第2話 現状確認


 向かい合って椅子に座り情報収集を開始する。


「ここはどこの国に属している?」

「パーセヴァルです」


 ……聞いたことがない。量子コンピュータで国として検索しても、たまたま類似したであろうどこかの個人小説の国の名称しか出てこない。

 

「この村の名前ではなく国の名称を確認している」

「ここの名前は村長である私の名であるアリア村です」

「パーセヴァルの規模は分かるか?」

「世間的に見てかなりの大国だと思います」


 大国ならば歴史に残っているはずだ。嘘をついているのかと思ったが、アリアは事実を無表情に淡々と述べているように見える。

 嘘発見器にも反応がないことを見ると真実を話している。

 ならば可能性は三つ。一つは本当にそんな都市が存在していて私の時代に伝わっていない、二つ目はアリアが本当のことだと勘違いしている。

 三つ目は……平行世界パラレルワールド。簡単に言うと私のいた地球とは異なるところに来て

してしまっている。

 一つ目の可能性はほぼありえない、この文明レベルで大国の存在が未来に伝われないなど。

 二つ目についてはゼロではない。

 三つ目はバカげた話に聞こえるが、時間を遡る上で切っても切れない話であるので同じく可能性はある。 


「世界地図は存在しないのか?」

「王都の教会に存在すると聞きますが、一般人では見ることは叶わないでしょう。魔法使いならば交渉次第で可能かもしれませんが」


 そう話しながら紅茶を口につけたアリアが少し目を丸くした。


「この紅茶、美味しいですね」

「特注品でね。……魔女狩りなどの異端狩りを君は知っているか?」


 私の考えが正しければここは中世ヨーロッパではない可能性がある。

 ならば魔女狩りがあったとは限らない。なかったなら剣士などと無理な言い訳をする必要もない。

 

「魔女を狩るなんてあり得ません。そんなことを呟いた時点で処刑されかねませんよ」

「……そうか。実は私は剣士ではない、これからは魔法使いに近い存在と思ってくれ」

「わかりました」


 特に深く聞いてくるでもなくアリアは頷いた。

 内心は何で剣士などと言っていたのだろうかと思っていそうだ。無表情なので想像でしかないが。

 とりあえず今後に科学技術を発揮する時は魔法だとごまかそう。

 魔女狩りなんて発言だけで処刑なら、どうやら魔法使いに幻想を抱いているようだし。


「しかし何故こんな辺鄙な場所にやってきたのですか? あれほどの魔法を使えるならば王都で暮らせるのに」

「私は変わり者とよく言われていてね」


 ごまかすように紅茶に口をつける。

 ……今までの会話をまとめると、魔法使いの権利は認められているようだな。

 地球の歴史でも魔法使いと世間に思われている者は存在する。

 そういった類の者が処刑されたのが魔女狩りなのだから。


「知りたいことはだいたい分かった。王都はどの方向かわかるか?」

「ここから馬車で北に七日ほどと聞いています」


 馬車の一日の移動距離はおおよそ百二十キロほどだったはずだ。

 私のホバーブーツならば安全運転でも一日かからず行ける。

 情報収集をかねて向かうのがいいか。世界地図を確認すればここがどこかも把握できる。

 

「わかった、ありがとう」

「いえ、礼を言うのはこちらの方です。剣士じゃない魔法使いに近い様のおかげで村人が死なずに済みました」

「……名前を言えということか、君は思ったよりもやるな。私の名前はすぐるだ。決して罪人の類ではない」

 

 暗に要求されたので名前を伝えておく、姓は貴族に思われそうなので言わないが。

 アリアからすれば私がうさんくさい言動ばかりで気になったのだろう。それは間違ってはいない。

 村を救ってもらったと言えども、それが脱獄囚だったなら見逃したことで罪に問われかねない。

 やはり彼女は頭がいいようだ。


「スグル様、報酬の件で相談がありますがよろしいですか?」

「構わない。まともに払える物がないのだろう?」

「その通りです」


 こんな辺鄙な村では金銭などあまりないだろう。

 私がしたことは死にかけた人間を三人も助けた上に、男が束になっても勝てない動物退治。

 村長としてそれなりの謝礼をする必要がある。


「安心しろ。即物的な物を要求するつもりはない。対価は君に払ってもらう……身体目的ではなく働いてもらうという意味だから脱ぐ必要はない」


 自分の服に手をかけたアリアを見て付け加える。

 本当に話が早いので楽でいいが、驚いたほどためらわないな。少しは恥ずかしがると思っていたが無表情のままだ。

 いや服に手をかける時に私に対する視線が冷たくなっていたか。


「申し訳ありませんがそれはできません。私はもうすぐ借金のかたに結婚させられますので」

「村長なのにか?」

「両親が生前に隣村から借りた少しの金銭に法外な利子がついていたのです。いえ正確には法外な利子での契約を結んでいたのだと、両親の死後に伝えられたのです」


 アリアは淡々と無表情に語る。だがその声音には多少の怒りが含まれていた。

 彼女の言葉が本当だとするならばどうせこれだろう。


「死人に口なしか」


 私の言葉にアリアは頷いた。契約を証明出来る人間がいないので向こう側が好き勝手に言ってるのだろう。

 だいたいの筋書きは分かる。どうせ金を貸したのに返さないならばこの村を攻めるとかだ。

 それが嫌なら村長を差し出して従属せよと要求する。

 何ならそのストーリーのためにアリアの両親が殺された可能性まである。

 

「そんな話に従うつもりか?」

「私が隣村の村長と婚姻を結べば、この村もしばらくは安泰でしょう」

「ならばしばらく後にどうなるかもわかっているはずだ」

「……だとしても、です。今の最善策ですから」


 アリアは顔をうつむかせた。

 そんな村に従ってもいい未来があるとは思えない。

 しばらくは安全だとしても何かあれば見捨てられる、あるいは捨て駒にされかねない。

 彼女もそれはわかっているのだが他に選択肢がない。

 金を貸せる側と借りざるを得ない側、力関係など語るに及ばない。

 この村自体がどうなろうが興味はないが――。


「だが私は君の働きで報酬を返してもらうと決めたのでね。拒否権はない」


 私の言葉にアリアは顔を上げると黙ってこちらを見つめている。

 彼女は話が早いという貴重な存在だ。この私のおよそ残り八十年ほどの限られた時間を無駄に浪費しない。

 この世界の知識を知る者が必要なのだ。王都に一人で行っても迷うし常識もわからない。


「……スグル様が魔法使いだとしても、向こうが言う借金はかなりの大金ですよ」

「安心しろ。そもそも私は一銭たりとも持っていない」


 中世ヨーロッパなのか平行世界なのかは知らないが、日本に向かうはずだった私が持っているのは大判小判のみだ。

 しかも未来で作ったのだから偽造した貨幣である。


「魔法使いだとしても借金を帳消しにするのは難しいですよ」

「くだらん。元々が詐欺めいた契約だ、手段を選ばなければどうとでもなる」


 仮に詐欺じゃなくて本当の契約だったとしても、アリアを手に入れるつもりなのでどうとでもするつもりだが。

 

「村程度の規模の集落など全て焼き払ってやろう」

「……あの、お金を借りたこと自体は本当なので極力穏便にお願いします」

「私は手段を選ぶのが好きではないが善処はする」


 机に置かれたカップの紅茶を飲み干す。

 アリアもちょうど飲み終えたようで、名残惜しそうに空になったカップを持ちながらこちらを見つめてくる。


「……机に置け。おかわりをくれてやる」

「ありがとうございます」


 本当にしたたかである。だが嫌いではない。

 人間たるもの、欲望に従うのは悪いことではない。私とて知識欲の権化であると自覚はしている。


「隣村の村長との交渉はいつだ?」

「一週間後です」

「遅い、今すぐに交渉しろ」


 私の時間は有限である。隣村の屑村長相手に費やすなど、本来ならば人類の損失だ。

 隣村の距離は知らないが私のホバー移動ならばすぐだろう。

  

「わかりました。すぐに伝えます」


 アリアは椅子から腰を上げると、壁に向かって歩いた。

 彼女は奇怪な六芒星の陣が描かれた壁に手を当てると、その紋様が青く光り輝きだした。

 ……どういう原理だ? 後で色々と調べてみよう。

 

「アリアの名のもとに、エクボへ道をつなぐ」


 彼女の言葉と共に光が赤へと変わる。それから二十秒ほど経つと。


「おやおや。我が愛しのアリアではないですか。何の用ですか?」


 紋様から見知らぬ男の声がする。……本当にどういう原理だ?

 壁に電話機能でも隠されているのだろうか。


「今日か明日に、契約のことについて改めてお話がしたいのですが」

「すでにそれは終了したはずです。今月中に返せないなら、貴女が私の妻になるとねぇ」


 男の下卑た声が部屋中に響く。何とも気持ちの悪いというか不快だ。

 アリアの身体が少しばかり震えていた。ポーカーフェイスな彼女に反応させるとは、なかなかゲスな才能があるではないか。


「その契約について、魔法使いであるスグル様から異論が出ています。私の身体が欲しいので拒否するようにと」

「なっ!? 魔法使いに身体を売ったのですか!?」


 嘘は言っていないが間違いなく誤解する言い方である。

 あれは確信犯だ。案の定、向こうの男の声に焦りが生まれた。


「つきましては今日か明日に話し合いの場を設けるようにと。逆らうならば貴方の村は焼き払うと仰っていました」

「なっ、なっ……!? い、いくら魔法使いとてそんなことが許されるわけが……! アリア、嘘をついているのでしょう!?」

「本当のことだ。何でもいいからさっさと準備しろ」

「い、今のが魔法使いの声ですか!? 何の権利があって私のアリアを奪おうと! こちらには契約があって……!」


 ……こいつは俺が最も嫌いなタイプだな。利権を守るためにどうでもいい話をグダグダと。

 こういう輩の話を遮る方法は知っている。声を出している陣のある壁へと近づき、時計から陶器の割れる音や爆破音を流した。


「ひいっ!? い、今のは何の音ですか!?」

「さっさと話しあいの場を作れと、スグル様がお怒りです。作らないならばすぐにあなたの村を滅ぼすと……」

「ひ、ひいっ!? す、すぐにします! 今から向かいますので!」


 無暗に怒鳴るよりもこのほうが話が早い。ぐちぐちうるさいスポンサー相手にも効果があった。

 

「すぐに来ると行っていたがどれくらいかかりそうだ?」

「あの様子なら二、三時間で来ると思います」

「もう少し脅せば一時間で来れるか?」

「なかなか鬼畜ですね。流石に馬の走る速度にも限度はあるかと」


 隣村の村長が来るまでもう少しアリアとお茶をしながら待つことにした。

 無駄な時間ではなく情報収集に費やした。

 

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