第三話 アーティファクト#4


 一直線に突っ込んだものの、ロック・ゴーレムは恐るべき相手だった。

 こちらの動きにあわせ両腕を振り回し、二人を同時に相手しようとする。普通の魔物なら真似できない芸当だけど、ゴーレムの巨体がそれを可能としている。

 もっともその分狙いは甘いらしく、その腕は私達を捉えられず、見当違いの方向で空振りするだけ。

「クィック・スピード!」

 レティシアが速度上昇の魔法を私達にかける。これで通常の倍近い速度で動き回ることができる。速度で相手に勝るのは、優位を取るために極めて重要だ。

(さて……)

 ゴーレムと戦った経験なんてもちろん無いが、一目見ればわかる。アレに斬撃や刺突は効果が無い。一番効果があるとすればメイスやバトルスタッフ等の打撃武器だろう。

 とはいえ、手元に予備武器はあるけれど、その中に打撃武器はない。

 なにしろ威力のある打撃武器は『重い』。片手で振り回せるメイスの威力などたかがしれているし、小さいながらも威力のあるフレイルは嵩張る。それをメインにしているならともかく、とかく打撃武器は普段持ち歩くには効率が悪すぎる。鞘に収めた剣を棍棒代わりに叩きつけたほうが現実的だ。それ用にわざわざ強化された鞘もあるぐらいには。

 もっとも、あんな岩の塊を打撃武器でぶん殴ったら、衝撃でこちらの手もただではすまないのは確実。

 だから『金』級探索者である私は、もっとスマートな方法を選ぶけど。

「ストライク・エッジ!」

 一声叫ぶと同時に刀身がうっすらとした光を帯びる。

 これは刀身の周りに強固な魔力の力場を発生させて、一種の打撃用武器として使えるようにするもの。

 もちろんそれだけだと小枝程度の効果しかないけど、この魔法には威力増大の効果も併せ持っているから両手メイスぐらいの破壊力が期待できる。ついでに衝撃緩和もできるのだから、いたれりつくせり。

「パワー・シールド!」

 背中からレティシアの声が響き、身体の周囲に不可視の力場が発生する。これは打撃に有効な防御魔法。ロック・ゴーレムからの攻撃にはもってこい。汎用防御魔法を選ばないあたり、賢者は中々戦いに慣れている。

「おぉう! 見た目通り中々の硬さだな!」

 何が楽しいのか知らないが、アイカがはしゃいでいる。

「余の腕前と魔力をもっても、かすり傷しか負わせられないとは……世界は広いものだ!」

 斬りつけられたらしいロック・ゴーレムの右腕に深い傷跡が付いている。あの刀とかいう脆弱な武器で岩の塊を斬るとはとんでもない話だけど、魔族特有『魔力通し』の効果というヤツか。

「ご自慢の刀とやらも、あのデカブツには効果が薄いみたいね」

 とはいえ、ものには限度がある。いかに魔力をまとっているとしても、通じない相手だっている。

「邪魔になるようなら下がれ!」

 もちろん下がる気なんてないだろう。だが、私は警告した。警告を無視するなら、その結果は本人に帰せられるものだろう。

「ふむ……試したいことがある故に、ここは一旦お主に任せよう。少々時間をもらうぞ」

 予想に反して、アイカはあっさりと後ろに引く。

「へ? あ、あぁ……」

 想定してなかった返事に気を取られ、一瞬隙を作ってしまう。ゴーレムは、その隙を見逃したりはしない。

 ゴーレムの左腕が唸りを上げ頭上に迫る。避ける……のは間に合わない。ここは凌ぐしかない!

「………!」

 振り下ろされたゴーレムの左腕が、私の頭上で力場に阻まれる。バチバチと火花が飛び散り、レティシアが張ったシールドが軋む。

 シールドの魔法は強力でどんな攻撃でも阻止するが、その効果は無限じゃない。強力な攻撃を受けてしまえば耐久力が削られ、やがて破壊される。

 そしてゴーレムの攻撃は、わずか一発で魔法の耐久力を削りきろうとしていた。

(削りきられるまで三〇秒ぐらい、レティシアの魔法再展開が四〇秒ぐらいだから、一〇秒ぐらいの隙を作ればいい)

 両手のレイピアを思いきり突き出して、ゴーレムの右脚を突く。その一撃は表面を抉ることすら出来ないけど、僅かな隙を作るのには充分。

 軸足に衝撃を受けたゴーレムは倒れこそしなかったものの、バランスを崩してよろめく。

(この手のデカブツは鈍重なのが相場……!)

 素早く後ろに飛び退くと、ゴーレムはその動きについて行けずに大きく腕を空振りする。

「パワー・シールド!」

 レティシアの防御魔法が再度唱えられ、再び身体をシールドが防護する。先程の一撃でシールドがゴーレムの攻撃を一度は防げることが確定した。

 このまま押し込んでもいいけど、相手は初見。そして威力は桁違い。ここは万全を期した方が良いだろう。

(『愚者の誓約』第四段まで解除……っ!)

 右髪に吊り下げている指輪が鈍く光り、それにあわせて脳に痛みが走る。

 同時に私の中に、何人ものの『私』が思考を始める。

(ゴーレムは両腕を振り上げこちらを押しつぶそうとする)

(それよりも前進して、小賢しく邪魔してくるレティシアを狙おうとする)

(右腕を使ってこちらを殴ろうとする)

(突進を行おうとし、脚のバランスを崩して倒れる。その際、相手の右手方向に避けることで巻き添えを受ける可能性を減少)

 一瞬で頭の中を様々な可能性が考慮され、可能性が低い順に破棄されてゆく。一瞬の間に数多の可能性が検討され、やがて結論が導き出された。

((((推奨──対象が両腕を振り上げた瞬間に、左手方向へ前進。相手が攻撃を失敗したところを背後から一撃))))

 私のユニーク・スキル『マルチ・シンク』。

 考えうる可能性の全てを計算し、もっとも適切であろう答えを導き出す能力。これにより相手の行動を予測し、適切な対応を取ることができる。

 相手からしてみればあらゆる行動を読まれてしまうのだから、たまったものじゃないだろうう。しかもこのスキルはあくまでも私の思考のみに依り、妨害する方法も対抗する手段も存在しないのだから。


 だが、強力過ぎるスキルは、同時に災いでもある。


 このスキルはあくまでも可能性の計算であり、未来を予知しているわけじゃない。だから常に相手の行動を読み切れるわけじゃなくて、外れることも当然ある。特に初見の相手にはその傾向が強い。

 外れを減らすには大量の思考と計算を行う必要があり、そのため脳の負担が極端に高い。効果を強めたり長時間連続で使用したりすると、脳に致命的なダメージが入る可能性がある。

 最悪の場合は脳がその限界に耐えきれず、そのまま廃人になってしまうだろう。

 だけど、エリザが私にくれた呪われた指輪――『愚者の誓約』は、私の福音だった。

 なぜなら、この指輪なくしてスキルの効果を調整することは出来ないから。意図的に思考を鈍らせないと、このスキルは限界まで思考や計算を行おうとする。

 デメリットの酷いスキルだけど、制御できるようになりさえすればこれほど頼りになるスキルもまた無い。私が『金』級まで短時間で駆け上がれたのも、このスキルがあればこそ。

 検討した通り、ゴーレムが両腕を振り上げ私を叩き潰そうとする。その動きを目にした瞬間、私は左方向に一歩踏み出し、その攻撃を躱す。両腕を全力で振り下ろしたゴーレムは、とっさに次の動きを取れない。

「くらえっ!」

 私の前に無防備に晒された背中に、レイピアの刃を叩きつける。これまた威力的には充分ではなかったものの、ゴーレムをよろめかせるには充分だった。

((((ゴーレムは体勢を立て直しつつ、腕を振りながらこちらを振り返る。距離を取って機会を伺う))))

 その重量からゴーレムを地面に倒すことはできない。故に簡単に体勢を立て直し、振り返りながら腕を振り回す。まぐれでも当たればシールドは一撃で消し飛ぶし、無理をしたところで有効打は期待できない。

(……きりがない)

 相手をよろめかせるのは簡単だけど、それでは決定的とはならない。せめて地面に倒さなければ、このままでは体力面でこちらが押し切られてしまう可能性が高い。

 レティシアの攻撃魔法なら、ゴーレムを破壊することも可能だろうけれど、攻撃力の高い魔法は得てして発動まで時間がかかることが多く、その時間をゴーレムが与えてくれるとは思えない。

 こちらの攻撃はゴーレムに対しては嫌がらせ程度にしか効果がなく、もしレティシアが高威力魔法を使用とすれば私を無視してそちらを狙うだろう。

「この瞬間を待っておったぞ!」

 次の手段を考えていた私の耳に、なんとも場違いな声が届く。

「余渾身の一撃……そなたのようなノロマが、躱すことができるかっ!」

 ダダダと地面を走る音。全速力で突きでも放つつもり? いかな魔族の一撃と言えども、岩の塊に対してそれが有効だとは思えない。

「バカっ! もう少しマトモな手段を……っ!」

 叫びながらアイカの方を向く。そして、絶句した。

「ぬおおおおおおっ!」

 妙な奇声を発しながら走るアイカ。その手に刀は握られていない。ただ走っているだけだ。

「どっせーいっ!」

 そのまま、ゴーレムに向かって飛び蹴りを浴びせた。いや、一体なにが? なにがやりたいのか?!

 そして更に驚くべきことに、アイカの飛び蹴りを受けたゴーレムは、そのまま轟音を立てて地面へと倒れたのだった。あの巨体を、たかが蹴りで。両足先が薄っすらと光っているところを見るに、魔力を集中した蹴りなのだろうけど、常識を逸する威力だ。

「レティシアよ!」

「はいっ! グラヴィティ・プレス!」

 倒れたゴーレムから飛び退きながらアイカが叫ぶ。それと同時に、錫杖を掲げたレティシアが魔法を発動させた。

 グオンという音と同時に部屋の空気が重くなる。その中心にいるゴーレムは起き上がろうとあがくものの、僅かに身体が動くだけで目的を果たすことは出来ない。

 レティシアの魔法――相手を重力場で覆い、地面に押さえつける――により、完全に動きを拘束されていた。

 言葉にすれば簡単だが、これだけの巨体を抑え続けるなんてレティシアでなければ不可能な芸当だ。

「クロエよ」

 アイカがこちらに声を掛けてくる。

「そなた、雷撃か電撃系の魔法は使えるであろう?」

「幾つかは――それが、どうした?」

 私の返事に、アイカがニヤリと笑う。

「であれば、トドメはそなたに譲ろう……エリザよ!」

「アクア・シュート」

 アイカの言葉と同時にエリザが水の魔法を放ち、ゴーレムの身体を濡らす。というか濡らしただけ。物理防御どころか、魔法防御も結構なモノみたい。

「後はそなたの仕事だぞ」

 あぁ、なるほど。何の準備をしているのかと思えば、私一人にゴーレムを押し付けている間に、後ろで打ち合わせをしていたワケだ。私を放っておいて!

 まぁ、私はアイカ達と同じパーティーじゃない。その意味では仕方ない。それに、誰かが前線を支えてなければ次の手を打つこともできない。そして、前線を支えるのは私が一番向いている。エリザやレティシアは論外だし、アイカも単純物理敵を相手にするのは分が悪いらしい。

 理屈はわかるし、理解できる。だけど納得できるかは別。この怒りは――。

「雷光よ、唸れ――サンダーボルト!」

 この目の前のクソ野郎。ゴーレムにぶつけることにする。

 私の手から放たれた雷はまっすぐにゴーレムを捉え、その身体を濡らしている水を伝って全身を駆け巡る。

 まるで地上に打ち上げられた魚のように身体をビクビクとさせた挙げ句、薄い煙を吐きながらゴーレムは沈黙した。

「この手の巨大な玩具は、概して中のコアを焼いてしまえば沈黙するものと相場が決まっておるからな」

 煙を吹いて動かなくなったゴーレムを眺めながらアイカが言う。

「エリザも余も、そしてレティシアも雷撃系魔法は苦手であった故、楽することができたぞ」

 ガラッと音がして、ゴーレムの身体がボロボロと崩れ始める。

「くうっ……貴重な資料が……」

 一度崩れ始めると後は連鎖的に崩壊が始まり、数十秒で全身が砕けた岩の塊となる。

 その身体の中心に、かつてはコアだっただろうクリスタル状の物質の欠片が残れていた。雷撃の衝撃で破壊されたのだろう。もうその欠片に価値はない。

「こうなれば、先の部屋に期待するしかありませんね!」

 そう言い残すと、レティシアはもう残された残骸を振り返ることもなく、先の部屋に続く扉へと向かっていった。

「存外打たれ強いというか、切り替えの早い奴だな」

 呆れ半分、感心半分と言った表情で肩をすくめながら、アイカが後を追う。

「あの、お疲れ様です。魔力結晶が足りなくなりそうだったら、言ってくださいね」

 エリザが話しかけてきた。うん、相変わらず彼女は気が利く。

「今はまだ大丈夫。先に進もう」

 あの二人が休憩を取る気がないなら、それに付き合うしかない。

(やれやれ……)

 ため息とは違う苦笑いの表情が浮かんだことに自分でも驚きながら、私は先に続く通路へとエリザと一緒に二人の後を追った。



   ††† ††† †††



 ゴーレム戦ではクロエさんに任せっきりだったので、今度はわたしとアイカさんが先頭に立つ。

 通路を抜け、次の部屋へと足を踏み入れた瞬間、嫌でも目につく部屋中央に座り込んだ巨大な影。

 先程のゴーレム程ではないにせよ、油断ならない相手だということが影からでもわかる。

「あれが今度のお相手か?」

 ゴーレム戦では不完全燃焼だったアイカさんが、今度こそばかりにと勢いよく言う。

「今度は余が思う存分やらせてもらうぞ!」

 ぶんぶん刀を振るアイカさん。ちょっと危ないから距離をとっておこう。

 今までパターンから言ってこいつが次の敵ではないかとわたしも弓を構えて警戒したけれど、一向に動きだす気配がない。

「えぇい! なにを勿体ぶっておるのだ!」

 一向に動き出す気配を見せない影にしびれを切らしたのか、アイカさんが刀を構えたまま影に近づく。不用心な行動ではあるけど、なしろアイカさんだ。何かあったとしても、大した問題にならないだろうなぁ。

「眠っておる……いや、死んでおるのか?」

 心底がっかりしたような言葉。確かにアイカさんがすぐ側にいるというのに、その影は微動だにしない。

「仕方ありませんね」

 レティシアさんが軽く肩をすくめ、それを合図にわたし達もその影へと近づいてみる。

「……これは」

 全体的なシルエットはほぼわたし達と同じだけど、皮膚は薄い緑色っぽく、唇からは二本の牙がはみ出ていた。さらに特徴的なのは、白い頭髪と黄色っぽい瞳。ただ両目は開いているだけで、その瞳に生気は感じられない。

 そして、なにより目を引くのは、首に下げられた光り輝く金属製のプレート。動物の革で作られた一枚布の服とはどうも釣り合わない。

「これは……古代語?」

 そのプレートに使われていたのは、神々の時代に用いられたと言われている文字――古代語。今では使われることもなく、教会関係者でもなければほとんど目にすることもない文字だけど、遺跡ではちょくちょく使われているのでわたしも簡単なモノなら読むことができる。

 そのプレートに記されているのは、『マキナ・オーク』と言う短い一文だった。名前……というよりは、種族名っぽい響き。

「マキナ……オーク?」

 同じくプレートを読み取ったらしいレティシアさんが、首を傾げる。

「聞いたことのない名称ですね」

 そう言いつつ、興味深そうにその巨大な生物――オークを見つめる。

「オークと名付けられているのであれば、これもいわゆるオーク族の一種なのでしょうけど……」

 彼女が困惑しているのも無理はない。オーク族はわたし達人族に比べれば大柄な者が多いけれど、それでも二メートルを越える者は稀だと聞く。にも関わらず、このオーク(?)は座り込んだ状態でも三メートルを越えそうな大きさ。さっきのゴーレムと比べても引けを取らない。

 もちろんわたしは実際にオーク族を見たことはなく噂で知ってるだけなので、もしかたらこれほど大きなオーク族がいてもおかしくないのかも知れないけど。いや、賢者のレティシアさんが首を傾げるぐらいだから、やっぱりおかしいモノなのだろう。

 ちなみにオークのオリジン種というのも発見されたことはないので、魔物よりも人族に近い生物なのだろうと言われている。

「オークという連中は、本当に謎に包まれているからな」

 アイカさんも思案顔。

 『ザラニド』と彼らが呼ぶオーク族の国があることは知られていたけど、厳重な鎖国体制にあるその国を訪れたものはいないし、そもそも正確な位置も知られていない。

 人族と魔族が争っている間でさえも、絶対中立を保ちどちらにも関与しようとしなかったぐらい。

 ただ、最近では辺境の一部にオークの盗賊が出没(どんな場所にも跳ねっ返りはいるのだ)して来る例があると聞いたことはあるけど……。

 ともかく魔族から見てもよくわからない生物だってことみたい。

「……死んでいるなら私達の脅威じゃない」

 さして興味もなさそうなクロエさん。

「標本でも採取するなら好きにすれば良い……問題は、あの謎の四角い装置らしきもの」

 動かないオークも気になるけれど、それ以上に目を引くのは、部屋の奥で台座の上にふわふわと浮いている立方体だ。

 周囲を謎の輪っかが取り囲んで回っており、定期的に光を投げかけている。

「罠……は、ないか」

 慎重に装置に近づきつつ『罠探知』を行ってみたけど、周囲に反応はない。貴重品に見えるけど、なんとも無防備にそこで浮かんでいる。

「なんぞ、よからぬ予感がするな……エリザよ、気をつけろ」

 アイカさんが心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫です。任せてください」

 戦闘では非力なわたしだけど、相手が罠や仕掛けなら問題はない。

(……って気張ってたんだけどなぁ)

 なんとも肩透かしなことに、台座の上で浮かんでいる立方体そのもにも罠の類はないようだった。文字通りそこに置く……というか浮かされているだけで、誰かの手に渡るのを防ぐような仕掛けはなにも見当たらない。

「どうやら、これは置かれているだけですね」

 念の為にもう一度スキルを総動員して調べてみたけれど、やはりなにも仕掛けはない。

「レティシアさん、なにか感じますか?」

 恐らく調査系の魔法を使っている様子のレティシアさんに結果を尋ねる。難しい顔をしたまま、彼女は首を左右に振った。

「非常に、非常に信じがたいことですけど、その立方体自身が発している魔力以外にはなにも探知できません。無防備にそこへ置かれていると判断するしか……」

「もしかしたら、そこのオークもどきが番人だったのかもしれない」

 クロエさんが呟く。

 確かにこの大きな生物が番人で、この遺跡の主はその強さに自信があったとしたら――わざわざトラップを仕掛けたりはしないかも。

 罠を仕掛ければ第三者に奪われる心配は減るけれど、逆に言えば自分が使いたい時にもいちいち罠を解除する必要がある。それを面倒と思う人だって、いないとは言い切れないし。

「なにはともあれ、アレを回収するしかない……エリザ、頼む」

 一瞬の躊躇。クロエさんの心配はわかる。いくら調べてみたといっても、その結果が百%正しいとは限らない。

 なにしろ相手は神代のモノ。今のわたし達では探知することのできない何かが仕掛けられている可能性だって否定はできないし。

 だからといってこのまま何もしないワケにはゆかない。目の前にここまでの成果がある。であれば、いかに危険だっとしてもそれを回収しないわけにはゆかない。

 そして、このメンバーの中で一番向いているのはレンジャー、つまりわたしだ。

「任せて」

 短くそう答えてから、慎重に立方体へと近づく。人の頭ほどの大きさがありそうなそれは、わたしが近づいても知らんぷりなように浮いたまま。

「ん?」

 台座まで近づいた時、わたしはそこに銘板がつけられていることに気がつく。

 『オリジン・ギア/プロトⅡ』

 その銘板にはそう記されていた。

「『オリジン・ギア』?」

 なんとなくオリジン・コアを彷彿させる名前だけど、今まで一度も聞いたことがない。一体なんのアイテムなのだろう、これは?

 いや、調べたり考察したりするのは後でいい。レティシアさんなら何かアテをつけてくれるかもしれないし、ギルドに持ち帰れば専門家が色々と調べてくれるだろう。

 ゆっくりと立方体に向かって手を伸ばす。指先がそれに触れた瞬間、ピリッと魔力の火花が散った。

「あっ……」

 背後でレティシアさんが驚いたような声を上げたのが耳に入り、思わず後ろを振り返る。

「え……?」

 身動き一つせず部屋の中央に座ったままだったマキナ・オークの体が薄っすらと光っており、足や手の先から徐々に消えつつあるのが目に入った。

「消える……あぁ」

 レティシアさんの表情が驚きから残念そうなものに変わる。

 消えてしまってはサンプル一つ手に入らないってことだから、何一つわからないままに終わる。レティシアさんが残念がるのも無理はない。

 そんなことを考えている間にマキナ・オークの体はみるみる消えてゆき、ぶら下げ先を失ったプレートが地面に落ちて軽い金属音を立てる。

 それ以外のものはまるで最初から何もなかったかのように、全て消え去った。

「……エリザ!」

 その様子を見ていたわたしに、アイカさんが叫ぶ。

「その立方体から離れよ!」

「えっ?」

 その声に慌てて台座に向き直すと、それまで淡く光だけだった立方体が、眩いほどに輝いている。

「しま……った!」

 周りが実力者ばかりだからって油断しちゃった。作業中に思わず振り返ってしまうなんて、気を抜きすぎだ……。

 後悔してももう遅い。

 立方体から溢れた光は容赦なくわたしを包み込み、視界を真っ白に染め上げた。



   ††† ††† †††



「神々が何を考えてこの世界を作ったのか、それは今となっては知る術もないし、仮に知ることができたとしてそこになにか意味があるのかもわからない」

 見事な金髪に緑の瞳。そんな特徴を持った少年が、皮肉っぽく口を開く。

「あぁ、でも。僕にとってはそんなことはどうでもいいんだ」

 見た目は十代前半ほどの歳にしか見えない。だけど、それが見た目だけであることを、ワタシは知っている。

「たいして意味もない過去に思いを馳せるぐらいなら、この先の未来に何を残せるのか考えた方がよほど建設的ってものだから」

 いかにも魔術師然としたローブを身にまとった少年。どこか人を食ったような表情を浮かべているが、そこに目を瞑れば、天使もかくやと言わんばかりの美少年だ。

「過去にしか存在しえなかった亡霊が、未来を語るなんてお笑い草ね」

 敢えてワタシは挑発的な言葉をぶつける。だけど、少年は困ったような微笑みを浮かべるだけ。

「亡霊とは酷い言いようだなぁ……せめて『時代に埋もれた存在』ぐらいにしてくれないかな」

「……言葉遊びじゃない」

「言葉遊びさ」

 ワタシの言葉に、少年がはぁっとため息をもらす。

「そういうふうに作られたからだとは言え、想定された範囲内の反応しかないというのは、存外つまらないものだね」

 確かにワタシはこの少年によって産み出された存在。だから、少年はワタシの全てを理解していると『思い込んで』いる。

「……想定内の反応しかと言うのなら、それはアナタの発想が貧困過ぎるのじゃないかしら?」

「酷いなぁ」

 少年が苦笑いを浮かべる。

「これでも僕は、有史以来初めて『人』を生み出すという画期的な目標を達成したんだよ?」

「『人』は神々が生み出した生物。魔物のように自然的に発生した存在じゃないわ。その証拠に『人』からオリジン・コアが出現したことはない」

「それは知っているけど」

 少年はワタシの言葉に面白そうに答える。

「確かに歴史上、人種のオリジン・コアが発見されたことはないし、これからも発見されることはないかもしれない」

 そう。人が死んでも、後にオリジン・コアが残されたりはしない。残ったという記録もない。

 それは即ち、人が魔力壺から生まれたりしないことを意味する。

「だけど、たったそれだけの事実で、人の始まりがオリジン種ではなかったと、誰が断言し誰がそれを保証してくれるのかな?」

 だけど、少年はその『常識』を真っ向から否定した。

「……君はそう思わないかい? エ○ザ」

 少年の言葉に僅かなノイズが走る。

「………」

 ワタシは何も答えられない。なぜならワタシの存在そのものが、この少年の言葉を半分以上肯定していたから。

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