第二話 探索者クロエの憂鬱#3
「妙な魔力の動きが観測されたので、様子を見に来てみれば……」
閃光の中から静かな声が響く。なんとなく呆れているような声だ。
「ここは戦場でもなければ、コロッセウムでも無いですよ」
眩い光が消え去った後に残ったのは、左手に持った長い錫杖でクロエさんの剣先を受け止め、右手には手のひらに展開した『フォースフィールド』の魔法でアイカさんの刀を受け止めているレティシアさんの姿だった。
それはつまり、腕利き剣士二人の間に割り込み、その両方からの一撃を受け止めたということを意味している。
……え?
レティシアさんって、賢者――つまり魔法中心の後衛職だと思うのだけど、今、目の前の状況を見るに、彼女は前衛職に匹敵する白兵戦技術を持っているってことになるのだけど?
賢者さんでこの強さなら、勇者ってどれだけ強かったんだろう……それだけ強い人がいれば、魔族に喧嘩売ろうなんて気が起きるのもわかっちゃうような。
いや、よそう。これ以上考えると怖いことになりそうだし。
「ぐうぅぅぅがぁっっ!」
バリアで一撃を止められ、同時に刀を引いたアイカさんと違い、クロエさんはさらに力を込めてレティシアさんを押し込もうとしている。
理性が飛んでいる――のではなく、邪魔が入ったのを怒っているみたい。
「狂犬の面目躍如ってところですか」
アイカさんに向けていた魔法を解除し、後ろへ一歩下がるレティシアさん。
その動きを見たクロエさんはすかさず前進し、一撃を加えようとする。
「ちゃんと躾もせずにランクを上げるのは、ギルドの職務怠慢ですね!」
クロエさんの一撃が届くよりも先に杖を横に向け、レティシアさんは鋭い突きを放った。
「……ぐっ!」
クロエさんにとってその一撃は、計算済みだったのだと思う。剣とナイフを十字に構えて、その一撃をきちんと受け止めていたから。そして、その杖先を跳ね上げてカウンターを加える目論見だったのだと思う。
しかし、現実はクロエさんの計算を遥かに上回っていた。
杖の先を受け止めるまでは問題なかったのに、余りに重い一撃で逆に跳ね飛ばされてしまったのだから。
突き出した杖先に魔力が集中していたから、多分ストライキング系の魔法で強化されていたのだろう──無詠唱で。
「賢者の肩書を、あまり甘くみないでくださいませ」
わざとらしい言葉をクロエさんに掛けるレティシアさん。
「『金』級と云えど、私に一撃を加えるのは簡単ではありませんよ?」
「………」
流石に彼我の実力差を認めざるを得なかったのか、これ以上攻撃的な態度にでる様子はない。
というか、今回は相手が悪すぎる。クロエさんは充分に強い人だけど、相手がアイカさんとレティシアさんでは、ちょっと分が悪い。
「それにしても」
アイカさんとクロエさんの顔を見比べながら、レティシアさんが言葉を続け、
「街中での刃傷沙汰だというだけでも大問題だというのに、結界具まで使用するなんて……仮にも『金』級探索者が何を考えているのですか!」
クロエさんの方で顔を止めて、非難するような強い言葉になる。
「おいたが過ぎるのは結構ですけど、エリザさんに迷惑をかけてまでやることではないでしょ?」
いつもとは違う冷ややかな口調。
「どうしても殺し合いたいというのでしたら別に止めませんから、エリザさんに関わりの無い場所でどうぞ」
あの、そこは止めて欲しいなぁ……まぁ、今回これ以上大事になる前に止めてくれたことは感謝してますけど。
(ワタシの出番は必要なかったね)
一息ついたわたしの中で、安堵したような内面からの声。
(カッコつけてはみたけど、実際あの二人の間に割り込むのは本気で命がけだったから……正直、助かった)
あー、うん。腕の一本や二本は覚悟してたけど、それですら甘すぎる見積もりだもんなぁ……。
今となっては、割って入った瞬間に身体が上下左右で泣き別れする未来しか見えない。
(ま、今度は鉄火場じゃなくて、もっとマシなタイミングで呼んでよね)
同感。わたしとしても、街中でこんな命がけのやり取りなんてしたくないし。
「うむ……余としたことが、冷静を欠いておったな」
レティシアさんの声に、アイカさんがバツの悪そう表情で刀を鞘に収める。
「久しぶりに全力を出せる相手だった故、つい羽目を外してしまった……許すが良い」
わたしに向かってペコリと頭を下げる。
「えーっと、いえ。お二人が無事なら、わたしとしては別に良いんですけど……」
わたしよりもレティシアさんに謝った方が良いんじゃないかと思うけど、本人達は気にしていないようなので、別にいいのか、な?
それよりも、クロエさんの方に視線を向けると、アイカさんとは比較にならないほどボロボロになっている。
「……っく」
片膝をつきレイピアを杖のようにして、ようやく上半身を支えている状態だった。呼吸が荒く顔色も悪い。そのまま崩れ落ちてしまいそうな様子。
「とりあえず、治療をしないと……」
慌ててポーチからポーションを取り出そうとすると、レティシアさんは手でその動きを制止し、無言で頭を左右に振った。
「ハイ・ヒーリング」
わたしの動きが止まったことを確認した後、杖を掲げながらレティシアさんが呪文を唱える。
次の瞬間クロエさんの身体が淡く光り、全ての傷が消え去ってゆく。ついでにそれまで苦痛に歪んでいた表情まで穏やかなものになっていた。
流石は上位神聖魔法。あれだけのダメージを瞬時に回復するなんて。
殆どの外傷を治してしまうこの高度回復魔法は、よほど実力がある神官職でなければ扱えないモノなのに、レティシアさんは簡単に使ってみせた。
賢者だけあって、神聖魔法ですらお手のものってね。
「さて。私としては言いたいことも山程ありますが」
長い錫杖で地面をドスッと突きながら、表情だけは笑顔なまま、レティシアさんが続ける。
しかし、体全体からは隠せない怒りのオーラが滲み出ている。
「お二人はお気づきでは無かったようですけれど……エリザさん、ご自身の身体を張ってでもお二人を止める覚悟を決めていましたよ」
アイカさんとクロエさんがビクッと反応する。まぁ、わたしが干渉してくる可能性なんて普通に考えればありえないから仕方ない。
「もし、そうなったら――その結果を、私が申し上げる必要はないでしょう」
「ぬぬぬぬ……エリザの気質を考えれば、それは充分有り得ること……余としたことが、何故にそんな簡単なことに気付かなんだか……」
アイカさんはアイカさんで普段はともかく、気分が乗ってくると極端に視野が狭くなる傾向があったりする。
そのほとんどが街の外だったからあまり問題にはならなかったけど、まさかこんな形で弊害がでるなんて……。
「そして、クロエさん」
目に見えてシュンとしているアイカさんを、クロエさんは敵意剥き出しのまま睨みつけている。
「貴女が何をしでかしたのか、今更説明の必要はありますか?」
クロエさんが首を振る。
「……ない」
ギルドと領主館の取り決めにより、探索者は武装を持ったまま街中に入ることが許されている。一部の回復系・補助系に限るものの魔法の使用すら認められていた。
そのぶん衛士や警士による監視の目は多く、探索者による武器や魔法を使ったトラブルは、一般人のそれと比べて遥かに厳しい対処がなされる。
街中での無断結界使用など問答無用で投獄だし、屯田地での強制労働すらありえる重罪だ。
もちろんクロエさんのギルドに対する貢献を考えると裏取引で穏便にすまされる可能性もゼロじゃないけど、立場は著しく悪くなっちゃう。
あれ?
それに比べてわたしやアイカさんには、そんな裏取引の材料はないわけで。
考えてみればアイカさんは一方的に仕掛けられたいわば被害者だけど、それを回避する素振りも見せずに受けて立った時点で無罪放免はちょっと難しいかもしれない。
……実はクロエさんより立場がヤバくない……?
「すまぬー、すまぬー」
あたふたするわたしとアイカさんを尻目に、レティシアさんとクロエさんはシリアスなやりとりを続けている。
「それで……なぜ、このような蛮行に?」
「………」
クロエさんは答えない。
「まぁ、いいでしょう。真に見るべき物を得た今となっては、人族だ魔族だなんてどうでもよいことです」
やれやれ、と言いたげな様子で首をふるレティシアさん。
「とりあえず今回の件は、ギルド預かりとなります……同行して頂いても?」
「ふん……ギルドの指示に逆らうつもりはないわ」
憎々しげにクロエさんが吐き捨てる。
「なんなら手錠でも付けてみる?」
クロエさんの言葉に、レティシアさんはもう一度盛大なため息をつく。
* * *
ギルドハウス三階にあるギルドマスターの部屋は、いつになく緊張した空気に包まれていた。
「……はぁ」
久々に見たギルドマスター・クリフさんは、右人差し指でこめかみを抑え、思いっきりの顰めっ面で盛大なため息を漏らしていた。
いつものくねくねした動きが無いのも、それはそれで気味が悪く見える。
壁際には二人の、ブラニット氏ともう一人若者の姿があった。両者とも完全装備であり、誰一人ここからは出さないつもりだ。
他に部屋にいるのはわたしにアイカさん、そしてレティシアさんにクロエさんという面々だ。
(あの、若い人……たしか、『ブラッド・エッジ』?)
ブラニット氏と並ぶギルドガードの一人。元は領主軍の戦士団に所属していた兵士の一人。その怪しい言動から領主軍のお荷物になっていたところをギルドマスターが引き抜いたとも、自分から売り込んできたとも言われている。
絶剣と呼ばれる剣の使い手で、自らを『ブラッド・エッジ』と呼称する自信家。探索者としての技能は未知数だけど、剣士としての腕前なら間違いなく『金』級以上って話。
たしか、名前はカイト……とか言ったような?
「……まったく面倒なことをやらかしてくれたものじゃない? 『金』級探索者、クロエ」
わたし達を前に暫く無言のままで立っていたクリフさんがおもむろに口を開く。
「アナタ、自分がしでかしたこと、理解しているわよネ?」
「………」
「街中で許可されていない魔法や魔道具を行使するのは、禁止されているのはもちろん知ってるわよネ? 一刻を争う緊急事態ならともかく、許可なく街中で結界魔法を使うのは重罪だということも」
当たり前な話。街中で魔法や結界を好き勝手使われては、治安もへったくれもない。どんな悪事でも手軽にできちゃう。
ましてや探索者は一般人より『強い』人が多いのだから、なにかと縛られるのは仕方ない。
「幸い使用されたのが『物理結界』ではなく『概念結界』で、極めて狭い範囲だったから、今のところ領主館には気付かれずに済んでるケド……」
今回クロエさんが使ったのは、周囲に障壁を張って物理的に人の出入りを妨害するものじゃなく、近くまで来た人の無意識に働きかけ『なんとなくその周囲に入りたくなくなる』という意識を歪める結界だ。
だから、周囲から見れば何事もなく普通に見えるし、ある程度の魔法抵抗力があれば無視できてしまう。それにギルドの対応も早かったから、領主館にも察せられずに済んだって話なのだと思う。
「一歩間違えれば、これはギルドと領主館の政争にすら発展しかねない暴挙だったのヨ? なにか申し開きでもあるなら、聞くだけは聞いてあげる」
ギルドが抱える探索者は、見方によっては『私兵集団』と言えなくもない。領主館側からみれば当然気分の良いものではないし、その力を自分たちの管理下に置きたいと考えるのも当然。
でも探索者から見れば上にそんな重しが乗せられるのは面白くないし、それ以上に領主の意向一つで何をやらされるかもわからない状態は安心できない。
表向きギルドと領主館の関係は良好に見えるけど、その下では壮絶な政治的駆け引きが繰り広げられているのだろう……多分。
「魔族は信用ならない」
クリフさんの言葉に、クロエさんが短く答えた。
全然答えになっていないということは本人も自覚しているらしく、プイっと横を向いて。
「これだけの実力者が、大人しく探索者ごっこをしているなんて、誰が信じる?」
「誰が……と言われても」
クロエの返事に、それまで無言だったレティシアさんがため息を漏らす。
「少なくともギルドマスターや私は信じていますが? もっとも、彼女が些か問題児であることは否定しませんけど」
「マ……信用できない探索者を『鉄』に上げたりはしないワネ」
レティシアさんはともかく、ギルドからの信用がなければ『鉄』クラス探索者にはなれないし、指名依頼が任されるワケで。わたしもその信用を得るためにコツコツやってきた自負がある。
ただ、万年『銅』級だったわたしよりも、アイカさんの方が確実に評価は高いと思うけど。
「人族の守護者だった勇者メンバーの後継者が、魔族の味方をするのか……この恥晒しめ」
レティシアさんに向けられる憎々しげなクロエさんの言葉。なんで、こんなに魔族に対して敵愾心が強いのだろう?
人族と魔族が争ったのはもう百年も前の話で、わたしなんかから見れば、そんな昔のことをいつまで問題にするのだろう? としか思わないし、少なくともアイカさんは良い人だ。
「その守護者たる私を先に拒絶したのは、その人族の方ですけどね」
普段とは違う、どこか寂しそうなレティシアさんの言葉。
そう言えば『賢者』とまで呼ばれている人が、なぜ辺境で探索者なんかしているのか考えたことも無かった。それも『鉄』級という決して高くないランクで。
「ともかく、人族だ魔族だなんてのは問題にならないわヨ。探索者の評価は実力と実績のみで評価されるの。そのことはアナタも良く知ってる筈でしょ?」
クリフさんの言葉に、クロエさんはガクリとうなだれる。よくわからないけど、なにか凄く心に刺さったみたい。
「……で、私はどんな処罰を受けるの?」
短い沈黙の後、クロエさんは声を絞り出した。
「処刑や追放刑はできれば避けて欲しいけど」
「『金』級探索者の動向は、領主館も注目しているのヨ」
クロエさんの言葉にクリフさんは首を振る。
「だから目立った処分なんかしちゃうと、せっかくバレずに済んだやらかしを、わざわざアピールする間抜けが一人って話になっちゃう」
確かに『金』級探索者ともなると、その影響力は下手な下位貴族を上回ることすらある。実力もそうだけど財力も相当なものになるし。
流石に政治力で貴族には勝てないけれど、名声は充分にあるからそうそう引けはとらない。
だから領主館も『金』級探索者の様子を、問題にならない範囲で監視しているって話なんだろうなぁ。
アイカさんやレティシアさんなら苦にもならないかもしれないけど、こちとら正真正銘ただの平民なワケで。
あーぁ、まったく。天上のお話は、天上の方だけで済ませて欲しいナァ。まさか、こんなところでその片鱗に引っかかちゃうなんて、運が悪いのやら良いのやら……。
「んで、ここはアナタ達にとっては不本意かもしれないケド、ちょっとババを引いて欲しいワケなのヨ」
ここでクロエさんからわたし達の方へとくるりと視線を変える。
「この余にババを引かせようとな……とりあえず、申してみよ。話を聞かずには何の判断もできぬわ」
「ようするにお金で解決しようって話ヨ」
相変わらず偉そうなアイカさんの態度に、クリフさんは一瞬嫌そうな表情を浮かべたけど、気を取り直して言葉を続けた。
「今回の件について、ギルドは不問――というか最初から無かったことにする。その代わりクロエはアナタ達に迷惑料を支払い、それで忘れてもらおうってコトよ」
「なるほど」
アイカさんがニヤリと笑う。
「全てを内密に終わらせる為に、余らを買収しようという話だな」
要するに口止め料だ。あとは当事者たるわたし達が黙っていれば何事もなかったことにできる。
「有り体に言えば、そーゆーことヨ。領主館に弱みは見せられないから」
アイカさんの返事に、クリフさんは忌々しそうな表情を浮かべる。
「まぁ、それも若干手遅れだったワケだけど」
「手遅れだと?」
「レディ・エミリアが、内密で話を持ってきたのヨ……領主館の者としてではなく、あくまでも個人としてだけど」
えっと、確か領主様のお姫様で、一番末の娘さんだったかな? 後継者争いでは事実上脱落していると聞いた気がする。
重要な仕事を兄二人が独占していることから、その噂もかなり信憑性があると思われてるけれど……。
「今、領主館を代表しているのは彼女の兄二人だけど、そちらからはなにも言ってこないワ。妹さんも色々一物を抱えているようネ」
クリフさんが苦笑いを浮かべる。ギルドマスターが下馬評を信じていないのはそれだけで明らか。
「それはともかく、そのお嬢様から『何があったか詮索しない代わりに、早急に受けて欲しい依頼がある』ってね……断れるワケないでショ」
なるほど。そのエミリア様は、まだ領主館も察知していない今回の件を把握していて、さらにこちらがなにか手を打つよりも早く接触してきた――それも領主館には伏せたままで。
「だから、クロエ。アナタには、この依頼を奉仕依頼として受けてもらうことになるワ」
再びクロエさんの方に顔を向けながら、クリフさんが言葉を続ける。
「それで良いわネ?」
「……ギルドの指示に逆らうつもりはない」
「そ。良かったワ。詳しい話はトーマスちゃんに聞いてね……あと、迷惑料に関してはアナタ達の間で決めて頂戴」
クロエさんが了承の意を示したことで、クリフさんの顔にようやく安心したような表情が浮かぶ。
万が一にもクロエさんが拒否するような態度を見せたら、多分あのギルドガードの二人に出番があったのだろう。それがどのような役目だったのかは考えたくもないけど。
「本来なら立場の差で不公平が出ないようにギルドが監督するところだけど……」
こっちも後始末で忙しいのヨ。と疲れ切った口調で続けるクリフさん。
「そんなことしなくても、アンタ達なら問題なんて起こさないでショ」
「ふむ……正直な話、金など貰ったところでなぁ……」
あまり興味なさそうなアイカさんの言葉。
「今は手持ちに困っているわけでもないし、大きな買い物の予定も無いからな」
確かに、ここ暫くの仕事で結構な額のリーブラを得ている。二つばかり装備品で大金を払ったので溜め込んでいるというほどではないけれど、そこそこ残っているから当面の生活には困らない。
まぁ、困らないというだけで将来の保証は全くないのだから、お仕事は続けないと駄目だけど。
「そうだな、賠償金など必要ない」
それまで思案顔で腕を組んていたアイカさんが、良いことを思いついたとばかりに口を開く。
「その代わりクロエとやら。お主の奉仕依頼、達成のために余ら三人を雇ってみぬか?」
面白いことついでにリーブラも手に入る。アイカさん的には一石二鳥というところなのだろうなぁ。
「……はぁ?」
アイカさんの言葉に、その日初めてクロエさんは年相応な戸惑いの表情を浮かべたのであった。
* * *
「お前さんの奉仕依頼について説明するぞ」
二階から下に降りるなり、カウンターに呼びつけられトーマスさんが説明を始める。
「内容自体はシンプルだ……ここから五日程の距離にある開拓村のそばで、前史の物と思われる遺跡が発見された」
新しい遺跡とは珍しい。開拓団がいる地域は大分開拓が進んでいて、新しい発見なんて殆どない。
たまにあってもそれは地下に伸びるダンジョンが殆どで、地上に露出した遺跡の発見なんてここ数年は例が無かったぐらい。
「なにしろ今まで見つかっていなかった遺跡だ。中に何があるのか全くの未知数だし、お宝はともかくどんな危険があるのかわかったモノじゃない」
発見されたばかりの遺跡にはトラップはもとより危険なモンスターが住み着いているかもしれないし、遺跡そのものが危険な魔法設備だったりする可能性もある。
だから新発見の遺跡には、『銀』級か、最低でも充分な経験と実力を持つベテラン『鉄』級以上の探索者が当てられる決まり。
「そこで『金』級探索者の出番というワケだ。遺跡を探索しつつ、可能なら遺跡全体を踏破する――お前さんなら簡単だろ?」
「一人じゃなければね……というわけで、私をエリザのパーティーメンバーに……」
トーマスさんの言葉に、クロエさんがしれっと言う。
「駄目に決まってるだろうが」
しかしトーマスさんにそれは通じない。
「普通に考えて、『鉄』級パーティーに『金』級探索者がメンバー入りできるワケがねーだろ!」
呆れたような顔でトーマスさんが口を開いた。
「実情はともかく傍から見たら、高レベル探索者に寄生している乞食メンバーにしか思えんだろうが!」
「でも、ギルドで有数の実力者である『賢者』は参加できてるじゃない」
「あー」
痛いところを突かれたと言いたげなトーマスさんの表情。
「実力はともかく、こいつらランクが『鉄』なのは事実だからなぁ……」
わたしはともかくアイカさんもレティシアさんも、大概ランク詐欺だからなぁ……実力とランクが合わないと、こんなところで問題がおきるのか。
「なら、私が『鉄』になれば良い」
「だから、できないことをできないことで代替できるワケがねーだろ!」
さらに無茶を言い出したクロエさんに、トーマスさんは額に血管を浮かべて怒鳴り返す。
「一体どんな理由をつけて『金』を『鉄』まで降格するんだよ……無理やりそんなことをしたら、とんでもない大騒ぎになるだろうが」
どうどう。トーマスさん。あまり血圧上げてると、血管切れちゃいますよ?
「これ以上パーティーのことでトラブル起こすのはやめてくれ……『城塞』のサイモンと『二重魔法』のキャシーの二人、不当解散だといまだにゴネてくるんだからよ」
「誰?」
心底不思議そうに首を傾げるクロエさん。
「お前さんの前パーティーメンバーだよ。忘れるの早くないか?」
そんなクロエさんに、トーマスさんが呆れたように言う。
「結構な数の仕事をこなしてきた仲間だろ?」
「興味のないことを無理して覚えていても意味はない」
「いや、お前……それなりの時間を一緒のパーティーで過ごした相手に興味がないって……少し薄情すぎやせんか?」
この返事には流石のトーマスさんも鼻白む様子を見せたけど、クロエさんは一向に気にしない。
「パーティーを解散したということは、その二人はエリザの能力を認めなかったってこと。であれば、二度と仲間になることもないんだから、覚えておいても仕方ない」
「へいへい。わかった、わかった」
これ以上言っても仕方ないとばかりに、トーマスさんは肩をすくめ、話を続ける。
「ともかくお前さんがエリザと一緒のパーティーになるのは、少なくとも今は諦めてくれ。届けを出しても承認しないから無駄な足掻きはするなよ」
「チッ……今回は手伝いとしてエリザのパーティーを雇ってゆく。それもギルマスから話は聞いてるでしょ?」
アイカさんの提案を聞いたとき、最初は呆気にとられていたクリフさんも、なにがツボに入ったのか大爆笑でそれを受け入れた。当然、クロエさんに拒否権は無い。
「あぁ。だが、今回の仕事に関してはギルドからの報酬は一切でない。給料はお前さんの完全自腹だからな――もっとも、お前さんの資産から考えれば問題にもならないだろうが……」
『金』級探索者ともなれば報酬の金額もかなりのものだし、貯蓄もそうとうな額になっていても不思議はない。
その日暮らしスレスレの探索者達とは文字通り格が違うのだ。
「とりあえず依頼主から示された期限は二十日だ。仮になにも成果が無かったとしても、一度報告に戻ってくれ。それ以後のことは改めて依頼主の判断を仰ぐからな」
「わかったわ」
クロエさんが頷き、トーマスさんの差し出した依頼受注書にサインする。同時に臨時にパーティーを組んだという届けにもサイン。こちらは代表してレティシアさんがサインをした。
そう言えば、わたし達のパーティー。リーダーが誰とか決めてなかった。
「これでいいでしょ」
書類を受け取り、ミスがないことをトーマスさんが確認する。
かくしてわたし達とクロエさん。なんとも言えない妙なパーティーが、臨時的に成立したのであった。
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