第三話 迷宮に蠢く者#3
してやられた。
私の頭に最初に浮かんだのは、その一言だった。
決して油断していたつもりは無かった。だけど、現実は無残なもの。私達は為す術もなくどこか別の場所に飛ばされ、メンバーを分断されてしまった。
『賢者』という肩書ばかり立派な小娘――それが私、レイテシア・レレイ・アティシアだ。
とはいえ、後悔ばかりしていても物事は何一つ解決しない。
反省会は後回しにして、今は次に取るべき手段を考えるべきだ。
「ちぃとばかり、面倒なことになったな」
そんな私を横目に胸の前で腕を組み、難しい表情を浮かべながらアイカさんが不機嫌そうに呟く。
「碌でもないことになるだろうと予想はしていたが、その中でもこれは最悪を極めておる」
意図してるのかどうかはともかく腕の上に載せられて持ち上げられたふくよかな二つの膨らみがズイッと強調されて、正直、その、なんというか少々苛立たしいというか、あー、うん。
いやいや。私は平均的サイズあるから問題無い。問題ない、ハズ……。なのにこの敗北感……。
「レティシアよ、お主さっきからなにを妙な表情をしているのだ?」
おっと、顔に出てたみたい。賢者たるもの、いつだってポーカーフェイス。くだらないことで心を乱してはならない。
「……思ったほど取り乱さないんですね?」
取り敢えず話を逸らすためにも、少々疑問に思っていたことを口にしてみる。
「うんむ?」
私の言葉に、アイカさんは表情を顰める。
「なんぞ、余が大騒ぎするような事態があったか?」
ふむ? 意外と冷静な反応。取り乱すまでとは言わないまでも、もうちょっと、こう、感情的な反応が返ってくると思ってたのだけど。
「てっきりエリザさんを求めて東奔西走・南船北馬、不退転の決意で走り回るのかと」
「お主、余をなんだと思っておるのだ?」
心底呆れたような視線を向けてくるアイカさん。
「我が子とはぐれた母親でもあるまいし、この程度のことで取り乱したりなどせぬわ」
「ですが、こう言ってはなんですけどエリザさんは決して戦闘力に長けている方ではありません。一対一ならともかく複数の敵に遭遇した場合、危険があるのでは?」
「お主なぁ……」
続けた私の言葉に、アイカさんは今度は明確に不機嫌そうな視線をぶつけてきた。
「確かにエリザは戦いに強い方ではないが、こと生存に関してあやつを超える者などそうそう居らぬ。生まれさえ許せば、御庭番衆にでも取り立てたであろうぐらいにはな」
御庭番衆……えーっと、確か魔族の諜報員『隠密』とか言う人達の中でも精鋭を集めた集団だったかしら。
魔族との戦争中も、それはそれは大活躍で前線指揮官が何人も暗殺されたり拉致されたりと大変だったとか。
「いくらなんでも褒めすぎでは?」
「さて。どうであろうな」
私の指摘を軽く交わす。
「まぁ、それ以外にも安心材料はあるぞ。誰ぞ知らぬが奴は余らを分断しようとした。だが見ての通り余らは三人で固まっておるな」
「えぇ、まぁ」
「一番簡単なのは、全員を適当にバラバラにすることだ。その場合でも一人二人がたまたま同じ場所に出てしまうことはあるかも知れぬが、三人となるとこれはもう偶然の域を越えておる」
アイカさんの言うことは多分、正しい。これは仕組まれた結果だ。
「ゼムについては別に飛ばされておるかも知れぬが、エリザとクリス……それにあの犬っころ騎士は一緒におるだろうさ」
「……それは、ちょっと楽観視しすぎなのでは?」
多分、アイカさんの言葉は正しい。だけど、それでも不安は残る。
「楽観視するだけの根拠があるからな」
「根拠、ですか。それを聞いても?」
「余の勘、だ」
「………」
「冗談故にそんな怖い顔をするでない」
どうやら私は、自覚していた以上に凄い表情を浮かべていたみたい。真面目な話をしている時は真面目に答えて欲しいものだけど、アイカさんにそれを言っても仕方ないか……。
「あの人を舐めきったような童の声があったであろう? あれは自分のやることに自信があり、尚且人を高みから見下ろすのを好む性根の腐った研究肌の者に特有なものよ」
そんな私の内心を見透かしたのか、若干真面目な表情になるアイカさん。
「恐らく余らの戦力を分断し、苦労しているところを観察と称して眺めているのだろうよ」
「それは、また……随分と趣味の悪い」
ありそうな話だ。先程気がついたのだけど、このエリアは魔法に対する妨害が働いていない――少なくとも私には。ここなら私は全力を発揮できる。
もしあの少年の目的が私達を害することなら、わざわざ魔法を解禁する必要はないのだから、これはまた別の目的があると考えるのが自然で、アイカさんの説には説得力がある。
「闘技場、でも作ったつもりなのではないかな。正直、一方的に観戦されるのは好みではないが、その鼻っ柱をへし折ってやるのも悪くない」
「ちょっと相手が気の毒になってきましたよ」
誰だか知らないけど、あの少年声の持ち主。絶対に観察対象を間違えている。正直、手に追える相手じゃないと思いますよ、アイカさんは。
「……んで。そろそろ方針は決まったのかよ?」
言葉が区切りになった頃合いを見計らったかのように、いかにも疲れ切ったような声が私達の間に割り込んできた。
「人にクソ面倒くさい肉体労働を押し付けてるんだから、頭脳労働ぐらいは片付けてくれてもバチはあたらねぇだろうぜ」
全身なにやら緑色の液体まみれになったブラニット氏が言う。転移すると同時に襲いかかってきたギガ・マンティスを一人で相手した結果、返り血(?)をたっぷりと浴びてしまったようだ。
「ふむ。とんだ悪臭だな……レディの前では身だしなみに気をつけるのが紳士というものだぞ」
「レディは、さも当然のごとく人に化け物を押し付けたりしねぇよ!」
そうなのだ。ギガ・マンティスの群れと遭遇した瞬間、アイカさんが口にしたのはたったの一言。
「面倒だ、そなたが片付けてまいれ」
二言かな? それはともかく、そう曰った後は本気で傍観。結果としてブラニット氏は一人で大群を捌く羽目に……。
あぁ、いえ。流石に私は傍観者を決め込んだりはしませんでしたよ。
多少は近接戦闘の心得があるとはいえ、所詮私は後衛職。弱点が明確で様々なコツがある人型の相手ならともかく、強固な外骨格で守られた昆虫型生物と切った張ったを行うのは少々荷が重いです。
だから、私にできることをやっておきました。
各種補助魔法でブラニット氏の攻撃・防御・運動能力を強化し、ついでに武器にも魔力エンチャントしておく出血大サービス! 賢者印のバフてんこ盛りセットなんて、そうそう経験できることじゃないですよ~。
まぁ、戦闘力はともかく知能なんて無いに等しい虫など攻撃魔法で一掃するという選択肢もあるけど、魔力結晶の消耗を考えると序盤でいきなりの大盤振る舞いは避けたいところ。
現状は強化込みのブラニット氏一人で事足りているし、万が一状況が悪化するなら流石にアイカさんも動くでしょうし。
はぐれたメンバーと合流した時のことを考えると、魔力は温存しておくのがベスト。
「あまり怒鳴っておると、頭の血管が切れるぞ」
「だーれーが! 怒鳴らせてるんだ!」
アイカさん、宥めるところか煽っているようにしか見えないんですけど?
「まぁ、取り敢えず落ち着け。そのような汚い物を浴びておるから気も立っておるのであろう──『浄化』」
ブラニット氏の身体が一瞬光り、薄汚い緑色の液体が綺麗サッパリと消える。
匂いも汚れも一瞬で除去する便利な魔法だけど、精神的な疲れまでは癒やされないので、こればかりに頼るととんでもないことになる。
なお引きこもりが多いアカデミー所属の魔術師の間では大人気だけど。
「人の話を聞け!」
こころなしかピカピカに光ってるように見えるブラニット氏が盛大にため息を漏らす。
「まったく……本当に魔族連中ってのは人の話を聞かないんだな!」
ギルドには何人か魔族の探索者が所属しているけど、個性的な人が多いとの噂。私はアイカさん以外の魔族探索者と組んだことはないけど、ブラニット氏なら色々と付き合いがあっても不思議じゃない。
もし、アイカさんが平均的な魔族メンタリティの持ち主だとすれば、うん……苦労も多そう。
「失礼な。これでも現役時代は聞き分けが良いと評判であったのだぞ」
「嘘ですよね?」
ブラニット氏の言葉に胸を張って答えたアイカさんに、思わず突っ込んでしまう。
「あぁ、嘘だが」
そして、それにしれっと答えるアイカさん。
「つ、疲れる……」
もはや怒鳴る気力も失ったのかがっくりと肩を落とすブラニット氏。うん。逞しく生きて欲しい。主に私がツッコミ役にならずにすむために。
「それよりも、ブラニットよ」
「なんだよ。これ以上の面倒は──」
「お主、友達もおらぬソロ専であるからには、レンジャーとしての心得もあろう?」
「言い方ぁ!」
相変わらず遠慮も情けもないアイカさん。いや、多分悪気はないんだと思うけど……。
「気にするな、ハゲるぞ。ともかくエリザがおらぬ現状ではお主を当てにするしかない」
「うるせぇよ。そもそもなんでオレがそんな面倒な真似をだな」
そしてブラニット氏もわざわざアイカさんが喜ぶ反応をしなくても。噛みつき返されたらその分だけ喜ぶタイプですよ、アイカさんは。
こちらにお鉢が回ってくるのは嫌なので黙ってますけど。
「細かいことに煩い男だな、お主……やっぱりハゲるぞ」
「二度も言うことかよっ!」
うん。そんなに気になっているんだ。頭髪。
「と、とにかくだ。確かに俺も多少はレンジャーの真似事ができるが……」
取り敢えず話を元に戻すことにしたらしい。そう言いつつ私の方に視線を向ける。
「オレがやるより、そっちの賢者のお嬢さんの魔法をアテにした方が確実じゃないのか?」
あー、まぁ、そう考えますよね。だけど。
「この先なにが起きるか判らない以上、魔力は極力温存しておきたいので……」
できるだけ申し訳なさそうに言う。言っていることに嘘はないけれど、その分ブラニット氏に負担を強いるのは確か。そこのところだけは本心から申し訳ないと思う。
「確かに、あまり魔力を使うのは得策とは言えねぇか」
流石はギルドガードに選ばれるだけの腕利き。細かく説明しなくてもこちらの心配を察してくれる。
「仕方ねぇ。面倒くさいったらありゃしねぇが、それが最善だな」
頭をガリガリと掻きながらブラニット氏はため息をつく。
「言っておくが、オレはエリザの嬢ちゃんほどの腕前はねぇ。しくったとしても文句はなしだぞ」
大言壮語を吐かず、自分の力量を正確に把握。流石はギルドガード。
「そんなこと百も承知よ。なにもエリザの代わりを務めろとは申さぬ。それでも余らよりはアテになるであろう?」
魔法というファクターを除外したら私の探知能力なんてあってないようなものだし、アイカさんについては言わずもがな。
「けっ! 流石に素人よりはマシな仕事はするさ……戻ったら高級酒の十本や二十本は奢らせてやるから覚悟しとけよ」
「ふむ。その程度で良ければ遠慮はいらぬぞ? なんだったら三十本でも構わぬが」
相変わらず羽振りの良いアイカさん。なんでも『宵越しの銭は持たない』とかいう魔族独自の価値観に忠実で、収入があれば誰彼構わず奢りまくる。一晩……とまでは言わなくとも一週間もあればほとんど使い切ってしまう有様。
エリザさんなんかは渋い顔をしているけど、必要な物を揃えるだけの残金はあるのであまり強く言えないみたい。
それにアイカさんの気前の良さは他探索者との円滑なコミュニケーションにも役立っており、なにかと白眼視されがちな魔族という立場を上手く回避しているから一概に否定したものでもない。
「ちっ……タカリ甲斐のない話だな、おい」
嫌味が嫌味にならない相手はなんともやりづらそう。まぁ、見た目よりも素直なブラニット氏が、アイカさんをやり込めるのは結構難しそうだと思う。
* * *
「……いるな」
ギガ・マンティスを片付けてから歩くこと数十分。先導していたブラニット氏が一言漏らすと同時に右腕を上げて私達の足を止めた。
「なにか居るのはわかるが、詳細はわからん。レティシア嬢ちゃん、魔法で探ることはできるか?」
言われると同時に探索魔法を展開する。この手の魔法は単体としてみれば魔力消費は少ない。だからこういうピンポイントな目的では遠慮なく使える。
これがもしエリザさんもブラニット氏もいなかったら警戒のために常時展開しておく必要があって、そうなると塵も積もって山となる勢いで魔力を消費してしまう。
その点で、こちらにブラニット氏が残ってくれていたのは僥倖。専門職じゃないといいながら、きっちり役割を果たしてくれているのだから。
「これは……
探知魔法で感じられたのは数十はあると思われる反応。その全部が二足歩行で、武装している。
その大群が、足音も立てずにジリジリとこちらに近づきつつあった。
つまり、敵。
さらに魔力を費やし探知を強化する。そうやって私が見つけたのは、リザードマンの大群だった。
「リザードマン、ですね。それも大群の」
リザードマン。簡単に言えば立って歩くトカゲの化け物。
手に入れた武器を使う程度の知能はあるものの、基本的には魔獣の一種。魔法を使ったりはしないし、手に持っている武器さえも拾い物。殆ど喋ることもなく僅かな鳴き声で同族とコミュニケーションを取っている。
特筆すべきはその鱗。天然のスケールメイルとして機能するその鱗は、生半可な攻撃では貫けない。
しかも単体として見てもそこそこの驚異だというのに、連中はとにかく数を集め集団で行動する。恐らく数少ない弱点の一つである魔法防御をカバーするためだろう。
「面倒な相手だな」
わたしの言葉にブラニット氏が表情を顰める。リザードマンの厄介さは長年探索者を続けている彼の方が骨身に染みているのだろう。
「ふん……余とエリザの再会を邪魔しようとは、一応は頭を持っている癖に気の利かぬ連中だな!」
どうにも斜め上の方向にお怒りを爆発させるアイカさん。
「であれば、一掃するまでよ!」
「ば、馬鹿! そんな大声を――!」
慌てたようにブラニット氏が言う。だけど、もう手遅れ。
アイカさんの大声はリザードマン達の気を引き、連中に行動を起こさせる引き金となった。
それまでジリジリとした歩みだったリザードマン達が、一斉にこちら目掛けて走り出したのだ。
「どうするんだ!」
大剣を抜き放ちながらブラニット氏が言う。
「どうにかやり過ごすつもりだったが、こうなったら真正面から衝突するしかねぇ!」
「身体はデカイ癖にみみっちいことを言うでない」
もっともなブラニット氏の言葉に、アイカさんが当然の如く答える。
「ここで上手くやり過ごせたとしても、どのみちこの先でまたでくわす可能性が増えるだけだ。であればここでねじ伏せておくほうが後々楽であろう」
理屈としては正しい――一応は。見つけた敵全てを倒して行けば、安全は後ろから付いてくる。
ただそれは空論に過ぎない。普通、そんなことをしたら途中で力尽きてしまうから。
(……でもアイカさんなら、それを実現できる可能性はあるのよねぇ)
元『魔王』だというアイカさんなら、あるいはそれも可能かも知れない。それだけの強さを彼女は持っている。
もっとも、それに付き合わされる方としては、胃の痛い話だけど。
「そら、おいでなさったぞ!」
そうこうしているうちにリザードマンの先頭集団がこちらの視界に入る。こうなったら、もうやるしかない。
「まずは一献、遠慮なく受け取るが良い!」
アイカさんが軽く言いつつ棒状の飛び道具──確か『棒手裏剣』とか言う魔族特有の投擲武器──を三本同時に投げつける。
投げられた手裏剣はまっすぐ飛び、それぞれ別のリザードマンに突き刺さった。
充分な狙いをつけたわけでもない投擲武器としては、驚異的な命中率。
目や額といった部分に命中した手裏剣はリザードマンの体内まで食い込み、致命傷を与える。倒れたリザードマンはビクビクと痙攣しており即死こそしていないけど、もう戦力にはならない。
「……えーっと」
だけどそれどころじゃない。私にはもっと重要というか、どうにも見過ごせない物を目撃してしまい思わずアイカさんの方をガン見してしまう。
「なんだ? 余所見をしている場合ではなかろう?」
そんな私の視線に気がついたのかアイカさんが言う。それはそうなのだけど……。
「えぇ、まぁ、一つ気になりまして」
間違いなく見たのだけど、自分の中ですらちょっと理解が追いつかない。とてもありえないんだけど……でも、アイカさんだしなぁ。
「なにがだ? 手短に申せ」
先を促すアイカさんの言葉に、私はその疑問を口にした。
「さっきの手裏剣、一体何処から……?」
「お主の見たままの通りだが?」
さも当然のごとく戻ってくる返事。
えーっと……私の見間違いじゃなければ、どうもアイカさんの胸の谷間から取り出されていたような……?
「いや、それ、どんな仕組みで?!」
一本ならともかく三本。どう考えても谷間に収めておけるサイズじゃないし。どうにか収めていたとしても、取り出す時に引っ掛けて怪我でもしそうな?
「そんなもの……乙女の秘密に決まっておるだろう?」
乙女って。
乙女って。
乙女って!
いや、そんなことより。
「じゃ、じゃぁ。その右脚に巻いているベルトの手裏剣は?」
そうアイカさんは美味しそうな――コホン、魅惑な右太ももにこれ見よがしと五本程の手裏剣を収めたベルトを巻いている。どう考えても投擲するならこっちからだろう。
「あぁ、これか」
ちらりと自分の太ももに目線を落としつつアイカさんが続ける。
「ファッションだ。格好良いだろ?」
「ア、ハイ。ソウデスネ」
もはや突っ込む気もおきない。言いたいことはなんとなくわかるけど、それは違うというか拘る所を間違えているというか……。
「お前ら! 遊んでないで少しは手伝いやがれ!」
そんな私達に、ブラニット氏が大声で怒鳴っていた。
「この数を一人で抑えられるワケねぇだろうが!」
怒鳴りつつも大剣を左右に振り回し、群がろうとするリザードマンを斬り伏せている。この状況で怒鳴っていられるのだから、驚くべき体力。
とはいえ、彼は戦士。剣先が届く範囲では無双できても、それ以外の場所にいる敵には手が出せない。このままでは数に押し切られてしまう。
もちろん、そんなことを許すつもりはない。
「ライトニングボルト!」
私が魔法を発動させると同時に杖の先から雷が走り、直線上のリザードマンを貫き通す。
「ギャァァァァッ!」
耳障りな悲鳴を上げて地面を転がるリザードマン。高出力の雷で焼かれた彼らは、そのまま黒焦げの塊となる。
久しぶりの出血大サービス。
「ふぅ……たまには大技もいいものね」
私の基本スタイルは小技の連携で細かく魔力を使い、最大効率を引き出すこと。大技を使うのは好みじゃない。
とはいえ別に大技が嫌いというわけじゃないから、こういうタイミングがあれば遠慮なく使ってゆくけど。
まぁ、魔力節約の必要もあるからほどほどに。
「くくくっ! 派手にやるではないか!」
アイカさんが楽しげに笑いながらリザードマンの集団の中へと飛び込む。
「『旋』!」
そのまま刀を一回転させ、十匹ぐらいの首を刎ね飛ばす。魔族の使う武器は常に魔力を帯びているから見た目以上に威力があるのは知っているけど、それにしたってとんでもない破壊力。
「どうした! 数ばかり揃えても余らを押し止めることなどできぬぞ!」
そんなことを言いつつ、更に一歩踏み込んで別のリザードマンを一刀両断。さすがのリザードマン達も、これには恐れを抱いたのか一歩後ろに下がる。
「ふん……少々殺られたぐらいで怖気づくとはな。分をわきまえていることは褒めてやるが、そもそも余に敵対するという愚行を相殺することはできんな!」
アイカさんの言葉一つ一つになんとも言えぬ力が込められ、彼女の苛立ちがはっきりと感じられた。
彼女は、心の底から怒っているのだ。エリザさんとの再開を妨げる邪魔者達に。
「余が宣言する――貴様ら、逃げられると思うなよ」
言葉と同時にアイカさんを中心として凄まじい殺気が爆発し、リザードマン達の動きが止まる。
慌てて展開した私の防御魔法がなければ、ブラニット氏を含め二人とも同じように動けなくなっていたところだ。いや本当に。
「……アレが、奴の本領かよ」
額に脂汗をブラニット氏が小さく呟く。防御魔法の上からでも気を抜けば圧倒されてしまいそうなそれは、彼女が『魔王』だったことをなによりも示している。
「ホントにまぁ、頼もしいことだぜ」
「さて、どのような最後を迎えたいか? 余は寛大故、貴様らが希望する最期を迎えさせてやるぞ?」
アイカさんが一歩進めばリザードマン達が一歩さがる。
まともなコミュニケーションなんて取れない相手だけど、物理力はどんな生物にも通じる共通言語。暴力は全てを解決するというか、なんというか……。
「………」
無言でジリジリと下がっていたリザードマンの一匹が、ついに耐えられなくなったのかアイカさんへと槍を構えて飛びかかる。
刀と槍のリーチ差に可能性を賭けてみる気になったのかもしれない。
「ふん。リーチ差を取るとは、少しは頭を使ったか」
突き出された穂先を軽く身体を捻って避け、そのまま一歩進んで顔面に拳を叩き込む。
「……ガ」
「褒美を取らせるぞ!」
脳震盪でも起こしたのかフラフラと身体を揺らすリザードマンに、追撃とばかり思いっきり踵落とし。
踵を叩きつけられたそのリザードマンは、頭が半ば胴体にめり込むような形で地面へと倒れる。それを見たリザードマン達はさらに後ろに引いていった。
というか、見ているこちらもだいぶドン引きなんですけど?! 踵落としでこの威力って……。
「そろそろ飽きてきたな」
そんなことを言いながら、ゆっくりと左手を前に突き出すアイカさん。
「余はエリザ達を探すのに忙しい故、ここは手早く片付けさせてもらおう」
『魔王勅命』
人族の言葉ではなく、魔族の言葉でアイカさんはそう言ました。
「余の忠実なる配下、ブラニット・レティシアよ……余の目前を汚す愚か者共を一掃せよ」
その言葉が耳に届いた瞬間、私の身体にまるで電撃でも走ったような衝撃が走る――これは!
「誰が、配下ですか!」
「誰が配下だ!」
と言いつつも、奥底から湧き上がる『力』の前に、身体が勝手に動く。なんだろ? 無限に力が出せるような自信が溢れかえるようななんとも言えない感覚。
それはブラニット氏も同じなのか、文句を言いつつも大剣を振りかざしてリザードマンの群れへと飛び込む。あ、一振りで八匹ぐらいまとめて吹き飛ばされた。
これは負けてられません。
「マジックミサイル!」
魔法を発動した瞬間、それまで経験したことのない大きな力が産み出され、そして具現化する。
「うわぉ」
私の周りに展開される百本以上はあろうかという魔力で産み出された矢。
元々私はマジックミサイルを得意としていて、数十本の矢を展開し、その威力は折り紙付き。それが今、倍以上の数となって私の周りに存在している。
「シュート!」
私が杖を振り下ろすと同時に暴風雨の如くマジックミサイルがリザードマン達へと降り注ぎ、瞬く間に打ち倒してゆく。
数もそうだけど、明らかに一本一本の威力も上がっている。残った僅かなリザードマンも、ブラニット氏の大剣によって切り伏せられ、あれだけいたリザードマンその全てが肉片と化していた。
「……なんともあっさりと片付いたモンだな」
肩で荒く息をつきながらブラニット氏が大剣を収める。私の方も普段以上の魔法威力を発揮したせいか、身体がだるく感じる。
「もう少し、こう、苦戦するかと思ったが」
いやまぁ、数だけは本当に多かったですから。
負けるとは思っていませんでしたけど、アイカさんからのテコ入れが無ければかなり手こずった可能性が高かったでしょう。
「二人共ご苦労であったな」
そんな私達にアイカさんが声を掛けてくる。
「なにしろ数が多く、一匹一匹潰していたのではきりがないからな。余は広域殲滅は得意ではない故に、手っ取り早く片付ける手を取らせてもらった」
「まぁ……私は別に構わないんですけど」
そう答えつつ、ブラニット氏の方に視線を向ける。
「おい」
案の定、ブラニット氏はお怒りのようだ。彼の立場を考えれば、それも当然。
「今は緊急事態だから協力しているが、オレはお前の仲間にも部下にもなった覚えはないぞ」
「心配するな。言葉の綾というものだ。強制的・永続的に配下にするような物ではないし、もう効果は切れておるぞ」
ブラニット氏の言葉に、軽く答えるアイカさん。
言われてみれば先程まで感じていた高揚感がさっぱりと消えている。『魔王』の技の中には、仲間と認識している者全員の能力を格段に上昇させる物があると聞いたことがあるけど、今回経験したのがそれなのだろう。
魔王が恐るべき存在だったことがよくわかる。
「くそ……そういう問題じゃないじゃねぇ。せめて一声掛けてからにしてくれ」
状況敵に理解はするがそれはそれ、これはこれだと言った表情でブラニット氏が言う。
「ギルドガードの仕事柄、誰かに肩入れするってのはご法度なんだからよ」
「……ふむ。言われてみればそうであるな」
ブラニット氏の言葉に一瞬驚いたような表情を浮かべ、そして考え込むような表情の後、アイカさんは言葉を続ける。
「今回は余の行動が浅はかで軽率であった。許すが良い」
「まぁ、次からは気をつけてくれればいいさ」
素直に頭を下げたアイカさんに、ブラニット氏は苦笑を浮かべつつ、それを受け入れた。
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