第3話

そんなわけで氷を背負ったスライム気どりのあたしは街に出かけることにした。腰から下が半分スライムなわけよ。でも虎になりたかったものだから、もう虎になることにした。あたしは今日から虎です。みんなよろしくね?

 虎の姿になって。

 あたしは森を思い出した。そう森林! あたしは山に帰りたいんだよね。でもここには山なんてないから、しょうがないから、あたしは山道を歩いている気分で、歩道をのっのっのっと歩いた。太陽が熱すぎて、肉球がホットプレートの上のお肉みたいに香ばしく焼けるかと思った。虎焼き。射貫かれるような眼差しっていうけど、あれはきっと太陽のような真夏日のように暑い目のことなんだろうなっていう気がした。あるいはいっそ月のようなものなのだろうか? 神秘的で、こちらのことを全部見透かしているような目というか。怖いほどよく見える目というか。どっちでもいいか。

「ねえおかーさーん。あの虎模様が変だよ!」

 歩道を歩いていてすれ違った子どもに指摘を受けた。あたしの模様、そんなに指差したくなるくらい変なんだろうか? ただの白と黒のマーブリング模様だけど、変なんだろうか? 

 がああおおおおおっ!

 あたしは咆哮する。子どもは半泣きで走って逃げていった。母親もつられてサンダルを鳴らして走り去って行く。

 ら・ら・ら・……

《何の歌?》

 ら・ら・ら・……

 通りから謎の音楽が聴こえる。

 らん・らら・らん・らら・らん……

 思わずそちらを見やると。

 無数の足が行進していた。足だけ。太腿から下の素足が、堂々とパレードしている。どこから曲が流れているのかが不思議だが。たぶん空の果てから地球に振り降りてくるように、音楽が奏でられている。隕石のように地上に音楽が墜落して流れる。

 足じゃん。

 ただただ足であった。

 五十人くらい、つまり百本の足が、まったく同じ形をしたそっくりな足たちが、片貫が形をくりぬいたかのようにおんなじ形をした足が、きちっと同じように歩いている。そこまではいい。まあ赦せる。でも。

 あれ、あたしの足じゃない?

 そんな気がした。

 あの太腿の太さ具合、膝小僧の感じ、脛の細さ具合、あの絶妙な長さの足全体、意外と締まった足首、ペタンとした足の甲、あの足の指の美しさ、あのくせのある歩き方、……

 あれ、あたしの足じゃん!

 今、あたしの姿は虎だから、なんて言ったらいいのかわからないけど、思いのたけをぶつけることにした。

《ねえ、あたしの足!》

 実際はただの虎の咆哮となった。

 がおおおおおっ!

 走って突進していく。そのまま足の群れに突っ込んでいくのだから、足たちは大変驚いた様子で、散り散りになっててんでバラバラになって好きな場所へそれぞれ逃げて行った。そりゃそうだよね。いきなり吼える虎に突っ込んでこられたら、だれだって驚くよね。

 なんであたしの足が大量発生してんの? キモチワルイ。

「だってあたしだからでしょ?」

 あたしは眩暈を感じながら、振り向いた。

 そこにはあたしそっくりの、もう一人のあたしがいた。ドッペルゲンガーって奴か。

《嘘、でしょ……?》

「いや、本当に。あたしはあたしだもん。しょうがないじゃん?」

 全然説明になってないし。

 あたしはそこまで思って、急に意識を失った。たぶん脳みそが現実についてこれなくなったのだ。可哀想なあたしの脳みそ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る