第三話 アーティファクト#3


「これで何匹目だ?」

 刀に付いた液体を振り落としながら、アイカさんが口を開く。

「大群に押し寄せられるのも面倒ではあるが、少数を延々と潰して回るのも気が滅入る」

「口を動かしている暇があるなら、手を動かせ」

 そんなアイカさんにクロエさんが、相変わらず不機嫌そうな表情で続けた。

「向こうの部屋からも熱烈歓迎の雰囲気。グズグズ言ってるだけなら、置いてゆく」

「余力も残さず片端から切り捨てるつもりか、お主。少しはゆとりを持たぬと、早死にするぞ」

 スライムを退けてから、その奥にある部屋の様子に変化が現れていた。

 今まで入った部屋は見事なまでに何もない空き部屋だったのに、それぞれの部屋に一種類一匹の魔物が出現するようになっていた。最初は空室に見えるのだけど、中に入ると四方の扉が閉まった上に鍵がかかり、中央の窪みから魔物がゆらりと現れるのだ。

 困ったことに、魔物を倒した後に窪みを調べてもおかしな点は何一つ見つからない。魔物が現れる窪みにしても見たままのもので、特に何か仕掛けがあるわけでもない。強いて言うなら、魔物がどこからか転送されてきているような感じ。

 出現した魔物も特に目的があるわけでもないみたいで、部屋の中をウロウロしているだけ。最初はなんとか平和裏に通り抜けることができないかなと色々試してみたけれど、結局は出現した魔物を倒さないと鍵が開かないとわかっただけだった。

 それに魔物の方も、わたし達に気がつくと遠慮なく襲いかかってくるのだから、戦って倒すしか方法はないのだけど。

「確かに、少々疲れて来ましたね」

 どこか険悪さを増した空気を、レティシアさんがそれとなく変える。

「この辺で、一度休憩にしてみてはいかがでしょう?」

 レティシアさんがパチンと指を鳴らすと、彼女の肩ぐらいの高さの空中に、浮かんだ『箱』がゆらりと姿を現した。探索者の便利なお供、ポーターボックスだ。

「ほぉ……中々便利なモノを持っておるな」

 アイカさんが感心したような声を上げる。

「トーマスの話ではそなた、そこまで探索に熱心でなかったらしいが、揃えておくべきモノはきちんと用意しておるのだな」

 探索には危険が付き物で、ポーションや食料、予備の武器などできるだけ多くの物資を用意しておきたい。それにせっかく見つけたお宝も全部持って帰りたいし、持って帰れなければ探索の意味がない。

 だから探索者は小は荷車から大は馬車まで様々な道具を用いてできるだけ多くの物を持ち帰ろうとするのだけど、ダンジョンにそんな大掛かりなシロモノを持ち込める筈もなく……。

 低ランク探索者を『荷物持ち』として雇ってダンジョンに挑むという方法もあり、中にはそれ専門の探索者もいるけれど、これはこれで問題がある。

 雇うからには報酬が必要だし、そもそも『荷物持ち』をどこまで信用してよいのかという問題もある。実績がある『荷物持ち』が、貴重な宝物を持ち逃げしたって話は、枚挙にいとまがない。


 そんな探索者達にとって垂涎の一品、『ポーターボックス』。


 もっとも有名なアーティファクトの一つで、人気も高い。

 探索者のあとを自動で追っかけてきて、魔力を動力源として数々の荷物を持ち運ぶアーティファクト。

 空をふよふよと飛びながら追いかけてくる姿は見てて微笑ましいけど、その有用性は桁違いに高い。

 さらに殆どのポーターボックスは、荷物の体積や重量を縮小する機能を持っていることが多く見た目以上に荷物が収納できたり、ステルス機能で隠すことができたりといたれりつくせり。ダンジョン探索になくてはならない逸品と言っても過言じゃない。

 とはいえ、その有用性に見合うだけのお値段な上に、低ランク品ですら決して安くはなく、持ち主が手放すことも殆ど無いため流通数も少ない貴重品。

 ただついてくるだけで、圧縮機能もない最低ランクのモノでもお目にかかることは少なく、いっそ自分でダンジョンに潜って探したほうが手っ取り早いとまで言える。

 その便利さからアカデミーでは最優先研究目標にまで指定されているけれど、成果は今一つらしい。

 なんとか鞄やバックに圧縮機能を付与することには成功したけど、浮遊能力やステルス機能を再現することは出来ていない。

「まぁ、あれば便利ですからね。探検に限らず、普段の生活でも荷物持ちにはぴったりです」

「鶏を裂くのに牛刀を用いる類の話だとしか思えんが……まぁ、便利なのはわかる」

「むしろ探検などに使った方が不適切かもしれませんよ?」

 アイカさんの言葉に、レティシアさんがにっこりと微笑む。

「便利さの裏にはそれに匹敵する弱点も、また存在しますから」

 そう。メリットが目立つポーターボックスだけど、まったく欠点が無いワケじゃない。所有者の傍を浮遊してついてくるというのは確かに便利。だけど、時にはそれが大きな弱みになることもある。


 それは距離の問題。ポーターボックスは持ち主の近くを付いてくる――では、持ち主が落とし穴に嵌って下の階に落ちたり、テレポータートラップに引っ掛かってどこかに強制転移されたら……ポーターボックスはどうなる?


 答え: 距離が近ければ最短ルートを探して追いかけてくるけど、あまりにも距離が離れると、ポーターボックスは持ち主を見失い、ランダムにさまよう事になる。

 こうなると再び発見するのは難しい。一応ビーコン機能はあるけれど、持ち主から魔力の補充を受けられなければやがて力尽きて機能を失ってしまい、中身をその辺にぶち撒けて次の発見者を待つことになる。

 その意味では『出来の悪い粗悪品』などと口さがなく言われるわたしの圧縮限定鞄にもメリットはある。

 収納力には限界があるし、浮遊もステルスもしないから余計な荷物になって戦闘の邪魔にもなるけど自分の身につけている以上ポーターボックスと違って『お互いの距離』という問題はおきない。

 落とし穴に嵌って下の階に落ちたり、テレポータートラップに引っ掛かってどこかに強制転移されたりしても、手放さない限りは必ず自分の元にある。

 ただそれだけのことだけど、極限状態では生死を分ける結果を招いてしまうのだ。

 ポーターボックスや鞄には、ポーションその他の消耗品だって入っている。もしポーターボックスが手元になければ、それらは当面使えなくなってしまう。たとえ便利さで劣るとしても、ただの鞄にもそれなりのメリットはあるってワケ。

 とまぁ、なんだかカッコよく言ってみたけど、実のところ最大のメリットは、これらの鞄は研究の為に試作品が大量に作られ、資金稼ぎの為に今なお作られ続けているため、ポーターボックスに比べればまだ入手が容易だってことなんだけど。

 わたしのはとある仕事の報酬で貰ったものだけど、そう扱える程度には数がある製品だ。それに改良も進んでいるから、いずれはより高性能な――鞄なのに殆ど無限に物が入るとか――物がでてくるかも知れないし。

「運良く良い茶葉が手に入りました。お茶請けのクッキーとよく合いますよ」

 そう言いながらレティシアさんが手際よくボックスからポットと缶を取り出す。取り出されたポットからは湯気が立ち上り、周囲になんとも言えぬ良い香りを漂わせていた。

 そう言えば、ポーターボックスは温度を維持する機能をもってることもあるって聞いたけど……やっぱり神代の製品は一味違うなぁ。

「余はどちらかと言えば珈琲党であるが、この紅茶という奴もたまには良いものだな」

 まるで良家のお嬢様のように優雅なポーズでカップを傾けるアイカさん。これが日差しの良い整えられた庭園のテーブルで、横にお付きのメイドさんでもいれば完全に貴族のご令嬢――って、一応はご令嬢になるのかな、アイカさん? 魔族の階級はよく知らないから想像だけど。

「お互い良いところがありますからね。理解する努力もせずに、一方だけを楽しむだけでは人生の損です」

 ……なるほど。

 レティシアさんが暗に言いたいことはわかる。アイカさんとクロエさん、二人の間の流れる微妙な空気について一言釘を刺しておきたいのだ。

 なにかと危険が多いダンジョン内で前衛二人の空気が良くないというのは、後衛から見て不安な状況だというのは理解できるし、わたしとしても勘弁して欲しい。

 今の所は二人の圧倒的な実力で問題をねじ伏せているけれど、この先もそれが通用するという保証はないワケで。息が合わなかったのが原因で危機に陥るなんて、物語の中だけで充分。

「………」

 誰とも目を合わさず無言で缶のクッキーを齧るクロエさん。どことなくリスが食べ物を齧っているところを彷彿とさせて、なんと言うか……可愛い?

「まぁ、楽しみ方は人それぞれ。ということだろう」

 そして恐らくはレティシアさんの言いたいことを察しているであろうアイカさんが言葉を続ける。

「当人に新たな楽しみを嗜むつもりが無いのであれば、どのようなもてなしも心に響くまいよ」

「………っ!」

 クックックッと低く笑うアイカさんを、クロエさんが睨みつける。

「私にゲテモノ趣味はない――それだけのことだ」

 口では勝てないと思ったのか、クロエさんはそれだけを言ってから、再びそっぽを向く。

「ゲテモノの中にも、それはそれで名品が埋まっていることも多いのだがな……まぁ、食わず嫌いも本人の勝手である故、深くは申さぬがな」

 笑いながら言うアイカさんのセリフも大概だとは思う。だけど、最初に突っかかったのがクロエさんであるからには、アイカさんを注意するのも躊躇われる。

「歩み寄りの精神は、コミュニケーションを円滑に行う最良の手段なのですけどね」

 打つ手なしとばかりにため息をもらすレティシアさん。

「ふむ……」

 そんなレティシアさんの様子に思うところがあったのか、アイカさんがクロエさんの方を改めて向いた。

 いつもなら一言断られたらそこで会話を続けるのを諦めていたのに、どうやら今回はもっと続けてみる気になったみたい。どういう風の吹き回し……ってか、レティシアさんの顔を立てようってことか。

「ずっと気になっておったのだがな」

 相変わらずそっぽを向いているクロエさんに、アイカさんがゆっくりと声を掛ける。

「お主のその右髪に吊り下げている指輪。常に良からぬ気配を漂わせているのだが……それは呪いの道具かなにかではないのか?」

 アイカさんの言葉にクロエさんは身体をビクッとさせ、指輪を隠すように握りしめた。

 ん? アレ?? 言われてみれば、あの指輪……どこかで見覚えがあるような?

「………」

「だんまりか……。普段なら、まぁ、それでも良いのだが」

 アイカさんの目がスッと細くなる。

「そのアイテムが、周囲にどのような効果を及ぼすかわからぬなら、いくら雇い主であっても見逃せぬぞ」

「……呪いのアイテム、という意味では確かにそう」

 アイカさんの言葉に、クロエさんがゆっくりと答える。

「これは『愚者の誓約』。所有者の思考を縛り、ぼんやりとしか物事を考えられなくする神代のアーティファクト。少なくとも装備者以外に影響はない」

 クロエさんの返事にアイカさんの眉毛がピクリと動き、レティシアさんが思案げな表情を浮かべる。あの表情を見るにこのアイテムのことを知っているみたい。

「『愚者の誓約』……装備アイテムで、確かに所有者以外になにか影響を与えたりはしませんが……」

 どうにも理解し難いという表情で続けるレティシアさん。

「正直、わざわざ自分の思考力を落とす意味とメリットが見えないのですが」

 周囲の人に影響が無いのはわかったけど、わざわざ装備している意味はわからない。思考力が鈍るというのは、つまり判断力が低下するってことで、良いことがあるとは思えない。

 特に前衛職は、戦闘中に瞬時の判断を連続で強いられることが多い。思考が鈍ればそれだけ判断が遅れるし、適切な対応ができるかどうかもわからない。

 つまりデメリットは山程あれど、メリットとなるものが全く思いつかない。

 にも関わらずクロエさんはそれを実際に装備しており、しかも現実に探索者でもトップクラスの戦闘力を誇っている。呪いのアイテムの効果を逆転させるユニーク・スキルでも持っているというなら話はわかるのだけど……ん? 彼女のユニーク・スキルって、確か……。

「普通の人には呪いのアイテムかもしれない。だけど、これは私にとって最大の福音」

 クロエさんの言葉が耳に届き、わたしは唐突に思い出した。

 そのアイテムは三年ぐらい前だったかな、ある仕事で組んだクロエさんと一緒に見つけたアーティファクト。

 わたしの簡単な鑑定でもわかるぐらいに見事な呪いのアイテムだったけど、売り払えば幾らかの足しにはなるだろうからってクロエさんに渡したものだ。

 あ、いや? そもそもクロエさんが探していたモノがそれだったのかな? イマイチ記憶が定かじゃない。

「なんと言われても、これを外すつもりはない」

 一段と険しい表情で、アイカさんを睨みつけるクロエさん。

「これは私のエリザに対する大切な思い出だから」

「はぇ?」

 おっといきなりわたしに飛び火したぞ? ってか、クロエさんとわたしの間で、思い出になるエピソードなんてあったかしらん? 渡した以外に?

「……私の思い出だから」

 首を傾げるわたしにちょっと悲しそうな視線を向けて来るけど、思い当たらないモノは思い当たらないので許して欲しい。

「ともかく、文句があるなら今すぐ帰っていい」

 コホンと咳払いしてからクロエさんが表情を改めた。

「それでも報酬はちゃんと出す」

「……はぁ」

 アイカさんが大きくため息をもらす。

「その程度のことで仕事を放棄したりはせぬ。今までそれで問題は無かったのであろうし、今回に限って問題になることもなかろう」

「………」

 クロエさんは軽く頷いただけで、何も答えなかった。

 それにしても、あとで昔の記憶を思い返す必要がありそう。クロエさんと私の間に何があったのかはっきりしないと、色々落ち着かないし。



   *   *   *



 休憩を終えてから、改めて遺跡の内部を進む。

 相変わらず部屋に入る度に鍵が掛けられ、魔物が登場し、それを倒すと鍵が外れるという手順を繰り返す。

「意味がわからない」

 クロエさんがボソリと呟いた。

「魔物が出てくるのは別に良い。でも、この無秩序さはなに?」

 各部屋にトラップのごとく魔物が配置されているのは、ダンジョンではそう珍しいことじゃない。むしろ定番トラップの一つとも言えるぐらい。凄いものになると、大量の魔物が詰め込まれている通称『モンスターハウス』ってのもあるぐらい。

 だけど、このダンジョンはなにかおかしい。トラップというのは、侵入者を先に進ませないために配置されるもの。

 ところがこの遺跡の部屋には、侵入者を食い止めようという意図が感じられない。まるで闘技場のように順番に敵が現れているような感覚。

「ふむ。さながら見世物小屋が如くだな」

 アイカさんも頷く。

 そう言いたくなる気持ちもよくわかる。なにしろさっきから出てくる魔物が、あまりにもバリエーション豊かだから。

 コボルトやらゴブリン、ハウンド・ドッグといった定番から、ブラッドベアやタウルスヘッドなどめったに見かけないレア物まで派生を含めて多種多様。

 それらが一部屋に一匹ずつ出現するのだ。強さはともかく単体で出現するものだから、アイカさんとクロエさんによって文字通り瞬殺されている。

 トラップだとすれば、これはあまりに効率が悪い。というか、罠の役を果たしていない。アイカさんが言うように見世物小屋と呼んだ方がしっくりと来る。

「それに、魔物そのものもおかしいですね」

 倒されたばかりのコボルト・リーダーの死体を見下ろしながらレティシアさんが呟く。数秒後その死体は薄れるように消えてゆき、後には宝石のような物体――オリジン・コアが残された。

 更に不思議なのは、倒した魔物はその全てがオリジン・コアを落とす。つまり、オリジン種だということ。

 魔力壺が見当たりもしないのに、オリジン種が出てくる――それも多数――というのは明らかに異常過ぎる。

「でも、それすら大きな謎ではないんですよね」

「あー……そうですね」

 コボルト・リーダーが残したオリジン・コアに軽く手を触れる。その瞬間、オリジン・コアは灰色に染まり、砂のようにサラサラと脆くも崩れ去る。

「オリジン・コアが自壊するなんて、聞いたこともありません」

 もう何度目になるかもわからないその光景を見て、レティシアさんが唸る。

「オリジン・コアは強力な魔力を内包した、それ自身が一種のマジックアイテムみたいな物です。それが勝手に崩壊するなんて……」

 そう。オリジン・コアが勝手に壊れるなんて話は聞いたことがない。そんなことが起きうるなら、オリジン・コアの価値は著しく低くなってしまうだろうし。

「つまりは、オリジン・コアに似せた何か……ということなのであろう」

 アイカさんが呟く。

「神代の時代であれば、なにがあっても不思議ではあるまい? そもそもこれが本当にオリジン・コアなのかという疑問もあるしな」

 確かにそうかも知れない。倒したモンスターが残すからオリジン・コアだと思い込んでいたけれど、もしかしたらそれはオリジン・コアによく似た別の物なのでは――。

「だとすれば、このコアから感じられる魔力の説明ができません」

 レティシアさんが冷静に指摘する。

「オリジン・コアから発せられる魔力の波長は研究し尽くされていて、今更見間違いが起きるようなものではありません。間違いなくオリジン・コアのそれです」

 わたしには判断できないけれど、『賢者』であるレティシアさんが言うのであれば、それは間違いないのだと思う。

「同感」

 クロエさんがため息を漏らす。

「これがオリジン・コアなのは間違いない。ただ、今まで知られていた物とは別だと考えればいいだけ」

「そうポンポンと新種やバリエーション違いが出てきても困るんですけどね」

 レティシアさんもため息を漏らす。

「今の所はそれで納得しておくしかありませんか」

「まぁまぁ……研究の機会はまだあると思いますし、とりあえずここは先に進みましょう」

 ともかく今優先すべきはこの遺跡を調査すること。それ以外のことは、後回しにしよう。

「……っと、それよりも」

 『空間把握』で認識していた遺跡の構造に変化が生じていることに、わたしは気付く。

 今までは部屋が碁盤目状に敷き詰められていたのに、そこから二つの部屋が続けて飛び出している。如何にも終着点と言わんばかりの並びだ。

「……どうやらこの先にゴールがあるようです」

 あと四部屋ほどまっすぐ進めば、たどり着く距離。近いと言えば近いけど、問題は距離じゃない。

「やれやれ……ゴールするまでに、どんな連中の相手をせねばならぬやらな」

 アイカさんがため息をもらす。

 そう、逆に言えばあと最低四回は戦闘をこなす必要があるってことなのだ。



「ほほぅ……これはまた、なんとも見違える光景だな」

 四部屋を抜けた先、突出部になっている最初の部屋に足を踏み入れた瞬間、アイカさんが感想を漏らす。

 それまでの白壁とはうってかわり、部屋の中は黒い壁で埋め尽くされており、照明は天井に設置された謎の装飾品より提供されている。今までと比べて明るさは抑えられており、周囲は薄暗い。

「如何にも何か出てきます! と言わんばかりの場所だが、ゴールが近いというのもあながち間違いではなさそうだな」

 わたしのスキルで感知できる部屋は、こことその先にある行き止まり部屋で全て。また下行きの階段でもない限りはそれで終わりのハズ。

「……とは言え、これで終わってしまっては、何の成果も無かったのと同じことです」

 憂鬱そうなレティシアさんの言葉。

「私達がしたことといえば、よくわからないまま魔物と連戦したことだけ。謎のオリジン・コアの件もありますが、結局判明はしていませんし」

「なぁに、ここまで来てなにもわらからぬのであれば、胸を張ってそう告げれば良いのだ」

 一方でアイカさんは、相変わらずノリが軽い。

「余らは手を抜くことなく全力を尽くしておる。その結果、成果無しということであれば、それは仕方のないことであろう」

 正論と言えば正論なのだけど、それで納得してもらえるかどうかは別の問題。最悪もう一度調査して来いなんて言われかねない。

 とはいえトーマスさんの口調から考えて、今回はそこまで重要視されている仕事じゃないみたいだから、成果が無くともそれはそれで良しって話になる可能性も高いけど。

「今までのパターンから言えば、そろそろ次が出るころ。油断するな」

 油断なくクロエさんが左右を見回す。今まで通りなら、部屋の中にある程度入ると同時に鍵がかかり中央に魔物が登場する――。

「来ます!」

 ガチャーンと甲高い音と同時に錠が下り、部屋の扉が閉じられる。同時に部屋の中央にゆらぎが生まれ、やがてはっきりとした形を見せた。

 それは今までになく巨大な影で、明らかに人に近い形をもっている。ただし、全身は石材で出来ており、顔には目に相当する二つの光る穴があった。ついでに言うと身長も四メートルはありそうな。

「ロック・ゴーレム……?!」

 クロエさんが呆気にとられたように言う。

「神代の時代にすべて失われたという魔導機が、稼働状態でこんな場所にあるなんて……」

 ゴーレム。それは神々が終焉の戦いにおいて用いたといわれる、魔法によって作られた巨大な兵器。簡単な命令を与えれば後は自己判断で最善の手段をとり、神々の尖兵として様々な魔物と戦ったという。

 素材も様々で、有名所では他にも『ウッド・ゴーレム』『アイアン・ゴーレム』『クリスタル・ゴーレム』といった物があるらしい。

 ただ今まで発見されたゴーレムは、その全てが大破したかエネルギー切れで動かない状態で、アカデミーの研究者が稼働するゴーレムを探し求めているのは有名な話。

「これは、また……なんとも予想外なモノが……」

 びっくりしたようなレティシアさんの言葉。これほど驚いた彼女の姿なんて、ホント珍しい。

「あー……なんとか持って帰る方法ないかしら?」

 驚くだけではなく、同時にソワソワしている……賢者というだけあって、やっぱり珍しい魔導機には興味津々なのかな。

「お主も大概無茶を申すな!」

 アイカさんがたしなめるように言う。

「こんなデカブツ、持って帰ろうにもお主のポーターボックスですら収納は無理だろうが!」

「アイカさんの腕力なら、引っ張って持って帰られると思います!」

 真面目な顔でとんでもないことを言い出すレティシアさん。少し落ち着いて欲しい。

「重さだけならなんとかなるかも知れぬが、耐えられるロープも荷台もなかろう」

 ……あったら出来るんだ。

 いや、そうじゃなくて。

「ガァァァァアッ!」

 ロック・ゴーレムが両腕を振り上げて、二人めがけて振り落ろす。頑丈そうに見える床がいとも簡単にへしゃげ、周囲に亀裂が走る。

 とんでもない威力だ。万が一にも直撃すれば、とても耐えられるものじゃない。

「今は目の前の敵を片付けるのが先。ふざけるのはあと!」

 クロエさんが叫ぶと同時に、剣を抜く。

「それもそうだな」

 アイカさんも刀を構えた。

「レティシアよ。お主の補助魔法こそ肝となろう。援護は任せたぞ!」

 そう言うと同時に、クロエさんとアイカさんはロック・ゴーレムめがけて突っ込んだ。

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