第8話 駆除後


「スグル! このアダムって娘はボクには扱いきれないよ!」


 アダムに続いて森から出てきたリタは、私を見つけると開口一番そんなことを言ってきた。

 最初の指示からして失敗しているのだ。何となくそんな気はしていた。

 ゴブリンの遺伝子情報の調査は続行し、電子コンソールを叩きながら返事をする。


「安心しろ。アダムだけではなく、他のロボットも指示してもらうつもりだ」

「ロボットが何かは知らないけど、アダムだけでも無理だってば!」


 叫ぶリタの姿を観察すると腹部の鎧に拳の跡が残っている。

 

「アダムに殴られたか」

「うっ……そうだよ。まさか全部倒せって言ったら、ボクまで対象にされるなんて……」

「事前に注意した。命令の対象判定に欠点があると」

「ありすぎるよ! まさか味方を殴ってくるなんて!」


 リタが私に顔を近づけて叫んでくる。

 そもそも問題がないならば最初からアダムだけでやらせている。

 ストッパーが必要だからリタを雇ったのだ。


「事前にブラックウルフの排除任務内は、人を殺さないように指示はしておいた。制限すれば安全性はある」

「……最初から人に危害を加えるなって命令すればいいんじゃないの」

「強盗相手にも無抵抗になるな」

 

 リタはアダムから距離を取りつつ様子をうかがっている。

 殴られたことに警戒しているようだ。うかつな命令がなければ何もしてこないのに。


「アダムは命令には完全に従う。つまり的確に指示できれば問題はない」

「余裕のある時ならともかく敵の前では難しいよ!」

「そうか。無理ならば君を解雇し他の者を雇うだけだ」


 私の言葉にリタは苦虫をかみつぶしたような顔をする。不可能なことを言ってるわけではないが、無理ならば他の者に変わってもらうだけだ。

 リタはしばらく悩んだ後。


「……わかった。もう少しやってみる」

「無論だ。いざとなれば自爆させてもいいんだ、どうとでもなる」


 また街に警護役を探しに行くのは面倒だ。そも失敗されて村が滅んでもどうとでもなる。

 アダムは私とアリアには危害を加えられない。それはリタがどんな指示をしても無理なように、私の上位権限で命令している。

 なのでそれなりに成果を出してくれればいい。


「ところで他のロボットにも指示って……?」

「二人程度の警備では人手が足りないはずだ。木偶の坊!」


 付近に無造作に置いてあった人型の木の人形たちが、私の呼びかけに反応してこちらに近づいてくる。

 彼らはカタカタと音を鳴らしながら、目の前に整列した。

 

「な、なにこれ……なんか怖いんだけど」


 見た目を気にせずに作った結果、人の形をしただけの棒人間になった。

 無機質ゆえの恐ろしさが若干にじみ出ている気はする。

 だが性能には影響ないので問題はない。


「木で作ったカラクリの木偶の棒だ。自ら考える力はないが命令に従う」

「そのまんまだね……ゴーレムみたいなものか」


 ゴーレムか、以前に図鑑で確認したな。岩で作られた怪物だったか。

 けっこう違うのだが説明するのも面倒だ。 


「こいつらは単純な命令に従う。殴り殺せ、潰せ、砕けなどだ」

「全部同じだよねそれ」

「後は半径二十メートルから出るななどが可能だ。それらを組み合わせれば、それなりの指示ができるだろう」

 

 ちなみに彼らの動きはからくり細工だ。鉄はタイムマシンの修理に必要なので、木材などで工夫して作った。

 アダムと同様に動かしているコアユニットは別の場所にいる。アダムは一機で一つのコアだが、木偶の棒ズは全ての人形を一つのコアで賄っている。

 大量の人形を操縦するので、複雑な命令を受け取るのは無理になった。


「例えば防衛役を命令するとしよう。全て殺せ、そしてここから4メートル以内のみ動け。これらを組み合わせれば拠点防衛が可能だ。ちなみに木偶の棒同士は敵対しない」

「……範囲内に味方や村人が入ったら?」

「入るな危険」

「……スグルの戦力って全部恐ろしいよね」


 何を言うか。問答無用で侵入者をハチの巣にする、自動迎撃マシーンよりもマシだ。

 村人に対して可能な限りの安全性を出した結果だ。

 襲撃のたびに死人が出たら、人口があまり増えないではないか。


「今後は村の規模が拡大する。リタには木偶の棒ズとアダムを使って村の警備を頼む」

「不安だ……でもやってみるよ。それと聞きたいんだけど、この銃って魔道具はもっと強くできない?」

「可能だ。お前の働き次第で強化してやる」


 私の言葉にリタは不敵のある笑みを浮かべた。

 銃の強化をダシにすれば言うことを聞かせられそうだ、覚えておこう。


「ちなみに木偶の棒はブラックウルフ一体に勝てる程度の強さだ」

「それなりってことか。アダムにこの銃もあるなら、大抵の魔物には勝てそうだね」


 リタは私の与えた銃を構える。そんな玩具みたいな物を信用されても困るのだが。

 弾丸の速度も落としているし、リロードも一発ずつ装填する必要がある品物だ。

 

「でも随分と過剰戦力だね。魔物から村を守るだけじゃなくて、敵を攻撃することもできそうなくらい」

「実際に想定しているからな」

「えっ」


 私の言葉にリタは目を丸くした。近くにいたアリアもこちらに視線を向けてくる。

 はて、どうして彼女らは驚いているのだろうか。


「村を大きくするのだから武力は必須だろう。こちらから攻められる方が都合がいい」

「ご、護衛の仕事じゃないの……?」

「スグル、この村を火で包むつもり?」


 アリアの避難の色を込めた言葉。

 ちなみに彼女には敬語をやめるように伝えておいた。いつまでもよそよそしいのも困る。


「違うぞ、アリア。積極防衛、攻撃は最大の防御、戦場にするならば敵の土地だ」


 敵に攻めてこられた時点で被害は出る。

 どうせ戦うならばこちらから攻めたほうが都合がいいし、勝てば儲かるので鉱山を買い取るのも早くなる。

 さっさとタイムマシンを直して元の世界に戻り、最初の開発者として色々と決めなければならない。

 手段を選んでいる暇などない。だがアリアはまだ不満があるようだ。こちらに対して責めるような視線を続けている。


「理屈はわかる。でも積極的に戦いはしないでほしい」

「善処しよう」

「お願い」


 てきとうに返事するとアリアが私の手を握って見つめてくる。その視線も真剣みを帯びているのが感じ取れる。

 ……戦争は儲かるのだ。ましてやこちらの兵力は木偶の棒ズとアダム。

 人的被害を出さずに敵を倒すことも可能。やらない理由はない、ないのだが。

 

「……わかった。極力避ける」

「ありがとう」


 アリアが礼と共に笑みを浮かべた。

 ……非合理なことだ、従う意味がなさすぎる。しかし彼女は元村長、信用を失って村ごと逆らわれれば面倒だ。

 いや何とでもなるな、鎮圧すればいいだけだ……ならば私は何故アリアの提案を受けた?

 ……まぁいい。こんな程度のことで頭を悩ませるのが一番非効率だ。


「だが積極的に仕掛けなくても武力は必要だ。敵が脅してきた時に対抗する術として」

「わかってる。防衛の戦力を整えるのは賛成」


 次は木偶の棒に木製の武器を装備させるか。

 鋭くとがらせれば多少の切れ味は出る。ダメだったらコーティングなり考えよう。


「リタ、お前も木偶の棒の改造案があれば聞くぞ」

「見た目をもう少しよくして、アダムみたいに」

「却下する、棒人間で十分だ」


 アダムの容姿を作るのはかなり大変だった。顔や身体のバランスや造形はもちろん、髪の細さや肌の質など全てにこだわった。

 我ながら何故あそこまでこだわったのか疑問だ、きっと熱くなっていたのだろう。

 木偶の棒に誰がそんなことをするものか。


「ふぅん……まぁアダムも見た目が綺麗ってだけで怖いけどさ」

「アダムに怖い要素はない。アダムは完璧な存在」

「君自身は自覚ないんだろうけどね!」

「?」


 アダムは首をかしげた後に、自分の身体をまじまじと観察する。

 そしてまた同じ動作を行う。


「アダムの身体は尖ってないし変な色もしていない」

「外側はね! 中身に問題があるんだよ!」

「中身にも問題はない」

「ちょっ!? いきなり何で服脱いでるの!?」

「スグルはアダムから視線を外して」


 アリアが私の目を手でふさごうとする。くだらん、そんなことをする必要はない。


「私がアダムを作ったんだぞ。裸なぞ見慣れているし弱点まで知っている」

「……スグル、気持ち悪い」

「うわぁ……ちょっと引く」


 アリアとリタが私から距離を取り、アダムを遠くに連れて行った。

 何で離れていったのだろうか。

 私が作ったのだから当然のことだし、暴走された時のためにリセットボタンもつけている。

 作成者としての義務だ。避けられる意味がわからない。

 やはり人間というのは理解できない行動をするものだ。


「どうでもいいか。しかしゴブリンの遺伝子は興味深いな、これならば生殖機能を持った生物を全て孕ませられるのでは……」


 彼女らのことは放置して研究を再開した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る