第3話 交渉銃


「お、お待たせいたしました!」


 勢いよく扉を開いて背の低い太った男が駆け込んでくる。

 服装などもそこらの農民よりは上等なところを見ると隣村の村長だろう。

 アリアに視線を移すと頷いて返してきた。ならばこいつが来るまでの打ち合わせ通りにことを進めるとしよう。


「遅い。貴様が来るまでに二時間三十四分五十二秒かかった。つまりそれだけの時間を私に浪費させたのだ」

「な、なにを……! あそこからわずかな時間で来たのですよ! これより早くなど不可能だ!」

「わめくな無能」


 男は悲鳴のように叫ぶ。

 安心しろ、仮に一秒で来たとしても私の時間を浪費させた罪は重い。

 こいつ相手ならば座ったままでいいだろう。やかましく叫ぶ男に宣告するとしよう。


「これ以上の時間のロスはごめんだ。単刀直入に言うがアリアは私がもらい受ける」

「ま、魔法使い様と言えども私が先に契約を……! 彼女には借金がある!」

「金銭を借りたのは事実のようだから借りた額は返す。利子は契約になかっただろう」


 私の言葉に男はニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 自分が優位だと思ったようで急に態度が豹変した。


「いえいえ、確かに契約はありましたとも。アリアの両親にお金を貸したのは、期限内に返さなければ莫大な利子を払うとまで言われたからです。嘘だというなら証拠を出してくださなければ」


 悪魔の証明だ。存在しないと証明するのは極めて難しい。

 契約書でもあればよかったのだが、この文明レベルでは少額契約でそんな物を作ればそちらの方が高くつくだろう。

 凄まじくくだらないやり取りだ。こんな奴に私のアシスタント候補をくれてやるわけにはいかない。


「つまり借金を返せないならばアリアは自分の物だと?」

「そうですとも! 彼女は私の物です! それが嫌ならば金貨二十枚払ってもらいましょう!」


 男は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 アリア村の全財産でも金貨一枚もないとアリアから聞いている。

 それが二十倍ともなれば払える道理はなく、貴族でも簡単には出せない額とか何とか。

 だがまぁ……特に問題はないな。こいつがバカで助かる。


「いいだろう。金貨はないがそれに相当する物を渡してやろう。これでこの話は終わりだ」

「……は?」

「そういうことですので二度と妻とか言わないでくださいね、エクボ」

 

 エクボと言われた男は口を開いたまま呆けている。

 そんな名前だったのか、覚える価値もないからどうでもいいが。

 

「なっなっ、そんなあり得ないでしょう! 金貨二十枚を払えるわけが……!」


 男は動揺で脂汗をかいている。こいつにとって金貨よりもアリアが欲しいのは分かっている。

 本来ならば金額など言わなければよかったのだ。話しさえしなければどれだけ価値のある物でも、足りないと言い続けられたのにな。

 言わせるための方法はいくらでも考えていたが、自分から喋るのだから救いようがない。

 アリアがタンスに隠させておいた金の延べ棒を持ってくる。

 ここが日本ではないなら大判が使い物にならなそうなので、形状変更装置で作り変えておいたブツだ。

 

「金のインゴットだ。金貨二十枚よりも価値があるのは明白だろう」

「に、偽物だ! そんな物を変な白い服着た奴なんかが持ってるわけが……! そ、そうだ! こんな辺境に魔法使い様が来るわけが……!」

「……貴様、私の白衣を侮辱したな?」


 いい失言だ。最大限利用させてもらおう。

 その言葉を受けて立ち上がり、威圧するように男へとゆっくり近づき懐から銃を取り出す。

 そのまま銃口を男に向けて引き金を引くと強烈な光と音が発生する。

 弾丸を飛ばしたりはしないので殺傷力はゼロだ。動物を驚かすためだけの機能である。

 だが効果があったようで奴は腰を抜かして床へとへたり込む……想像以上に小物だな。まさか立てなくなるとは思わなかった。


「ま、魔法……!? わ、分かりました!? アリアは譲りますのでお許しを!」

「では話は終わりだ。アリアは手切れ金としてインゴットを渡しておけ」

「くたばれ」


 男はアリアにインゴットを投げつけられて、受け止められずにみぞおちに入り悲鳴をあげる。

 殺意のこもったスローイングだった。

 

「失せろ」

「は、はひっ!」


 男は腰を抜かしたまま、インゴットを握って四つん這いで必死に家から出て行った。

 ……最後まで無様な奴だな。

 閃光弾だけで終わってしまい、脅し兼始末用に焼夷弾がムダになってしまった。

 どうやら敵を過大評価していたようだ。


「というわけで君は私の所有物になったわけだが」

「スグル様、ご主人様、主様、あなたのどれがよろしいですか?」

「最後はご主人の意味が違うだろう。スグルでいい。呼び名など正直どうでもいいが」

「ならあなたで」

「スグルでいい」


 無表情で冗談を言ってくるアリア。

 茶目っ気がある少女だ。すでに一癖ありそうなのは把握しているし不愛想よりはよほどいいが。

 そもそも私自身が百癖くらいあるとよく言われるので誤差のようなものだ。

 彼女を観察しながら再び椅子に腰を下ろす。


「スグル、私は何をすればいいですか?」


 アリアは私の傍に控えるように立った。

 頼みたいことはかなりあるが……まずは私のやるべきことを伝えておくか。


「まずは王都に向かい、世界地図を確認する手伝いをしてもらう」

「……わかりました。ただこの村を放置するのは少し不安なのですが」

「安心しろ。隣村に向かうくらいの時間で行ける」


 王都は馬車で七日。ホバーブーツで一日足らず。ならば私の愛機である人型ロボットのヴィントは三時間程度で行ける。

 アリアは少し考え込んでから納得したようで口を開いた。


「転移魔術ですか」

「残念ながらポータルを置いてない場所は無理だ。だが転移ではないが優れた移動手段がある」


 私の時代ならば当たり前に使われているが、転移という言葉がアリアの口から出るとは思わなかった。

 どう見ても古い文明なのにその概念が存在しているのが驚きだ。


「それならば行けます。ですが地図を見るならば教会へのコネか多額の寄付が必要でしょう」

「やれやれ……神の名において無料で見せろ」

「あの人たちが信じているのはお金」


 古来より大きな宗教には金銭が絡むものだ。だがすでにきんは使いきってしまった。

 タイムマシンの問題で大判をあまり持ってこれなかったのが痛い。

 寄付用に少し稼ぐ必要がありそうだな。


「仕方がない。王都に向かうまでに少し金を稼ぐとしよう」

「念のため言いますがこの村にはお金はないですよ」

「安心しろ。ない袖は振れないのは知っている」


 こんな田舎でましてや借金している村に金などあるわけがない。

 多少は稼ぐ必要があるので少し時間はかかるが問題はない。どうせ金銭はたっぷりと貯めこむ必要はありそうだからな。

 収納しているタイムマシンの状態を確認したが、かなりダメージを受けていて全面的に修理しなければならない。

 修理には特殊合金が必要なのだが作るのには大量の鉄を使うのだ。

 それも個人が集められるような量ではなく、鉄鉱山を買い取るくらいにいるだろう。

 未来ならば他の素材からでも作れるが……今の私の設備では鉄からしか無理だ。

 つまり鉱山を買い取ってタイムマシンを修理する。これが達成できない限りは私は未来に戻ることができない。


「アリア、私はこの村を治めようと思う。最終目的は金を稼いで鉱山を手に入れる」

「では今日からスグル村になりますね」

「村の名前はどうでもいいが……その方が話が早いか」


 村と村長の名前が同じなのが普通なら、スグル村にしてしまったほうが対外的にいい。

 人の上に立つガラではないが仕方あるまい。

 鉱山を買い取るともなれば村人Aでは無理だろう。社会的に高い身分が必要だと予想する。

 小さな村の長でも難しい。ここを大きくして社会的に高貴な身分を手に入れるか。

 長い計画になってしまうがしかたない。 


「村人を集めてくれ。村長の変更を発表する」

「わかりました」


 アリアが家を出ていくのを確認してから、通話に使われた陣の書いてある壁に近づく。

 陣に触れないように付近の壁を叩いてみるが、特に裏側に何かがあるわけでもなさそうだ。

 電話などを仕込んでいるわけではないらしい。


「……赤外線で確認したが長距離糸電話もなさそうだな。そもそも隣村まで細い糸を伸ばせるとも思えないが」


 そうなるとこの陣の通話は私の知らない方法で行われている。

 まさにオーパーツだ。信じがたいが目の前に実物があるのだから。


「バラして調べたいが勝手にはまずいか、後で許可を取るとしよう。しかしオークと呼ばれる生物にこの陣電話か……くっくっく」


 思わず高笑いしそうになったが何とか抑える。

 何とも面白そうなことになったものだ。もはやここは中世ヨーロッパである可能性は低い。

 ならば平行世界パラレルワールドだ。しかも私の知らない技術や生物がいるような。

 タイムマシンが事故を起こしてくれたことに感謝せずにはいられない。

 

「ああ、研究しがいがある。私の時代には飽き飽きしていたのだ、ここならば利権や国益に縛られず望むがままにできるということだ……!」


 今後の展望に胸を膨らませていると家の扉からアリアが入ってきた。


「村人を集めましたよ。その笑顔は怖いのでみんなの前ではやめてくださいね」

「くくっ……わかっているとも」


 アリアにすぐに向かうと告げて、隠しきれない笑みを浮かべながら家を出るのだった。

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