第一話 平穏是又日常也#4
「山だ野原だ空気がうまい!」
久々のお仕事! お仕事ですよ、お仕事!! 思わず早口になっちゃいますよ!
遠くに銀嶺山脈が見えるだだっ広い平原。ろくに木も生えてないのに、無駄に地面から顔を覗かせている岩の数! 殺風景に見えながらも微妙にアクセントを加えてくるそれは、正直言って邪魔くさい!
お陰で気落ちするべきなのか、テンション上げるべきなのか微妙に迷っちゃう! あはははは!
だがぁ、しかし! このエリザ! 復活の狼煙を上げるのは、この慣れ親しんだ薬草摘みこそ相応しい!!
……いえ。アレですよ? 狩猟系の仕事はトーマスさんに「オメェにはまだ早い!」とか言われて採取のお仕事しか貰えなかったとか、そんなことはありませんよ?
しょうがないからアイカさんに「宝探しにゆきましょう!」って誘ってみたけど「騙されぬぞ。お主のそれは、罰ゲーム探しであろう!」とか言われて逃げられたとか、全然そんなことありませんから!
アカリさんに話してみたら「やー、エリザさんのお願いでも草むしりはちょっと――あぁ、すみません! ちゃんとやります。やりますから重りを増やさないで~」とかなんだかお話中にトラウマ発症して走り去って行ったとか絶対気の所為だもんね!
レティシアさんの部屋に行ったら声をかけるよりも早く本棚整理をさせられそうになってダッシュで逃げたとか、そんな散々なわたしの様子を見かねたクリスさんが同行を申し出てくれたとか、そんなこと、絶対ありませんから!
ありませんったら、ありませんから! エリザちゃん、大人気なんですよ?
「………」
いやぁ。わたしが実質なにもしていなく、レティシアさんはなにやら研究らしき物に熱中している間、家計を支えていたのは何を隠そうアイカさんの稼ぎ。
働かずに食べるご飯の美味しくないこと、美味しくないこと。
美味しくないというか、味がしない。いたたまれなすぎて、どんな料理も砂を噛んでるような気しかしないの。
いやぁ、まさかこのわたしにワーカーホリックの気があったとは……。
よ! エリザちゃん、真面目!
「『癒しの園』よ! わたしは帰ってきたーーーー!!!!」
なんか大した呼ばれ方しているけど、実際は単に薬草がよく採れるってだけの平原なんだけどね!
名前のせいかここに来ればどんな病でも回復すると勘違いして、王都や他の都市からやってくる人が後を絶たないとかなんとか。
もちろん、精々が軽い出血レベルの外傷ぐらいならなんとか……という程度の薬草類に物語に記されるような劇的な効果などあるはずもなく、大抵は絶望と失意のうちに去ってゆくことになるのだけど──。
「さぁ。薬草さん達! わたしに採取し尽くされる覚悟はイイッ!」
久しぶりのお仕事だからね! 依頼目標なんて余裕で達成して、追加ボーナスまでゲットしちゃうもんね!
ここで超希少な薬草でも発見して、一山大当りとか狙っちゃいますよ!!
ふんす。ふんす。
そう。何事にも例外というものが存在しちゃったりするのだ。
その辺専門店でもない普通の店で一山幾らレベルで売られる効力の低い薬草ばかりのこの平原なのだけど、なんと極々稀にエリクサー並……は言い過ぎだけど、回復力だけなら負けず劣らずの効果を発揮する薬草が見つかることがある。
千切れた腕や脚を引っ付けることはできないけれど、ある程度繋がっている状態なら元通りにするし、指先が千切れたぐらいなら傷口から新たに生えてくるぐらいに強力な薬草が。
なぜこんな不思議な薬草が存在するのか? からくりは『魔力』。
動物が魔力に晒されて魔獣に変化するように、植物もまた魔力に晒され続けると思わぬ変質をすることがある。
普通の草木なら変質するほど魔力を浴びるとそれに耐えられず枯れてしまうのだけど、薬草は元々ほんの僅か(わたしのスキルでも感知できないぐらいに微量)だけど魔力を帯びているのせいなのか、枯れずに育ってしまうというという現象が。
その結果生まれてしまうのがこの異様に効力の高い『薬草』。
不思議なことに魔獣が露骨に見た目の変化を起こすのと違い、この薬草は普通の物と違わないからなかなかに見つけるのは難しい。
それこそこの道何年なベテラン薬草摘みの人でも見つけるのは無理。宝くじで大当たりするぐらいの幸運があればなんとかってレベル。
わたしがせこせこと探して見つかるほど簡単なモノじゃない。
しか~し! しか~し!! わたしには他の人には無い裏技がある。
そう。『魔力感知』のスキル。
魔力によって変質した薬草なのだから、当然ながら他とは比べ物にならないほど多くの魔力を持っている。
それは当然わたしのスキルで簡単に見つけることができて、半年は遊べるほどのお金になる。
まぁ、貴重な薬草なのは確かなんだけど、加工が極めて難しいので買い取り値は思ったほどじゃないのは残念な点ではあるけど。とはいえ、大金は大金。美味しく稼げるんだから損はない。うぇへへへへ。
(……で、どこから探そう?)
わたしのスキルがあれば貴重な薬草は簡単に見つかる。それは間違いない。スキルの効果範囲――つまりわたしの視線が届く範囲にあれば。
唯一の問題点は、そこなんだよねー。
見えないモノを感知することは出来ないので、目的のモノが最低限視界の通る範囲内にないと発見は出来ないのは当たり前。
移動中もずっと魔力感知を発動させておいて引っかかるのを待つという手もあるのだけど、魔力を消費するこのスキルでそんなことをするのは、正直言ってムリ。数百メートルぐらいなら、まぁ、なんとかなるとは思うけど、この平原一帯をカバーするのはちょっと、ね……。
ま。見つかったらラッキーぐらいに思っておきましょ。
久々の薬草集めだし、とりあえずはカンを取り戻すことから始めましょ。
「あのさ」
そんなことをわたしが考えていると、少し離れた位置でそれまで黙っていたクリスさんが話しかけてきた。
「さっきからなんだか妙に怪しい言動してるように見えるんだけどさ」
おっとっと。ちょっと浮かれすぎだったみたい。
やー、本当に久方ぶりのお仕事だったから、興奮しちゃったというか、テンションが変な方向を向いたというか、自制心が明後日の方向に全力疾走したというか。
そう。ここ数日わたしの仕事を妨害しまくってくれたトーマス氏が悪い。
わ た し は 悪 く な い !
いつもどおり仕事をしていれば、わたしがこんな変なテンションになったりすることはなかったはず。
だから悪いのはトーマス氏! はい、閉廷!
「それでちょっと聞きたいんだけど」
そんなわたしの内心を知ってか知らずか、クリスさんがわたしをジト目で見ながら言葉を続ける。
「素でそのノリなら、ボクから百メートルぐらい離れてくれる?」
ちょっと、それってつまり近寄るんじゃねぇ! ってことなのでは? ちょっと酷くないですか、それ!
悪いのはトーマス氏であって、わたしじゃないんですってば!!
「正直、ボクも同類だと思われたらすごく嫌だから」
……あーうん。そうですよね。
いや、えっと、ハイ。
「ドウモスミマセンデシタ……」
あまりにごもっともな言い分に、なにも言い返せないわたしでした。
* * *
クリスさんの容赦ない言葉でようやく理性を取り戻したわたしは、仕事の目的である薬草摘みを始めたのだ。
最初はクリスさんも一緒に摘んでくれてたんだけど、見事に単なる雑草とか毒草ばかりを引き当てるので、結局は周囲警戒をお願いしている。
「あーうん。元々こういうのが得意だったわけじゃないけどさ」
戦力外通告を百枚ぐらいオブラートに包んで告げられた、クリスさんが申し訳なさそうに頭を掻く。
「こう、なんというか……もう少しうまくやれる気はしたんだけどなー」
「ま、まぁ、、、えっーっと、ほら、アレ。その、人には得意不得意ってモノがあるし」
「この手の仕事をカミンと一緒に請け負ったことはあるけど、そういえば集めるのはカミンで、ボクの担当って荒仕事ばかりだったよ」
カミン……カミンさんって、あのシスターの娘よね。
教会関係者って、大抵は神殿から出てこない引きこもり集団の代名詞みたいな人たちなんだけど、あのカミンって子は違うみたい。
わたしとは微妙に噛み合わないのかギルドで姿を見たことはないんだけど、『シスターの探索者』ってのは結構噂になっているから耳にしたことはある。それが彼女なんだろうなぁ。
探索者に聖職者がゼロってことは無いんだけどやっぱり珍しい存在だし、そのほぼ全員が所属する神殿を持たない所謂自由神官って人達だから、特定の神殿に仕えているカミンは例外中の例外だ。
(偉い、といえば偉いんだけどねぇ)
……とはいえ、わたしのイメージの中の彼女は、暇があれば屋敷前まで押し掛けアイカさん相手になにかとキャンキャン噛み付いているシーンしか見えなかったりする。
当のアイカさんには文字通り軽くあしらわれているから、子犬が戯れ付いているようにしか見えないのだけど。
あの子も懲りないというか、めげないというか……。
おっと、閑話休題。閑話休題。
「それこそ適材適所って話ですよ!」
なんとなくしゅんとした雰囲気になっているクリスさんに、明るく話かける。
まだそう長い付き合いじゃないけれど、それでもクリスさんがそういう細かい作業が苦手だろうということはうすうす感じていた。
いや、集中力とか繊細な動きとかは得意なんだろうけど、注意力はそこまで高くないみたい。『盾の勇者』と言われるぐらい相手の攻撃や行動を見切るのは得意だけど、そもそも動かない相手を見極めるのは苦手というか……まぁ、薬草を魔物や魔獣と一緒にするのはアレだけどね。
「ほら! 全員で草を集めてたら、周囲警戒が疎かになって魔獣とか魔物に不意打ちされる心配があるじゃないですか! やっぱり見張りは必要ですし、パーティーってお互い助け合ってですよ!」
人には向き不向きってのがある。だから探索者はパーティーを組むのだし。
たとえばここ『癒やしの園』。
とくに危険な魔物が出たりはしないし、中途半端に見晴らしが良いせいか盗賊や野党の類もほぼ姿を見せない、初心者向けの比較的安全な場所。
そんな場所でも危険な野生動物はいるし、魔獣がでることもある。
その中でも特に危険なのは『スラスト・ラビット』。
名前の通り兎に由来する魔獣。兎譲りの立派な耳を持っているにも関わらず聴覚より嗅覚に優れている謎生物で、息を殺して茂みとかに隠れていても匂いで相手を見つける程。
そしてこれまた兎譲りの強靭な健脚の持ち主で、目標を見つけるや否や、矢のような速さで、まっすぐに突っ込んでくる。
そしてその速度を破壊力に変換し、魔獣化した際に生えてきた額の角を突き立ててくるのだ。
その威力たるや下手な金属鎧は簡単にぶち抜かれてしまうレベル。なんとか貫通は避けることができたとしても、大の成人男性がふっ飛ばされる程の威力。鎧で軽減されたとしても骨折の一つや二つじゃあすまないだろうなぁ。
しかも元が兎だから実に小さい。ちょっとでも背丈の高い草でもあれば完全に隠れてしまうレベル。
姿さえ見えればその角で魔獣と気づくことはできるけど、そもそも見えないのでは対処の方法もないワケで。
うん。下手な魔物よりヤバい。
そんなヤバい魔獣がうろついているんだから、見張りは絶対に必須。のんびりしているように見えて、実は結構ヤバい場所でもあるのだ。
ただ嗅覚で獲物を見つけるといっても、突進するためには視界に収める必要があるみたいで、のそのそとこちらに近づいてくる。それなら周囲を見張っていれば不自然な草の動き等で接近を察知することができる。
それに一度突進を始めると方向転換はできないので、不意打ちさえ回避すればオッケー。
更にはその鋭敏な嗅覚を逆手にとって様々な香辛料を溶かして作った水瓶、通称『聖なる手投げ弾』を投げつけることで対処もできる。この酷い匂いのする液体は人間なら不快に思う程度で済むのだけど、スラッシュ・ラビットにとっては致命的な影響があって、なんならそのままショック死することさえある。下手に戦うよりはるかに楽だね。
要は注意さえしていれば危険は少ないので、初心者向きと言えるのだ。
つまり警戒要員は重要。
「……はぁ」
わたしの言葉を聞いたクリスさんの反応は、なんと大きなため息でした。解せぬ。
「あー。うーん。まぁ、キミならそう言うんだろうね」
褒められてるんだか呆れられてるのか微妙な言葉。
「探索者ってのは生活かかっている人が大半で、どうしても殺伐としがちだからね……目先の利益にどうしても囚われてしまう。だから、直接利益に貢献しない相手は疎まれがちだからねー」
それはよくある話。特に初心者では。
探索者になる人って、一部の例外を除けば要するに他の仕事に付けなかったあぶれ者なわけで、その分自分の利益には貪欲になるのも仕方はない。わたしにだって心当たりが無いとは言わないし。
そしてその傾向は初心者程高いので、初心者向けと言われているにも関わらずこの場所は低レベル探索者の負傷率が高い。死傷率じゃないのは幸いだけど。
まぁ、この場所は低レベルの技量でもなんとかなると同時に探索者というモノを初心者に文字通り『痛みを持って身体に分からせる』ための場所なんだと思う。
ギルドは絶対に認めないけど。
「アイカやレティシアが猫可愛がりするのも、なんとなくわかる気がするよ」
いや、猫可愛がりって……。言いたいことはわかるけど、もう少しこう別の言い方をして欲しいというかなんというか。
††† ††† †††
エリザ・シャティアという探索者は、実に不思議な少女だ。
理由はよくわからないけど、特定の人物を引きつける魅力がある。カリスマ……とは違うけど、結構な吸引力。
なにしろ彼女は魔族、それも『魔王』を引きつけ、パーティーを組んでいるのだから。
それだけではなく、『賢者』レティシアまで引き込んだというのだから驚きだ。
あの『世界に無関心』とまで言われた彼女が、よりによって『魔族』それも『魔王』――ボク達『勇者と仲間たち』の敵――と組むなんて!
正直に言えば、色々と疑っていた面が無いとは言えない。洗脳とか脅迫とか。
だって、『魔王』だよ、『魔王』。
いくら和平しているとはいえそんな大物がふらり現れるなんて、騒ぎの前兆だと思っても仕方ないよね?
『勇者』がどうとか言う以前に人として心配になるよね?
辺境が荒らされ、今の生活が乱されるんじゃないかって。
ま、結果はご覧の通り。心配するだけ無駄だったってわけだけど。
呆れたことにあの『魔王』アイカは、自分の人生を謳歌するためにこの場所にいる。
エリザと組んでいるのも、単純に彼女の事を気に入ったからで、そしてレティシアはそれを面白がって二人の近くにいる。
話が面倒なことにならなかったことを喜ぶのと同時に、心底脱力してしまったのもムリはないと思う。
柄でもないことに手を出したあげくに、それが徒労に終わるなんてね!
いや、何事もなかったのは、本当によかったけどさ!!
色々と釈然としないボクの気持ちも、仕方ないと思うんだ!!
「そう言えば、エリザさぁ……」
真剣な表情でに薬草を摘み取っているエリザに、ボクはちょっと声を掛けてみた。
「はい? なんでしょう」
「こないだウチの店に来たとき、なんかの罰ゲームでもしてたの?」
数日前、珍しく一人で『金の麦穂』亭まで一人でやってきたエリザは、なんと一人で大盛りミートパイを三つも注文してきた。
一つでも完食するのは難しい量のそれを、彼女は一人でしかも三つを完食してのけたのだ。
店内の客達には大受けしていたけど、当の本人は顔色が真っ青を通り越して真っ白になっていて、相当なムリを重ねていたことは一目瞭然。
個人の姿勢に対してとやかく言うつもりはないけどさ、それでも食事を鍛錬か修行のごとく扱うのはやめて欲しい。
「あー。えーっと」
質問されたエリザは、突然ビクッと身体を固くした。
「その……」
ボクとエリザの間を一陣の風が吹き抜ける。
「なんとなく?」
「なんとなく?!」
返ってきた返事は、露骨に隠し事をしたモノだった。
「むぅ。食堂の看板娘としては、食べ物で遊ぶのはあまり感心しないんだけど?」
「あ、いや。約束があったというか……その、まぁ、色々とあったりなかったり?」
なんともシドロモドロになるエリザ。
「なんで尋ねられた方が疑問形なのさ……それはさておき、なに? 秘密ってこと?」
「えっと、まぁ、そんな感じで」
「ふ~ん……まぁ、いいよ。前の仕事で一つ秘密を教えてもらったから、それで帳消しってことにしといてあげるよ」
まぁ、深い意味があって聞いたわけじゃないし、わざわざ追求するようなことでもないしね。
「あ、えっと。アイカさんにも秘密にしていることなので、今後もご内密に……」
「そっかー」
エリザの返事に、ボクは唐突に閃いた。
「アイカも知らないことを、ボクは知っているんだ」
時間があればいつでもエリザにべったりなアイカでも知らないことを、ボクは知っているんだ。
「クックックッ。アイカの悔しがる顔を見るのは無理だけど、想像したら楽しくなってきた」
つまり、ある意味ボクはアイカよりもエリザに近いってことで。
フッフッフッ。これは思いの外気持ちが良いな。
だって、アイカの奴。悔しいけど殆どの点でボクよりも優れているんだよ。
戦士としての能力もそうだけど、スタイルも胸も負けてるし……いいもん。まだ成長期だから。
あー、でも。同じぐらいの歳になっても、アレに追いつけるとは思えない。というかスタイルやら胸はともかく技量の点で勝てる未来がくるとは思えないというか。
流石は『魔王』。根本的に格が違う。
でも、一つでも勝ってることがあると思えば、気持ちによゆーが生まれるってか、細かいことは気にならなくというか。
うん、悪い気はしない。これをネタにアイカを弄ることができないのはちょっと悔しいけど。
††† ††† †††
正直に言えば、成果はイマイチだった。
普段ならもっと多くの薬草が取れても良いはずなんだけど、どうも生育が悪いみたい。
一箇所で集められる薬草の数が異様に少なくなっていた。
もちろんお目当ての『当たり』薬草も見当たらない。
まだまだ時間はあるから、必要量を集めること自体はできると思うけど、ボーナスが貰えるほどの量にはなりそうにもない。
まぁ、依頼の分だけ集まればとりあえず問題はないんだけどね……。
「この辺のは集め終わったので、次の場所に行きましょう」
更に数十分。ここいらの薬草は回収し終えたということで、周囲を見回しているクリスさんに軽く声を掛ける。
「あいよ」
クリスさんが軽く片手を上げる。
「この辺は敵の姿も見えなかったけど、奥の方に向かうなら更に注意する必要があるね」
「そうですか? 油断はしませんけど、ここいらはそんな危険はあんまり無いような?」
「カミンも言っていたんだけど、最近は魔獣や魔物も活性化しているらしくて、あちこちが物騒になっているらしいよ。用心に越したことはないさ」
ふむ。知らない間にそんなことになっていたのか。
「それと関係しているのか知らないけど、辺境の有名人クロエ・K・Kも最近あちこち出張ってるみたいだからねぇ」
そういえばギルドでもクロエさんを見かけないな―とか思ってたけど、色々忙しく動いてたんだ。
ギルドが誇る『金』級探索者だし、色々と大変なんだろうなぁ。
「ハーフ&ハーフの二人組を引き連れて大分遠くのダンジョンまで潜っていってるって話だけど、一体何が目的なのやら」
……微妙に心当たりがあるような、ないような? 多分、アイカさん絡みなんだろうなぁ……。
「おかげでギルドの高難易度仕事がすっかり滞ってて、トーマスさんが悲鳴あげてるんだよねぇ」
あれま。ということは、ギルドの仕事で忙しくしているんじゃなくて、個人的に動いているんだ。
まぁ、クロエさん。最近では珍しい本格的探索者さんだし、ギルドにとっては間が悪いというかなんというか。
しっかし、道理でギルドが普段以上にごった返しているし、トーマス氏も殺気立ってたワケだ。
後で一杯差し入れでもしておこうかな。
「おかげ様で、ボクみたいなアルバイト探索者も駆り出されるハメになってるんだけどさ」
そう言えばクリスさんって本職(?)はウェイトレスであって、勇者とか探索者は副業扱いなんだよね。
普通は逆だと思うけど、そこは人それぞれってことで。
次の採取地点も、成果はイマイチだった。普段の六割ぐらいしか採取できる薬草が見当たらない。
もちろん天然物だから時期によって豊作だったり不作だったりするのは当然だけど、今の時期は所謂『旬』で、ここまで少ないのは妙だ。
とはいえ、今まで集めた分も合わせれば仕事分には足りる。時間も大分遅くなってきたことだし、ここは欲を出さずに大人しくしよう。
リハビリだと思えば悪くない成果だし。
「……にしても、ちょっと変よねぇ」
薬草が少ないことそのものはわかる。そういう時もあるだろうし。
だけどもよく見れば、薬草が生えていた痕跡は残っている。そこの部分だけ地面が抉られたような形になっているからわかりやすい。
(ふむ)
普通に考えれば誰かが薬草を掘り返した跡なんだろうけど、それにしては穴がキレイ過ぎる。スコップとかの道具を使った跡じゃない。
どちらかと言えば、動物が掘り返した跡といった方が近いと思う。
(とは言ってもねぇ)
だがしかし。野生動物が薬草を掘り返すなんて話は聞いたことがない。なにしろ薬草というのはとことん食用には向かないシロモノだから。
味は苦いというより痛いと言ったほうがよいぐらいエグいし、栄養そのものはほぼない。しかも筋張っているし固いし、こんな物を食用にするぐらいならその辺の雑草でも食べてる方がはるかにマシってもの。
唯一のメリットである薬効すらも、そのまま噛ったところで何の効果もない。
人のように成分だけを抽出して使うならともかく、流石に動物にそこまでの知能はないし。
あ。いや、ほんの僅かだけど魔力を得ることができるから、全くの無意味ってことはないかな? もっとも意味があるだけの魔力を得ようとしたらどれだけの薬草を食べる必要があるか、ちょっと想像したくない。
よっぽど巨大な魔獣でもいるならまだしも、この平原にそんな物が出現したなんて話は聞いてないし。
初心者も多いこの場所にそんな物が出現したら、絶対に大騒ぎになる。
だとしたら、この痕跡はなんなのか? という話なのだけど、ちょっと判断材料が少なすぎるかな。
「そうだ」
ふと思いついてわたしはこの辺に『魔力感知』を使ってみることにした。
ハズレが続いたので、今日はもう諦め掛けていたのだけど、思えばどうせこれで最後にする予定だし、何度か使った魔力結晶も使い切っておきたい。
中途半端に残った魔力って、存外扱いに困るんだよね。魔法を使うには足りないけど、使用済みクズとして処分するにはちょっと惜しいって感じで。
そりゃぁ、残った魔力を一つに集めることはできるけど、アレは本当に最後の手段。どこで誰に見られるかもわからないし、用心に用心を重ねておいて損はない。
「それでは……と」
スキルが発動すると同時にわたしの視界に様々な色の『糸』が映し出され、色とりどりの模様を描きだす。
自然界に存在する魔力は決まった方向性を持たず、一つとして同じ軌跡を残さない。
それはさながら一つの芸術絵画のような趣き。実用性もさることながら、わたしはこの人の手によらない芸術を眺めるのも好きだったりする。
「ん?」
空中を漂う糸が、やがて法則性を持ち一箇所に集まり始める。それは、なにか強力な魔力の発生源が存在することを意味するわけで――。
そして集中した魔力の先には、一本だけ離れた場所に生えている薬草があった。
「うそ……」
ダメ元で試してみたら、ビンゴ! なんと大当たり。これが無欲の勝利って奴じゃない?
これ一本で今日の稼ぎは十倍以上! クリスさんと山分けにしても充分すぎる成果になっちゃう!
やー、エリザちゃん。やっぱり持ってるじゃない! 超幸運!!
「……! エリザ、そこの岩陰に隠れて!」
周囲を見張っていたクリスさんが、ルンルン気分で薬草に手を延ばしたわたしに小声で警告する。
うへ。なんてタイミング! あとちょっとで特別ボーナスが手に入ったのに……。
「はい」
小声で返事をしつつ、丁度よく側にあった背の高い岩陰に身を潜めた。いくら目の前にお宝があったとしても仲間の言葉を無視はできない。命に関わるからね。
なぁに、マンドラゴラと違って薬草は走って逃げたりはしないから、片付いたあとでゆっくり採取すれば良いこと。
やや遅れてからクリスさんも岩陰に入ってきた。この様子だと、一刻を争う危険が迫っているというわけじゃないみたい。
「どうしました?」
「右手の方からちょっと大きめの四足歩行動物が近づいてきている……正体はわかないけど、用心に越したことはない」
なるほど。
「それなら、わたしの出番ですね」
岩陰からそっと顔を出し、言われた方向に視線を向ける。弓使いレンジャーであるわたしは普通の人より遥かに視力が良いし、ちょっと魔力を込めれば通常の何倍も先まで見通すことができる。
「はてさて、一体なにが見えるかな……と……」
視線を向けた先に一匹の動物が見える。一メートル以上はあろうかという身体は茶色で横縞々模様。
チョコチョコと四本脚で移動し、小さな耳がピョコピョコと動いている。
そして何かを探しているのか、しきりと鼻先をクンクンと動かしていた。
「え? へ? ア、アレって?」
思わず目をこすってしまう。そしてもう一度見直したけど、その姿は変化しない。
見間違いじゃない。アレは――。
「うり坊……?」
見間違いじゃない。それはどこからどう見ても、巨大なうり坊だった。
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