自宅の扉をノックする音と共に、アダムがリタを肩に抱えて部屋に入ってきた。
アダムにリタを連れてくるように指示しておいたが、ちゃんと連れてきたようだ。
「……スグル、何の用? ボク、村の人たちの注目を集めて恥ずかしかったんだけど」
「リタ、村の周りの森に十人ほど黒ずくめのローブを着た者が潜んでいる。心当たりは?」
「ないなぁ」
「やはり盗賊の類か」
周囲を警戒させていたドローンから反応があった。
確認すると見知らぬ人間たちで、姿も黒いローブで統一されている。
どう考えても怪しいのだが、リタの友人が遊びに来た可能性を考慮して確認した。
「なら仕事だ。盗賊が村を襲おうとしている、手段は問わないから再起不能にしろ」
「撃退しろじゃないんだね」
「生かして帰すメリットはない。人体実験に使いたいからなるべく生け捕りだ」
「ああうん……」
しかしこんな小さな村を大勢で襲うとは物好きもいるものだ。
私としては実験体が増えるのは好都合だが。
「アリア、お前は私の傍にいろ。万が一があっても困る」
「わかった」
「ボクの近くじゃないんだね……いいけどさ」
リタがため息をついた。お前は護衛役ではあるがそこそこの強さだろう。
それに味方を守ることに向いた戦闘スタイルでもない。アダムや私ならばバリアで守れるから安全だ。
「アダム。黒ずくめのローブを着た者を捕獲し、村外れの開けた場所に放置しろ」
「わかった」
命令を受け取ったアダムは家を出て行った。
盗賊か夜盗か知らないが彼女にかかれば瞬殺だ。ご丁寧に全員が黒いローブを着てくれているので、それを攻撃対象にすれば問題もない。
「……今の命令だと村人が黒いローブ着てたらまずいんじゃないの?」
「こんな辺鄙な村で真っ黒な服を着る物好きがいると?」
「ネムおばさんがたまに占いで着てる」
「捕獲を命令したから大丈夫だろう。骨の十本くらいですむはずだ」
「ダメじゃん!? アダムは止められない……アリア、すぐにおばあさんにローブ着ないように言わないと!」
急いで家を出ていくアリア。やれやれ、私から離れるなと言ったのに。
仕方がないのでホバーブーツを起動しついていく。
命令する前に村を確認したが、黒いローブを着た村人はいなかった。
今から着たとしても盗賊を捕獲する間に、アリアの警告で着替えるだろう。
「リタ、お前も戦闘準備をしておけ」
同じくついてきたリタに指示をする。
姿を見る限り、軽装だが武器などを持っているので用意できてそうだが。
「うん。でもアダムが全部捕獲しちゃうんじゃないかな」
「捕獲してからがお前の仕事だ」
「え? どういうこと?」
首をかしげるリタ。そういえば今回は不要だが、罪人を捕らえておく牢屋がいるな。
木の壁に電流を流しておく作りでいいか。
しばらく走った後、アリアが年配の女性を見つけて話しかける。どうやら目的の人物にたどり着いたようだ。
「ではアダムに指示した場所へ行くぞ。そろそろ全員捕まえただろう」
「確かにアダムは強いけど……いくらなんでも無理なんじゃない? ボクも手伝いに行こうか?」
リタが銃を構えて呟く。
むしろ私からすれば、まだ捕まえてなければ時間がかかりすぎている。
リミッターをつけているとはいえアダムは、そこらの兵器をあざ笑う性能を持つのだ。
「不要だ。アリア、お前は遅いから私が抱えていく」
「わかった」
「恥ずかしいとかはないんだね、アリア」
「私が遅いのは事実」
その通りである。リタは鍛えてるのでそれなりに走れるしスタミナもある。
アリアは平均的な女子程度の体力だ、彼女のペースに合わせると移動速度がかなり遅くなってしまう。
クローを展開しようかとも思ったが、腕で抱きかかえて目的地へ移動を開始する。
それなりに速度を出したのですぐに着く。そこでは十人の黒ローブが、地面の上で気絶していた。
「マスター、全部捕獲しておいた」
「こいつらは何者だ? 悪趣味な黒ずくめだが」
「……集団の黒ローブ……もしかして《血塗りの刃》!?」
「アダムは思う。さっさと血をぬぐえ、錆びるぞ」
私もそう思う。刃に血なんぞ塗る意味はない、毒ならばわかるが。
「裏ギルドだよ! 貴族や高ランクの冒険者も殺している。神出鬼没で狡猾な化け物集団!」
「馬鹿者の間違いだろ」
神出鬼没で狡猾ならばこんなところで無様に気絶していない。
この世界の平均よりは上のサンプルにはなるか。
「アダム、こいつらは強かったか?」
「ゴミ」
「あれ……? もしかして《血塗りの刃》じゃないのかな?」
リタが倒れている黒ローブの一人に近づき、ごそごそと身体をあさりだした。
凄腕ならばここで死んだふりでもしてそうだが、意識がないことはすでにスキャンして確認している。
これでは少し物足りないかもしれないな。
「真っ赤な刀身のナイフ……! やっぱりこいつら《血塗りの刃》だよ! 暗殺した死体の傍に、このナイフを置いていくんだ!」
「赤くする染料のムダだな」
まぁギルド名なんぞどうでもいいのだが。
いい実験体が手に入ったので有効活用せねば。
どう使うかを考えていると村のほうから、カタカタと音を鳴らせて木偶の棒ズがやってきた。
自宅から出る時にここに来るように座標を指定しておいた。今で二十体ほどだが全員揃っているようだ。
「なんで木偶の棒たちがここに?」
「私が呼んだ。起きろ、盗賊ども」
強制的に意識を呼び戻す音波を、右の掌から黒ローブたちに向けて放出。
すると彼らは目を覚まし、私たちを見て即座に武器を構えた。
「なっ……!? これはどうなっているのだ……!?」
「くっ!? もう目覚めるなんて! 武器も奪ってないのに!」
リタが銃を構えて叫ぶ。何を焦っているのか、武器を奪ってしまっては意味がない。
盗賊たち全員に聞こえるように声を出す。
「お前たちには今から戦ってもらう。勝てれば解放してやろう、負ければ人として扱わない」
盗賊たちは聞く気がないと言わんばかりに、話の途中でダガーをこちらに投げつけてくる。
当然だがそれらは全て電磁障壁に弾かれる。
「魔力結界か! こんな辺境の魔法使いが!」
「やれやれ、どちらにしても君たちの意思は関係ないがね。リタ、木偶の棒ズを指示してこいつらを気絶させろ。アダムは使用禁止だ」
「えぇ!? 《血塗りの刃》だよ!? ボクが勝てるわけが……」
「お前一人で戦えとは言ってない。さっさとやれ」
リタは少し逡巡した後、決意したようで顔つきがよくなった。
黒ローブたちをにらみつけ、木偶の棒ズたちを確認する。
「木偶の棒たち、黒ローブの奴を気絶させて!」
だが木偶の棒ズは微動だにしない。
「あ、あれ……動かないんだけど」
「木偶の棒に黒ローブなんて対象指示は無理だ。そんな性能いいわけないだろ」
「えぇ……」
仕方がないだろう。一つのコアで大勢動かしているのだから。
だが色で攻撃対象を判断できるのは、簡易にできて有用だな。機能に追加するか。
「なら……木偶の棒たち、近くの敵を気絶させて!」
なるほど。
木偶の棒たちの位置は、私たちよりも黒ローブたちのほうが近くにいる。
敵を全部倒した後に命令を解除すれば問題ない。
木偶の棒ズは指示に従って、覚える価値のない刃とやらに突っ込んでいく。
「な、なんだこいつら!? 気色悪ぃ!」
木偶の棒が木刀を振り回し、黒ローブたちは必死に回避している。
隙を見て頸椎などにダガーを刺しているが、人形相手には無駄なことだ。
「アダム思う。こいつら暗殺者だけあって、人の弱みにつけこむのだけは得意っぽい」
「木の人形相手では無意味だ。しかしつまらんな……リタ、少し盛り上げろ」
「無理言わないでよ!?」
リタは銃で黒ローブを一人倒しながら叫ぶ。
木偶の棒ズが前衛でかく乱し、リタが銃でしとめる。合理的な戦い方だ、だが見てる側としてはつまらない。
「バカな!? この《血塗りの刃》が、こんなところで!? ぐあっ!?」
最後の一人が木偶の棒の木刀に面を食らって気絶した。
あっけなく勝負がついてしまったようだ。
「アダム思う。血よりもケチャップのほうがお似合い」
「どうでもいい。男が八に女が二か……母体もいるのはありがたい」
「待って。スグル、何するつもり!?」
「決まっているだろう。人権を無視しても一切文句の言われない身体が、十も手に入ったのだから。くっくっく……」
色々と使い道はある。
だが全員が細いのは微妙だ。何人かは太らせるか。
データを採るには様々なタイプがいたほうがいい。
「スグル、彼らに人権はないけど人間」
「言わなくともわかる。貴重な物資なので有効活用すると約束しよう」
「まったくわかってない」
アリアはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、気にせず背を向けて研究対象を確認する。
何人かは骨が折れているので修復が必要だ。
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