第三話 迷宮に蠢く者#2
「……なんとも妙な光景だなぁ」
魔力結晶を両手に握りしめ、少しづつわたしが魔力を移動させていると、クリスさんがしみじみと口を開いた。
「まだ人族が魔族と戦争していた頃、その時代の勇者パーティーにそんなスキルの持ち主がいたら、歴史は変わったかも?」
魔王との和平を成立させたのは歴代最強と言われる程の力を持つ『剣』の勇者だったけど、それは苦労と苦難が連続する旅路だったらしい。
特に問題なのは魔力結晶で、通り道にある街や町・村で調達するにも限界がある。探索者制度も整ってなく安定供給なんて望めなかった時代だけに魔力結晶はどこでも貴重品だ。
なんとか数を確保できたとしても、今度は運搬が問題になる。ポーターボックスの研究はまだ途上で、存在したのはわずかな試作品とアーティファクトだけ。
その全てに魔力結晶を収納するわけにはゆかない(食べ物だって薬だって必要だ)から、せっかく集めた魔力結晶も置いてゆかざるをえないことがままあったみたい。
駄獣を使って運ぶこともできるけど、魔族との前線は辺境も奥深く。道があるかどうかさえ怪しい上に道中には魔獣・魔物がてんこ盛り。ついでに言えば獣道すら期待できない場所が多数なわけで。
しまいには専用の鉱夫を雇い勇者パーティーで護衛して現地で掘り返すなんてイカれ──もとい、アイデアまで飛び出したとか。もっとも現実的にそんなことができるわけもなく、人間窮地に陥るとぶっとんだ事を真面目に考え出すんだなぁ……と。
だもので勇者パーティー御一行様は、魔王の元に辿り着くまで如何に魔力結晶を節約するかに苦心しており、なんなら途中の雑魚魔物戦の方が神経を使っていたなんて逸話も……これは流石に大袈裟に脚色してるんだろうとは思うけど。
そんなものだから、もし勇者パーティーが魔力結晶を存分に使える環境にあったなら魔族との戦いはもっと楽になっただろうってのはわかる。歴史が変わるほどの影響があったかは疑問だけどね。
「取り敢えず、クリスさんの分は完成、っと」
ペンダント一杯に魔力を移し、残りを大きめの魔力結晶に集約して手渡す。
「さんきゅ」
ちなみにわたしは魔力結晶同士を合わせることはできるけど、結晶サイズそのものを変化させることはできない。小さな結晶二つをひっつけて大きな結晶一つにすることはできないってこと。
だから魔力をあわせる時は、お互いの残量とキャパシティを考えないといけない。
ある程度は無理矢理押し込むこともできるけど、それでも入りきれなかった魔力はそのまま漏れ出して周囲に散ってちまうから実に勿体ない。特に今は残りの魔力を効率的に使おうって話なのだからなおさらだ。
「いやぁ、本当に不思議なモノだね。上手くやれば大儲けできそうだ」
まぁ、儲かるのは間違いないかな。権力者に見つからなければ。
たとえば『魔力結晶合成・融合』はわたしのユニーク・スキルだけど、他の人にも似たような? スキルは一応ある。
『魔力結晶圧縮』
文字通り、魔力結晶を小さくするスキル。
原則として魔力結晶は大きければ大きいほど多量の魔力を持つ。厳密には純度とか属性の問題もあるのだけど、それはさておいて。
だけど、大きな魔力結晶というのはそれ自体が『お荷物』。いくら大量の魔力を秘めているとはいえ、バケツ程もあるサイズの魔力結晶は邪魔でしかないし、だからと言って砕いてしまうのも勿体ない。
そこで生み出されたのが『保有魔力量はそのままで、外側の大きさを縮める』このスキル。
たとえばクリスさんが身につけているペンダントなんかがそれで、もともとはこぶし大ぐらいあった結晶を親指の先程の大きさまで圧縮したもの。
もちろん現実は理想通りにはゆかぬのが世の常で、魔力結晶は圧縮段階でいくらか魔力を失ってしまう。勿体ないと言えば勿体ないけどそれでも利便性には勝てないし、術者の腕前次第で失われる魔力量は最低限に抑えられるので大した問題じゃない。
どちらかと言えばその難易度のせいで術者の数が足りず、圧縮された結晶はお値段が高くなるって方が大変。
そしてこのスキルの持ち主は、例外無くどこかの組織に所属している――というか、させられている。
まぁ、多分待遇は悪くないと思うけど、自由はほぼない。一生遊べるぐらいのお金がもらえるとしても、そんな生活は御免被りたい。
ちなみにわたしも『圧縮』そのものはできないけど、『融合』を上手く使えばロスはでるけど似たようなことはできる。ただ合成と比べて融合は難易度も疲労度も桁違いに高いし、無駄になる魔力が勿体ないからまずやらないけどね。
「それでは、次はレンさんの分ですね」
クリスさんの時と比べて、こちらは実に苦戦した。なにしろ殆どの結晶が魔力残量ゼロに近い状態。
複数の結晶からわずかに残った魔力を抽出し、なんとか一つに纏める。一つ一つは大したことじゃないけどなにしろ数が多く、全体の作業量としてはとんでもない工程に。
無事領都に戻ったら、お高いレストランのコースでも奢ってもらおう! 絶対に!
「……ワタシハナニモミテナイ。ナニモミテナインダ……」
そんなことを考えながら作業を続けているわたしの横で、レンさんが手鏡で自分の顔を見ながら何かブツブツ呟いている。
「アンナ伯爵付キ魔術師デモ出来ソウニモナイ真似ナンテ絶対ニ見テイナイ……」
美人さんが虚ろな目でぶつぶつ言っているのって、はたから見ると、なんというかスゴく怖い。
「むきーっ! こんなの、たとえ聞かれてもエミリア様に報告なんて出来るわけないだろうーっ!!」
あ。我に返った。
「こんな話をしても、信じてもらえるどころか気が狂ったと思われるだけだ!」
……まぁ、それはそうかも知れない。それだけに一度信じられたら取り返しのつかない騒ぎになりそうだけど。
「一応、集められるだけは集めましたけど」
わずか数個になってしまった魔力結晶をレンさんに渡しながら念を押す。
「少しは節約してくださいね。レンさんの火力には助けられてますけど、クリスさんやわたしをもっと頼りにしてくれていいんですよ?」
「む……言いたいことはわかるが……」
予想していた通り、レンさんの反応はあまり芳しくない。
「騎士とは、前衛に立ち正面きって戦ってこそ。常に全力を尽くすのが努めだ」
予想内の返事。レンさんのポリシーそのものに異論を唱える気はないし、自由にしてくれれば良いとは思うけど、それはあくまでもわたし達に危険が及ばない範囲で。
真面目に命がかかっているこの状況では、そのこだわりも自粛してもらうしかない。とはいえ、それをお願いして素直に聞いてくれる人じゃないのは重々承知。ここは一つ搦め手で。
「レンさんの技、とても素晴らしいと思います」
両手を合わせ(といっても中では魔力移動の作業中だけど)、背の高いレンさんに若干上目遣いに、それも瞳をうるうるさせながら。
「だからわたし達のとっておきとして、ここぞ一番ってタイミングで使って欲しいんです」
精一杯の泣き落としをかける。うん。自分でやって背中が痒くなってきた。向こうの方では耐えられなくなったクリスさんが盛大に吹き出している。
「あ、うん。そうか、それも、そうだな!」
おっと。レンさんに効果はばつぐんだ。
「いざという時のために備えておくのは、優秀な騎士として当然のことだ」
なぜか頬を染めつつ慌てたようにレンさんが答える。
ちょろい。実にちょろい。他人事ながら心配になるほどちょろい。
この人、騎士は騎士でも要人護衛が本職なはずなんだけど、こんな調子で大丈夫なんだろうか? いえ、大丈夫だから任命されているんだろうけど……。
「取り敢えず、これで完了です」
話しているうちに処置の終わった魔力結晶をレンさんに渡す。
「だけど、集めてもまだ魔力残量が乏しいので、わたしの手持ちからいくつか譲ります。大切に使ってくださいね」
「あ、あぁ。感謝する」
なぜか心なしキョドるレンさん。目まで逸しちゃって。むー。ちょっと小言を申しすぎたかな?
「くくっ。たらしだねぇ」
今度はなんとも意味深にクックックッと笑うクリスさん。なんだか物語に出てくる小悪党の親玉みたいだから、その笑いかたはやめた方がいいと思う。妙に似合ってるところが特に。
「さて、それではこれからの方針を決めるべきだね」
わたしの念が伝わったのか、クリスさんがいつもの表情に戻る。
「取り敢えず残り三人との合流を目指すという原則はいいけど、アテもなくさまよい歩いた所で偶然出会える可能性がどれぐらいあるのやら……」
そう。一番の問題はそこ。
こちらが動いてるのと同じように、他のはぐれたメンバーも合流の為に同じように動いているだろうし。
つまり気付いてないだけであちこちですれ違っていた可能性があるし、これからすれ違う可能性もある。
だからといって予め打ち合わせているワケでもないのに一箇所にジッと留まっておくのも良策とは言えない。
いえ、これが普通の森での遭難とかならそれもアリなのだろうけど、ここは正体のわからないトラップや強力な敵がウロウロしている場所なのだ。
じっとしている所を包囲されたり不意打ちされたりすれば、どんな結果になるのかわかったものじゃない。
「エリザさんのスキルで、三人の様子をさぐることはできませんか?」
今度はゼムさん。
「せめてどんな状況になっているかだけでもわかれば、よりよい次の手を考えることもできるのですが」
う~ん……それはおっしゃるとおり。実はこちらに飛ばされてからずっと周囲の様子を確認しているのだけど、アイカさん達の気配すら掴むことができていない。
ついでに言えばこの森みたいな場所がどこまで続いているのかもよくわからない状況で、どこまで行けば出口にたどり着けるのか、そもそも出口に相当する物が存在するのか? ということさえ確かじゃない。
折角スキルが使えているのに、結局は手探り状態が続いている。
「すみません。色々と試してみてはいるんですけど、今の所まったく反応が見つからなくて……」
「あぁ、そこまで恐縮されなくとも」
軽く頭を下げたわたしに、ゼム氏が続けた。
「貴女が全力を尽くしていることはわかっています。むしろ、戦闘面でしか役に立たない私の現状の方がよほど問題でしょう」
そう言いつつ包帯を巻いた右腕を軽く上げる。
「この傷のせいで、肝心の戦闘力もかなり落ちてます。幸い魔法は使えるようになりましたから、まったくの無力というほどではありませんがね」
オーク族を弱体化する結界の効果は弱めたものの、ゼム氏の傷には一種の魔法毒のようなモノが残っていた。そのせいでゼム氏は全力が出せずにいる。
解毒しようにもその正体がよくわからないので打つ手がない。レティシアさんが居てくれればその正体を探ってくれたかもしれないけど、わたしではお手上げだ。普通の怪我なら応急手当とポーションでなんとかなるんだけどね。
「つまり、楽観できる要素はゼロってことさ」
ため息まじりにクリスさんが言う。
「周囲の状況はよくわからないままだし、戦闘力も万全とは言えず。このままじゃ、ジリ貧だ」
最悪の場合は――考えたくないし、考えるまでもない。
「状況を打開する方法があると思います?」
「この手の代物は」
わたしの質問にクリスさんは軽く肩を竦めた。
「どこかにボス敵でもいて、そいつを倒せば出口が現れる――そんな使い古されたネタが定番ってモノさ」
「ボス敵、ですか」
まぁ、多くのダンジョンはそんな形になっているところが多い。仕組みはよくわからないけど、そうなっている。
「それで、さっきからの様子を見るに、ここいらは一種の闘技場みたいなモンだと思うよ」
「闘技場……」
つまり、誰かと誰かを戦わせ、その様子を眺めるための場所……? でもそれなら、見たことのない魔物ばかり出てくるという話に筋が通る。
「一番最初の森は、ボク達に魔法やスキルを使わせないようになっていた。なのに、この飛ばされてきた先はゼムさんのペナルティを除いて全力を出せるようになっている。しかも行く先々に魔物が配置されている親切さ」
うん。そうだ。アレは明らかにわたし達が外へ出られないようにするものだった。
「つまり、ボク達の実力を見たいってことなんだろう。ゼムさんについては、まぁ、誰だかしらないけど首謀者がオーク族の強さはルール違反だとでも思ってるんじゃないかな」
まぁ、ゼム氏が全力を出したらどんな魔物でも殆ど瞬殺しちゃうだろうし。闘技場って言うコンセプトが正しいなら、面白くもなんともないだろう。それならオークだけを弱める作用の意味もわかる。
「つまり、誰かがわたし達を見ていると」
「察しの良い子は嫌いじゃないよ。やれやれ、これでレベル七だなんて、一体世の中どうなってるんだろうね?」
わたしの言葉に、クリスさんはニヤリと笑った。
「いやー、それについてわたしはなんとも。世の中、不思議が一杯ですから」
「食えないね。まぁ、それはともかく」
そこまで言ってから、クリスさんは軽く肩をすくめる。
「誰かが見てるのは確かだし、そろそろ飽きてきているんじゃないかとボクは思うワケだよ」
「……どうやら、君達にはちょっと難易度が低すたみたいだねぇ」
クリスさんの言葉が終わると同時に、突如として例の少年声が周囲に響き渡った。
「これでもボクの自信作を用意しておいたんだけど、ここまで簡単にクリアされるなんて、流石に予想外だったよ」
相変わらず姿は見えない。声だけが四方八方から響いてくる。咄嗟に周囲を探ってみたけど、やはり誰の姿もとらえられなかった。
「タネが尽きたなら、ここから解放してくれてもいいと思うけど?」
両手を腰にあてたポーズでクリスさんが続ける。
「今なら賞品出せとまでは言わないよ」
「ふふふ。面白いことを言うねぇ」
クリスさんの言葉に、少年声は笑いながら答えた。
「折角だから賞品まで目指してみてよ。僕の最高の自信作、お披露目してあげるからさ……ま、取り敢えず前座からよろしくね」
「Gurugyaaaaaaaa……!」
少年の言葉が終わると同時に空中に複数の黒い穴が開き、その中から周囲へと響き渡る咆哮。
あまりの威圧感に、わたし達は思わずたじろいでしまう。
マズイ……この咆哮には威圧の効果がある。耳栓でもあればそれを防ぐことはできるけど、そう都合よく手元には無い。
「『風』の『娘』よ!」
そんなわたし達の様子を見たゼム氏が魔法を発動させる。
「『周囲の音』を『遮断』せよ!」
その瞬間、咆哮から威圧感が消え、単なる大きな音になり果てた。
「いやぁ、助かった。流石に不意打ちで対応できなかったよ」
クリスさんが額の汗を拭う。
「ちょっと気が抜けていたみたいだね」
「まだまだ安心はできませんよ」
大剣を構えながらゼム氏が続けた。
「本命の登場です」
ゼム氏が空の方に鋭い視線を向けている。その視線を追った先には――。
「……嘘でしょ」
空に響き渡る羽音。迫りくる大きな影。それも複数。
鱗に覆われた大きな体。下半身に備えられた巨大な脚と尻尾。前脚は無く、代わりに翼と一体化した腕がある。そして長い首の先にある角の生えた爬虫類に似た顔。
「ワイバーン……だと?」
レンさんが呆然と口を開いた。
そう、亜竜の一種。別名ドラゴンもどき。
「ふざけるなって怒鳴るべきか、ドラゴンじゃなくて良かったと言うべきか」
その渾名に反して、ワイバーンは間違いなく最強の一角を成す巨大な魔物。そりゃドラゴンに比べれば弱いかも知れないけど、比較対象が悪すぎる。あの伝説の存在と比較したらどんな魔物も弱いって話にしかならない。
「しかも、それが複数……いやはや大盤振る舞いですな」
もはや呆れるしかないと言った口調のゼム氏。
「ざっと数えて五匹ですか……人族なら軍隊。オーク族でも軍士隊を派遣するレベルの驚異ですね」
えっと。いくらオークヒーローのゼム氏と勇者のクリスさんがいるとはいえ、これはあんまりじゃないでしょうか?
「あれだけのワイバーンをどうにかできるアイデアがありますか?」
あー、うん。人間、危険レベルが限界を超えると逆に落ち着いてしまうみたい。
この絶体絶命の危機になんともアホなことを考えているわたしに、ゼム氏が尋ねてくる。
「お恥ずかしい話ですが、私、遠距離戦はあまり得意ではない方なので」
相変わらずゼム氏は気遣いの人だ。
魔法が使える以上、ゼム氏にとってワイバーンは対応できない相手じゃない。でもわたし達は違う。三人がかりでワイバーンと対峙しても互角以下の戦いにしかならない。
流石のゼム氏もすべてのワイバーンを引き受けることはできないから、残りはわたし達がなんとかするしかないワケで。つまり『無理だったら全力で逃げる』という選択肢を仄めかしている。
「アイデアはありませんが」
その選択肢に現実味があるなら是非そうしたい。切実にそうしたい。
だけど空飛ぶ相手に走って逃げても意味はないし、あの『少年』が出張ってきている以上、素直に逃してもらえるとも思えない。出来る出来ないじゃなく、やるしかないのだ。
「わたしの弓で羽を射抜き、落ちてきたところを袋叩きって方法はあります」
覚悟を決めれば話は簡単。なにもこちらからわざわざ相手の得意エリアに挑む必要はない。こちらの領域に文字通り引きずり落とせばいいんだ。
「地上に叩き落とした直後のワイバーンなら、わたし達でも互角以上の戦いも望めますし」
「そうなると、救いはこの場に居るのが全てノーマルなワイバーンってところですね」
ゼム氏が軽く笑みを浮かべる。わたしの意図が問題なく伝わっているようでなにより。
さて、ワイバーンにも種類があってワイバーン・フレイムとかワイバーン・アクアといった『色違い』がいる。
それぞれがその名からイメージされる赤だの青だのといった皮膚の色を持っていて、そこで区別がつく。
「空からのブレス攻撃は、防ぐことができてもジリ貧ですから」
色違いワイバーンの恐ろしいところは『ブレス』を吐くこと。フレイムなら炎を浴びせてくるし、アクアなら大質量の水塊をぶつけてくる。
だけどノーマルなワイバーンはブレス攻撃をしてこない。攻撃をするために地上に降りるか低空飛行なり急降下なりを仕掛ける必要がある。これはこれで厄介なんだけど、少なくとも武器が届く範囲に来てくれるという点では楽。
ただブレスを吐かないから弱いなんてことは全然なく、むしろ単純な肉体性能はブレス持ちより高い。速度も耐久力も遥かに上。そしてブレスの代わりに連発こそしないけど使ってくる威圧効果を持つ咆哮。
つまり──恐るべき敵だ。
「それでは、景気よく始めますか。せっかくアチラから来て頂いていることですし」
そう言いつつゼム氏が投擲用ナイフを構える。
「ですね」
わたしも弓を展開し、矢を錬成して構える。
「こう見えて、射撃戦の腕前なら、結構自信あるんですよ」
「それは……楽しみだ」
ニッコリと微笑むゼム氏。くそ、このイケメンめ! 眼福、眼福。
「『炎』よ、『纏え』!」
その微笑みに気を取られた一瞬の隙に、ゼム氏が先頭のワイバーンにナイフを投げつける。
ゼム氏の魔法によって炎を帯びたそのナイフは、まっすぐワイバーン目掛けて突き進み、その右目に突き刺さった。
墜落こそしなかったものの、怒りの咆哮を上げながらゼム氏の方へと飛びかかる。
「あ、ずるい……ラピッドショット!」
わたしも負けじと矢を放つ。一度に三本の矢を放てるこのスキルは、矢一本あたりの威力は落ちてしまうものの、弓自体の性能によって底上げされているので問題は無い。
「Gyaaaa!!!!」
こちらの矢も狙い違わず二匹目のワイバーンの左翼を貫き、バランスを失って墜落した。そこにクリスさんとレンさんが駆け寄り──文字通り滅多打ちにする。
「ブレード・ショットッ!」
「シールド・ストライク!」
哀れワイバーンはその本領を発揮する間もなくボコボコにされ、何も出来ずに息の根を止められてしまった。
一方、ゼム氏に襲いかかった先頭のワイバーンは、闇雲にゼム氏に襲いかかった挙げ句、真正面から一刀両断にされていた。
いやいや、オークヒーローって凄い。これで全力が出てないとか嘘でしょ。
「う~ん……」
流石に異常だと思ったのか、残り三匹のワイバーンは空高く上り、遠巻きにこちらを伺っている。
ゼム氏のナイフはもちろん、わたしの弓も届きそうにもない距離。考えうる中で一番最悪の展開。
「あまり時間を掛けたくはないんですがね」
ただでさえこちらが有利とは言えない状況で千日手はマズイ。あの少年声の主だっていつまでも傍観者でいてくれるとは限らないし。
「ふむふむ。流石にこの程度じゃ君達には簡単すぎたかな?」
とか思ってたら、さっそく少年の声が聞こえてきた。
やだ。どこかで聞き耳でも立ててるの? これだからストーカー気質の傍観者は。
「んじゃ、ここいらで本命を出しちゃおうかな」
「Gaaaaaaaaaaa!!」
少年の声が終わると同時に黒い影が出現し、再び鳴り響く咆哮。
その声はワイバーンのものだ。二つ聞こえたからには新たに二匹の増援が? いやでも影は一つだし……。
「……来るっ」
巨大な影だったそれが、近づくにつれてはっきりとした形を取り始める。周囲のワイバーン達より明らかに大きいその影は――。
「へ?」
始めにそれを目にした瞬間、わたしは思わず目を瞬かせてしまい、それからゴシゴシとこすってみた。
近づいてきているそれは……ええっと、なんだ、アレ?
「なんですか、アレ?」
呆気にとられたようなゼム氏の表情。いやぁ、この人でもこんな顔するんだなぁ。
「なんですか、と言われても……」
見た目は間違いなくワイバーン。サイズは通常の倍ぐらいありそうだけど。
「なんでしょうね、アレ?」
それ以外に答えようがない。その巨大なワイバーンには、なんと首が二つもあった。
わたしは今まで本物のワイバーンなんか見たことないから知識でしか知らないけど、こんな種類のワイバーンが存在するなんて聞いたこともない。
「アレは絶対になにか違うと思うんですけど」
「えぇ、まぁ……一応、ワイバーンらしき姿はしていますが、首が二つなんてバランス的に無茶苦茶です」
わたしの意見に、ゼム氏もうなずく。この人が知らないってことは、やっぱり普通じゃないんだよね、アレ。
「そうそう、苦労したんだよぉ。首を二つにしたら戦闘力も二倍になると思ったんだけどね」
どこか楽しげな少年の声。
「単に首を増やしたらマトモに動けないから身体を大きくして調整してみたんだけど、やっぱり首が二つあるとバランス悪くてねぇ……思い切って小さな首二つにしてみようかとも思ったんだけど、それだと迫力がさ」
まぁ、言わんとすることはわかる。巨大な身体にちんまりとした首が二つでは、怖いというよりなんか変なのというイメージが強くなりそう。
「だからさ、思い切って考えてみたんだ。翼があるからってそれで飛ばなきゃいけないなんて理由はないでしょ? 飾り物としてもそこそこ見栄えも良いし」
いきなり翼の価値を全否定?!
「飛ぶのは空中飛行の魔法でも充分じゃないかな。魔力消費は大きいけど、大気中のマナを利用するようにすれば大きな問題にはならないし」
いや、確かに正論ではあるかもしれないけど、翼竜種の立場ってモノが……。
「これぞ最高傑作。『マキナ・ワイバーン』さ!」
少年声によく似合う自信と自慢に満ち溢れた声。いや、確かに強そうではあるんだけど、そのなんというか……微妙に残念感が漂うというか……。
「コイツはブレスこそ吐けないけど、多少の攻撃魔法なら使えるからね。精々頑張ってよ」
言うだけ言って一方的に声が途絶える。親御さんは一体どういうしつけをしているのか。いや、親御さんがいるかどうかはわからないけど。
「……いつからここは、怪獣大決戦になったのかしら?」
クリスさんが呆れたように言う。
「しかし、発想としては至って正常なものだぞ。下手な小細工を弄するより単純で確実だ」
こちらは妙に感心しているようなレンさん。一応その、相手は敵なので、そこのところ忘れないで欲しい。
ともかく見た目的には微妙なアレだけど、その実力は侮らない方がいいよね。
「んで、エリザ。アレをさっきのやり方で倒せると思うかい?」
レンさんの言葉をさらりと流しつつ、クリスさんが尋ねてくる。
「少なくとも真正面からぶつかってなんとかなる相手だとは思えないけど」
「あの大物はそもそも翼が飾り物ってことですから、いくら射ぬいたところで意味があるとは、ちょっと」
わたしの弓はミスリルで強化されたシロモノだから、強固なワイバーンの羽でも射抜ける自信はある。ただ羽じゃなくて魔法で飛んでるらしいマキナ・ワイバーンに関しては射抜くだけ無駄になる可能性化が高いけど。翼が穴だらけになろうが傷だらけになろうが飛んでいるに違いない。
「だよねぇ」
どこかやけっぱちに答えるクリスさん。
「とはいえ、出来る・出来ないじゃなくてやるしかないんだよねぇ」
そう。相手はこちらを明確に狙っている。逃げても無駄である以上は、戦って打ち倒すしかない。
(……こんな時にアイカさんが居てくれたら)
アイカさんなら笑って言うだろう。
「あの程度、余にとってはなんという相手でもない。少しは楽しめてくれるだろうな?」
ってぐらいに。
(ともかく、こんなところで負けてなんていられない)
アイカさん達と再会するには、なんとしてもここを切り抜けるしかない。
そう覚悟を新たにしながら、わたしはアイカさんに貰ったペンダントをギュッと握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます