第二話 探索者クロエの憂鬱#4
目的の場所までは、レティシアさんのテレポーテーションで一瞬──というワケには行かなかった。
「私のテレポーテーションは、一度行ったことがありなおかつ記憶に強く残っている場所じゃないと無理なんです」
連絡のあった開拓村は一年程前に入植が始まったばかりの場所で、もちろん誰も訪れたことはない。
「せめて行ったことがある人がいれば記憶共有を行って、無理にでも移動することはできますけど」
さらりと怖いことを言ってくるレティシアさん。記憶共有って……その気になれば、なんでもできるんだなぁ、この人。
うん。絶対に怒らせないようにしようっと。
「あと、五人程度の複数人を一緒にテレポーテーションさせることはできますけど、そのためにはお互いに強い信頼感があることが必須です」
淡々と言葉を続けるレティシアさん。感情の全くこもらないその喋り方は、普段とあまりにもかけ離れていて。
「非常に言いづらい上に心苦しくもあるのですが……私達の間に、そんな強い信頼感があると思いますか?」
「………」
「まぁ、アイカさん辺りなら気にしないでしょうけど、こう見えて私。以外と執念深い性格ですので」
無言のクロエさんに、レティシアさんは言い切った。今のアナタを信用する気はないと。
「……ふん。存外役に立たない女狐だな」
僅かな沈黙の後に、クロエさんは吐き捨てるように言う。
「出来ないなら仕方ない。普通の方法で向かうしかない」
目的地までは徒歩で六日、馬車でも三日強ぐらいの日程になる。遠いと言えば遠いけど、近いと言えば近い実に微妙な距離。
しかも定期便の馬車なんてないし、開拓初期の村なんて野営地に毛が生えたような扱いだから、そんな辺鄙な場所にわざわざ行こうなんて物好きはいない。
まぁ、指定された期限は二十日間だから、歩いて往復しても日程的には余裕はあるけど……。
「それが無難であるのはわかるが、些か面倒だな」
う~む。と唸りながらアイカさんが口を開く。
「それなりのリーブラが必要だが、馬車でも雇うか?」
街内には資源集めに行く探索者を対象にした貸し馬車がある。なにしろ資源回収は重労働だから、持ち帰るのに楽になるサービスは需要が多い。
ちなみにわたしは体積・重量縮小鞄を持っている(高かった……)ので、持てるアイテムは見た目以上に多いのが密かな自慢だったりもする。
もっとも、レティシアさん辺りならより上位のポーターボックスぐらい持ってそうだけど。
「それは現実的じゃない」
クロエさんが呆れたように言う。
「金ならなんとでもなるけれど、人手はどうするの?」
一日二日ならともかく、二十日も馬車を借りたら賃貸料はとんでもない高額になる。そのうえ馬車を長期間使うなら、その間に馬や車台手入れのために別の人手を雇う必要もあるワケで……ホント、お金はともかく色々と面倒くさい。
しかぁし、わたしにはちょっとした心当たりがある。
依頼を受けた後、アイカさんとクロエさんがワイワイ言い合っている間に、トーマスさんから一つ情報を仕入れておいたのだ。
正直、メンツが超人過ぎて埋もれているような気がするから、ここで一つ役立つところをアピールしておかないと!
「わたしに、良い考えがあります」
その情報とは、問題の開拓村に補給品を運ぶ定期荷馬車隊(ギルドに報告を伝えたのもこの馬車隊)が、明後日目的地に向かって出発する予定だったけれど、前回まで雇っていた護衛は昨日連絡が取れなくなったそうで、急遽集めることになったって話。
渡りに船とはまさにこのこと。
その代わり道中の安全を保証する必要があるわけだけど、アイカさんにレティシアさん、それにクロエさんという面々が揃っているのだから、途中で襲ってきた相手の方が気の毒。
ついでに食料や水といった消耗品も馬車隊に任せることができる。
一石二鳥どころか三鳥のナイスアイデア!
「ふーむ」
しかし、なぜかアイカさんの反応は芳しくない。
「馬車隊の護衛ということは、途中で襲撃があればそれに対応せねばならぬということだな?」
「えぇ、まぁ……」
それはそうだ。襲撃に対応するから護衛なワケで。
「ふぅむ」
なんだろ? アイカさんにしては珍しい歯切れの悪さ。
「ふん、魔族め。なに、その腑抜けた声は」
すかさず煽りにかかるクロエさん。仲良くして欲しいとまでは思わないけど、この一々アイカさんに突っかかるのはどうにかならないのかなぁ……。
というか数年前と比べて随分印象が変わったけど、なにがあったのだろう? 短期間で『金』級まで昇るのは並大抵の努力ではなく、様々な苦労があっただろうとは思うけど。
「確かに道中で魔物や魔獣に襲われることもあるだろうけど……街を一歩も出ないうちから怖気づいたの?」
「……まぁ、よい」
クロエさんの煽りにもこれといった反応もせず、アイカさんが両手を叩く。
「エリザの提案は妥当なものだと思うが、決めるのはクロエ、其方だ」
そう。わたし達はあくまでもクロエさんに雇われている立場。提案はできても決定権はクロエさんにしかない。
「気に入らないというのであれば、それでもいいですけれど」
と、こちらもクロエさんに厳しいレティシアさん。
「その場合は適切な代案を出してくれませんと、お話になりませんけどね」
なぜかクロエさん相手にだけ敬語調でよそよそしい。アイカさんに対するクロエさんの態度も問題だけど、クロエさんに対するレティシアさんの態度も頭が痛い問題だ。まぁ、こちらについては実害があったのだから、まだわからなくもないけど。
「エリザの案で行く」
アイカさんが期待通りの反応をしなかったのか、軽く舌打ちしつつもクロエさんはリーダーとしてやるべき決断を下す。
「これから長道中だし、少しでもこちらの労力を減らせるのは無視できないメリットになる」
護衛仕事は、行動を護衛対象に縛られる反面、食事や寝床については向こうが準備することになっている。
極端な話、身一つで引き受けられる気楽な仕事だ。
「では、早速トーマスさん経由で話を通しておきますね」
わたしの言葉に残り三人も頷いた。
* * *
準備を整えた翌日、わたし達は馬車隊のメンバーと出発地点で合流した。
なにしろどっちにとっても充分な時間が無い話で、リーダーの人以外と面通しなんて出来ていない。トーマスさんの話ではわたし達の他にも護衛メンバーがいるとのことだったけど、そちらについては詳細もわからず、顔合わせすら済んでいなかった。
「それでは、目的地までお願いします」
隊のリーダーである、ガランさんが軽く挨拶してくる。もう四十代の男性だというのに引き締まった身体の持ち主で、動きも軽快。経験の深さが体全体からにじみ出ている。
「こちらこそ宜しくお願いします」
なぜかパーティーを代表して、わたしが挨拶を返す。
最初はメンバーの中に魔族が混じっていることに困惑を隠せない様子だったガランさんも、アイカさんのプレートに天秤のマークが彫り込まれていることを見て納得してくれている。
「……魔族の女……」
「……変わった連中……」
一方、同じ護衛任務を引き受けたもう一方のメンバーは、アイカさんの方を見てなにやらヒソヒソと喋っている。
六人いるその集団はこの辺では見覚えの無い顔ぶれだけど、恐らくは王都あたりで傭兵でもやっていた流れ連中を、ギルドを介さず雇ったのかもしれない。辺境で探索者をしていたのならアイカさんの噂を知らないはずもないし、そもそも見る限りプレートを下げてないしね。
ただ態度はともかく装備は充実しており、その辺の探索者とは一線を画している。
一応、リーダーらしき男に挨拶しておいたけど、面倒くさそうに片手を上げただけで、口を開きもしない。
なんとも感じの悪い反応だけど、傭兵くずれならこんなモンなのだろう。雇用主ならともかく、たまたま一緒になった相手と馴れ合っても仕方ないとか考えてそうだ。
別にいいけど。
馬車は全部で八台。その中の一台ずつにわたし達ともう一方のパーティーが分散して乗る。
前方に対して右側の警戒をわたしたち、左側をもう一方に任せるという形だ。
「しゅっぱーつ」
ガランさんが大声を上げると同時に馬車が動き出し、ガタゴト音を立てながら目的地へと向かって動き出した。
ボロが出たのは、出発してから二日後の話だった。
昼間は隊を前進させ、夜は円陣を組んで休む。休んでいる間はわたし達ともう一方のパーティーが交互に見張りを受け持つという形になっている。
時間は夜半過ぎ、数時間前に見張りを交代したわたしは、寝たふりをやめてこっそりと馬車を抜け出した。
「さて、と……」
足音を立てたり、他の人の注意を引かぬよう慎重に馬車の間をすり抜ける。
隊の中央にある焚き火の周囲には誰もおらず、大分離れた暗がりの方にうっすらと人影が見えた。
どうやら、集まって何事か話し合っているようだ。
(……居眠りしているよりはマシだけど、護衛の仕事としては失格ね)
敵はどこから来るのかわからないのだから、全員をそれぞれの方向に分散して見張りをたてるべきだし、少なくとも中央の焚き火には一人残しておくべき。それが全員揃って仲良く内緒話とはいやはや。
警戒魔法でも使えるなら別だけど、そんな雰囲気もないし。
(ま、お陰でこちらも楽できるワケだけど)
わたしが更に近づいているというのに、連中はまったく気がついてない。
距離にして十メートルぐらい。そこに立っている木の幹に、わたしはピタリと身体を貼り付けた。
気配を消すのはそれなりに自信をもっているけれど、流石に身を隠すものがなければすぐに見つかってしまう。
「ピック・サウンド」
身を隠したまま、小さく魔法を唱える。
「ちっ……しけた馬車隊だな」
しばらくした後、リーダー格の男の言葉が耳に届いた。
わたしが使ったのは周囲の音を拡大して聞き取る魔法――要するに聞き耳の魔法だ。
「荷物といえば食い物と燃料に古着。売っぱらったとしてもロクな金にならねぇ」
「もう少し発展した村なら、もうちょっとマシな荷物を運んでたんだろううが……ちょいとアテが外れたな」
どうにも仕事中の態度や、時折こちらを見る視線が信用ならないので様子を伺うことにしたのだけど、まさか一発目で勘が大当たりするとは。
「こっちも遊んでいる余裕は無かったからな、今回は仕方あるまい」
「こいつは苦労のワリに儲けが少なすぎるだろ」
儲けを考えるなら商隊の護衛でも引き受けるべきだったけど、商隊は信用している相手しか使わないから、潜り込むのも難しいでしょうし。
なんというか、ご愁傷さま?
「あいつら始末するのに掛かった手間を考えれば赤字もいいところだぜ」
思ったよりもえげつない連中だった。
正直言えばこの辺ではそう珍しいことでもない。辺境で行方不明になったり無残な姿で発見される隊商や人はそれなりにいるし、その全てが魔物や魔獣のせいとは限らない。野盗や強盗に襲われ、荷物だけではなく命まで奪われるケースも少なくない。
にしても、腕前はともかくこんな程度の低い傭兵くずれを雇ってしまうなんて……。
急な話で人を選んでいる余裕が無かったのだろうけれど、こればかりはガランさんの手落ちだ。
「それより、あの女達。アレなら結構な値段で売れるんじゃねぇか?」
いつの間にか話題がわたし達に移っている。
「ツケの溜まっている娼館にでも売っぱらうか」
「いいな、それ」
聞かれているとも知らずに言いたい放題続ける男たち。
「そしたら、俺たちも遊び放題だぜ」
下品な笑い声に思わず顔をしかめてしまう。この手の雑言は、慣れはしても気分が悪くなるのは仕方ない。
「ともかく、もう少しで予定の場所に着く。くれぐれも油断するなよ」
どうやらこれ以上は危険みたい。そろそろお話も終わりそうだし、知りたいことも知ったし……見つかる前に引き上げよう。
翌朝。交代した連中がぐーすか寝ている間に、わたしはパーティーメンバーに昨晩耳にした内容を話す。
嫌な予感が的中した以上、なんらかの手を打つ必要がある。
流石にわたし一人でどうこうしようとは思わないから、ここは素直に三人に相談しておくが吉。
「ま、よーするに、連中は裏切り者ってことです」
わたしの言葉に、三人が一斉に顔を見合わせる。
「……まぁ、薄々そんな予感はしておったがな」
アイカさんがため息交じりに続ける。
「あの連中、隊の連中には隠せておったが、悪意のオーラがダダ漏れだったからな」
荒くれ者であらば、誰でも多少は漏らすものだが、連中のは度が過ぎておった、とアイカさん。
そこで有無を言わさず首根っこを掴んで白状させようとしなかっただけ、自重というものを覚えてくれたのだと、ここは素直に感動しておこう。
「まぁ……どう見ても腹に一物ありそうな連中でしたし」
こちらはレティシアさん。でもなんか、この人……これぐらいとっくに気づいていたような気がする。その上でわたし達の誰かが気がつくまで、素知らぬ顔をしていそうな……。
「ドブネズミの臭いは嗅ぎ慣れている。他人ならともかく私達に悪意を向けるなら、すり潰すだけ」
うん。アイカさんやレティシアさんはともかく、笑顔と言葉が黒いよ、クロエさん。
「んでは、どうする? こちらから先に仕掛けて吊るし上げるか?」
アイカさんらしい実に脳筋な提案。それが一番手っ取り早くて被害も少ないアイデアなのだけど、世の中──特に人族の世界はそこまで簡単じゃない。
「まぁ、少々痛めつければ素直に白状するかも知れませんけど……」
レティシアさんが思案顔で言う。いや、痛めつけるって。レティシアさん、最近考え方がアイカさんに引っ張られてない?
「まだ事に及んだわけでもなく、エリザさんの聞き耳だけでは証言としても弱すぎます。このまま吊るし上げて連中が何も吐かないままで終わると、こちらが暴漢だったということにすらなりかねませんし」
悪即斬──と片付けることができれば簡単だけど、人の世では何事にも手順と建前というものが必要なのだ。
「つまりなんだ、連中が手を出してこない限り、こちらは何もできないということか?」
呆れたようなアイカさんの声。
「裏切るとわかっている相手に、それほど気を使う必要があるとは、なんとも難儀な話だな」
「魔族と違って人族は法を重んじる」
クロエさんがフンと鼻を鳴らす。
「なんでも力づくで片付けようとする野蛮人共とは違う」
「無用な時間を費やして、敵に機会を与えるよりは遥かにマシであろうよ……それよりもだ」
クロエさんの言葉を適当に流しつつ、アイカさんが言葉を続ける。
「連中は『もう少しで予定の場所に着く』と言っておったのだな? 『目的地に着く』とかではなくて」
アイカさんは、なんとも言えない微妙な表情を浮かべる。
「もう少しで、という言葉を考えるに、早ければ今日の夕方、遅くとも明日の昼ぐらいには『予定の場所』とやらにたどり着くと考えられます」
レティシアさんが右手の人差指を頬にあて、右腕の肘に左手を当てた格好でわずかに首を傾げる。
「そこで楽しい歓迎会が開かれるとも思えませんから、このタイミングで本性を現すのでしょう」
まぁ、そんなところだと思う。ただ、わざわざ『予定』なんて言葉を使うということは――。
「その襲撃には、たぶん仲間がいるのではないかと思うのですが」
そう。単に馬車隊を中から襲うだけなら、街からある程度離れ、簡単に助けを呼べない場所ならどこでも良いはず。それをわざわざ場所を指定しているのは、そこに罠でも仕掛けているか、あるいは仲間が待機しているかだ。
昨日の言動を見るに地の利を活かせるほど頭が回るタイプだとは思えないし。
「……八台の馬車と四十人もの人数を制圧するのは、たった六人では難しいだろうからな」
いくら手練だったとしても七倍近い数の差を抑え込むのは難しいし、一斉にバラバラの方向に逃げられたら絶対に追い切れない。
その点から見ても、やはり仲間が待機していると考えた方が無難だろう。
「ともかく、相手の出方がわからない以上は、慎重にことを運ぶ必要があります」
レティシアさんが続けた。
「私の広域魔法で周囲を探りながら前進という方法もありますが、その場合、待機している連中に察知される可能性があります。その危険性を考えると、エリザさんの警戒能力に期待するのが一番かと」
確かに。わたしの空間認識スキルは多少の魔力を消費するけれど、これ自身は魔法じゃないので魔法感知に引っかかることはない。そのぶん探知魔法よりも有効範囲は狭いし識別性能も低く、開けた場所は得意じゃないけれど、相手がいるという前提ならば充分に役に立てる。
「あのガランとかいう男にはどうする?」
アイカさんが口を開く。
「馬車隊のメンバーにも裏切り者がおる可能性を考えると、あまり大っぴらに警告することもできぬが」
「……やめておきましょう」
レティシアさんが首を振る。
「彼の人が裏切り者である可能性はほぼ無いでしょうが、私の見るところ、見た目に反して小心者であるようなので。言葉にはしなくとも、警戒していることが態度に出てしまう可能性が高いです」
計画がバレていると悟られると、相手がどんな行動にでるのかわからなくなる。その場で襲いかかってくるかも知れないし、計画を延期するかもしれない。どちらにしても面倒なことにしかならない。
誠に申し訳ないのだけど、確実に連中を抑えるために何も知らないままでいてもらおう。
††† ††† †††
「……っ! 百メートル程先に、複数人の反応があります」
森の深い場所を馬車が通過中に、エリザが小声で告げる。同時に『金』級探索者としての私の感覚が複数の気配を捉えた。
やっぱりエリザは凄い。レベルにして六十近い差がある私よりも先に、相手を察知するのだから。
この凄さが理解できないアホどもは、そろって探索者など辞めてしまえ!
「うらぁぁぁぁぁっ!」
その数秒後、前方の木陰から三人の人影が大声を上げながら飛び出してこちらに突っ込み、同時に馬車隊の中にいた裏切り者共が大声を張り上げて、周囲の馬車隊メンバーに襲いかか――ろうとした。
「ボーダー・フィールド!」
予め準備していた魔法を賢者が唱え、周囲一帯の馬車隊メンバーを薄白く光る魔法障壁で囲い込む。
さぁ、打ち合わせていた行動の開始だ。愚かな裏切り者共を、この私、クロエが粛清してやる。
「チッ! 感づいていやがったか!」
裏切り者――野盗の振り下ろした剣は、魔法障壁で弾かれ、中の人物には傷一つ負わせることもできない。
流石は賢者。本来なら一人を対象に使う魔法を、事も無げに全体魔法として使うとは。
「糞がっ! 大人しくしてりゃぁいいモノをよぉ!」
腹立たしげに何度も剣を叩きつけるが、障壁は小揺るぎもしない。もっとも、ビジュアルまでカットしてくれるワケではないから、中にいる人は何度も迫る剣先にパニックを起こしていたが。
まぁ、命は無事なのだから、その程度は我慢してもらおう。
「この野郎……なんて硬さだ!」
指定された目標に絶対的防御力を与えるこの魔法を打ち破るには、最低でもエンチャントされた武器が必要だ。もちろん野盗くずれがそんな高級品を持っている筈もない。
ふん。精々足掻くがいい。残された短い時間で、自分の惨めさを思い知れ。
「バカは死んでも治らないけどね!」
言葉と同時に左右のバトル・レイピアの刃を背中から突き立てる。目の前の倒せぬ獲物に集中していた愚か者は、私の気配に気づくこともなく、そのまま絶命した。
「おいおい、打ち合わせと違うじゃねーか!」
次の相手を狙おうと振り返った瞬間、言葉と同時に襲いかかる殺気。
「だがまぁ、活きの良い連中は嫌いじゃねぇぜ」
目の前にいたのは、よりにもよって『魔族』だった。薄ら笑いを浮かべ、これから始まるであろう戦いを楽しみにしている狂者。それがよりによって三人も!
「宵越しの銭の為に引き受けた糞つまらねぇ、弱いもの虐めだと思っていたが、どうやら少しは楽しめそうじゃねぇか!」
まただ。
またこの反応だ。
魔族という奴はどいつもこいつも!
「クソッ! 私の前に姿を見せるなァ!」
戦いが好きなら好きな者同士で死に絶えるまでやっていろ! なぜ私を巻き込む。
私は! 私は、生死を掛けた戦いなんかに興味はない! 戦いは手段だ。目的じゃないっ!
死ぬなら勝手に死ね! 負けたなら無様に逃げろ! なぜ、人の手を借りて死のうとする!!
「お前達は……お前達がっ!」
更に言い募ろうとした私の肩に、ポンと叩かれた。
「……余は人族を斬るのを好まぬ」
振り返るまでもない、その声は憎むべき魔族――アイカの声だ。
「あの魔族の痴れ者共は余が受け持つ故、そなたは同族の馬鹿者共を相手するが良い」
低く、圧倒的な威圧感を持つ声。
「お主も魔族の相手をするのは、うんざりしておるようだからな」
そう言うと、私の返事も待たずに一歩前にでて、私の前に立ちはだかる。
「どこの家中の者か知らぬが……野盗などという恥晒しな身に落ちたというなら、成敗され、朽ち果てる覚悟はできておろうな?」
アイカの声がわずかに震えている。恐れ? いや、まさか。これは怒り。
「無益な戦いを挑もうとは、武士の風下にも置けぬ愚か者共よ……腕試しのつもりなら、予が存分に相手してやろうぞ」
「……ちっ!」
魔族の男から笑みの表情が消え、真剣なものに変わる。
「とんだ化け物を引いたみたいじゃねぇか……」
「化け物、化け物な……」
アイカが声を上げた。
「余は化け物やも知れぬが、修羅道に落ちた鬼畜ではないぞ。少なくとも余であることを辞めるつもりはない」
その言葉を耳にした時、私の中で魔族――アイカに対する何かが変化するのを自覚した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます