第二話 辺境に出会いを求めるのは、大いに間違っている?#5
「昔から常識に囚われない自由気ままな方だとは思ってましたけど、少しは周囲に対する影響を──あぁ」
そこまで言ってから軽く頷くレティシアさん。
「考えたからこそ、空間の狭間に研究室を作るなんて頭の悪い力技に訴えたワケですか」
「レティシアよ……お主、人を罵倒する術が随分と鍛えられたモノじゃな」
「誰かさんの所業のお陰様で、世の仕組みというものを散々思い知らされたものですから」
なんでか妙に嬉しそうにうんうんと頷いているレティーシアさんに構うことなくレティシアさんが言葉を続ける。
「何が気に入らないのか知りませんが、一々教会にちょっかいを掛けるのは自重してくれませんかね」
「やー、あやつら実にからかい甲斐のある連中じゃからなー。最初はその気がなくとも、つい力が入ってしまうというかなんというかじゃな」
レティシアさんから目を逸しつつ、レティーシアさんが言葉を続ける。
「特にあのすかした『聖女』。立場が立場だけに直接手出しはできぬから随分と血圧を上げておるじゃろうな」
「賢者の一族は教会如きにどうこうできる程ヤワではありませんが、余計なトラブルは避けるに越したことは無いですし、なにより面倒ですから」
やれやれ、と首を左右にふるレティシアさん。
「まぁ、それはさておきまして」
そう言いつつ改めてうり坊とファイア・リザードの方に視線を向ける。
「にてしも、ファイア・リザードはともかくうり坊が魔獣化するとは――通説が一つ、決着がついたってことですか」
なるほど。幼獣が魔獣化しない理由は幾つか推察されていたけど、ここに魔獣化したうり坊がいることではっきりする。
つまり幼獣のうちに魔獣化するほど魔力を蓄積できないから。逆に言えば一気に必要なだけの魔力を与えれば幼獣のままでも魔獣化するってこと。
問題はそんな魔力の塊なんてそうそうお目にかかれないってことなんだけど、レティーシアさんの発明で、それが可能になったというワケだ。
「単純な思考実験として見れば、人がこれを摂取した場合の結果も気になるところですが……」
レティシアさんの言いたいことはわかる。単純な知的好奇心で言えばそうなることもわかる。
わかりますけど、それは危険すぎる発想ですよー。
「あぁ。一時的にレベルが上がったのと同じ様な効果があったぞ。ただ少しづつ希薄化してゆくのか、半日足らずで元に戻ってしまうのじゃが」
「既に試してるんですか」
「うむ。お冷と間違えて飲んでしもうてな。なに、そこのうり坊やファイア・リザードもそうだし、妾もピンピンとしておるから生物が摂取しても問題ないじゃろ」
呆れたようなレティシアさんの言葉に、レティーシアさんが得意げに答える。
「なにしろ妾の発明じゃぞ。味も見た目も完全に水で成分としても単なる魔力であるし、そもそも人族は間接的にとはいえ魔力の恩恵を受けておる生物なのだから当たり前の話じゃが」
「ええっと、それはそうでしょうけど、そうではなくてですね」
「後は魔法を使うとその時点で効果が無くなってしまうのは弱点じゃな――魔力結晶無しで一度は魔法が使えるメリットもあるのじゃが」
「だめです。この人、人の話を聞いてくれませんね」
お手上げだとばかりにため息を漏らし、レティシアさんは言葉を続けた。
「とりあえず、お話を聞いた限りでは、一時的な能力強化薬として考えれば随分と優秀だと思えるのですが。短時間でも能力が上がるメリットは無視できませんし、一度とはいえ瞬間的に魔力を使えるというのは計り知れないメリットがあるように思えます」
「もちろんデメリットもあるぞ。体内に直接魔力を取り入れる都合上、効果が抜けた後は半日ほど身体をロクに動かす事もできないほどの倦怠感が襲ってくる」
レティシアさんの言葉に、レティーシアさんが軽く首を振る。
「特に魔力を一度に消費してしまった場合はその場で昏倒してしまっても不思議はないレベルじゃ」
「あー……それは、確かにちょっと難しい問題ですね」
そうですよねぇ。瞬間的に魔法を使いたい場面って、それ多分そうとうに切羽詰まった状態だと予想されるから、その場でぶっ倒れてしまったら後が続かない。
「それにもっと根本的な問題があってじゃなぁ」
レティーシアさんの大きなため息。
「効率がな……悪いんじゃよ。とてつもなく」
「効率、ですか?」
「今の技術だと、魔力結晶に蓄えられている魔力の五~六割程しか液化することはできぬのじゃ」
「それは……確かに利便性のことをさておいてもちょっと無駄が多すぎますねぇ……」
「うむ。変換効率をせめて八割にはもってゆきたいのじゃがなぁ」
なにか難しいことを言っている。退屈そうなうり坊とフレイム・リザードを相手に思わずにらめっこをしてしまいそう。
「そなたらが楽しそうなのはかまわぬが、余らは退屈じゃぞ」
おっと、流石はアイカさん。直球どストレートに言っちゃいましたよ!
「あぁ、確かにお主らにはチト高尚すぎる話であったかの」
言い方……言い方ァ! そりゃ、その通りだけどさぁ。こうもう少しオブラートってモノをですね。
「ふん。時と場所を弁えぬ会話など、内容によらず下等なモノであろうよ」
「クククッ……良く吠える魔族じゃな」
アイカさんの嫌味にニヤリと笑みを浮かべるレティーシアさん。強い。
「だがお主の言うとおり、可愛い玄孫と魔法技術の検討を行うタイミングではないの」
レティーシアさんがパチンと指を鳴らす。
「レティシアよ、この話はまたいずれな。今は一度戻るがよいぞ」
入ってきた時と同じく何もない空間に線が走り、外へとつながる出口が生み出される。
「そうですね。とりあえずエリザさんの仕事も納品が必要ですし、今日はおいとまします」
おっと、どうやら今日はここで帰る流れみたい。
うり坊ちゃんは名残惜しいけど、確かにいつまでもここにいるわけにはゆかない。
今日こそきちんと薬草の納品しないとギルドでの評価にも関わるし。
「それじゃぁね」
パタパタとうり坊ちゃんに手を振る。気のせいかフレイム・リザードの方がなんだかわたしに対して名残惜しそうに見えるんだけど……なにかやったっけ? 解せぬ。
「あぁ、それとじゃ」
そんなこんなで帰り支度を始めたわたし達の背中に、レティーシアさんが声をかけてきた。
「帰り道は、充分に気をつけるんじゃぞ?」
* * *
最後にレティーシアさんが言っていた言葉の意味は、すぐに分かった。
帰り道の洞窟。そこを数分ほど進んだ時、わたしの直感が強い危険を訴えてきたから。
「止まって!」
すかさず弓を構えながら警告の言葉を発する。それと同時にアイカさんとレティシアさんも動きを止め素早く周囲を警戒した。
(怪しいのは……地面付近?)
危険を察知したのは良いけど、具体的な姿は見えない。気配だけがある。
ならば、その気配の元を突けば。
「………」
弓に矢をつがえつつ慎重に意識集中させ、一番気配の強い所を探る。
「そこっ!」
場所を特定すると同時に、つがえた矢を放つ。
放たれた矢は真直ぐ狙った場所――大きめの水たまり――へと突き進む。
「……!」
そしてその水たまりに突っ込んだ矢は、ジュッと言う音ともに溶けるように消え去った。
「スライム……? あ、いえ。ラスト・スライム?」
その様子を見たレティシアさんが驚きの声を上げる。
「あの高祖母! この気配を感じ取って面倒を押し付けましたね!」
「ラスト・スライムって、金属を錆びさせて装備品を台無しにしてしまう、あの?」
いや、びっくり。なにかいるとは思ってたけど、まさかスライムさんが?! それも珍しいラスト・スライムさん。
本来スライムは獲物の肉体だけを溶かして消化し、装備品はそのまま残していることが多い。皮系の装備は一緒に溶かされてしまうこともあるけど、金属製の装備品をわざわざ溶かそうとはしない。
だって、食べても栄養にならないからね。
だけど、ラスト・スライムは違う。
一般的に言うところの栄養を必要とせず、目標に含まれている魔力を吸収する。
探索者が身に着けている装備品、特に金属製品は大なり小なり魔力を帯びていることが多い。
鍛冶屋で武器や防具を作る際に用いられる道具、特に『炉』は魔法によって炎を起こし大きな熱量を得る仕組みが主流。
そのためごくごく僅かだけど魔力を帯びている。それこそ魔法的効果なんて全く得られないレベルだから使用者にとってはなんの恩恵もないけど。
そんな僅かな魔力でさえラスト・スライムは見逃さない。
あるいは魔法金属でできてるご馳走を着込んだ特上のおやつが引っかかることさえあるかもしれないから。
魔力を吸い付くされた装備品はボロボロと崩れ去ってしまい、その様子から『錆』の名前を冠せられている。
栄養を必要としない性質上、ラスト・スライムは持ち主に対して特に興味は示さない。
だけど武器ならともかく鎧の類は身に着けているモノだから、そこから存分に魔力を吸い取るため着用者全体を包み込む形になってることが大半。
で、スライムに飲み込まれた形になった探索者は呼吸も出来なければ穴と言う穴からスライムの一部が体内に入り込む形になるワケで……。
まぁ、その結果は言わずもがな。通常のスライムと同じように、まず助からない。
助かる可能性があるとすれば、襲われた時点で身に着けている装備品を一切合切投げ捨てて逃げ出すことぐらいだけど、武器や盾ぐらいならともかく金属鎧を素早く脱ぎ捨てるのは難易度が高いというか。
ちなみに奇跡的にそれに成功した人が身一つで逃げ出せたことから、『装備品だけ溶かすスライム』なんてあだ名がつけられたりもしてる。
「スライムなら話は簡単……物理攻撃がだめなら、魔法攻撃で、と」
とはいえ、スライムへの対処方法なんて余裕で確立されているワケで。
「フレイム・ショット!」
レティシアさんの錫杖の先にこぶし大の炎が生まれ、そしてスライムへと向かって突き進む。
その身体の特性で物理攻撃にはめっぽう強いスライムだけど、魔法、それも炎系のモノには極端に弱い。
というか、松明を振り回すだけで致命傷を与えられるほど。
別に油成分でできているワケではないみたいなのに、なんでかよく燃えるんだよなぁ。
昔誰かが『スライムを搾ったら油が取れるんじゃないか』って試して駄目だったらしいけど。
なんでもまだ魔族と戦争中だった頃の話で、極端な物資不足が原因でそんな思い切ったことをしたらしいけど……やっぱり昔の人達ってなんかスゴイ。
「スライム退治にはこれが一番です――って、え?!」
ふふんと得意げなレティシアさんの表情が、次の瞬間驚愕のソレに変わる。
炎の塊がスライムに近づいた瞬間、突如としてその身体から液状の何かが飛び出してレティシアさんの魔法を撃ち落としてしまったのだ。
え? まってまって。ちょっとまって。
魔法迎撃って……相当上位な魔物でもなきゃ、真似できる芸当じゃないけど!
「な? スライムが魔法を迎撃……?」
はっとレティシアさんの様子を伺うと、こちらも結構動揺している模様。
よかったー。レティシアさんが驚くということは、わたしが無知だったんじゃなくて、アレがおかしいってこと。
「ならば!」
動揺しつつも改めて錫杖を振り、次々と炎の塊を生み出すレティシアさん。
一発撃って迎撃されるなら、量で圧倒。単純でわかりやすい脳筋理論。
単純だからこそ、対応するのも難しい。
「………!」
だけどレティシアさんから放たれた複数の炎の塊は、その全てがスライムから放たれた液状の何かに撃ち落とされることに。
それどころか発射された液体の一部がレティシアさんまで届き、上着の裾を溶かしてしまう。
「ちょ、ちょっと!」
慌てたレティシアさんが、今度は攻撃魔法ではなく防御用の魔法を展開する。
僅かなゆらぎと同時にわたし達の周囲に不可視の障壁が発生し、それ以上スライムの謎液体は阻まれて届かなくなった。
「もしかしてスライム、じゃない?」
ポツリとつぶやくレティシアさん。
はい。わたしもそう思います。
いや、見た目は間違いなくスライムのソレだけど、本能以外に判断能力を持たないスライムが、魔法を耐えるならともかく迎撃するなんてありえない。
「見た目だけで判断してしまうとは……私もまだまだ半人前ですね」
軽いため息を漏らすレティシアさん。
いえいえ。あの見た目ならスライムだと勘違いしても仕方ないです。
「なんだか知らぬが、要は敵であろう」
アイカさんが鼻で笑う。
「斬り捨ててしまえば同じことだ」
スラリと刀を抜いてラスト・スライムみたいな魔物――面倒なのでラスト・スライムでいいや――にその切っ先を向ける。
「なんぞ愉快な個体であるようだが……余の剣戟。果たしてお前に耐えられるかな?」
言葉が終わると同時に一閃。
目にも留まらぬ速度でラスト・スライムの身体へと振り下ろされる刀身。
でも、相手は――。
「あ、危な……くは、ないか」
思わず叫んでしまったのだけど、よくよく考えて見ればなんの問題もないか。
ラスト・スライムに剣を突き立てたらボロボロにされてしまうのが普通だけど、魔族であるアイカさんは装備品にも魔力をまとわせることができるから無問題。
魔力吸収するのに魔法武器が通用するのも不思議な話なんだけど、実際に効果があるのだから世の中わからない。
……よく考えたら魔族って、対スライムに関してはとても強いなぁ。
「む!」
振り下ろされた刀身はそのままラスト・スライムの身体を両断。哀れ見事に二分割されてしまう。
が、斬られた時に前側だった部分が、そのままアイカさんへと飛びかかってくる。
「危ない!」
このままラスト・スライムに飲み込まれたら窒息死してしまう恐れが!
弓で牽制しようにも矢はあっさりと溶かされてしまうし、魔法についても先程見た通り。
レティシアさんでもお手上げだというのに、わたし如きの魔法でどうこうできる筈もなし。
「うぉっと……なかなか面白い生き物よの!」
だというのに平気な顔をしてラスト・スライムに突っ込むアイカさん。ラスト・スライムの方もアイカさんを丸っと飲み込もうと一生懸命。
「だが、つまらぬ!」
そんなラスト・スライムの動きを目にもとまらぬ速度でひらりと避け、すれ違いざまに刀で斬りつける。
勢いがついた態勢で斬りつけられた身体から、まるで破裂でもしたかのように破片が飛び散りアイカさんに向かって飛んでゆく。
(いや、本当になんなの、アレ?)
普通のスライムを魔法武器で斬りつけたとしてもこんな反応はしないし、見る限りは意図的にやってるような? 絶対に知性持ってるよね、コイツ。
破片であっても装備品を溶かす能力は残っていると思われるし、これはダメージを受けているように見えて反撃を兼ねているんじゃ……。
はっ! このままだとアイカさんの霰もない姿が拝め……じゃなくて、危ないんじゃ!
「アイカさん!」
幸か不幸かわたしの心配は全くの杞憂でした。
これがクリスさんやレティシアさんだったら期待通り――もとい、危なかったかもしれないけど。
アイカさん魔族だから身体全体を魔力バリアーで防いでるようなモノでスライムの破片は身体まで届かないし、届いたところで金属鎧を身に着けてないから衣服がちょっとボロになるぐらい。
ちくせう。
ゴホン。それはともかくアイカさんを襲った半身は、為す術もなくあっさりと斬り刻まれてしまったのでした。魔族の言葉で『南無三』って言う奴。
とはいえ、今倒されたのは半身。つまりもう半分が残っている。
アイカさんに不意打ちでも仕掛けようとこっそり移動しているかもしれない。
「……ん?」
素早く左右を見回したわたしの目に入ったのは、アイカさんには見向きもせず(スライムに目があるのかどうかは知らないけど)、その背後を通り過ぎようとする半分になったラスト・スライムでした。
器用に洞窟内に最初からあった水たまりを伝いつつ、ジリジリと近づいてくる。
アイカさんではなくて、わたし達の方へ。
「え、えっと?」
これは予想外。てっきりアイカさんを狙って素敵ハプニング――ゴホン、不意打ちを仕掛けて有利を狙うと思っていたのに完全にスルー。
……考えてみればアイカさんの装備は普段着兼用である着物という魔族仕様のモノ。絹とか麻といった繊維素材で作られていて金属部品なんて使われていない。その上、防具の類はほぼ身につけてない──そうと言えるのは首周りの装飾品とマントと一体化している肩当てぐらい?
つまり、わたしからはともかくラスト・スライムにとってアイカさんは美味しい獲物じゃない。
それならまだしも部分鎧とはいえ金属製の防具を装備しているわたしや、様々な金属製アクセサリを身に着けているレティシアさんの方がまだ獲物としてはマシだと判断しているのだろう。
え? これってもしかして疚しいことを考えたわたしに対する天からのお仕置き!?
神様ゴメンなさいッッッ!
おっと、いつまでもボケているわけにはゆかない。これと言って有効な手段を持ってない以上、霰もない姿を晒してしまう――ではなく、ピンチなのはわたし達の方なのだから。
わたしの剣なら魔力結晶使って対抗することはできるかもしれないけれど、パクっと飲み込まれてお仕舞な未来しか見えない。
なので、ここはもっと強い人に任せましょうそうしましょう。
「アイカさん!」
「余を無視するとは、ツレナイ奴だな」
わたしの言葉に即反応し、くるりと振り返るアイカさん。
「身の程こそ弁えておるようだが、なにも遠慮する必要はないぞ? 背後からの奇襲とて立派な戦術の一つであるしな!」
そんなアイカさんの言葉に、ビクッと震えるような反応を見せる半身のラスト・スライム。
うん。もうこれぐらいでは驚きませんよ?
「まぁ、どう足掻こうと余に傷一つ負わせることはできぬし、敵わぬと悟ったが故であっても余のお気に入り二人に手を出そうとした罪は許されぬがな!」
「………!」
その言葉に観念したのか、それとも怒ったのか、残りの身体を激しく震わせた後、ラスト・スライムは伸し掛かるようにしてアイカさんへと向かった。
「……元が同じ個体だったとはいえ、代わり映えのしない反応では面白く無いぞ」
はぁ、とため息を漏らすアイカさん。
「獄炎」
短い言葉と同時に親指をパチンとならす。その瞬間、ラスト・スライムのいる地面から柱のように炎が吹き出した!
飛びかかるために身体の大半が空中に浮いていたラスト・スライムは、それを避けることもできず見事に炎に包み込まれる。
数秒間燃え盛った後、ラスト・スライムの半身はあっけないほど簡単に消滅していた。
「あぁ、その手がありましたね」
その様子を見たレティシアさんはポンと手を打つ。
「場所指定型の魔法は咄嗟の使いでが悪いので、つい思考から外しがちになってしまうんですよ」
うん。わかる。
相手が一ヶ所でジッとしているタイプならともかく、ヒョイヒョイと動いていたらこの手の設置式魔法は当てづらい。
相手の未来位置を予測して狙いをつける必要もそうだけど、魔力を準備するための僅かな時間も考慮する必要があるから面倒なことこの上なし。
トラップ的に使えば効果はあるのだけど、今このタイミングじゃそういう使用はできないし。
狙いを決めて即発動できる魔族のアイカさんだからこその方法とも言える。
「ふん。多少は期待させてくれると思うたが、所詮は浅知恵を付けただけの小物であったか」
刀を一振りして、刀身の汚れを振り落とすアイカさん。
「まったくつまらぬ魔物であったな」
「恐らくは、ラスト・スライムと言うよりゼリーが、どこからか魔力を取り込んで形状どころか性質まで変えてしまった変異種だと思います」
『どこからか』の部分にやたらと力を入れて続けるレティシアさん。
「む? 多少変わった動きはしておったが、スライムの類ではないのか?」
「スライムなら知恵が無いなりに擬態を凝らして獲物の隙を狙うでしょう。この動きは、どちらかと言えばゼリーのそれです」
そう言えばそう。スライムは慎重に獲物を狙い、絶対的優位を取れるタイミングでなければ襲いかかってくることはない。間違えても真正面から近づいてきたりはしない。
なるほど、ジェリーが進化したモノと言われれば違和感はないかも。
「おそらくは獲物そのものに意味を見出さず、なんとなくで人を狙うゼリーの性質が、装備品を壊すという方向に進化したのでしょう」
そういえばゼリーって人は狙っても、別に捕食するワケじゃないんだよね。ラスト・スライムに似ていると言えば似ている。
「ふむ、なんとも面妖な話ではあるが……」
「ええ。なぜこんな謎生物がここにいたのかは、考えるまでもなく容易に想像できますけどね」
うん。まぁ、そうだよね。
最大の容疑者は、あの人以外いないよね。
「さて」
そう言いつつポーターボックスを呼び出すレティシアさん。
「隠れたまま顔も出さないおつもりならそれはそれで構いませんが……」
よいしょっと、ポーターボックスから人の頭ぐらいの大きさを持つ魔力結晶を取り出す。
「ひいひいおばあ様ほどスマートに……とは行きませんが、私とて賢者の端くれ。力尽くでこじ開けても良いですよ? 幸い先程お邪魔したばかりですから、大体の位置は分かりますし」
「だー! わかった、わかった!」
何もない空間から、レティーシアさんの声が響く。
「お主が無制限に魔力を放出すれば、次元の隙間など簡単に吹き飛んでしまうわい! 今から扉を開くから、少しまっとれ!」
来た時と同じように周囲一帯がまばゆく輝き、わたし達はレティーシアさんの研究室へと戻った。
「で、言い訳を聞かせてもらいましょうか?」
戻るそうそうレティーシアさんへと詰め寄るレティシアさん。
「まさか、あんなけったいな代物が自然発生した――なんて戯言を口にはしませんよね?」
「うんむ……いきなり言い訳の大半を封じられてしまったが……まぁ、うむ。不可抗力な事故が原因じゃったのだ」
先手必勝とばかりに詰め寄るレティシアさんに、レティーシアさんが頭を掻く。
「ゴミ捨て場として掘っておいた穴に試作品の『魔力水』を廃棄したら、底に溜まっていた水がとんでもない進化を遂げてしもうてな……お主も見た通り魔法が殆ど通用せぬから対応に苦慮しておったのじゃ」
「だからってその後始末を隠して押し付けるとか、アホなんですか!」
「なに、お主には更に強くなって欲しいという老人の思いやりの心がじゃな」
「散々若そうぶってきといて、今更年寄り面しないでください!」
「そう、怒鳴るな。若いの皺が増えるぞ?」
「ひいひいおばあ様……いえ、レティーシア様……?」
おっとこれは本気で怒ってるよ、レティシアさん。
「そもそも最初からこの件についてお話し頂けていればよかったと思うのですが?」
「あぁ、うむ。それはそうなのじゃが、妾としてもアレが確実に出てくるという確証はなかったしのぉ……何事もなければそれはそれで良かろうと思っておったのじゃが」
レティシアさんの迫力に押されてか、身体を小さくしながら答えるレティーシアさん。
「万が一があっても、そこな魔族の剣士がおれば大事には至るまいと読んでおったのじゃ。誠にすまぬ!」
「……まぁ、いいでしょう」
両手をあわせて拝み倒すようにペコペコするレティーシアさんの姿に、レティシアさんの怒りも和らいだみたい。オーラが引っ込みいつもの調子に戻っている。
「んで、本音はどうだったんです?」
「いやぁ、お主ら綺麗所が揃っておったし、もしかすればもしかして楽しいハプニング映像が見れるかもと期待しておったのじゃ」
……正直ナノハ良イコトダト思イマスヨ。エェ、思イマストモ。
この場にいる全員がそうとは限りませんけど。
「……あー、なんだか今すぐエクスプロージョンの魔法を発動したくなってきましたね」
先程からもったままの大きな魔力結晶をこれ見よがしに持ち上げるレティシアさん。
そばにいるアイカさんも面白そうに笑みを浮かべているだけで、止める様子はない。
「わー! ストップ! ストップ!」
そんな様子を見て、レティーシアさんが慌てて両手を振った。
「お詫びとして好きなものを用意するから、それで手打ちにいたせ!」
その言葉が耳に入った瞬間、わたしの身体は無意識のうちに動いていた。
「はい、ハイ、はい、ハイ、は~~~い!」
突然の片手を上げて叫びだしたわたしを、三人分の視線が貫く。
くっ、思わずたじろいたけど、それぐらいでは引けないよ!
「わたし、うり坊ちゃんが欲しいです!!」
ふぅ。言い切ったぞ、わたし。報酬を勝手に決めちゃったよ、わたし。
だけど、後悔はない! ホントに良い仕事をした気分!
「……あーっと」
出会ってから初めて、心底困惑した表情を見えるレティーシアさん。
「その、なんだ……そっちのファイア・リザードもお得だと思うぞ?」
「うり坊ちゃんください!」
「ほら、見た目の威圧感はそこそこあるし、火力もハリボテじゃが迫力はある。番犬代わりにどうじゃ?」
「うり坊ちゃんください!!」
ファイア・リザードが悲しげな目をしたような気がするけど、多分、絶対気のせい。
「あのうり坊ちゃんの可愛さがあれば、どんな悪人も一発改心するので問題ありません!」
「なんだったら秘蔵のアーティファクトを出してもいいぞ! 伝説のユニコーンが呼び出せる横笛とか――」
「うり坊ちゃんを呼び出せるなら笛でもいいですけど、そうじゃないならいりません!」
「あ~――」
「う・り・坊・ちゃんく・だ・さ・い・!」
「のぅ、レティシアよ」
レティーシアさんがレティシアさんの方を見る。なんだか助けを求めているようにも見えるけど……いやいや、そんな筈ないよね。
「この嬢ちゃん、初見とくらべて随分と愉快な、あっと、無茶な――うむ、押しの強いキャラになっておるような気がするのじゃが?」
「私もそこまで付き合いが長いワケではないのですが……そこのところ、どうなんでしょう?」
レティーシアさんに尋ねられたレティシアさんが、今度はアイカさんに話を向ける。
「うんむ? 余から言わせて貰えばもとよりこのような調子であったし、なんならもっとはっちゃける時もあるぞ?」
おっと、相変わらず情け容赦無いですね。アイカさん。そんなところも素敵ですね!
「なるほど。エリザさんって意外と見掛けによらないんですねぇ」
そんなアイカさんの返事に何故かため息をもらすレティシアさん。これは大いに異論を――っと、今はそれどころじゃなくて。
「なんでもいいのでうり坊――」
「だーーーーーっっっっ! もう!」
こうなったら土下座してでも頼み込むしかないかも。このエリザ。土下座のフォルムには自信あり、です!
「わかった、わかった! そこまでせんでも良いわ! レティシアとそこの魔族には別のモノを用意するから、そこのうり坊、連れて行くが良いのじゃ!」
「やったー!!」
思わず全力で飛び跳ねて喜びを表現しちゃいます。
だってそうでしょう?
こんな可愛い生物、それも魔獣化しているから見かけ上の歳をとることが無い完全無欠のうり坊ちゃん!
これを喜ばずにして、何を喜ぶのか。今なら感謝感激雨霰な喜びの舞でも披露しちゃいますよ!
「うひひひ」
うり坊ちゃん、なんかちょっと引いてるよう気がするけど、元の飼い主(?)から正当に譲られたのだから遠慮する必要はない!
そう、今なら抱きついたり、スリスリしたり、クンクンしたりしても許される!
あ、いや。本人が嫌がらなければという前提が必要だけど。
うん。仲良くなるためにはまず胃袋からって言うし、帰ったら美味しい餌をたっぷり用意しなくちゃ♪
「エリザぇ……」
「エリザさん……」
なんだかアイカさんとレティシアさんから生暖かい視線を向けられているような気がするけど……オッケー、オッケー。今なら全く気にならない。
我が人生、まったくもって悔いなし!
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