第二話 探索者クロエの憂鬱#5


「……っ!」

 森の深い場所を馬車が通過中に、私の感覚が複数の気配を捉えた。

「百メートル程先に、複数人の反応があります」

 殆ど反射的にそう小声で合図し、更に周囲を探る。感じられるのは目前の三人のみ。もっと遠くに仲間がいるかも知れないけれど、探知範囲外だからわからない。

 とはいえわざわざ分散してくれてるなら各個撃破のいい的だし、仮に長距離攻撃手段を持っていたとしても乱戦状態で遠距離武器・魔法を撃ち込めば味方を誤射する危険があるから手は出せないだろう。

 というか、遠距離戦を挑んでくるのなら──このわたし、少々自信がありましてよ。オホホホ。


 えーっと、柄にもない真似はおいといて。


 わたしの小声を合図に、皆が打ち合わせていた通りの行動を起こす。

 ごく自然な動き──だと本人達は思っているのだろう──で周囲を固めるような位置取りをした護衛の連中に、こちらも違和感無いようにさりげなく位置を調整する。

 連中、自分たちのことで手一杯なのか知らないけれど……うん、この手の動きに鈍感過ぎるのは、野盗としては三流かなぁ。

「うらぁぁぁぁぁっ!」

 などと思っていたら、前方の木陰から三人の人影が大声を上げながらこちらに突っ込んで来た。

「はじまったな」

「ボーダー・フィールド!」

 アイカさんが短く言うと同時にレティシアさんが用意していた魔法を展開する。次の瞬間、突然の展開になにが起きたのかわからず混乱する馬車隊のメンバーを薄白く光る魔法障壁が囲い込んだ。

 物理的干渉どころか魔法的干渉すら跳ね除ける鉄壁の壁は、襲いかかってきた護衛改め野盗連中程度の実力では傷一つつけることはできない。

 ……っていうか、これ。基本的に単体魔法のハズなんだけど、レティシアさん。こともなげに範囲魔法として行使しちゃっている。

 ホント、なんでこの人。なんでわたし達のパーティーに入っているんだろ?

「バカは死んでも治らないけどね!」

 そう言いながらクロエさんが、何度も攻撃を弾かれ意地になっていた野盗を背後から突き刺す。シールドで守られた相手を通常の武器で突き破ることはできないのに、なんともマヌケな話だ。

 一方アイカさんの方は同時に襲ってきた二人の手から剣を弾き飛ばし、前蹴りで地面に転がしている。

 おっと。いつまでもよそ見をしている場合じゃない。私にだってちゃんと役割はあるのだから、集中しないと。

 レティシアさんの側に付く、万が一に備えるのがわたしの役目。

 流石にレティシアさんをもってしても、『ボーダー・フィールド』を全体展開するのは難しい作業みたいで、魔法を制御している間はそれに集中する必要があって全く身動きがとれない。

 もしレティシアさんの集中が途切れてしまえば『ボーダー・フィールド』の魔法は解けてしまう。

 『ボーダー・フィールド』の魔法は外からの攻撃を遮断する反面、内部からの外への攻撃も遮断してしまう──詳しい理屈はわからないけど、対象者の存在次元を歪め、お互いが干渉できないようにしているらしい──から、わたし達は魔法の影響外にいる。それはレティシアさんも同じこと。

 だから役割分担が重要。

 アイカさんとクロエさんは正面から相手を受けて立つ。

 レティシアさんは馬車隊メンバーを守る。

 そしてわたしは、魔法に集中できるように、レティシアさんを護衛する。

 合わせて新しい敵が追加でやってこないか周囲警戒も。

「おいおい、打ち合わせと違うじゃねーか!」

 前方からやって来た三人が、どこか楽しげな口調で言っている。

「だがまぁ、活きの良い連中は嫌いじゃねぇぜ」

 三人とも振りかざしているのは刀。しかも、全員が黒髪。そして体全体から漂う魔力のオーラ。

 間違いない。魔族だ。

(流石にそれは予想外……?!)

 正直言えば、やけに少ないな。とは思っていた。

 最低でも同じぐらいの人数はいるだろうと予想していたらたったの三人。無意味とは言わないけれど、増援にしては心許ない数。


 だけど、それが魔族となれば話が違う。


「宵越しの銭の為に引き受けた糞つまらねぇ、弱いもの虐めだと思っていたが、どうやら少しは楽しめそうじゃねぇか!」

 護衛のふりをした強盗もどきが残り五人。そして向こうからは魔族の野盗が三人。

 人族と比べて著しく高い戦闘力を持つ魔族は、三人だけでも大きな脅威。かつての戦いで、魔族の戦士一人は人族の戦士五人に値するとまで言われたのは伊達じゃない。

「クソッ! 私の前に姿を見せるなァ!」

 クロエさんの叫び声に、アイカさんは眉をピクリと動かし、小さくため息を漏らす。

「クソがよぉ……」

 さっきアイカさんに派手に蹴飛ばされた男の一人が、武器を拾い直してアイカさんへと近づいてきた。

「女だと思って手を抜いてしまったがよ、本気を出せば――」

「五月蝿いぞ」

 なにやら喚いている男を、いかにも面倒くさそうにもう一度蹴り飛ばす。蹴られた男は謎のうめき声をあげながら地面を転がっていった。

 全力ではないとは言え、アイカさんの蹴りを受けてうめき声ですんでるのだから、あの野盗。ああ見えてなかなかタフなのかもしれない。

 一方のアイカさんはそんな男に興味を示さずクロエさんの方へと移動する。

「……余は人族を斬るのを好まぬ」

 そして背中から肩を叩き、その言葉を口にした。

「あの魔族の痴れ者共は余が受け持つ故、そなたは同族の馬鹿者共を相手するが良い……お主も魔族の相手をするのは、うんざりしておるようだからな」

 そう言うと、クロエさんの返事も待たずに魔族三人の前に立つ。

「どこの家中の者か知らぬが……野盗などという恥晒しな身に落ちたというなら、成敗され、朽ち果てる覚悟はできておろうな?」

 その言葉が怒りで震えている。少なくともアイカさんは、相手が同族でも容赦するつもりはない――いえ、同族だからこそ許せない様子。

 元魔王を自称しているだけあって、不祥事には目を瞑れないってとこだろう。まぁ、国を飛び出す魔王って存在自体が不祥事な気もしなくはないけれど、賢いわたしはそれを口にしたりはしない。

「無益な戦いを挑もうとは、武士の風下にも置けぬ愚か者共よ……腕試しのつもりなら、予が存分に相手してやろうぞ」

「……ちっ!」

 アイカさんを目にした魔族の男から笑みの表情が消える。

「とんだ化け物を引いたみたいじゃねぇか……」

 うわ。あの魔族。言うに事欠いてアイカさんを化け物呼ばわりなんて。ギルティ確定!

「化け物、化け物な……」

 どこか面白そうなアイカさん。だけど、わたしにはわかる。あれは怒っている。笑顔に騙されてはいけない奴。

「余は化け物やも知れぬが、修羅道に落ちた鬼畜ではないぞ。少なくとも余であることを辞めるつもりはない」

 うわー。あそこまで怒っているアイカさんは初めて見たかもしれない。野盗ながら相手が気の毒になってきた。

「……クッ。勝手にしろ!」

 魔族の野盗相手に盛り上がり始めたアイカさんを見たクロエさんが、舌打ちしつつ反対側へと走り出す。

 主力メンバーが二人揃って一箇所にいるのは実に困った事態だったので、今の状況を把握して貰えてなにより。

 アイカさんに吹き飛ばされて呆然としていた野盗連中も、気を取り直し、与し易そうなこちらにジリジリと近づきつつあったので。

 アイカさん達の強者オーラを見て、勝手に深読みして慎重な行動を取ってくれているけど、それもいつまで保つかはわからない。

 いや、ハッタリなんていつまでも通用するモンじゃないから。

(………)

 平静を装っていても、流れる汗はごまかせない。

 この距離じゃ弓は使えないし、わたしの剣術など正直どこまで通じるのか。早く助けてください。ヘルプ、ヘルプ!

「エリザに近づくな、このクソ共が」

 まるで風のようなスピードでクロエさんが走り寄り、瞬く間に一人を斬り伏せる。その隙に左右から二人が斬りかかってきたが、簡単なステップでそれを避け、一人を返り討ちにする。

「くそっ! こいつ強いぞ!」

 残りの野盗が慌てて距離を開き、クロエさんを包囲する。

 こうなると単純に人数差の問題が出てくるので、彼女もうかつに動くことはできない――って包囲してる連中は思ってるんだろうなぁ……。実際には相手が手出ししてこない間に、最適解を計算しているだけで、もうちょっと待てばクロエさんの方から攻撃へ打って出るだろう。

 さて、アイカさんの方は――。

「……っ!」

 アイカさんの方を向こうとした瞬間、わたしの感覚にとてつもない殺意が反応する。

 これは――間違いない。遠距離攻撃だ。素早く視線を向ければ、遠くから矢が飛んでくるのが目に入った。

 この方向と角度は……狙いはレティシアさん?!

「クィックショット!」

 殆ど反射的にこちらも矢を放って迎撃する。充分な狙いを付けている暇がなかったので少し自信が無かったけれど、狙ったとおりに矢を撃ち落とすことは出来た。

「ホークアイ!」

 矢が飛んできた方向に視線を向け、景色を拡大してゆく。矢が飛んできたということは、あの三人の他に狙撃手が存在する。そして続けて矢が飛んでこないということは、その数は一人ということ。

 一人ならば、一見無防備に見えるレティシアさんを狙うのも当然ね。

 最初に魔族三人が飛び出してきた木陰、さらにその数十メートルぐらい後ろの高い木の枝に足をのせて、もう一人魔族の女性が潜んでいるのが目に入る。

 矢が撃ち落とされたことにも慌てず、わたしの半身もありそうな大きな弓を構え、次の矢をつがえようとしていた。

 余計なことに思考を割かず、即現実に対応する――間違いない。手練の射手だ。

「さぁて、楽しくなってきた!」

 正直言えば、このまま見せ場なく終わっちゃうんじゃないかと心配していたけど、ここにきてわたしの得意分野。

 相手も相当な腕利きみたいだけど、わたしの弓の腕前も捨てたモノじゃない。それにミスリル弓だってあるし。技でも武器でも互角以上の勝負を挑める自信がある。

「まずは小手調べ……っ!」

 相手よりも早く矢を放つ。魔族の使う弓は、威力に優れている反面、弦を引き絞るのに力と時間が掛かる。だから、後から弓を引いたわたしでも先手を取ることができた。

「………!」

 多分舌打ちでもしたのだと思う。一瞬表情を歪めた女魔族が矢を放つ。その矢はわたしの放った矢を正面から捉え、見事に相殺した。

 スキルの助けもあるだろうけど、これは中々に厄介。事故が怖いし早めにケリをつけた方が良さそう。

「……ラピッドショット!」

 三本の矢を持ち、連続で撃ち出す。普通にやればロクに引かれてもない矢などヘロヘロ飛ぶのがやっとだけど、スキルで強化されたわたしの矢は、最大限引き絞られたそれと変わらぬ勢いで相手目掛けて突き進んだ。

(さて……お手並み拝見っと)

 連続して襲いかかる矢。それに対して相手が取ったのは、真っ向からの迎撃。放たれたその矢は、何かのオーラを纏いながら飛翔して、わたしの矢を三本とも叩き落とす。そしてそのままわたしの方へと真っ直ぐに迫って来た。

(これまた、凄い剛弓ね……)

 感心するほど、単純且つ簡単な返し方。なるほど、魔族らしい開き直りだ。基礎的な身体能力が高ければこその芸当。羨ましいったらありゃしない。

 ひ弱な人族としては、スキルと装備でその差を埋めて対抗あるのみ。あちらも卑怯とは言わないだろうし。

「パワーショット……全力で持っていけぇー!」

 弓を持つ手に握りしめた魔力結晶から引き出せるだけの魔力をミスリルに乗せて矢を放つ。魔力で大きく威力を増した矢は相手の矢を弾き飛ばし、そのまままっすぐ魔族の射手へと命中し、相手の右半身を木ごと巻き込んで吹き飛ばした。

 魔族の射手さんはそのまま地面にドサッと落ちたけど、多分即死してるよね、アレ……ちょっとやりすぎたかもしれない。

「私、思うのですが」

 その光景を見ていたレティシアさんがため息を漏らす。

「エリザさんも、大概人外な腕前持っていますよね」

 そんなことを言われても、このミスリル弓あればこそだし……まぁ、今回は少々力加減を間違えたのは認めるけど。

「それより、アイカさんは?」

 射手は排除したけど、アイカさんの相手は魔族三人。その強さを疑うワケじゃないけれど、流石に三対一はキツイんじゃないかな。

「なんだ、なんだ、つまらん連中だな」

 ……そうでも無かったみたい。

 改めて視線を向けると、既に魔族の一人は両断された状態で地面に倒れており、もう一人は左腕を付け根から切り飛ばされて地面に膝を付いていた。

 残る一人は刀を両手で握ってアイカさんと相対しているけど、明らかな焦りの表情を浮かべている。

「少しは楽しめるかと思えば……足軽に毛が生えた程度の腕前ではないか」

 心底がっかりだとでも言いたげなアイカさん。

「人族の剣士の方が、遥かに戦い甲斐があるぞ」

「……くそっ。舐めやがって……」

 最後の一人は、怒りのあまりプルプルと震えている。

 人族以下の強さって言われるのは、最高に魔族を煽る言葉らしいけど、効果はてきめんだ。

「ん? 舐められるのは、お主がそれだけの実力しか持たぬからであろう? 恥を知るが良い」

「そもそもなんでこんなシケた馬車隊の護衛に武家の剣士が混じっているんだ……? 反則だろうが」

 そう言いつつも、僅かに足を動かしつつ有利な位置取りをしようとしている。

「いかなる場合であっても最悪の状態を考えてこそ、であろうが。その手間を惜しむことこそ三流の証拠であるぞ」

 煽るなぁ、アイカさん……同族が野盗に身を落としているのが、よほど気に入らないらしい。

「まぁ、情けないとも思わず野盗なんぞに身を落としてあたり、三流どころか四流以下であろうがな」

「こんな場所で武家もクソもねぇな。その大口、後悔させてやるぜ!」

 言葉と同時に刀を前に突き出し、猛然とダッシュを仕掛けてアイカさんに迫る。

「イノシシめが!」

 その切っ先をアイカさんが避け、刀を振りかざし――そこで行動が止まる。

「掛かったな!」

 野盗の男がニヤリと笑う。

「斬れるモンなら斬ってみろよ――御武家さんよぉ」

 笑う男の胸元で光る漆黒のペンダント。アレは……!

「自爆上等とは……ほとほと覚悟の使いどころを誤っておる愚か者だな」

 別のダンジョンで見たことがある。呪いのアイテムの一つで、所有者が死んだ時に周囲を巻き添えにして大爆発を起こす危険物。

 厄介なことにアーティファクトの中では比較的メジャーで、裏マーケットではよく出回っている。

 神話の時代に、魔物と戦う為に大量に作られたと言われているけど、どんな使い方をされていたのかは考えたくもないシロモノだ。

「死んでもタダでは転ばぬという気迫は買うが、死兵は敗北しか意味せぬ」

「こちとら武士道なんて高尚なモノとは無関係でね」

 男がせせら笑う。

「どうだ? ここいら一帯を吹き飛ばしたくないなら、俺を見逃しな。そこでうずくまってる連中を引き渡せば、おたくらも面目は立つだろう?」

「余の嫌いなモノが幾つかあるが」

 だけどアイカさんは男の言ってることなど聞いていない。しゃべりながらズンズンと男に迫る。

「その最たるモノは、こちらに利がない要求をむりやり押し付けられることだ」

 そう言いながら男の胸を掴み、上へと持ち上げた。アイカさんより体格がある、こともなげに持ち上げている。相変わらずのパワー。

「クソッ! 何のつもりだ!」

「その傲慢、お主の命でもって償うがよい」

 そう言うと、ジタバタ暴れる男を、なんと真上に思いっきり放り投げてしまった。

「エリザ!」

「はいっ!」

 短いアイカさんの言葉だけでその意図は通じる。

 弓に矢をつがえ、わたしは空を飛んでいる男目掛けてそれを放つ。

「くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 放たれた矢は狙い違わず男を貫き、次の瞬間大爆発が起きた。

「……汚い花火よの」

 その喩えはどうかと思うけど、まったくもって同感。



   ††† ††† †††



 アイカが勝手に魔族と立ち回りを始めるのを見て、私は相手を他の野盗に定める。

 魔族と戦う事自体に是非も無いが、同族同士で勝手に殺し合うというのならば好きにすればいい。

 あの連中にはお似合いだ。

「くそっ……予定が狂ってるにもほどがあるぞ!」

「こんなド辺境に向かう馬車隊の護衛のレベルじゃねぇ……」

 薄汚い野盗共がなにやら喚いているが、耳にする意味もない。どうせ、数分後には肉塊になるだけの相手だ。

「まだ人数ならこっちが勝っている。手はある筈だ」

 賢者は魔法を維持するために、エリザはその護衛として馬車隊の方に残っており、アイカは同族殺し中。この状態で応援なんて期待できないが、問題はない。

 薄汚い裏切り者と傭兵くずれの強盗など、何人いようとも私の敵ではないのだから。

「ともかく殺っちまえ! こいつらさえ始末すれば、後はどうとでもなる!」

 それはそうだ。私達が排除されれば、この馬車隊を守るモノはなにもない。連中を守っている魔法も永遠に効果が続くワケではないのだから。

「ま、そんなことが可能だと思うなら、試してみればいい」

 その結果は、自分達の命で贖うことになるだけだけど。

「おらぁ!」

 まず斧使いの一人が耳障りの悪い大声を上げながら襲いかかってくる。ある意味これは牽制だ。

 命中すればそれで良いが、あくまでも本命じゃない。

「多少は腕も立つみたいだが、これには対応できねぇだろう!」

 予想通り反対側から、剣を振りかざした男が突っ込んでくる。

 対応は簡単。左手で斧を弾き飛ばし、右手で剣先を払いのければ良い。そして――。

「なっ! 俺の斧が……!」

「ちっ! こいつを躱すとはな!」

 両方からの攻撃を受け流されて驚愕の声を上げる。だけど、それも演技なのはわかっている。

「これで終わったと思ったかぁ!」

 呑気に叫びつつ、後ろから突っ込んできた相手を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。それに合わせて前からも突っ込んでくる男がいる。左右の攻撃を払い、後ろ蹴りで体勢を崩した私は、さぞかし美味しい獲物に見えているのだろう。並の探索者ならこれで詰みだろうから。

「死ねや!」

 私に向けて剣を振り下ろそうとして――弾き飛ばした斧がクルクル回りながら、その男の頭をかち割る。

 ただ相手の武器を弾き飛ばしても芸はない。せっかくだから最大限有効活用しただけのこと――私の計算に間違いはない。

「な……?」

 呆気に取られる左右の男二人を突き殺し、背後で転がっている男に止めを刺す。

「ば、化け物……!」

 最後の一人は戦意を喪失したのか、喚きながらこちらに背を向けて逃げ出す。

「こんなはした金で、命まで掛けられるか!」

 ま。逃げるなら好きにすればいい。逃げられるなら。どのみち、アイツの命は十秒後に終わる。

「……んがっ!」

 後ろから飛んできた矢が男の頭を貫通し、その命を奪い取った。確認するまでもない。エリザの一撃だ。彼女の弓は、敵を逃したりはしない。

「ふん……つまらない」

 大した腕前もない野盗が数人。己も弁えず破滅しただけ。くだらないにもほどがある。

「ふむ、そちらも無事終わったようだな」

「……っ!」

 近づいてきたアイカに、戦闘態勢の身体が反応し、殆ど無意識のまま剣先を向ける。

「おっと」

 剣先を向けられても、表情一つ変えないアイカ。少しぐらい慌てればいいのに、全く可愛げのない奴。

「興奮しているのはわかるが、敵と味方の区別ぐらいはつけよ……こんな場所で決闘騒ぎはゴメンだぞ」

 魔族を三人も相手にすれば少しは苦戦するかと思っていたが、そんなこともなく処理してしまったらしい。

 さっきの大爆発もその絡みだろう。まったく、派手なことだ。

「余が好かれているなどとは思わぬが、もう少し態度を柔らかくしてくれてもバチは当たらぬであろう」

「魔族と馴れ合う気はない」

 アイカの言葉に、私は短く吐き捨てる。

「仕事の中で私情を優先することはないが、それ以上はない」

「はぁー……嫌われたモノだな。余はお主を嫌ってはおらぬのだがな」

 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま言うアイカ。それは明らかにこちらの反応を面白がっている表情だ。

「せめて嫌う理由ぐらい、教えてくれてもよいと思うのだが?」

「ちっ」

 馴れ馴れしい魔族め……どこまで私の気に障れば満足するんだ?

 あの時のように、勝手に――。


   ・・・ ・・・ ・・・


 それは、探索者なんて仕事をやっていれば、よくある出来事の一コマに過ぎなかった。

 探索の途中で野盗の襲撃を受ける。特に珍しくもないイベントだ。

 人によっては小銭稼ぎの良いネタだと思っているらしいが、私から見ればただただ煩わしいだけの話にすぎない。

 私の目的はアーティファクトの発見で、盗賊退治じゃない。そんなモノは名誉に飢えた騎士隊にでも任せておけば良いことだ。

「我が名はタグサ。お主が保つ金寸、すべて置いて行って貰おう」

 ただ、それにしても魔族の野盗というのは珍しかった。


「見事……っ」

 タグサとの戦いは、特に何も言うことはなく終わる。

 流石に魔族だけあって強敵ではあったけど、難敵とはなりえない。その綺麗な剣筋は、恐ろしい技ではあったけど、それだけ計算しやすい技でもあるのだから。

 ほぼ一方的な戦いの結果、この魔族の男は致命傷を受け、仰向けに倒れていた。

「人族にも強者はおるのだな……知っていた筈だが、慢心しておったか」

 自嘲的に呟き、懐に手を入れる。最後の足掻きを警戒し剣を構えるが、タグサが取り出したのは一枚の紙だった。それに何の意味があるのか、さっぱりわからない。

「行け! そして伝えろ……」

 男がつぶやくと同時にその紙が鴉と変化し、一声高く鳴いて飛び去る。

「まさか……仲間がっ?!」

 しまった! 未知の行動に、反応が遅れてしまった。紙切れが生物に変化するなんて、聞いたこともない。魔族特有の魔法だろうか。

 いや、それよりも。タグサは伝えろと言った。このまま逃しては面倒なことになる。

「面倒な……」

 このまま放置して再襲撃されるのも面倒だし、結局のところ後を追うしかない。

 紙で出来た偽物のせいなのか、それとも他に狙いでもあるのか鴉の速度は遅く、見失うことなかった。

 これはいよいよもって罠を疑う状況。明らかにこちらがつけてくるのを狙っているとしか思えない。


 その鴉が飛び込んだのは一軒のボロ家の中だった。他に家屋はない。木こり小屋か猟師小屋なのかもしれない。

 人の気配がするからには、ここが目的地なのだろう。

「………」

 どうするべきか一瞬迷ったものの、結論は一つしかない。向こうから出てこないなら、こちらから中に入るのみだ。

 不意打ちに備えて慎重に中に踏み込む。

「お待ちしておりました」

 そこには一人の少女が、正座をした格好で待っていた。奥にはもう一人、誰かが横たわっているようだ。寝ているのか、微動だにしていない。

「……お前は」

「父は弟の薬代を稼ぐために身代を持ち崩し、挙げ句に野盗にまで身を落としました」

 私の問いに答えず、少女は言葉を続けた。

「その父が死んだ以上、弟は助かりません──せめて楽にしてやるのが姉である私の務め」

 その言葉にハッとして奥の人影を見直す。そこに横たわっている少年は、心臓辺りを一突きにされ息絶えていた。まだ傷口から血が固まらずに溢れているということは、つい先程殺されたのだろう――この姉を名乗る少女の手によって。

「そして、如何なる理由があろうとも親族殺しは大罪。私の命を持って償うしかありません」

 呆然と見ている私にお構いなしに、少女は言葉を続けていた。

「最後に貴女様へ感謝を。父は貴女のような強者の手にかかることで誇りを守りました。返せるものなどなに一つございませんが、死にゆく身に免じてお許しいただけますよう」

「なにを……言っている?」

 言葉は届くが、意味を理解することを感情が拒否する。

 駄目だ。最後まで聞いては駄目だ! 感情が激しく警戒の言葉を上げるが、身体は縛り付けられたかのように動かない。

「それでは、おさらばです」

 そんな私のことなどお構いなく言いたいことを言い終えて、止める間も無くその少女は手にした短刀で自分の首を突きさした。

 まるで噴水のように吹き出す鮮血。

「なっ!」

 ほとんど反射的に駆け寄りその身体を抱き起こしたが、もう手の施しようが無いのは明らかだった。

 抱き起こした私をガラス玉のようになった瞳で見つめながら、少女の唇がわずかに動く。だが、喉を突いたその口からは意味のある言葉はでてこない。

 満足げな表情をわずかに浮かべたあと、少女の身体から力が消え、その生命が失われたことを示す。

 震える手で身体を地面に置くと、その身体から流れ水たまりのように地面を濡らす血。

「なんなんだ……」

 いったい、これはなんの寸劇だ? 勝手に殺し、勝手に死んだ少女。動かぬ死体。

「私に──私にこんな物を見せつけて、どうしろと……?!」


 ワ タ シ タ チ ヲ ワ ス レ ナ イ デ


 言葉は聞き取れずとも私の目と思考、そしてスキルはその唇の動きを読み取り、理解していた。

「あぁぁぁっ!」

 これは呪いだ。

 身体に直接害を及ばさずとも、永遠に記憶へと刻み込まれる呪いだ。どんな魔法を用いても、決して解かれることのない。

「くそっ!」

 魔族はなによりも『家名』を尊ぶと聞いたことがある。自分達の名が忘れ去られるのを極端なまでに恐れると。

 あの娘は──タグサの娘は、私の記憶に自分の『家名』を刻み込こんだ。その名を存続させる為に。

 その名を継ぐべき者などもういないのに。それでも私の記憶の中にその名前は残り続ける。私の意思とは関わりなく。

 私は、この死んだ魔族の一族に利用されるのだ──死ぬまで。

「くそっ! くそっ!」

 一方的に襲われ、一方的に戦いを強いられ、一方的に呪われた――私は魔族を許さない。

 それが誰であっても。


 ・ ・ ・


「お前に話す義理はない」

 このアイカという女性が無関係なのはわかる。エリザと仲良くやれているのだから、善人であることも理解できる。

 だけど、それでも。あいつは魔族なのだ。

「魔族は私の敵だ。その事実以外に語ることなどない」

 そう。あいつは魔族であり、私とは絶対に相容れぬ存在。

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