第三話 アーティファクト#1


 野盗一味を退けた後、残りの日程は特に問題が起きることもなく、馬車隊は無事に開拓村へとたどり着いた。

 もちろん魔物や魔獣の襲撃といったイベントはあったけれど、まぁ、特筆するようなこともなく、アイカさんとクロエさんの二人が瞬殺してしまったワケで。

 この辺の魔物なんて群れからはぐれたゴブリンやハウンドウルフみたいな弱敵ばかりだし、魔獣なんて正直お肉が向こうからやってきた程度にしか思われてなく、晩ごはんのおかずが一品増えると喜ばれる有様だったり。

 ガランさんは、唯一の野盗襲撃がよりによって自分が雇った護衛だったという一件が原因で恐縮しまくっており、こちらが雇われの身だというのに随分と気を使われてしまっていた。

 食事や休憩でなにかと優遇され、まるでお客様みたいな扱いになってしまったのが困った点ではあったかも。まぁ、贅沢な悩みではあったかな。


 辿り着いた開拓村は、村と呼ぶのはちょっと躊躇われる場所だった。

 山と丘に囲まれた窪地のような場所で、鬱蒼と茂った森の中にある開けた場所を拠点としている。そのまま伐採を続けて広げているみたい。

 周囲を囲う木製壁と見張り台だけはなんとか形になっているものの、住宅は雑魚寝前提の長屋が一件。食堂兼集会所らしき大きな小屋が一つ。そして残りは倉庫らしき石レンガの建物が並んでいる。

 比べると木造の住宅等が貧相に見えるけど、どちらが重要かを考えれば、この結果になるのも当然か。資材が無ければ開拓どころじゃなくなるし、そろそろ冬準備もしなければならないから、倉庫は何よりも優先されないといけない。

 反対側には畑と思われる整理された区画が見えるけど、ほとんど何も育っていない。肉類はともかく、作物の類はまだまだ手に入らないね。

 この様子だと、当分は補給が必要だろうなぁ。

 とは言え、住民達は充実した顔つきで疲れ一つ感じさせない。なにしろ開拓が成功すれば最初の一代目は完全免税だし、土地の権利も認められる。運良く鉱山でも掘り当てれば、文字通りの一攫千金も夢じゃない。

 未来に希望を持つ開拓者としては、多少の困難など笑い飛ばしてしまえるのだろう。

 そう言えば、昔のわたしもそんな風に探索者として燃えていた時期もあったっけ?

「本当に今回は助かりました」

 ガランさんが汗を吹きつつお礼の言葉を口にする。

「貴女方にお願いしていなければ、物資どころかメンバーの命まで失うどころでした」

 いや、本当に。色々慌てたんだろうとは思うけど、護衛はちゃんとした人を選ばないと。今回はわたし達がいたからなんとかなったけど、幸運は何度も続くものじゃないからね。

「それどころか、物資が届かなければ開拓村は明日からの生活もままならぬ有様だったでしょう」

 開拓団の物資購入費用は、原則として開拓団自身が支払う決まり。領主館からも多少の援助はあるのだけど、その額は決して多くないのが現状。

 だから馬車隊が襲われて物資が奪われた場合、また同じ物資を揃える必要があるけど、資金が無ければどうにもならない。ましてや死人が出てたら人員補充も大変だ。辺境に行きたがる物好きは、そう多くないし。

 つまるところ野盗の襲撃は、馬車隊の危機のみならず開拓村の危機でもあるのだ。

 その点から言えば、ガランさんは少々迂闊すぎた。まぁ、馬車隊を率いる統率力には問題ないみたいだから、今回の件を良い経験として貰えれば、次からは護衛選びも慎重になるでしょう。

 そうだ、領都に戻ったらガルカさんでも紹介してあげようかな? あの人は信用出来るし、当人もお金には困っているだろうし。Win-Win じゃないかな……多分。

「今回は生きて反省する機会を得ることが出来た、次回はこの経験を糧により慎重に手配すること」

 わたしが考えているのと似たようなことを口にするクロエさん。

「急がば廻れ、とは古人が残した言葉だ。心に深く刻み込んでおくべき」

 同じ内容でも、言う人が変わればイメージも違う。わたしが言うより『金』級探索者の肩書の方が有効なのは当然だし。社会的信用がまったく違うからなー。

 なんだか向こうの方で、レティシアさんがすごく物言いたげな表情をしているので、わたしは懸命にアイコンタクトを送る。

 言いたいことはわかるし、お前が言うな! という気持ちもわかるのだけど、せっかく良い感じに話が進んでいるのだから、ここはクロエさんに任せておいて。エリザ一生のお願いだから!!

 必死のアイコンタクトが通じたのか、はぁ……とでも言いたそうなレティシアさんが首を振る。

「開拓村、なぁ……」

 そんな出来事を気にかける風もなく、アイカさんは珍しく難しい表情を浮かべたままなにか呟いていた。

「なにか気になることでも?」

「あぁ……いや」

 わたしの質問にアイカさんは一瞬反応がなかったけど、声を掛けられたのだと気付くといつもの表情に戻って返事を返してきた。

「大したことではない。気にするでないぞ」

 返事になってなかった。

 とはいえ、アイカさんだって色々考えてることもあるだろうし、その全てを人に話すこともないだろう。

 元……魔王様ってことで色々と思うこともあるだろうし。

「開拓、な……。ふむ……そういう手段もあったか」

 とはいえ、何を考えているのか気になるのは仕方ない。

「無いものは作ってしまえば良い……ふぅむ。なぜ余はそんな簡単なことも思いつかなんだか」

 独り言のつもりなんだろうけど、声が大きくてこちらに丸聞こえ。

 せっかく聞こえなかったフリしてるのだから、わたしの配慮を無駄にするのはやめてくれないかな……トホホホ。

 それにしても、本当に何を考えているのだろう? 気になりすぎて、今夜はあまり良く眠れないかも。



 村まで辿り着いたのは夕方も遅く、何をするにしてもまずは明日からということで話はまとまる。

 村長というか代表の人もまだまだ忙しくて話を聞ける状況じゃないし、村全体が荷降ろしでてんてこ舞いだし。

 手伝おうかとも思ったけど、完全に部外者のわたし達がウロウロしてても邪魔にしかならない。

 というか単純に疲れたし、お腹もすいた!

 幸いにして道中で仕留めた魔獣は、持ってこれるだけ持ってきたから、肉に困ることはない。

 大事に取っておいても傷むだけだし、燻製にして保たせるにしても量が多すぎて間に合わないしなぁ。

 そのまま捨てちゃったのでは他の魔獣を呼び寄せてしまうので、お腹に入れちゃうのが一番。


 というわけで、突如として始まる肉々パーティー!


 村の中央に大きな焚き火が置かれ、串刺しにされたお肉がじゅうじゅうと美味しそうな音と匂いを周囲に立ち上らせまくっている。

 開拓村の住人総出でお祭り騒ぎ。

 幸いにしてアイカさんという大食漢が控えているし、しかも豪快に焼いてしまえばそれ以上の料理の手間も必要ない人だから殆ど平らげてしまうだろう。

 今もわたしが遠目に見ている先で、両手に肉串をもったアイカさんが壮絶な大食いを披露して、周りから拍手喝采を浴びている。娯楽に乏しい辺境の端では、大食いだけでも立派なエンターテイメント。

 それにしても……わたしと比べれば随分と背の高い人ではあるけれど、どこにあれだけの量が消えてゆくのかしら?

 というか、それだけ食べてるのにスラリとした体型が崩れる気配すらないのはズルいと思います!

 こちとらちょっとでも油断したら下腹が……あわわわわ。

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 中央から少し離れた場所で一人でアホなことを考えていると、両手にカップを持ったレティシアさんがこちらに近づいてきた。

「あぁ、はい。どうぞ」

「それでは失礼して」

 大きな切り株に腰掛けていたわたしの横にちょこんと座りながら、レティシアさんが手にしたカップの一つをわたしに差し出す。

「お茶ですけど、どうぞ。お酒はこの場所ではまだまだ貴重品ですから」

「ありがとうございます」

 わたしは別に酒好きというわけではないので、お茶の方がむしろ有り難い。

「……ちょっと不思議なのですが」

 僅かな無言の時間のあと、レティシアさんがゆっくりと口を開く。

「クロエ嬢は、どうもエリザさんに少なからぬ執着があるようですけど、以前からのお知り合いだったりするのですか?」

 う~ん。正直な話、わたしには思い当たる節が全く無い。面識はあるけれど、そこまで構われる理由がわからないというか。

「彼女が『鉄』級だった頃、一度だけ組んだことはありますけど、それだけなんですよねぇ」

 確かちょっとした遺跡の探索で、わたしの探索スキルを買ってという話だった。だけどあの探索は踏破こそしたものの、これと言ったお宝も手に入らず、なんだかがっかりしたような記憶しかない。

「後はランク差もあって、ご一緒することも無かったんですけどね……」

 クロエさんから見て、わたしにコレといったメリットがあるとは思えないんだけどなぁ……。

「まぁ、クロエ嬢の考えもわからなくはないですけどね」

 首をかしげるわたしに、レティシアさんがやれやれという表情を浮かべる。

「エリザさんはご自身の価値をもっと自覚するべきです。本来、優秀なレンジャーというのは万金を賭しても仲間に迎え入れるべき存在なのですから」

 そう前置きしてから、レティシアさんはレンジャーの歴史についてわたしに話してくれた。



   ・・・ ・・・ ・・・



 そもそも、『レンジャー』というのは、探索者の中でもっとも重要であり、花形であると言える職だ。

 『レンジャー』こそ探索者の中核であり、言葉は悪いがそれ以外の職は『レンジャー』を守るために存在しているとさえ言える。

 かつて魔族との戦いの時代にも、勇者パーティーのメンバーには優秀なレンジャーが加わっており、どれほど複雑なトラップでも適切に処理し、どれほど巧みな待ち伏せでも看破し、戦闘となれば弓や魔道具によるサポートを巧みに行い勇者達の勝利に大きく貢献したという。

 未知の領域と脅威に挑む勇者パーティーに、レンジャーはもっとも貢献したメンバーなのだ。

 魔族との戦いが終わり、対象がダンジョンや遺跡に変わっても、その重要性は変わらない。

 アーティファクトやお宝は、『未知と脅威』の先に存在するのであり、レンジャー無しで目的を果たすのは不可能だったのだから。


 だが、時代は変わってしまった。


 世界が開拓されるにつれ『未知と脅威』は薄れてゆく。

 新しい発見が減れば、探索者の殆どは同じダンジョンや森等で稼ぐようになり、『良く知った』狩場を往復する生活を送るようになった。

 こうなると『未知』に対して大きな力を発揮するレンジャーは微妙な立場に追いやられてしまう。

 不測の事態こそレンジャーの独壇場であるにも関わらず、その不測の事態がおきないのだ。

 アーティファクトやお宝の発見は殆ど期待できない出来事になり、危険は許容できる範囲に収まるようになる。

 こうなると必要とされるのは短時間で魔物を倒せるだけの火力であり、多少のアクシデントに対応できるそこそこの能力さえあれば良いという風に変化していった。

 こうなると単純火力に劣るレンジャーは立場が無くなってしまう。

 その索敵能力は素晴らしいが、出現する魔物が知れ渡っている場所では重要性に劣る。

 罠を発見し、回避あるいは解除する能力は素晴らしいが、罠の種類が知られている場所なら避けるか、あるいは踏み潰す方が早い。

 厳重に封じられた宝箱を開ける能力は素晴らしいが、数年に一つなんてレベルでしか見つからないモノの前では殆ど意味がない。

 こうして時代の変化とともにレンジャーはその存在意義が薄れていき、戦いにおいてもお荷物にしかならないと見做されるようになり、今のような微妙な存在となってしまったのだ。



   ・・・ ・・・ ・・・



 と説明されても、正直わたしにとってはどこか他人事にしか感じられなかった。

 うん。昔はレンジャーも凄かったんだなぁ……とは思うけど、役割ってのは時間と共に変化してゆくものだし、今は今だから。個人的にも仕方ないと割り切ってるし。

 昔凄かったんだから、今でも凄い! ってのもなんか違うしね。

「本来、探索者が本当の意味で探索者たる為にはレンジャーは必須なんですけどね」

 レティシアさんが軽いため息を漏らす。

「その手の探索者は、殆どが物語上の存在になってしまい、今や新しい発見はほぼ皆無。むしろ今回のように探索者ではない者の方が発見を繰り返している有様です」

 確かに今回の遺跡の件だって、言われてみれば探索者が見つけるべきものだし。部外者に発見されてから調べに行くってのも、名前負けしている気がする。

「クロエ嬢は、今の時代には珍しい『本当の探索者』ですから、エリザさんの価値を正しく理解しているのでしょう」

 確かにクロエさんは未知への挑戦を中心にする、ギルド内でも稀なタイプの探索者だけど……。

「そんなものですかね?」

 レティシアさんの言葉に、わたしは思わず間の抜けた返事を返してしまう。

 そりゃまぁ、わたしはレンジャーとしてはそこそこ出来る方だと思うけど。

 価値とか言われても、ちょっとピンと来ないというか、持ち上げ過ぎというか。

「そんなものですよ」

 わたしが微妙な表情を浮かべているのを見て、レティシアさんがため息を漏らす。

「……とはいえ、些か行き過ぎているので、ひょっとしたら何か因縁でもあるのかと思ったのですが」

「う~ん……やはり心当たりはありませんねぇ」

 クロエさんがレンジャーを必要としているのはわかったけど、それがわたしである理由がわからない。

 確かにレンジャーはあまり必要とされていない職ではあるけれど、それでもわたしより上ランクのレンジャーはいないわけじゃないし、少数だけど腕利きと呼ばれる人もいる。

 そんな人達を差し置いてまでわたしじゃなければならない理由なんて……やっぱり思いつかないなぁ。

「まぁ、別に害になる話でもないので、心当たりが無いなら無いでも別に良いですけどね」

 レティシアさんが腰を上げる。

「彼女は飽くまでも臨時の雇い主。これから仲良くパーティーとしてやってゆく間柄でもありませんから、深く追求するだけ労力の無駄ですしね。万が一何かあれば、その時に改めて考えれば良いということで」

 うん。レティシアさんもクロエさんのことを、あまり良く思ってはいないということがよくわかりました。

「はぁ……」

 アイカさんは気にしてないし、レティシアさんも私情を優先するような人じゃないから、大きな問題が起きるとは思えないけれど、なんとなくこの先が思いやられそう。



   *   *   *



 予想に反してよく眠れた翌朝。わたし達は当初の目的を果たすべく、開拓村の代表者に話を聞きに行く。

 開拓村の代表であるロシナーテ氏は、予想に反してまだ四十代ぐらいの男性だった。

 この手の開拓村は、実質的な面ではともかく表向きの代表は、腰は曲がって長い白ひげを蓄えたいかにも長老とでも呼べる老人が務めていることが普通。

 歳が近い人が代表になると指示の上で色々軋轢が産まれることが多いけど、含蓄深そうな老人が言っているのならなんとなくそんなものかと納得できる。

 実際には、老人だから特別に賢いなんてことはないのだけど、現にレティシアさんが……。

 これも社会の仕組みってヤツ?

「遺跡が見つかったのは、あの小高い丘を半日ほど越えた先にある開けた場所です」

 ロシナーテ氏が汗を拭きながら説明をしてくれる。

「森に燃料用の木材を集めに行っていた者が、丘の影に平屋建ての建造物を発見したのです。近づいてみたところ、なにか不思議な力に遮られて内部までは入れなかったと言っております」

「不思議な力……他に特徴や中に人影は?」

「少なくとも領都やここいらでは見たことのない真っ白で継ぎ目の見えない建材が使われており、見た限り誰一人いなかったそうです」

 レティシアさんの質問にロシナーテ氏が答えるけど、探索の参考になるような情報はないみたい。

「特に魔物や魔獣が増えたりなどはしていないので、害が無いといえば無いのですが……」

 ここまで言ってから、アイカさんの方をちらりと見る。

「その、魔族の遺跡ではないかと気味悪がる住人もおり、このままでは開拓に悪影響がでる可能性も」

 確かに大半の住人は好意的であったけど、一部の住人はアイカさんを遠巻きに見ていた。直接なにかちょっかいをかけてくるわけじゃないからほっておいたけど。

 なにしろアイカさん本人が気にしていないのだから、わたしが気にしても仕方ない。

「なんとも楽しい話ではないか!」

 当のアイカさんが楽しそうに手を叩く。

「こんな場所に、余も知らぬ魔族の遺跡が本当にあるならば、それは大発見だぞ」

 常識的に考えれば、魔王様が知らない魔族の遺跡なんて物が存在するのはちょっとありえない。もし存在するならそれは秘密裏に作られた物ってことになるワケで、アイカさんならなお興味津々ってところだろう。

「いえ、あくまでも一部でそう思っている者がいるという話で」

 アイカさんの食い付きに驚いたのか、ロシナーテ氏が一歩下がる。アイカさんみたいな美人さんにグイっと来られたら、そりゃ腰が引けても仕方ないよね。うんうん、わかるわかる。

「我々では本当かどうか確認する方法もありませんから……」

 そりゃそうだ。開拓団の中に史跡研究家が混じっているなんて幸運が、そうそうあるわけもないし。

「ともあれ、私達が調査を行ってきますのでご安心ください」

 レティシアさんが横からそっと口を挟む。

「現時点で何も起きていないということであれば、少なくとも積極的に危険をもたらす性格のものではありませんから、開拓については今まで通りに行ってもらえれば良いでしょう」

「そうですか。それは助かります」

 ロシナーテ氏の表情がホッとしたものに変わる。開拓団から見れば、開拓が中断されるのがなによりもキツイ。

 一日の遅れは、それだけ彼らの生活を脅かすことになるのだから。

「とはいえ、少なくとも私達が戻るまでは、遺跡の方に近づかないようにしてください」

 そんなロシナーテ氏に、レティシアさんは釘を刺すのも忘れない。



 言われていた場所は、見事になにもない原っぱだった。

 周りは相変わらず鬱蒼と茂った木に囲まれているけど、その中心半径三十メートルほどの面積だけ見事になにもない平野になっている。

 時折吹き抜ける風がなんとも良い気分で、ちょっとしたピクニックなんかには最適かも――まわりの陰鬱とした森を無視すれば、だけど。

「さて、なーにも見つからないけれど」

 不機嫌そうなクロエさん。いつも抑揚に乏しい喋り方だけど、今回はさらに感情がこもっていない口調。

「余計なオマケ付きでこんな辺境までやって来た上にタダ働き。その遺跡すら見つかりませんでした……って、あまりにマヌケ過ぎる。帰りたい」

「お主、面倒だからって適当な仕事で終わらせようとするのではない」

 腕を組んだアイカさんがやれやれと首を振る。どうでも良いけど、腕の上に乗ったたわわな両胸が頷きに合わせて揺れている良い光景。いやー、いいなぁ。アレ。眼福眼福。

「そんなことをいっても、実際に遺跡が存在しないのだから仕方ない」

「とは言ってもだな」

 平野の方を指差しながらアイカさんが続ける。

「仮に建造物が無いにしても、ここだけ円形になにも無いってのは、露骨に怪しいだろうが。子供のお使いじゃあるまいに、このまま報告に戻ってもやり直しになるだけだろうが!」

 まったくもってその通り。行ってみたけどなにもないんで調べもせずに戻りました! なんて報告したらわたし達の探索者としての適正が疑われてしまう。

 偶然円形広場が出来た可能性はゼロじゃないし、実際そういう例もあるけれど、だからといって調べないでいいという理由にはならない。

「怪しいと言うだけなら簡単」

 アイカさんの言葉に、刺々しい言葉をぶつけるクロエさん。

「せめてもっと建設的なことを口にしたらどう、魔族?」

 クロエさんは、アイカさんのことを名前で呼ばず魔族と呼ぶ。まぁ、ここに魔族はアイカさんしかいないからそれで通じるし、言わている当の本人もそれを放置している。

 とはいえ、仲良くなって欲しいとまでは思わないけど、もう少しこう、なんというか穏やかな関係になってくれると良いのに。そのうちまた決闘騒ぎになりそうで、正直心臓に良くない。

 とはいえ、この状況で譲歩するべきはクロエさんの方だけど、こればかりはなんとも……結構頑固そうだし。

「おそらく……ですが、知覚阻害の結界が張られているのかと」

 ギスギスした会話をしている二人を遮るようにレティシアさんが口を開く。

「知覚阻害の結界?」

 しかめっ面のままクロエさんがレティシアさんに聞き返す。

「認識阻害ではなく?」

「私達の視覚や聴覚に働きかけ、誰の目にも見えなくなる――そんな効果を持った結界です。少なくとも今の時代では殆ど見ることのない魔法ですが……」

 もしこれが神代の遺物であるならば、それぐらい出来ても不思議は無いってことか。

 なにしろ今では想像するのも難しいぐらい高度な魔法が惜しげもなく使われていたって言うし、遺跡の一つぐらい完全に見えなくするのもワケはないか。

「これに思考誘導を加えれば、近くまで来ても自然にその場所を避けるようにすることもできますから、何かを隠す方法としては完全ですね」

 逆に言えば、そこまでして隠したいモノがこの場所にあるってことになるけど……。

「では、開拓団の者がそれを発見したというのは、どういうことだ?」

 アイカさんが当然の質問を返す。

「そのように高度な隠蔽を、一般人が見破ることはできまい。出来たというなら、無自覚な魔法の天才でも居たということになるが」

「魔法も決して万能な技術ではありませんからね。それこそ神話時代からあるのであれば、結界にガタが来て緩むこともあります」

 アイカさんの言葉にレティシアさんが続ける。

「この手の結界には修復機能がついてるのが普通なので、また正常に動き始めたのではないかと」

「神々の時代のシロモノだったとすれば、案外杜撰なのものだな」

「まぁ、神々の遺産と云えども、無謬ではない……それだけの話ですよ」

 アイカさんの返事に、レティシアが苦笑を漏らす。

「言われるほど神々が完全無欠な存在なら、私達人族もまた、完全な存在だったでしょうし――わざわざ好き好んで欠陥品を作る趣味があるなら別ですけどね」

「……人族の信仰についてそれほど詳しいワケではないが」

 意外そうな表情を浮かべつつ、アイカさんが言葉を続ける。

「その発言は不敬に当たりはしないのか?」

「もちろんとんだ暴言ですが」

 レティシアさんは軽く肩をすくめた。

「今の教会にそれを追求できる力があるなら、むしろ喜ばしいことでしょう。魔族との戦争が終わってから、彼らの求心力たるや落ちてゆく一方ですから」

「……お主、時々とてつもなく辛辣になることがあるなぁ」

 どこか楽しげなアイカさんの口調。

「お主、もし魔族であったとしても、傑物として大成したと思うぞ」

「ま、私にも色々あった――そういうことですよ」

 初めて見たレティシアさんの苦笑い。いつも飄々としている人だけど、やっぱり苦労もしているんだろうなぁ。それを他人に察せられないようにしてるだけで。

「身の上話はそこまで。後にして」

 若干苛ついたようなクロエさんの口調。

「それよりも、もっと最悪の想定がある」

 あぁ、うん。その可能性も否定できない。しかも結界が自然に緩んで自然に回復した、なんて話よりも確実性の高い可能性が。

「その大層な結界を破り、誰かが侵入した後に結界が戻った、あるいは戻したという可能性が」

 それが誰かなんて解るはずもないけど、一つだけ確かなのことがある。

 もしそんなことができるなら、それはとんでもない実力者だということだ。

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