第4話 金策
無事に村長のあいさつも終わってアリアの家へと戻った。
いきなり現れた私に対して、村人たちは反発すると考えていたが杞憂であった。
彼らはアリアが隣村の嫁に出されるのに申し訳なく思っていたらしい。
元々彼女の両親が借金したのも村のためだと。それを救ったということ、そしてオークを討伐したことで受け入れられた。
仮に拒否されても言うことを聞かせるつもりであったが。
「ではまずは金策だ。元手がないとこんな村では何もできない」
「否定はしませんが少しは言い方を考えては? いちおうは元村長ですよ、私」
メイド服を着たアリアが呟く。口ではそう言っているが無表情なので特に思うところはないのだろう。
ちなみに彼女の服装は私が与えた物だ。ただのメイド服ではなく防弾チョッキ並みの防御力を誇る。ついでに自動洗浄機能もついている。
「事実だからな。商人と繋がりはあるか?」
「行商人が三月に一度だけ来ます、その者ならば。そろそろやってくる頃合いですし」
「ならば売れる物を用意すればいいな。いくつか見せるからどれが売れそうか判定してくれ」
アリアがうなずくのを確認して異空間に収納していた道具をいくつか床に出現させる。
先ほど言ったがまずは元手が必要だ。最初にそれなりの金銭を手に入れれば、自動製造の調理器などで食べ物を作って売るなどもある。
まずは単品でそれなりの金額が手に入ればいい。
「拡散熱線放射器。敵軍を原型残さず熱で溶かしきる」
「物騒すぎます」
「音波砲。敵軍の鼓膜を全て破る、空圧で吹き飛ばすことも可だ」
「ただの平民商人などで生活に使える物でお願いします」
どうやら私の兵器を扱えるほどのキャパシティを持つ商人ではないようだ。
出現させた武器を再び異空間へ転送する。
もったいないことだ、元の時代ならば軍事政権が目の色を変えて買いに来るのに。
この時代の文明レベルで生活に役立ちそうなものか……もうこれでいいだろう。
古い時代からある懐中電灯を手の中に出して、アリアに向けて光らせた。
「ならこの骨董品はどうだ。光るぞ」
「まぶしいですね。いいんじゃないですか、夜に便利そうですし」
アリアは手で光から顔を隠す。
何ともつまらないが売れるのならば何でもいいか。肝心なのは金を稼ぐことだ。
ちなみにこの懐中電灯。シンプルイズベストで作られているため、凄まじい硬さを誇っている。
鈍器として使えば岩程度ならば簡単に砕けるはずだ。
いかに多機能かを誇る時代にあえてそれを減らし、丈夫さを重視する発想が気に入ったので未来から持ってきていた。
「私は経済観念がないので金銭交渉は全て君に任せる。では商人を迎えに行くぞ」
「……そろそろ来るとは言いましたが、近くにいるとは限りませんよ? 馬車移動で各地を回りながらですし」
「半径10km以内の馬車を全て確認していく。一週間も二週間も待たされるのはごめんだ」
田舎特有のゆっくりした時間の感覚は苦手だ。
私としてはできればさっさと小麦を手に入れ、自動製造機に放り込んでパンなどの量産体制を作りたい。
この世界でも調味料は貴重だと確認済みだ。未来の味付けで作った日持ちする食品は確実に売れて利益をもたらす。
「ちょうどいい機会だ。君に科学を見せておこう」
「特に興味はないのですが」
「秘書である以上は知ってもらわないと困る」
「服装はメイドなのですが?」
「それは私の趣味だ」
そういえば自動翻訳機を止めてアリアたちの言葉を聞いたが、これまでの歴史に存在しない言語だった。
機械が秘書のようなこの世界にあるかわからないものも、勝手に翻訳して向こうが理解できる単語に変換してくれている。
時間ができたら彼女たちの言葉を勉強するのもいいかもしれない。
「どちらにしても君には一緒に来てもらわないとな。商人の顔すらわからない」
「それはかまいません」
彼女の承諾を得たので家から外に出て車を転送し、自動で開かれた扉から中へと乗り込む。
アリアはしばらく観察してから私の隣の席に座った。
「近くで動く馬の反応は三つか。一つはさっきの俗物だから二択だな」
「……これはどうやって動くのですか? 車輪も馬もついていないのですが」
「こうするんだ」
車の電源をオンにすると両翼の噴出機が作動し車体が空高く飛び上がる。
上空から付近の景色を確認するがほぼ自然だ。たまに小さな集落がある程度。
かなり遠いが北の方角に街らしきものが見える。あれが地図をもらう予定の教会があるところだろう。
「……すごい」
アリアは目を丸くしている。高く空を飛んだことがないのだ。
あたりを見降ろして感動しているようだ。
「馬車がここから北と西に見える。どちらが知り合いかわかるか?」
「西のほう」
拡大した画像を空中ディスプレイに映そうとしたが、その前に返事がきた。
かなり目がいいらしい。常人ならば小さな点にしか見えないはずだ。
「なら馬車のそばに降りるぞ」
操縦桿を握って目的地へと高度を下ろし、馬車の動きを止めるように目の前に着陸する。
私たちの存在に気付いた馬が動揺していななき、御者台に座っていた男が目の前に降りてきた我々を奇異の目で見ている。
彼らと話をするため、私とアリアは扉を開いて車の外へと出た。
「……アリアのお嬢さんじゃないですか。いったいこれはなんですか?」
細身の誠実そうな男が、馬車に座ったまま口を開いた。
手綱を握ったままなのはいつでも逃げられるようにか。
「あなたに売りたい物がある」
アリアは商人に向けて懐中電灯を照らす。
昼とはいえそれなりに光が見えるので、どのような効果かはわかるはず。わからない程度の人間ならば不要だ。
「……面白そうなものですね。少し触らせてもらっても?」
商人は手で顔を隠しながら興味深そうに光源を見ている。
どうやら物の価値がわかる者のようだ。これならば今後も使える可能性はある。
アリアはうなずくと懐中電灯を商人へ手渡した。
「……魔法使いでもないのに、こんなもので光が灯るのか。火をつけなくていいのは便利だな、木などを用意しなくていいし」
「便利だから買ってほしい。今なら金貨五枚」
「優秀ですがそれは高い。三枚では?」
「四枚」
「そこが妥協点ですね」
アリアと商人は握手をかわした。どうやら交渉がまとまったらしい。
この世界の物品の価値はわからないから、完全に任せたので問題はない。
別に貴重なものでもなし、失ってもかまわない。
だが鈍器としてアピールしなかったのは何故だろうか。
「ちなみにこれは量産できるのですか?」
商人の目が爛々と輝いている。金のにおいをかぎつけているようだ。
だが懐中電灯は作るのに面倒な素材を使う。もっと安くて手に入りやすい物で儲けたいのだ。
なるべくはこの世界の物だけでまかないたい。
「無理だ。どうしてもならば多少は用意できるが、基本的には一品ものと思ってくれ。それと先の金貨で小麦などを大量に買いたい」
「今は手持ちはあまりありませんが、お話次第では特別に用意いたしますよ」
先に懐中電灯を見せたことで商人の食いつきがいい。
狙い通りに私から儲かるにおいをかぎつけている。これでひとまずの仕入れルートを確保できそうだ。
「ところで……その不思議な乗り物はなんですか?」
「これを売る気はない」
「それは残念」
商人が懐中電灯より輝いたような目で車を見ていたので先手をうつ。
自動車の類を売る必要はない。仮に売るなら小国と交換くらいじゃないと割に合わない。
「では小麦をなるべく早く村に届けますので」
商人は馬車の御者台に乗り込むと、私の車を横切って去っていった。
すぐに話がまとまってよかった。無事に目的も達したし文句はない。
「アリア、よくやったぞ。これからも秘書として励んでくれ」
「一定以上の成果で褒美が欲しいです」
「いいだろう。何が望みだ?」
「賃金」
「いいだろう。借金のカタで働いている君にも活躍次第で払うとしよう」
……給料について完全に失念していた。秘書型アンドロイドを用意した気分になっていた。
借金を肩代わりしたとはいえ、彼女は役に立ちそうなので優遇せねば。
逃げられたら困る。そんなことをさせるつもりはないが。
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