第二話 EXTRA Episode.1
さて、無事『木』から『銅』へと昇進した諸君。まずはおめでとう。
ん? 前にも似たような言葉を聞いたことがある?
最初の講義の時にも言っていた?
ふむふむ。俺は覚えていないが……まぁ、いわゆる定型句って奴だからな。
前に同じようなことを言ったのかも知らないが、大した意味があるわけでもない。気にするな。
さて、そんなどうでも良い話題は放っておいてだ。
一番重要なことを教えておく。
お前達が探索者を続けるなら、これはきちんと覚えておく必要があることだからな。
……そう嫌そうな顔をするな。
お前らが座学なんぞに興味がないのは重々承知だ。
かくいう俺だって、こんな面倒はやりたくないのが実情だしな。まぁ、給料貰っている以上、そういうワケにもゆかんのが勤め人の辛さってところだが。
だが、お前らがこの先も探索者を続けるなら知っておく必要がある。
これはお前達ができるだけ簡単に探索者業を続けられるように考えられたモノだからな。
『木』で終わる連中なら知っておく必要もないし、教えたところで無駄な労力にしかならんが、仮にも『銅』まで進めたお前らなら知っておいて損はない。
まずは『レベル』についてだ。
お前達の強さの指針として使われているが、実のところコレといった明確な指針があるワケじゃない。
よく勘違いされているが、ギルドはお前達個人個人の強さや能力を具体的な数値として把握しているワケじゃない。
というかだ、人の能力を数値化するなんて不可能だろ? 具体的な基準となる数値があるワケでもないし。
仮にそんな数値があったとしても、それを計測する機械なんざこの世には存在しないんだから意味もない。
ま。神サマなら人を数値化できるのかも知れんがな。
というかもっと簡単に人の能力を数値化できる仕組みとかアーティファクトがありゃ便利なんだがな。
残念ながら世の中は物語のように簡単にはゆかないものらしい。
ったく、面倒な話だぜ。
おっと、話がズレたな。
じゃぁ、『レベル』ってなんだよ! って話なんだが……これは要するにお前達が体内に蓄積した『魔力量』を元にしている。
流石にこれぐらいは知っていると思うが、『魔力』というやつは微量ではあるが世界中に満ちている。
俺達人族はその魔力を僅かずつだが吸収し、体内に蓄積することができるわけだ。
んでギルドが保有するアーティファクトの中に、そいつの身体が『どれぐらい魔力に馴染んでいるのか』を相対的に計ることができる代物があってな。要するにどれだけ魔力を溜め込んだのかで見ているワケだ。
詳しい仕組みは知らん。俺に聞くな。
ともかく、その計測結果を便宜上『レベル』と名付けているってワケだ。
で、先にも言ったが『魔力』って量の多寡はともかく奴はどこにでも存在しているから、人族であれば誰でも意識しようとしなくとも当たり前に『魔力』を蓄積している。
つまり一般人でも『レベル』は上がるってことだ。もちろん街中で普通に生活を送るのに『レベル』が必要になることなどないから死ぬまで意識することはないだろうが。
逆にお前達探索者は魔物や魔獣、果ては魔力結晶などとかく『魔力』に触れる機会が多い。
長時間魔力に接し続ければ塵も積もれば山となるの理屈で、それなりの量の魔力が定着して『レベル』も上がりやすいって寸法だ。
完全に余談になるがレベル十ぐらいが一般人が到達する平均で、そこまでいってから初めて探索者が一人前と見做されるのもこの為だ。もちろん例外はあるが。
そもそもなんで『レベル』なんて概念が必要なのかって?
そりゃ、お前。格付けに必要だからだよ。
大した腕前でもない奴に、危険度の高い仕事を任せる訳にはゆかないし、出来る奴に簡単な仕事ばかりされても困るからだ。
魔族とのドンパチが終わって百年以上。魔物や魔獣といった中でも特に危険度の高い連中はあらかた片付いたものの、だからって脅威が無くなったワケじゃねぇ。
ましてやここは辺境。なにが出てきても不思議はない場所だ。
どんな危険があるかもわからぬ場所に、素人を放り込んでハイおしまいじゃぁギルドの立つ瀬が無い。
いやな。ぶっちゃけた話、お前たちがどこで野垂れ死にしようが酷い目に会おうがギルドにとっては割とどうでも良い話だ。
期限内に誰かが仕事を終わらせてさえくれれば、それで困ることはないからな。
とはいえだ。
どれだけ自己責任、自己責任だと言ってもだ。
しくじる奴があまりに多いと、それはそれで別の問題になる。
出来もしない仕事をホイホイと引き受けた挙げ句、簡単に失敗されては困るんだよ。
いや、失敗ならまだいい。
誰だって我が身が可愛いし、大量に積まれたリーブラも命あっての物種だ。
ヤバくなったらそのまま逃げてしまう輩もいるからな。
そんなことをされると状況把握やら依頼人への弁解やら俺の仕事──っと、ギルドの仕事が無駄に増えるからな。
お前たちが自己責任であるように、俺達ギルドも自己責任の範疇に入っているんだよ。
失敗が続けばギルドのリスク管理の手腕が疑われることになるし、犠牲者が多ければ仕事を引き受けようって奴がいなくなる可能性がある。
つまりだ。お前達にどれだけ仕事を回しても大丈夫なのかを判断する基準として『レベル』って奴は大事なんだ。
とまぁ、これだけ聞いてるとなんだかギルド都合だけのように思えるかも知らないが、お前達探索者にとっても恩恵はある。
例えば気に入らない相手に喧嘩を売りたい時とかだな。
相手の方が『レベル』で格上だとわかれば、無駄な喧嘩をふっかける気も失せるというものだろう?
とまぁ、冗談はさておき。
真面目な話をすると、パーティーメンバーを集めたい時なんかに役に立つだろう。
『レベル』が近ければ大体似たような実力だろうと想像がつくし、経験の深さも予想がつく。
とりあえず仲間にしてお試し期間を設けるというのも一つの手だし一番確実な方法ではあるが、長期間組んでおく前提でもない限りそんな手間を掛けるのは時間の無駄だろ?
そして『レベル』の真の恩恵はまだ他にある。
いや、お前達探索者にとってはこれが一番重要だろうな。
それは、体内に取り込まれた『魔力』はその当人の能力を僅かずつだが底上げするということだ。
お前達の中にも気づいた奴がいるんじゃないか? 探索者を始めてから身体能力が上がったように感じると。
『魔力』はあらゆる方面でお前達の能力に恩恵を与える。
つまり、『レベル』が上がればより重い荷物を持てたり、それまでより早く・長く走れたり、怪我をし難くなり治るのも早くなると言った恩恵だ。
どれだけひ弱な奴でも、地道に『レベル』を上げてゆけばそれなりに『強く』なれる。
どうだ? 単純且つ効果的な話だろ? 一言で言うなら『レベルを上げて全力で殴れ』って訳だ。
極めてしまえばドラゴンスレイヤーにだってなれるかも知れねぇぞ。無理だろうがな。
んでだ。ここまで話を聞けば察しのいいヤツならこう思うはずだ。
『ならば魔力結晶を自分に使えば、簡単にレベルアップできるんじゃないか』と。
まぁ、そう思うよな。
俺だってそう思ったさ。
だが世の中そうそう上手い話はない。
本当に残念なことに、人の身体は魔力を効率よく留められるようには出来ていねぇ。
魔力結晶を使って得た『魔力』は、『魔法』という形で消費しない限り短時間で霧散してしまう。
もちろんこの場合でもほんの僅かではあるが『魔力』が体内に残るのは確認されている。
だが、これを意味のある状態にしようとすれば、軽く数千個レベルの魔力結晶を消費する必要がある。
お前達が無限の財布でも持っているなら悪くない手段だが、それだけの金を稼ぐなら黙っていても『レベル』は上がってるだろうさ。
ちなみに体内に蓄えられた魔力だが、長時間大きな魔力に触れないでいると次第に減ってゆく。
つまり仕事をサボっていると『レベル』が下がってしまうワケだから、くれぐれも気をつけることだな。
で、ここまで言っておいてなんだが、『レベル』ってのはわかりやすい評価であると同時に絶対的な評価『ではない』。
『レベル』が高い奴が強くて優秀であるのは間違いないが、逆にレベルが低い奴が弱くて無能だとは限らない。
あえて名前をあげたりはしないが──この中にも『レベル七』でしかない彼女の助けを借りたことがある奴も多いだろう。借りたことがなくても評判ぐらいは耳にした筈だ。
確かに『レベル』はお前達の身体能力を高めてくれる。だが、同時にお前達の思考能力や判断力を高めてくれる訳じゃない。
経験や技術やら、『レベル』に依存しない強さってのは確実に存在する。それを頭の片隅にでも置いておけ。
くれぐれも『レベル』だけで相手を見て、足元をすくわれないようにな。
あん? 魔族の場合はどうなのかって?
一応、俺達人族と似たようなモンだ。まぁ、奴らは常に魔力を展開しているんでチト面倒くさい点もあるがな。
へ? なんで人族と同じなんだって?
知るわけねぇだろ、そんなこと。当人に聞け、当人に。
ここには魔族の探索者はいねぇが、ギルドハウスを探せば何人かいる。聞いてみるがいいさ。
もっとも、わざわざ人族の領域で探索者なんざやってる連中は、魔族の常識から見ても変わり者の類だ。
仲良くお話できるかどうかはぶっちゃけ運の範疇だが、なに人生何事も経験だというじゃねぇか。
ま。連中、侮辱されたと感じたら即『斬り捨て御免』なる凶行に及んでくるから精々注意するんだな。
なに、後始末は衛士か警士がきっちり取ってくれるから心配するな――あぁ、骨もちゃんと拾ってやるぞ。
魔族とのコミュニケーションは中々厄介でな。貴重なデータを提供してくれた恩人を無碍にはしねぇ。
大層立派な葬式と墓を用意してやるぜ……クククッ。
ん、なんだ? その腰が引いた面は。ったく、根性なし共め。
魔族が怖いってなら、ギルドマスターに直接訪ねてみればいいぜ。手取り足取り腰取り、懇切丁寧に教えてくれるだろう。
俺は御免だがな。
さて、馬鹿な話はもういい。
次は『スキル』についてだ。関連項目として『クラス』あるいは『職業』についても触れておく。
で、続けて悪いんだがこの『スキル』って奴も、実際の所は単なる記号に過ぎん。
要するに『何々が出来ます』という自己申告を、わかりやすい言葉に置き換えただけだ。
仕事を振るにしろ、仲間を集めるにしろ、一々顔を突き合わせて出来る・出来ないを話し合うのは面倒臭いし、手間も時間ももったいない。
だから予め自分の出来ること・得意なことを『スキル』として併記しておけば見る方も話が早いというワケだ。
これも『レベル』と同じでお試し期間を云々という方法もあるが、お互い無駄な時間は減らせるだけ減らした方がいいって奴だな。
おっと、勘違いするなよ。
『スキル』はあくまでも出来ること・得意なことを『自己申告』を元に示したものだ。
自己申告が原則である以上、自分の『スキル』を表明するもしないも全くの自由だ。
好きなだけ『スキル』を自慢するも良し、一つも見せないのも良し。好きにすればいい。
つまりアレだ……そう、言うだけならタダって奴だな。
その内容は誰も保証しないし、下駄も好きなだけ履かせ放題だ。出来ないことを言っても、誰もその真偽を確かめる方法はねぇから好き放題だ。
神さまなら……って、話はもういいか。
ともかく当人の才能や能力を客観的に証明しているモノではないってことだけは覚えていろ。
面倒臭い話だが、人をゲームのコマみたいに客観的に示す方法なんてこの世界には存在しねぇんだ。
だから原則として『スキル』がなければ出来ない、ってことはない。
例えば剣を振るのに『剣術』スキルは要らないし、物を探すのにも『探索』スキルは要らねぇ。あくまでも、それが得意だということをアピールするために『スキル』って言葉を使うだけだ。
まぁ、自己申告に任せっぱなしでは嘘も方便なんて事態がまかり通ってしまうことにもなるから、ギルドが有料でテストをして、その『スキル』を保証する制度もあるにはある。
詐欺師に引っかかるのを警戒するなら、その辺に注目するのもアリだな。
まぁ、これは強制じゃないから、ギルドの保証なんて持ってない奴の方が大多数だが。
んて、ちょっとばかし面倒な話なんだがな……ギルドが言う『スキル』の中には、例えば魔法能力のような先天的にもっている才能みたいなモノも含まれるワケだ。
『魔法』とか一族に伝わる秘術とか、特別な才能や条件を必要とするモノのことだ。
教会だと『ギフト』、アカデミーだと『アビリティ』とか呼ばれている技術だな。
ギルドとしては単なる記号としか扱ってないので一緒くたに『スキル』扱いだが、場所によっては厳密に区別していたりもするから頭の片隅にでもおいておけ。
どれかに統一すりゃ話は簡単なんだが、こればかりはお互いの利益問題もあるから仕方ねぇ。
そもそも『探索者ギルド』は公共施設じゃなくて、ギルドマスターが一人でやっている辺境特有の組織だからな。
向こうの連中から見れば知ったことじゃねぇって話だろうさ。
ちなみに王都には『冒険者ギルド』とかいうものがあるが、俺達とは全く無関係だから間違えるなよ。
そして、絶対に関わり合いを持つな。
連中実力はともかく気位だけは無駄に高けぇからな……余計なイザコザを起こすんじゃねぇぞ。
んで『クラス』・『職業』についてだが……また身も蓋もない話が続くが、コレも単なる自己申告の記号に過ぎねぇ。
要するに武器系のスキルを沢山持ってる奴は『戦士』を名乗るし、魔法系スキルを持ってるなら『魔術師』を名乗るって話だな。
要はスキル一覧を眺めるよりもわかりやすく自分の得意分野をアピールするためのモノだ。
ちなみに『クラス』なんて概念をギルドは採用していない。だから、周りの探索者が名乗っている『クラス』ってのは全部自称だ。
だから『スキル』と違ってギルドの認定システムは存在しない。何をどう名乗ろうとも本人の勝手だ。
まぁ、便利だからギルドでも使わせて貰ってはいるがな。
ただ、これまたややこしい話なんだが……実は『正式に認定されたクラス』というのも存在する。
ギルドではなく、『王国』や『教会』と言った組織からな。
有名所では『勇者』や『賢者』なんかがそれに当たるし、『騎士』や『神官』といったクラスは王国や教会が認定し、授与しているモノだ。
だからギルドにおいてどんなクラスを名乗ろうとも本人の勝手だが、これらの『権威あるクラス』を名乗るのはやめておけ。
どうしても……というなら無理に止めやしねぇが、後でどんな因縁を付けられたとしてもギルドは助けないし関与もしないから覚悟しておけ。
心配だったら受付のトーマスにでも相談しろ。奴はあらゆる『クラス』の情報について精通している。
ヤバいクラスを名乗っていればそれとなく注意してくれるだろうさ。
アイツの助言は本物だ。無事な老後を目指すなら、くれぐれも軽く聞き流すなよ?
さて、もう飽きてきた奴が大量にいるようだな。安心しろ。次で最後だ。
最後は『パーティー』についてだ。
何度も言っているが、探索者は自己判断・自己責任が原則だ。
ギルドはお前達の事情に一々介入したりはしねぇ。
誰かとつるむよりも一人で片付けた方が単純な稼ぎが良いのは事実だからな。
ま、その代わり死して屍拾う者なしって奴なワケだが。
だが、少し考えればわかることだろ?
ソロの方が稼ぎは良いとは言え、そもそも一人で受けて達成できる仕事には限度がある――要するに高い仕事はねぇってことだ。
それに危険度の問題もある。
お宝を抱えて一人夜道を帰る探索者。うん、もう鴨が葱を背負って来るなんてレベルじゃねぇな。
襲ってくれって全力アピールしてるようなモンだぞ。
それにだ、前情報ではどれだけ安全そうな仕事でも、実際に行ってみたら魔物やら魔獣が出たなんて事態はいくらでもある。
そんな時、ソロだったら命の危険さえあるな。
まぁ、『金』級の化け物ぐらいになればその程度問題にもならねぇだろうが、お前達じゃぁ、まず無理だ。
死んじまったらお宝もリーブラも糞もねぇ。こっちとしても余計な手間が増えるだけの話だ。
つまり多少の損は飲み込んでもパーティーを組むメリットは計り知れないってことだな。
でだ。こんな話をするからにはもちろんギルドにとってもメリットはある。
仕事の成功率が高まるのは当然として、なにか緊急事態が発生した時も生き残りから速やかに連絡を受け取れる可能性が増えるからな。
その意味では、臨時や日替わりのパーティーはギルドから見るとあまり旨味がねぇな。
別にそれが悪いというワケではねぇがそういうゆるい付き合いだと、なにかあった時にやっぱりスタコラサッサされてしまう可能性が高い。
それどころか悪い意味で横のつながりが強まり、ロクでもない真似をしかねない。
そんなことが繰り返されると、こっちも商売上がったりになるワケだ。
その点、決まったメンバーで組んだパーティーってのは実にいい。
それが可能になるだけの協調性を持ち、お互いの損得を調整できるマネージメント能力もあるってことだからな。
当然、そういうパーティーならギルドとしてもそれなりに信用が置けるし、信用するからにはそれなりの待遇も考えるってことだ。
おっと、これは差別じゃねぇぞ? 飽くまでも区別だ。
ギルドに貢献し、貢献する可能性があるなら、ちょっとぐらい融通を利かせてもバチは当たらねぇって話だ。
ギルドはお前達に強制はしない。どういうスタンスで過ごそうともそれはお前達の自由だ。
そしてギルドも利益で動いている以上、お前達に対して自由に振る舞う自由を持つ。
そのことは絶対に忘れるな。
お前達がギルドに利益をもたらしてくれる限りギルドはお前達に相応のメリットを提示する。
どうだ? 使い使われる関係が一番健全だ。
お互い、上手く相互利益を作れる良い関係でいようじゃないか?
おっと、本当に長くなってしまったようだな。
今回のオハナシは、これで終わりだ。
あぁ、安心しろ。もう講習だなんだと呼びつけることはない。
いや、正確には『銀』級以上に上がれば、マナーやらなんやらで別種類の講義があるが、まぁ、今のお前らには関係のない話だ。
今日聞いた話を頭に入れ、精々ギルドに迷惑をかけないように上手くやってくれ。以上だ。
* * *
「お、お疲れだな、ジーニアス」
講習を終えた探索者たちが帰った後、二階からゆっくりと降りてきた男にトーマスが声を掛けた。
「参加の日当目当てで殆どロクに話も聞いてない連中にご苦労なこった」
ギルドが行う講習に参加した者は、僅かではあるがリーブラが支給される。要は餌だ。
本来なら仕事にあてるべき時間をギルドが取り上げている形になるから、それを補填しなければ参加者などゼロになってしまう。
参加してない者には仕事を与えないというペナルティを課すという方法もあるが、なにしろ低ランク探索者の数は多い。とてもじゃないが把握しきれるモノではない。
まぁ、ギルドとしても何か合った際に『参加者がいる形で講習を行った。後は当人の勝手』というアリバイ作りをしているようなモノだから、参加者がゼロでさえなければよい。
その意味では最近の低ランク探索者達は聞き分けがよくて助かる。
なにしろちょっと退屈な時間を過ごすだけで金になるということの意味を理解しているのだから。
『座学なんざ経験の前には無意味。実際に身体を動かしてなんぼ』という昔気質の連中に毒されないのは誠に結構なことだろう。
「ご苦労だと思うなら、引っ張り出すのをやめて欲しいモンだがな」
ジーニアスと呼ばれた男がため息をつく。
「この身体を引っ張るのも、そろそろ億劫になってるんだぞ」
「だからこそお前さんが適任ってワケだろうが」
一方のトーマスは気にも掛けない。
「隻腕で眼帯も付けない片目。しかも脚を引きずりながら杖を突いて歩く……いやぁ、危険と脅威を教えるには、これ以上は無いというレベルのビジュアルだからなぁ」
言葉どおりだった。歴戦の探索者であったジーニアスはその経歴を象徴するかのように重大な肉体的損傷を負ってしまっているのだった。
「その姿で前に立たれたら、誰だって真面目に話を聞くになるってモンだ」
「言ってろ」
トーマスの言葉に、ジーニアスは唇の端を歪ませる。
「俺は自分の人生に不満は持ってないし、反省する点があったとも思ってねぇ……反面教師扱いは不本意にもほどがある」
「だったら治療すれば良かっただろうが……それが出来るぐらいの金は持ってるだろうに」
トーマスの言う通りだった。これだけの重症を負いながらも、いや、負ったからこそ最後の仕事でジーニアスは一財産以上の稼ぎを得ている。
それを使えば全盛期までとは言わなくともかなりの傷を治せた筈。
「はっ!」
だがジーニアスはそれを良しとしなかった。
「『教会』の連中に大金をせびられ頭を下げるぐらいなら、不自由な身体のままでいるほうが数百倍マシってモンだ」
「………」
「辺境の『教会』はまだいい。だが、主流から外れたアイツらに俺の負傷を治せるほどの力はない」
深い傷跡ぐらいならともかく、四肢欠損を治せるのは聖職者の中でも相当上位――それこそ王都や聖都にいる高級司祭以上――の者に限られる。
辺境に飛ばされるような聖職者に、それを期待するのは無理だった。
「辺境の住人を隠すこともなく下に見ている連中の靴を舐めるぐらいなら、腕や目の一つ失ったところで惜しくねぇさ」
聖女を始めとする『教会』の上位者達は、辺境に住むものを同じ人族だとは考えていない。田舎の野蛮人程度にしか思っていないのだろう。隠すこともなく蔑み、卑しむ。
特に『今代の』聖女は、辺境を忌むものだと公言して憚らない難物だ。治癒など願おうものなら莫大なお布施を要求された挙げ句に様々な屈辱に耐え、その上でおざなりな治療で誤魔化されるのが関の山だろう。
かつて負傷した仲間のために恥も外聞も捨てて『教会』に頼ったことがあるジーニアスは、なによりも『教会』の体質を実体験として見ていた。
「そうだな。そのとおりだったな」
今度はトーマスがため息を漏らす。ジーニアスと『教会』の確執は根が深い。
しかも彼の負傷には、少なからぬギルドの不手際が関係していた。
(罪滅ぼしってわけではないんだが……)
そのため探索者として現役を続けられなくなったジーニアスをギルドは職員として雇い、その経験を生かした講習役を任せているのだ。
決して本人が納得しているわけではないと知っていても、他にできることはなかったのだ。
ジーニアスにしても生活の糧は必要であり、一つだけ条件を付けギルドの提案を受け入れていた。
「あぁ、『教会』と言えばだ」
トーマスの沈んだ雰囲気を察したのか、ジーニアスが話題を変える。
「最近少なくない人数の異端審問官共が、この辺境をうろついているらしいじゃねぇか。事実なのか?」
何気ない会話を装っているが、その目は笑っていない。
長い経験からトーマスにははっきりとわかる。これは明らかにトラブルの種だ。
「事実だ」
観念したようにトーマスが答える。ジーニアスが口にしたということは、根拠があるということだ。
ここで秘密にしたところで彼はすぐに事実を突き止めるし、隠し事はロクな結果にならないだろう。
「オフレコだが、『聖女』サマがこの辺境までおいでくださるという話がある。残念ながら何を企んでいるのかまではわからないがな」
それでもトーマスは釘を刺すことを忘れない。
ギルドと教会の関係は、『友好的でもなければ敵対的でもない』という微妙なラインの上にあり、何がきっかけで崩れるか予断を許さない状況なのだ。
中央を追われて落ち延びた辺境の教会とは良好な関係を保っていることが、また事態をややこしくしている。
「お前さんが『聖女』に対して思う所があるのは知っているが、自重してくれよ?」
「……わかってるさ」
トーマスの言葉にジーニアスが答える。
「はっきりとした情報も無く、俺から手をだすことはない」
「はぁ……」
トーマスは頭を抱えたかった。ジーニアスの返事は、要するに『情報があれば行動も辞さず』というものだ。
それだけでも問題なのにその手に入る情報が正しいとも限らない。どんなガセネタがきっかけとなって騒ぎがおきるのか、いっそ逆に楽しみにしてやろうかとトーマスは思う。
「あぁ、畜生。早めにエリザの奴をギルドガードとして取り込んでおきたかったな……アイツの諜報能力があれば、もう少しマシな情報を手に入れることができただろうに」
本人の自覚はともかくエリザの情報収集能力は高い。『レベル』が低すぎるのは玉に瑕だが、それを踏まえてもなお充分以上な能力だ。
「このままうだつの上がらない状況が続いていれば、そのうち探索者としては諦めると思っていたがなぁ」
食えなくなれば、探索者を続けることはできない。本人が諦めさえすれば、ギルドとして彼女を雇い入れるのもアリだった。
「あのアイカとかいう魔族のお陰で、まだまだ探索者としてやって行くつもりみたいだしな……」
遠い目をするトーマス。ギルドガードを始めとする職員へのスカウトは、彼が任されている仕事の一つだった。
エリザの能力を高く買っている彼は、ことあるごとに婉曲的にそれとなく伝えている。残念なことに著しく自己評価の低いエリザは、それを真面目に受け取ったことはないが。
それでも時間の問題だと思っていたところにアイカとの出会いがあり、二人で組むことで探索者として人並み以上に成功している。
あてが外れたとは、まさにこのことだ。
「それ自体は悪いことではないんだが、どうにもなぁ」
エリザの価値を一番理解している同業者が魔族だとは、なんとも締まらない話だ。
「人族の世界から冒険や発見が失われてはや数十年。昔は吟遊詩人の物語に歌われることもあった探索者達も、今や日雇い単純労働者のごとくだ」
トーマスのボヤキにジーニアスが苦笑する。
「そんな中でも、まだ世界には冒険があると信じ続けている彼女の魂には素直に感服するがな」
「『エターナル・カッパー』、か……」
久しく使わなくなったあだ名を口にするトーマス。
「知っているか? 銅って奴は、磨き上げ続ければどんな貴金属も負けない光沢を放つ金属なんだぜ」
「最初にそのあだ名を付けたやつは悪意だったのかも知れないが、案外物事の本質を見抜いていたのかも知らんな……ま、そんなワケはないが」
トーマスの言葉にジーニアスが答える。
「ギルドマスターが彼女にご執着なのは知っているが、なに、急いては事を仕損じるって言うだろ」
当人にその気が無いのにこちらの都合だけを押し付けても碌な結果にならない。
その当事者であったことがあるジーニアスの言葉はなによりも説得力があった。
「まぁ、それはそうなんだがな……」
「エリザはまだ若いんだから慌てる必要はない。状況が変わるのを待てばいいさ」
何事にも時とタイミングというものがある。だから俺だってこうやって大人しくしているのさ。
それがかつて天才と呼ばれた『白銀』級探索者ジーニアスの流儀だった。
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