第二話 辺境に出会いを求めるのは、大いに間違っている?#4
「なにをやっておるのかと言われてもじゃな!」
例の幼女、レティーシアさんがうり坊にしがみついたまま言う。
「妾の人生は常に研究と探究に捧げられておるからな。研究者として新たなる可能性のフロンティアに挑み続けておるに決まっておろう?」
どこからどう見ても幼女にしか見えないんだけど、本人的には一端の研究者のつもりらしい。
わかるわかる。この頃のお年頃の少女なら、色々背伸びしたいもんねー。
「研究者を気取るなら、それ相応の振る舞いというモノをして欲しいですね」
確かに歳に似合わない口調だし、仕草もあまり幼女とは思えないものだったけど。
でも、え? う・う~ん。どうにも理解が追いつかないというか、なんというか。
「探究心の向くまま禁呪にまで手を出し、封じられていたアーティファクトにまで手を出し、挙げ句に『教会』に追いかけ回される体たらくで……これでは研究者というより無頼漢とでも言うべきでしょう?」
――まぁ、『教会』の定める倫理なんて知ったことじゃないですが。
こっそりそう呟いた言葉が耳に届いたような気がするけど、レティシアさんに限ってそんな物騒なセリフを言うなんて、きっと気のせい。
「私達一族が変人の集まりであることは否定しませんけれど、一応世間体というものが──」
「なんじゃ、なんじゃ」
ひそかに混乱しているわたしを後目に会話を続けるレティシアさんとレティーシアさん。
「昔はキラキラした目で美人で優秀な妾を尊敬しておったのに、今ではゴミでも見るかのようじゃな!」
ほむ。以前からこんな姿じゃなかったということかな? なんだかちょっとややこしい。
「うむ。じゃが、それはそれでなんというか、実に良いものじゃぞ」
薄々そんな予感はしていたけど、『賢者』ってどこかネジの緩んでいる人じゃないと務まらない仕事なんだろうか? 一般人には無理ってことだけは良くわかるけど。
「ついでのように変態を拗らせるの、やめてください!」
「それは残念! っと、そんなことよりもじゃな……今は呑気に話している場合じゃないんだわ」
思わず遠い目になってしまったわたしの耳に、レティーシアさんの言葉が飛び込んでくる。
「もうすぐ大物が……っと、もう足音が聞こえてきておるの」
ぴょんっとうり坊から飛び降りながら、レティーシアさんが洞窟の奥の方に顔を向ける。
言われてみればなにやらドスンドスンと重たい足音が聞こえているような……正直悪い予感しかしないんですけど?!
「ちょっと珍しいモノであるからな、びっくりするかも知らんぞ?」
「ひいひいお祖母様よりも珍しいものなんて、そうそう――」
言い返そうとしたレティシアさんの言葉が途中で途切れる。
カットさんとの逃避行のせいでバランス感覚が狂ってしまったのか、遅まきながら近づいて来る足音に合わせて周囲の岩肌もわずかながら揺れていることに気づく。
これは、間違いなく大物の気配だ。
「ご到着!」
妙に芝居がかったレティーシアさんの言葉と同時に、それは姿を現した!
………。
「……えぇ、まぁ……大物、であることは確かですね」
文字通り目が点になっているわたしの横で、心底なんと言ってよいのかわからなさそうにレティシアさんが口を開く。
「ただ、なんといますか、ねぇ……」
緊迫するべきシーンなのに、イマイチ締まらないのも仕方ない。
なぜなら奥から姿を現したそれは、探索者なら誰でも知っている見慣れた生物だったから。
ファイア・リザード。
名前こそ厳ついけど、その正体は全長十センチ足らずの小さなトカゲ。チョロチョロと舌の代わりに小さな炎を吹き出すのが特徴。
昔は魔獣の一種だと思われていたのだけど、どうやら自然発生した種らしい。世界は不思議がいっぱい。
炎を吹き出すと聞けばかなり危険な生物なんじゃないかと思われがちなんだけど、そのサイズのせいか大した火力は持って無く水分を含んだ草木はともかく枯れ枝ですら滅多に引火しないレベル。
基本的に呑気な性格で凶暴性もないため、ヒョイっと捕まえられてマッチ代わりにされたり、火口に着火するのに使われたりすることも。
酷い話だと言えなくもないけど、逃がすときに干し肉の一欠片でもプレゼントするのが人々の間で暗黙の了解になっているから、まぁ、持ちつ持たれつということで。
で、最初の話に戻るんだけど……。
「お、大きい……」
そう。とにかく大きい。
今目の前にいるそれは、全長軽く十メートル以上はありそう。いくら何でも成長しすぎ。
凶暴性は無いかもしれないけど、その巨体で動かれるだけで充分な脅威。ってか、身体でこすった部分の岩肌が崩れかけてるし!
壁といわず天井といわず床といわず、なんだかスキップでもしているようなノリであちこちに身体をぶつけながらこちらに向かって突っ込んできている。
「おぅ。これは……ちょっとしたドラゴンのようだな」
「もう! なんもかんもワヤクチャだ! 付き合ってられない!」
それまでまるでにらめっこのようにアイカさんと向き合っていたカットさんだったけど、巨大ファイア・リザードに気を取られた一瞬の隙をついたバックステップで距離を取る。
「今回はカットの負けってことにしてあげるけど、次はこうはゆかないからな!」
そう言い残すとファイア・リザードと天井の隙間を器用に通り抜け、洞窟の奥へと消えて行った。
アイカさんは追いかける素振りを見せたけど、狭い洞窟でのファイア・リザードの動きに遮られてしまいそのまま取り逃がしてしまう。
「ふむ。まったくもって機を見るに敏で、見た通りに猫がごとく機敏な奴よの」
いかにも悔しくないですよ? 認めるべきところは認める大物だよ? みたいな雰囲気を醸し出しているアイカさん。
うん。これは相当に悔しがってる。
「しかし、今回もなにも……彼奴は余に対して一度も優位をとれたことはあるまいに」
はぁ、とため息を漏らしつつアイカさんは首を左右に振る。
「負けん気の強さは評価するが、あの自信は一体どこから湧いてくるのであろうな?」
う~ん。『認めなければ負けは負けじゃない』とか言う人もいるし、カットさんもきっとそっちの人なんだと思う。
ただアイカさんの中ではこれで面目が立ったみたいだから、それはそれで。
「あの、あまり呑気に構えている場合じゃないと思うのですが?」
当然と言えば当然なレティシアさんのツッコミ。
「危険性の低い生物かもしれませんけど、このサイズは単純に驚異ですよ」
うむ。おっしゃる通り。
元のファイア・リザードの火力は大したことは無いけれど、サイズが大きくなっているということは単純の火力も上がっている可能性が高いワケで……あまり考えたくない結果になりそう。
「驚異とは、言うがな」
つまらなさそうに言うアイカさん。
「見た目ばかり巨大であっても、その心根にはあまり変化はないようだが?」
何故かわたし達の手前まで来てなんだかソワソワした動きは見せるものの、これ以上接近してくる気配のないファイア・リザード。
見た目は全然違うけど、なぜか構って欲しそうにしている犬っぽい。
「大きくなったぐらいで性格が変わることなどあるまいよ。じゃがな」
そんなファイア・リザードを眺めながらレティーシアさんが言う。
「このうり坊も怯えているように、圧迫感というのはそれだけで他者に良からぬ影響を与えるモノではある」
見ればうり坊はレティーシアさんの背後に隠れてしまって……えっと、うり坊の方が明らかに大きくてはみ出してるけど。
ともかく明らかにガタガタ震えている。
わたし達からみればむしろ可愛い方に見えるファイア・リザードだけど、うり坊から見れば巨大な外敵に見えているのかもしれない。
「もう面倒臭いし、此奴は叩き斬っても構わぬだろう?」
ファイア・リザードを見ながら、心底面倒くさそうに物騒なセリフを口にするアイカさん。
「普通は食えるようなサイズではないが、これだけあれば一食分にはなりそうであるし」
気のせいか、言葉が通じているはずのないファイア・リザードが一瞬ビクッとしたような?
「うむ、その、まぁ」
アイカさんの言葉に、レティーシアさんがなんとも言えない表情を浮かべた。
「斬られて困る、ということはないんじゃが……」
そう言いつつも、なぜか困ったような表情を浮かべている。
「本人には罪がないというか、(妾が巻き込んだ)巻き込まれ被害者というか……」
「えぇい。なんだその奥歯にモノを詰め込んだような言い様は!」
そこは挟むんじゃないのかな?
「余は回りくどい言い回しは好まぬぞ! 言いたいことはっきりと申せ!」
「え~っと……ひょっとしてですけど」
アイカさんの言葉にレティーシアさんが返事をするよりも早くレティシアさんがこめかみを抑えながら口を開いた。
「コレ、ひいひいおばあ様のしでかしですか?」
「その呼ばれ方は好きではないの。レティーシアちゃん、と呼んでくれて構わんのじゃぞ?」
「……レティーシア様。心当たりがおありで?」
「むぅ。つれないのぉ」
さらりと無視されたことに不満げな表情を浮かべるレティーシアさん。
「心当たりというか……とりあえず、ちょっとした実験の副産物じゃよ」
「もう、それだけで嫌な予感しかしないんですけど」
レティシアさんの表情が険しいを通り越して諦めの境地に達している……帰ったらなにか甘いものでも奢ってあげよう。
「ともかく場所を変えようぞ。こんな場所で立ち話を続けるのもなんであるしな」
やれやれと言いたげな表情を浮かべつつレティーシアさんが提案する。
「普段は人を招いたりはせぬのだが……今回は仕方あるまい。はぁ~」
「元凶の当本人が被害者みたいな顔をするのはやめてください」
さっきから思ってたんだけど、レティシアさんってレティーシアさんに対してたいぶ辛辣な気がする。
「ふん。まぁ、よい……開け! 次元の狭間よ!」
レティシアさんの言葉にレティーシアさんが軽く鼻を鳴らしながら、右腕を大きく振る。
その動きに合わせて何もない空間に一本の線が……線?!
え? なに? ちょっと怖いんですけど!!
「我が住み家へと繋げ!」
言葉と同時に空中へと生み出された線から光があふれ始める。
「………!」
光はどんどん光量と大きさを増してゆき、十数秒後には視界全てが真っ白に塗りつぶされた。
そのあまりな眩しさに思わず両目をきつく閉じてしまう。
「ほう」
そんな中、アイカさんの感心したような声がわたしの耳に届く。
「余も様々な経験をしてきたが、これほど派手なのは初めてだな」
あの眩しい光の中でもしっかりと周囲の様子が見えているらしい。流石はアイカさん。
いやいや、わたしだって緊急時ならきっと、うん。多分。
それはともかく。
「うわぁ」
両目を開けた瞬間に飛び込んできた光景は、わたしの予想を遥かに超えるものでした。
やたら大きくてがっしりとした作りの机。
様々な道具が並べられたテーブル。
数え切れない程大量の本が並べられた本棚に、幾つもの巻物が突っ込まれた壺。
いかにも魔術師の研究室といった感じの部屋が、目の前に出現していたのだ。
これにはビックリというか、わたしの中の常識が全速力で明後日の方向に逃げて行ったというか……。
何がどうなればこんな奇跡がおきるのだろう? だって、ここ今の今までは単なる洞窟だったんだよ?
それが立派なレンガ壁に囲まれた広めの部屋に変わってるなんて、どんな手品を使えばこんなことができるんだろう?
――『賢者』ってすごいんだなぁ。
「これは、『賢者』ならできるってことではないですからね」
なぜかわからないけど、レティシアさんに脳内を読まれてしまった。
「空間の狭間に研究室、ですか……相変わらず規格外の魔術ですね」
諦めから悟りの境地にまで達した表情でため息を漏らすレティシアさん。
「一族きっての問題児であると同時に、一族随一『麒麟児』のあだ名は伊達じゃないようで」
「ふふん。この高祖母を思う存分尊敬するのじゃ!」
のけぞりかえる勢いで自慢気に胸を反らすレティーシアさん。こういうところは見た目の年相応に見えるんだけどナァ。
「妾の技術、その目に焼き付けるがよいぞ!」
「ひいひいおばあ様の素晴らしい技術については、今更どうこう言うつもりはありませんよ。天才であることだけは間違いないですからね」
「重ね重ねつまらぬ反応じゃのぉ……素直に褒めろぉ」
レティシアさんの反応に、あからさまに不本意そうな表情を浮かべるレティーシアさん。
だけど、わたしはそんな様子にかまってはいられない。
「あの、ひいひいおばあちゃんって……」
ここまでくれば、どうしても確認しないといけないことがある。
そう。どうみても十歳そこらの少女にしか見えない彼女が、よりにもよって『高祖母』とか『ひいひいおばあ様』とか一番似合わない単語で呼ばれているのだ。
「え? それ、今ですか?!」
空耳か聞き間違いだろうと頑張ってきたけど、もう限界……。
「おぉ、そう言えばそなた。久しぶりじゃな。改めて自己紹介をしようぞ」
わたしの方ににこやかな笑顔を向けてくるレティーシアさん。
「妾はレティーシア・テテス・アーシリア。レティシアの高祖母じゃ」
「その……えっと……ずいぶんとお若い見た目なんです、ね?」
うん。他になんて言えばいいのかさっぱりわからない。
世界の神秘とか奇跡の御業とか、そんな次元で語れる話じゃないよね。
「まったく……禁呪にまで手を出した結果が、幼女って」
とか考えていたらあっさりとレティシアさんが答えを口にした。
「人の趣味をとやかく言うつもりはありませんけど……ご先祖様にどんな顔を向ければよいのやら」
「いや、な! 妾とて好きでかような幼女となったわけではないぞ!」
レティシアさんの言葉に、レティーシアさんが抗議する。
「本来ならレティシアと同じか、ちょっと上ぐらいの年齢に戻るつもりじゃったんじゃ! 最盛期の妾はそれはもう、素晴らしい『ないすばでぃ』で、百人中百一人は振り返るほどの美貌じゃったからの! なにが悲しくてこんな小童まで歳を戻さねばならんのじゃ……」
「ひいひいおばあ様……」
目一杯抗議するレティーシアさんを見るレティシアさんの目が、今度は残念な小動物を見るようなものに変わっている。
「こほん。ともかく、不可抗力だったワケじゃよ。術式もアーティファクトも完璧だったのじゃが……まさかあそこまで魔力消費の効率が良いと思わなかっただけじゃ!」
このままでは威厳の危機だとばかりに、真面目さを増した口調に変わっていた。
「予想もしてなかった魔力過多による大暴走の挙げ句、想定していたよりも若返ってしもうてな……溢れた魔力のお陰で禁呪の核となっておったアーティーファクトも動作しなくなってしまう有様じゃ……」
ともかく大変なことが起きたってことだけはよくわかった。理解はできないけど、とりあえず納得しておこう。
「そなたの涙も干上がるどうでもよい過去話は置いておくとしてだな」
だけど我らがアイカさんは、レティーシアさんの事情などまったく気にかけぬ通常運転だった。
「いや、置かないで欲しいんじゃが」
「置・い・て・お・く・と・し・て・だ・な!」
不満をもらすレティーシアさんを、アイカさんは軽く無視しちゃう。
「客人にお茶の一杯も出さぬのは如何なモノかと思うがな。それがそなた流の礼儀であるというならやむなしだが」
「水ならその辺の壺にいくらでも入っておるゆえ、勝手に飲めばよかろう?」
完全に不貞腐れモードのレティーシアさん。
「茶っぱが必要なら、その辺のどこかにしまっておるから、勝手に使うが良い」
「こんな臭い水がそのまま飲めるわけなかろうが。それに客自身に茶葉を用意させようとは……つくづく、礼儀を知らぬ御仁のようだな」
「こう、なんというか、お主今の言動を見直せという気持ちで一杯なのだが……まぁ、それは良い」
アイカさんの態度にレティーシアさんがやれやれという態度を両腕で示す。
「そこなレティシアよ、そなたならなんぞ用意しておるじゃろ。遠慮せずに出すと良い」
「タカりかたにも色々とあるんですね」
ため息を漏らしつつ、レティシアさんが指をパチンと鳴らす。それと同時に見慣れたポーターボックスが姿を現した。
……いつ見ても便利だよね。わたしも一つ欲しい。でもお高いしなぁ……。
「きちんと使える水壺はどれですか? 一度でも実験機材を突っ込んだ壺は除いてくださいね!」
「一々注文が多いの、お主ら! そこの左角にある瓶は真水しか入っておらぬ。安心して使うとよい」
なんだかほのぼのお茶タイムに向かっているけど、わたしも手伝った方がいいかなぁ?
「で。色々とお聞きしたいことはあるのですが」
手近な椅子に腰を下ろし、一気にカップを傾けてからレティシアさんが口を開く。
「なぜわざわざ辺境に? 以前は王都近くで活動していたと記憶しているのですけど」
「なに、大した話ではない」
いかにも幼女体型らしく両手でカップを押さえた格好で、レティーシアさんが答える。
「教会の審問官共に目をつけられたので、こちらに逃げて来ただけだ」
「……面倒に巻き込まれるのは御免被りたいのですけど?」
レティシアさんの視線が冷たい。
「ここ十数年、私達と教会の関係は冷え込む一方……誰のせいとは言いませんけど、少しは自重してもらいたいものです」
「たかだか『若返り』と『不老』の術に手を染めたぐらいでキレ散らかす教会共の方が狭量すぎるだけじゃろ。別に妾は世界征服を企んでるわけでも、教会勢力の撲滅を狙っているわけでもないんじゃが」
「……教会は狭量で視野狭窄な組織ですが、損得勘定にも長けた政治家もどきでもあります。たかがそれだけのことで『賢者の一族』に喧嘩を売ることなどありえないでしょう」
レティーシアさんの返事に、目を細めるレティシアさん。
「他に一体なにをやらかしたのですか、ひいひいおばあ様」
「いやいや、別に大したことはやってないぞ」
そんなレティシアさんに、レティーシアさんはエヘンとばかりに胸を反らして答える。
「『魔力』について、ちと研究と実験をしておっただけじゃ」
「『魔力』、ですか?」
「今更言うことでもないが、妾ら人族が『魔法』を使うためには『魔力結晶』から『魔力』を取り出す必要がある」
うん。おっしゃる通り。
わたし達人族は直接魔力を扱うことができず、必ず魔力結晶を介する必要がある。
「まぁ、これはこれで慣れてしまえば一手間増えただけの話ではあるが、面倒で余計な手間であることは間違いない。省けるなら省いてしまいたいモノじゃな」
確かに慣れてしまえばどうということではないけれど、ワンテンポ遅れてしまうのは事実。
咄嗟に魔力結晶を取り出す暇も無いというシチュエーションだって考えられるし。
「くくっ。いつ聞いても人族とは不便なものよの」
くつくつくつと笑いながらアイカさんが口を挟む。
「魔力とは感じ取るものであって、扱うモノではあるまいよ――少なくとも我らにとってはだが」
「魔族さんには理解できない苦労じゃろうがな! 魔力を自在に操れるとは羨ましい限りじゃよ」
「そのぶん余ら魔族は筋肉に恵まれておらぬから、お相子様というものじゃろ……お主ら人族は鍛えればムキムキ筋肉がつくというのに、余ら魔族は細身の者ばかりだからなぁ」
「……隣の葡萄は酸っぱいと言うが、羨ましがる論点がズレすぎておるぞ」
「……とりあえず人族と魔族の違いについてはもう良いので」
アイカさんとレティーシアさんの言い合いに、うんざりしたような表情でレティシアさんが口を挟む。
「研究内容についての話を進めてください」
「おっと、そうであったな」
レティシアさんの言葉に、レティーシアさんが慌てたように言葉を続けた。
「ともかく『魔力』は『魔力結晶』という形で個体化しておるじゃろ。そして使用する時には結晶から魔力を抜き取るわけだが、これを便宜上気化したと考える――つまり『魔力』は、その状態を変えることができるというわけじゃ」
「それは……そうかもしれませんね」
「であれば、『魔力』を液化することだってできる――そう考えたわけじゃよ」
テーブルをバンバンと軽く叩きながら続けるレティーシアさん。
「『魔力』を液化すれば、不揃いで嵩張る魔力結晶を持ち歩くよりも便利じゃろ。そしてなにより、大量の魔力を一箇所に集める場合も断然便利じゃぞ!」
「なるほど、それは有意義そうな研究ですね」
レティシアさんが慎重に頷く。
「ただ教会が何を不満に感じているのかわかりませんけど」
確かに。今まで聞いた話では、特に教会が怒りそうな要素は無さそうなんだけど……。
「まったくもってアレな話じゃがな……教会の連中に言わせれば、人族が魔力結晶を必要とするのは『神によって』定められた習慣でありそれに背くのは叛徒の証であるのだとよ」
え? そんなに大げさな話になるの?!
「あー。魔力結晶の加工と販売に権益を持つ教会としては、確かに許すまじ研究ではありますか」
だけどレティシアさんには理解できる話だったらしい。大きく頷いている。
「とりあえず事情はわかりました。つまり王都では研究を続けられなくなって辺境に来たと」
「うむ。そのとおりだ。ついでに一つ問題があってな」
レティシアさんの言葉に頷きつつ、ぐっと自分の手のひらを握りしめるレティーシアさん。
「できればレティシアの知恵が借りたかったのもある」
「どんな問題なのです?」
「魔力を取り出す際に調整が効かんのじゃ」
「は?」
「『魔力』を液化したからには容器に納める必要が有るわけじゃが、その状態で使用するとな」
レティーシアさんが握り込んだ手のひらをポンと広げる。
「容器の中に入っている液体魔力全部が一度に放出されて、一瞬で使い尽くされてしまう」
「それは、確かにちょっと困りますね」
「なんとか適量の魔力を取り出せるよう実験を続けておるのだが、なにしろ試行錯誤を繰り返すしかないでな」
「……なるほど。ようやく合点がゆきました。この一帯で遭遇した大量のゼリー、なにかおかしいと思っていたんですけどね」
「むむむ」
「核となる魔力結晶の痕跡が全く無かったのです。おかしな話でしょう? 一体どうやってゼリーになる条件を満たしたのか」
なるほど。ゼリーの残骸を見たレティシアさんが首を傾げていたのはそのせいなんだ。
確かに『核』の存在しないゼリーなんて、存在するはずはないし。
「その『魔力を液化』したもの――仮に『魔力液』とでも呼びましょうか。それを、派手にこぼしてしまったのでは?」
レティシアさんが大きなため息を漏らす。
「その結果、一帯の水分が魔力を得て一斉にゼリー化したのでしょう? まったく迷惑な話です」
「いや、なんじゃその疑いの目は!」
ジロリと見られたレティーシアさんが、両手を振って弁解を口にする。
「事故じゃよ、事故! 誰が好き好んでそんな危ない真似をするか! いたずらっ子が好奇心で壺をひっくり返してしまっただけの、不幸な出来事じゃ!」
いたずらっ子って、いやここには他に人なんて――え、まさか?
「えーっと……それってもしかすると」
恐る恐る手を上げ、二人の言葉に口を挟む。
「いたずらっ子って、この二匹のことですか?」
「………」
「………」
なぜかわたしの横で手持ち無沙汰げにウロウロしながらこちらを見ている二匹。
ギガントなうり坊と、やらた巨大なファイア・リザード。
その辺をウロウロしているだけのうり坊はともかく、チロチロと口から見え隠れしているファイア・リザードの炎が気になって仕方ない。
サイズのワリには火力はないみたいなのは幸いだけど……。
「おう。そうじゃ! 正確には片方じゃがな」
わたしの言葉に、レティーシアさんが大きく頷く。
「そのうり坊の方が派手に壺をひっくり返してしまっての。慌てて入り口を開いたのでそのまま周囲に漏れてしまってなぁ。水源に混じってしもうたのだ」
えーーーーーー。それはちょっと洒落になってないのでは?!
「うり坊の方は実験で飲ませたモノだからまだ良かったのだが、ファイア・リザードの方はこぼれた際に巻きこれて巨大化してしまったのじゃ」
両手を腰にあてえっへんとばかりに自慢げな表情を浮かべるレティーシアさん。
「効果は抜群じゃろ!」
いやいや。褒めてないし。ここは反省している点をアピールする場面でしょ!
ほら、でないと……!
「ひ・い・ひ・い・お・ば・あ・様」
まるで地獄の底から響くような重々しい声。
「なにやら研究成果に浮かれているようですけど」
あちゃぁ。これは手遅れだなぁ。これは、本気で怒ってるなぁ。
ゴゴゴ……って効果音が聞こえてきそうなオーラを放ちながらレティシアさんが言葉を続ける。
「お、おぅ」
その迫力に押されたのか、レティーシアさんが一歩下がる。
「と、とりあえず話し合おうではないか、な?」
「えぇ」
今まで見たこともない素晴らしい笑顔を浮かべるレティシアさん。
「もちろん、しっかりと話し合う必要がありそうですね」
うり坊とファイア・リザードが怯えるようにわたしの後ろに隠れる。
うん。普段穏やかな人を怒らせたら本当に怖い。絶対に怒らせてはダメ。
わたし、しっかりと心に刻みました!
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