第三話 アーティファクト#5


 意識を取り戻した瞬間、目に入ったのは輝きを失った立方体――オリジン・ギアだった。

 そしてこちらに手を伸ばした姿勢のアイカさん。

「なにやら光が放たれたが……大事はないか?」

「あ、はい。特には……」

 僅かに頭が痛いけど、それ以外には特になにも異常は感じられない。多分、魔導器に触ったことで魔力の反発でもあったのだろう。

 誰かと話したような気もするけどはっきりと覚えてないし、そもそもそんなに時間も経過してない。単純に気の所為だろう。

「……なにっ?!」

 ぐらりと床が揺れ、アイカさんが姿勢を崩す。はじめは弱かったそれは、やがて地震のように強くなりはじめていた。

「まずい」

 クロエさんも表情を険しくした。これは良くない兆候。

 今や部屋自体が振動を始め、天井からパラパラと埃とも建材の欠片ともわからないものが降り落ちてくる。

(……あー、うん。お約束と言えばお約束よね)

 おそらくは遺跡の中心であったであろう遺物、『オリジン・ギア/プロトⅡ』が人の手に渡ったのが原因で、この遺跡は自壊しようとしているのでした。

 不埒な侵入者を逃さないためか、それとも秘密保持のためか。まぁ、神代の遺跡では時々見られる仕掛け。

 いや、そんな落ち着いている場合じゃなくて。

「フォースフィールド!」

 レティシアさんが魔法を発動させて落下する破片からわたし達を守ってくれている。とはいえ、これは一時しのぎにしかならないから、早く逃げ出す方法を考えないと。

 そう思った瞬間、背中の方から一際大きな振動と轟音が襲いかかってきた。

「くそっ! 後ろの扉が塞がれたぞ」

 振り返ってそれを確認する必要は無かった。アイカさんの叫び声で、何が起きたのかは瞭然だったから。

 天井から落ちてきた大きな破片が、扉を塞いでしまったのだ。

 こんな状況でなければ、アイカさんの一撃で塞いだ破片を吹き飛ばすという手段もあっただろうけれど、遺跡そのものが崩壊しつつある状況ではそうしたところで意味はない。

「テレポーテーションは?」

 クロエさんがレティシアさんに尋ねる。

「私が気に入らないなら置いていっても構わない。せめて三人は脱出できる」

 そんなクロエさんの言葉にレティシアさんは頭を振った。

「この状況で誰それが気に入らないなんて言うつもりはありませんが……単純に無理です」

「無理?」

「この遺跡は転移系魔法の類を阻止する造りになっているようです。先程試してみましたが、テレポーテーションは発動すらしません」

 言われてみればそういう仕掛けがあって当然だ。魔法で内部に直接行けないようにするのは、侵入者を防ぐ意味でも当たり前。誰でも気兼ねなく入ってこれるのでは防犯上も良くないだろうし。

「となれば、隠し扉でも通路でも探して、なんとしてもここから逃げ出す方法を考えねばならぬな」

 アイカさんが珍しい焦りの表情を浮かべつつ腕を組む。

「とはいえ、本当にそのような物があったとして、見つけるのは骨が折れそうだが」

 周囲が壊れてゆくなか、じっくりと壁や床を調べてまわる余裕なんてある筈もない。それに、わたしが感知した範囲では、もう部屋や通路の類は見つからない。

 神代の物だし、わたしのスキルでは及ばない魔法的な手段で隠蔽されている可能性はある。ただ、そうだとすれば打つ手が無いから存在しないのと同じだけど。


 いや、まって。もしかしたら、わたしはここから脱出する方法を知っているかもしれない。

 なぜかはわからないけれど、なんとなくそんな気がする。なぜだかわからないけど。


「……鍵になるのは、コレ……か」

 手の中の、オリジン・ギアをじっと見下ろす。今は動作していないようだけど。これこそ現状打開の鍵になる――はず。

『キミの魔力を中心に、三つの魔力を合わせればオリジン・ギアは一瞬だけど動かせる』

 誰に聞いたのか、脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。三つの魔力って、つまりわたしと他に二人の協力があれば良いってことだろう。そうすればこのオリジン・ギアを使うことが出来るってことだと思う。

『動きさえすれば、あとは望むだけ。『混沌の迷宮』を開き、願うといい』

 そして続けてそう言われたはず。『混沌の迷宮』とやらがなにを示すのかはわからないけれど……あぁ、もう考え込んでいる場合じゃない。

「レティシアさん!」

 どうせこのまま放っておいても、事態は最悪の方向にしか進まない。だったら、怪しい記憶頼りでも何もしないよりはマシってもの。

「どうしました?」

 わたしから声を掛けられたレティシアさんが、魔法を維持しながら返事をしてくれる。

「そのまま防御魔法をお願いします。すぐに済みますから!」

「よくわかりませんが……まかされましょう」

 用件を伝えた後、すぐに残りの二人の方を向く。

「アイカさんと、クロエさん!」

「ん?」

「なに?」

 わたしの言葉に二人がなんとも熱い視線を向けてくる。明らかに手詰まり感満載な現状をどうにかしてくれるだろうという熱い期待の目。

 この二人、なぜかわたしに対する評価が高すぎると思うんだけど……まぁ、今はそれどころじゃない。

「この、オリジン・ギアに触れてください! それだけで良いですから」

 さっさと用件だけを口にする。今は余計なことを考えている場合じゃない。

「なんぞわからぬが、求められたのであれば答えるしかあるまいな!」

 アイカさんが豪快に笑いながら、クロエさんは無言で頷き手をのばす。二人共疑問を口にしたりはしない。実はこれが根拠の無い行動だけに、その信用が痛い。

(どうかあっていて……!)

 遺跡の崩壊は続いており、降り注ぐ破片の数も大きさも増してゆくばかり。

 レティシアさんの防壁が破片を弾いていたけど、それも時間の問題。

「ぬ!」

「………?!」

 触れたわたし達の手を通じて魔力がオリジン・ギアに流れ込んでゆく。いつでも使えるようにとポーチにしまわれていた魔力結晶が次々と弾け飛び、大量の魔力が飲み込まれていった。

「これは、少々キツイな」

 アイカさんの額に脂汗が滲み、クロエさんからも魔力結晶の弾ける音が聞こえる。魔力を直接吸い上げられているアイカさんには、想像以上の負荷が掛かっているのかもしれない。

「……余のことなら気にするでない」

 そんなわたしの視線に気づいたのか、アイカさんが強く言う。

「必要なら、必要なだけ持ってゆくが良いぞ……余の魔力。喰らいつくせるというなら、試してみるが良い!」

 最後の言葉は、オリジン・ギアに向けられたものだろう。

 その言葉に臆したわけでもないと思うけど、充分に魔力を補充したオリジン・ギアがわたしの腕の中で回転を始める。これなら……いける!

「開け! 『混沌の迷宮』!」

 それが何を意味する言葉なのかもわからず、わたしは叫ぶ。

 薄っすらとした記憶だけが根拠だけど、今頼りにできるのは、それだけだ。

「わたし達を……ここから出せっ!」

 オリジン・ギアが輝き、唸るような音を立て始める。とてつもない魔力の放出と同時に力場が展開され、一瞬の暗転の後、気がつけばわたし達は何もない平野に立っていた。



「なにがあったのかよくわからぬが……」

 当たりを見回しながらアイカさんが呟く。

「取り敢えず窮地は脱したと、そう考えて良いのだな?」

「どうやら、ここは遺跡があった場所みたいですから、そうなのでしょうけど」

 レティシアさんも周囲を見回す。

「建物も結界も見当たりませんね」

 言わてみればそのとおり。結界によって守られていた建物は影も形もなく、ただ平野があるだけ。

 最初に来た時にはそう見えるように張られていた結界も、いつの間にかきれいサッパリと消滅している。

「……あのオリジン・ギアとやらが遺跡の中心で、それが失われたから遺跡も消滅したのか」

 クロエさんが続ける。

「もっと調べればなにか他に発見もあったのかも知れないけれど……こうなっては仕方ない」

「あぁ……もったいない」

 その言葉を受けて、レティシアさんががっくりと肩を落とす。

「調べたいこと一杯あったのに……歴史的発見が……」

 遺跡が無くなってしまった以上、もう何かを調べることは出来ない。賢者って立場からしてみれば、確かに大きな損失だろうなぁ……。

「やっぱりゴーレムを先に引っ張り出してから……いや、今からでもここを掘り返せばワンチャン……」

「……なにか無茶なことを言い出したぞ」

 真剣な表情でブツブツと呟くレティシアさんを、アイカさんが若干引いたように見ている。

「どちらにせよ、もうここに用事はない。さっさと引き上げて報告する」

 クロエさんがピシャリと言い切った。

「さらなる調査が必要であれば、それはギルドが判断する。その時に必要なら声も掛かるはず」

 レティシアさんに気を使うような言葉に、わたしは少し驚いた。

 今までの様子から見れば、あまりいい感情を持っているようには見えなかったのに。

「あら? どういう心境の変化で?」

 レティシアさんも不思議に思ったか小首を傾げている。

「ふん……ここでゴネても何も解決しない。ギルドがこの発見を無視するとは思えないし、いずれ再調査が必要になるだろう。その時、経験者を無視するとは思えないだけだ」

 この『オリジン・ギア』は、色んな意味で大発見と言えると思う。当然それがあった場所にだって興味は向くだろう。

 遺跡は消滅してしまったけど、だからといって手つかずのまま放置されるとは限らないし、もっと大規模に調査をすれば新しい発見だってあるかも知れない。

 その時、最初に探索したわたし達に声が掛かるのはかなり確率が高い。

「どちらにせよ、さっさと戻った方が良いだけ」

「まぁ。おっしゃるとおりですね」

 レティシアさんが頷いた。

「どちらにせよ、今私達にできることはありません。一度戻りましょう」

 気を取り直したレティシアさんと、アイカさんが開拓村がある方向へと歩き出す。

「あぁっと、オリジン・ギアを預けても?」

 その後姿にわたしは慌てて声をかける。重さ的には大した物ではないからこのまま持って帰っても良いのだけど、一応は貴重品だし帰りになにが起きるかもわからない。

 ここはレティシアさんのポーターボックスに預けるのが無難だろう。

「……面倒はさっさと片付けるに限る。戻ればもう私には関係ない」

 レティシアさんの後を追おうとした瞬間に耳に入ったクロエさんの呟きさえ聞こえなかったら、ホント良い話で終わったんだけどなぁ……。

(それにしても)

 かつて遺跡があった方向に視線を向ける。

 オリジン・ギアの使い方といい、『混沌の迷宮』という名前といい、わたしは一体どこでそんなことを知ったのだろう?

 まるで誰かに教えてもらったかのように…… 。

――ここまでの記憶は、封印させて貰うので。今はまだその時じゃないから――

 鈍い痛みと同時に一瞬脳裏に走る言葉。これは一体……?

「顔色が悪いようですけど、気分が優れませんか?」

 いつの間にか横にいたレティシアさんが声を掛けてくる。あれ? さっきまで前を歩いていたような気が。

「オリジン・ギアをポーターボックスを収納することを提案しに来たのですけど、休憩した方が……」

 あぁ、なるほど。わたしと同じことを考えて、こちらに戻ってきてくれたんだ。

「あ、いえ。大したことじゃありません。ちょっと目眩がしたぐらいで」

「それならいいのですけど……身体に気をつけてくださいね」

 気遣うような優しい声。

「本当に、色々と心配ですから」

 でも、レティシアさんの目が若干細くなったような気がする。



   ††† ††† †††



 アイカさんの気まぐれで始まったクロエ女史に同行しての遺跡探索は、私の人生で最も驚きに満ちた物になった。


 神代の時代の結界に守られた遺跡。

 稼働状態で存在したゴーレム。

 それまで全く知られていなかった新種のオーク。

 そして『オリジン・ギア』と名付けられた謎の魔導器。


 それら全てが新しい発見であり、貴重な歴史的資料だ。残念ながら遺跡は消滅し、ゴーレムは破壊され、オークは消滅した。

 ゴーレムの核の残骸はいくつか回収したけれど、正直資料としての価値は殆どないだろう。だけど『オリジン・ギア』は違う。これは大きな発見だ。目的も仕組みもよくわからない魔導器だけど、これを解析すれば大きな発見があるに違いない――まぁ、解析できればだけど。アカデミーの教授達を総動員しても、多分ロクにわかることは無いだろう。

 いや、それ以前にあの愚か者達にこの発見を渡さないようにする方法を考えないと。

 あの白牙の塔が世界の全てである連中の手にこれを渡しても、権力争いのおもちゃにしかならないのは想像に難くない。


 そしてなにより重要なのは、私が確かに見たのだ。

 エリザさんの指先とあの魔導器の間に一瞬ではあったけど、確かに共鳴が起きたことを。


 他の二人は気がついていなかったみたいだけど、『賢者』である私の目をごまかすことはできない。

(そんなことは……有り得ないはず)

 魔力共鳴――レゾナンスは、同じ魔力波長を持った物同士でしか発生しない。

 つまり現象だけを見れば、エリザさんはあの『オリジン・ギア』と何らかの関係があることを意味している。

 意味している──そんな馬鹿な話があって?

 エリザさんが永遠にも等しい時間を生きている魔女とでも言うならともかく、今を生きる人間と神代の遺跡にどんな関連性があるのか。

 仮に関連性があったとして、この遺跡が見つかり調査の対象になったのは偶然であって、そこにエリザさんが関与する余地はない。

 関与する余地はないのだけど――。

(偶然……と片付けるべきなのでしょうけれど)

 一言で否定しきれない自分がいるのも事実だった。


 なぜならエリザさん自身が、常識から逸している存在だったから。


 本人は可能な限り隠そうとしているのだけど、私の『スキエンティア』はそれを容赦なく暴く。

 彼女――エリザは、あまりにも多くの能力――『スキル』の持ち主だった。

 そもそも『スキル』とは、ある一定の行動や技術を学び、鍛え、習熟することによって得た技能のことを指し、主に探索者やギルドの中で、自分が何を出来るのかアピールする為に使われる。

 原則として『スキル』というものは基本的に本人の努力と才能によって身につくものであり、決して天から授けられるものではない。そうであればどれだけ楽だったか。

 そのため誰でも習得できる一般的なスキルを『コモン』、資質や修練が必要な特殊スキルを『ヴァリアブル』と呼んで区別していた。

 もちろん中には継承によるスキルや覚醒的に身につくスキルというものもあって、これらは『ユニーク』と呼ばれている。『ユニーク』スキルはとにかく強力なモノが多く、一般的には隠していることが多い。

 ともかく、スキルというのは身につけるのには相応の時間と労力が必要。だから一般的には持てるスキルは三つか四つぐらいで、五つ以上も持っていれば一流、七つ以上となれば超人の領域だ。

 聞いたことはないからはっきりとは言えないものの、エリザが持つスキル数は確実に二桁を越えているように思えるけど、それは常人の限界を越えている。多少大げさではあるけど、伝説級の才能と言ってよい。

 ただ、どこから見てもエリザは一般人以上ではなく、そのポテンシャルがどこから来ているのかは不思議でならない。

(だけど、もし彼女が『普通』じゃなかったら?)

 普通ならあり得ないことが起きている――ならば、それは普通じゃないと考えるしかない。あり得ない! と目を塞ぎ耳を押さえても現実は変わらないのだから。

(そう、彼女は絶対に『普通』ではない)

 更に面白いのは、彼女が『混沌の迷宮』を口にしたこと。

 それは、アカデミーの研究でも未だ解明されていない『魔法では説明の付かない仮定の力』を指す言葉。

 魔術師でさえ、研究職でもなければ知っている者など殆どいない単語を、彼女は口にした。

 魔法については専門家どころか、最低限使うことができるというレベルにしか過ぎない彼女が。

(ふふふ……これは、予想以上に面白くなってきましたね)

 もともとはちょっとした興味から始まったパーティー参加が、いまや知的探究心までそそられるようになっている。

 この辺境都市に来たのは間違いじゃなかった。王都に居た時とは比べることもできないぐらい刺激的な日々が訪れたのだから。

 『賢者』とは知識を求める者――そう、アカデミーなどという閉塞的な箱物の中で理屈をこねくり回していたことが、そもそも無駄だった。王都に居ても最先端の流行なんかの無意味な知識は得られたとしても、カビの生えた過去の叡智には出会えない。

 その程度のことに今更ながら気付くとは、まったくもって赤面の至りだけど、過ちと遅れは今から取り戻せばよいこと。

(やれやれ)

 どうしても唇の端が上がってしまうのは止められない。

(世の中なんてつまらない……斜に構えてみたところで、一つ切っ掛けがあればこんなものね)

 自分が賢者である意味。それが、ようやく見えてきた。

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