第5話 外部装甲


 商人から小麦を買い取る約束をして村に戻った後、この世界の生物の知識を仕入れることにした。

 アリアが図鑑を持っていたので私の自宅で確認している。

 借金のカタに彼女の家は私の物になった。キャンプハウスを展開してもいいのだが、形状が目立つためやめておいた。


「……ふむ。ドラゴンは恐竜の亜種、ゴブリンは多少知能の高い猿と言ったところか」

「猿? 恐竜?」

「こちらの話だ。懸賞金までついているとはいいじゃないか、調査もかねて狩りに行くか。このオーガとかどうだ?」


 全長三メートルを誇る二足歩行の生物の絵を指さす。本当に存在するなら興味深い。

 調査もできて金も手に入るから一石二鳥だ。解剖もしたいので全て売るわけではないが。

 

「……Bランクの冒険者パーティーが苦戦する魔物ですよ。冒険者ギルドの説明からいりますか」

「不要だ。どうせ大きな組織が難易度で仕事を割り振ってる仕組みだろう」

「楽で助かります」


 アリアがカップに入った紅茶を飲む。彼女は私の紅茶をかなり気に入っている。

 冒険者ギルドについてはどうでもいい。組織でランクが存在している時点でそうに決まっている。

 肝心なのは魔物と呼ばれる存在が興味深いだけだ。


「このオーガは近くにいるか?」

「いたらこの村はとっくに滅んでいますね」

「つまらんな。ならばこのゴブリンはどうだ?」

「そこらにいますよ」


 どうやらゴブリンは珍しいわけでもないらしい。ならそいつを何体か捕獲するか。

 以前に捕らえたオークも調査中だが、かなり興味ぶかい結果が出ている。

 基本的には豚なのだが一部に未知の遺伝子がある。

 これが原因で二足歩行に進化したと仮説を立てている。


「ゴブリンは雄しか存在せず、他種族の雌で子孫を作るのか。興味深い生態系だな……できれば実際に実験したいところだがどうだね?」

「……最低の提案しないでください。拒否します」


 アリアから冷たい言葉が返ってきた。流石に無理か、牛などを用意して実験するとしよう。

 記載されたゴブリンの情報を全て記憶し、図鑑を閉じて立ち上がる。


「まずはサンプルを捕獲する。ゴブリンは雌を狙うならば、君を囮におびき寄せるとしよう」

「……私をあの醜いゴブリンのエサにすると?」

「安心しろ。君の安全は保障する」

「それだけなら拒否します」

「……危険手当も出す」


 アリアはうなずいて立ち上がった。やれやれ、一筋縄ではいかない娘だ。


「ですがスグルの銃とやらは、ゴブリンの相手には向かないですよ。大量に出てくるのですから」

「大丈夫だ。手段はいくらでもある」


 



~~~~




 村で聞き込んだゴブリンの目撃場所の、近くの森へと車でやってきた。 

 車内から周りを確認するが見つからない。やはりアリアをエサにして釣る必要があるな。


「ではアリアよ。なるべくうまそうにゴブリンをおびき寄せてくれ」

「どうしろと?」

「……フェロモンをばらまけばいいんじゃないか。虫みたいに」


 返事代わりに冷たい視線が向けられる。私だってゴブリンが何を基準にして、他種族の雌に反応しているか知らん。

 どちらにしても貧相気味なこの少女では、フェロモンとやらは不足な気がするが。


「失礼なことを考えましたよね?」

「安心しろ。純然たる事実を思っただけだ」


 アリアが車から降りて歩き始めた。光学迷彩を発動して車を見えなくして、彼女の後を追尾する。

 しばらくすると茂みからゴブリンと思しき存在が現れた。

 緑で小柄な体躯で出来の悪いこん棒を持っている。


「……」


 アリアはゴブリンを驚くでもなく見つめている。対するゴブリンはニヤリを笑みを浮かべた。

 どうやら彼女を獲物と認識したらしい。少し心配だったが問題なくエサに認定されたな。

 出来ればこのまま巣に持ち帰る方法を確認したいが……。


「スグル、これ以上のことをさせるなら秘書やめますよ」


 残念ながら却下されてしまった。ならば仕方がない。

 迷彩を維持したままの車から降りてアリアとゴブリンの間に立つ。


「ぐるぅ!? ぐるぅぅ!」


 急に現れた私を前にしたゴブリンは空に向けて遠吠えした。おそらく仲間を呼んだのだろう。

 これは好都合だ。一体だけでは足りなかった。

 

「緑色の理由は虫と同じか。毛がないのは気になるな、ゴブリンは冬はどうやって生きているのだ?」

「興味ないです。それより倒さないのですか?」

「もう少し集まってからのデータが欲しい」


 ゴブリンは一度突撃して弾き飛ばされた後、電磁バリアをこん棒で延々と叩いている。

 アリアもバリアの範囲内に入っているので安全だ。

 後はデータ収集と捕獲だけなので集まるのを待つだけである。


「「「ぐるぅ!」」」


 しばらくゴブリンの壁叩きを眺めていると、茂みからさらに二十ほどのゴブリンが現れた。

 全員が緑色の似たような見た目だ。基本はこん棒だが何体かは斧を持っている。


「個体差はあまりないのだな。二体くらい捕獲して後はこの場でデータ収集だ」

「頑張ってください」


 アリアはいつの間にか車の中に戻っていた。もうエサの役割は果たしたのでどうでもいいが。

 空中に出したコンソールを叩き、身体の周りに機械の装甲を転送する。

 人型外部装甲パワードスーツライトニング。私が開発した専用の装備だ。 

 電磁バリアは解除しているが、ゴブリンは急に姿の変わった私を警戒して攻めてこない。


「では調査を開始する」


 右手に装備した光線銃ビームライフルを撃つ。光に直撃したゴブリンの身体が蒸発した。

 仲間が蒸発したのを見た小鬼たちは一斉に襲い掛かってくる。

 更に何体かを撃った後、左手から光の剣を出して近づいて来たゴブリンを切り裂く。


「ぐるぅ!?」

 

 仲間を犠牲に密接したゴブリンがこん棒を私に叩きつける。

 だがただの木の棒程度ではびくともしない。攻撃してきたゴブリンの額に光線銃を押し付けて発射する。

 残りの生きているゴブリンは三体ほど。ちょうどいい数だ。

 

「フラッシュ」


 私の言葉をトリガーにしてパワードスーツが強烈な七色の光を放つ。

 直接視認した残りのゴブリンは気絶し倒れた。それを異空間へと転送する。


「終わったぞアリア……しまったな警告するのを忘れていた」


 アリアは車の中で意識を失っていた。ゴブリンと同じように光を直視してしまったようだ。

 気絶するだけで後遺症などは残らないので問題はないが……次からは気をつけよう。

 起こす意味もないのでこのまま寝かせておくか。

 さてゴブリンは巣を作ると聞いている。せっかくなので調査していくとしよう。

 もしかしたら他種族の雌を確保しているかもしれない。

 期待しつつ空から見張らせていたドローンを回収し、その映像データからゴブリンたちが出てきた洞窟を発見した。

 だが端的に言うと巣にはゴブリンしかいなかった。まだ発情期ではなかったのだろう。

 特に興味深いところもなかったので、全て焼き払って村へと車で戻る途中にアリアが目覚めた。


「うっ……」

「起きたか。もう全部終わったぞ、仕事中に居眠りとはいいご身分だ」

「……そうですか。なら危険手当と損害手当をお願いします」

「……フラッシュによる気絶を覚えていたか」


 向こうの過失にしようと思ったが、そううまくはいかないようだ。

 アリアに払う金額が増えていきそうだ。

 無表情な彼女の顔を眺めつつ、車を運転して村へと戻ると村人が待っていた。

 

「村長様、お帰りなさい。小麦粉がいっぱい来てますぜ、家に運んでおきました。それと相談があるんですが……実は村の近くに魔物が現れまして、ブラックウルフなんですが」

「ああ……ただの狼と変わらんやつか。特に興味が出ないな」


 図鑑でも見たが本当に狼と変わらなかった。生態系も見た目も。

 そんなどうでもいいものを私に振らないでくれ。


「あ、あの……冒険者を雇って退治してもらえませんか?」

「自分たちで倒せ」

「無理でさぁ! ただでさえオークでの怪我も残ってますし……」

「アリア、どうなんだ?」

「冒険者を雇った方がいいと思われます。警備してもらって駆除も必要ですし」


 彼女が言うならば警備と駆除は必要なのだろう。

 だが狼が現れるたびにお願いされてはたまったものではない。


「わかった。だが冒険者は雇わない」

「えっ!? わしらに戦えって言うんですかい!?」

「違う。警備と駆除ができればいいのだろう? これを機に警備隊を作ることにする」


 どうせ村の規模が大きくなれば警察のような役割は必要だ。

 少し早めに用意しておいてもいいだろう。今後もこういうことはあるだろうし。

 

「アリア、警備隊の人材を探したい」

「街でスカウトするしかないですね」

「ならば教会のあるという街に向かうぞ。下見も兼ねて」

「ですが大勢を雇い続けるのは厳しくないですか? 今の村には食料も金銭もないですよ」

「問題ない。一人だけ雇って後はロボットを使う」


 隊長というか指示できる者を用意すれば、後はロボットに支援させる予定だ。

 本当ならば全てロボットでもと思ったが……私が今までに作ったAIは致命的な欠陥を持ってしまっている。

 敵を倒すのに村ごと壊しかねないので、司令塔だけ用意しておきたいのだ。

 

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