第二話 探索者クロエの憂鬱#2
私、クロエ・K・Kにとって、エリザ・シャティアは特別な存在だった。
いや、そんな簡単な言葉で済ませて良いものじゃない。
今、ここにいる私は、エリザによって作られたといっても過言ではないのだから。
それは『金』級探索者としての私が、なんてレベルの話ではない。『私』という個人が今ここに存在していられるのもエリザのお陰。
彼女は私の恩人で、そして全て。私の世界は彼女の存在によって形作られている。
(エリザが私を選ばなくても、それはそれで仕方ない……)
私にとってエリザは全てだけど、エリザにとって私は全てではない。それぐらいは理解しているし、不満を言うつもりもない。
(だけど――)
人となりを知っている相手ならまだ我慢もする。
エリザの人を見る目を疑うつもりはない。エリザが選んだ相手なら、それは恐らく一番正しい選択なのだろう。
だが、それにしても限度というものがある。
(よりにもよって魔族なんて……)
人族と魔族の間で和平が結ばれて百年以上。特に大きな問題もなくお互いがそれなりに平和に過ごしていたのは事実。
油断させて不意打ちを企んでいるという陰謀論を唱えても、鼻で笑われる程度には魔族達の存在も一般的にはなっている。
今となっては、人族と魔族が争っていたということさえ笑い話にしかならないのだから。
だからといって、誰もが割り切れるわけじゃない。
魔族に対して良い印象を持たない人は、まだまだ多くいる。
かくいう私も魔族に良い感情を持たない一人。
人族に悪人がいるように、魔族にも悪人はいる。
人族と魔族の領域が曖昧なのを良いことに、その優れた身体能力を武器にした、盗賊や無頼漢を気取る連中も多く存在する。
そう言った連中は人族と魔族の間をつなぐ交易商人を狙うことが多く、場合によっては探索者さえも狙うことがある。
よりによって腕試しとばかりにわざわざ強そうな相手を狙う奴までいるぐらいだから、魔族の闘争至上主義は筋金入りにも程がある。
私も何度かその手の無頼漢に絡まれ撃退したことがある。勝とうが負けようが結果には一切頓着せず『戦い』そのモノに価値を見出す気持ち悪い連中。
そのためなら命を落とすことすら厭わない――私の常識とは相容れない存在。
死にたければ勝手に死ねばいい。そこに私を巻き込むな!
和平協定により、害を加えてきた魔族を返り討ちにしてもこちらが罪に問われることはない。
条約には治外法権は盛り込まれていないので、魔族と言えども人族に罪を犯せば人族の法律で裁かれる。逆もまた然り。
だから私が罪に問われたり不利益を受けることはない。
とは言っても迷惑は迷惑だし、こちらの精神的苦痛が癒やされるワケじゃない。
一方的に苦労を押し付けられているだけだ。
「エリザ、貴女は惑わされている」
長いこと仲間に恵まれることのなかったエリザは、きっと心が疲れてしまったのだ。
まともな心境なら、よりによって魔族と仲間になろうなんて考えない筈。
「え、えーっと……」
いや。もしかしたら洗脳ぐらいしているかも知れない。
エリザの才能は、魔族から見ても得難いものだろうし、少々強引な手段を使ったとしても不思議はない。
だけど洗脳された者特有な目の澱みはないし、エリザからも悪い魔力の気配を感じることもない。
洗脳されている線はなさそう……はっ! まさか!! なにか彼女の弱みを握って、脅迫しているのかもしれない。
卑劣な魔族なら、それぐらい悪どい手段は平気でするだろう。
そう、エリザを正気に戻し、救い出せるのは私だけ。
††† ††† †††
クロエ・K・K。
本名も経歴もよくわからない『ソード・ダンサー』の異名を持つ『金』級探索者。
未踏のダンジョンや地域の探索・踏破を中心とし、常に開拓の最前線にいる、すでに形骸化した肩書を文字通り実践している数少ない女性。
名ばかりの『資源回収人』な大多数の探索者とは違い、彼女は常に挑戦し続けている『本物』の探索者なのだ。
数々のダンジョンが彼女の手によって発見され、様々なアーティファクトが持ち帰られている。
正直なところ、わたしとはクラス以上に天と地ほども生き方が違う相手だ。
そんな有名人が、一体わたしになんの用だろう?
確か数年前に何度か臨時のパーティーを組んで一緒に仕事をしたことはあるけれど、逆に言えばそれだけの関係。そんなことがあったことすら覚えてなくても不思議はない。
絶対に人違いなんだと思うけど、
「違わない。エリザ、あなたを探していた」
クロエさんはそう言い切った。ここまで言われれば、人違いの線は完全に消える。
「あの、えーっと……一体どのようなご用件で?」
正直全く身に覚えが無いのだけど、これほど明確に名指しされたからには何かあるのだろう。
うーん……一体なんだろう?
ここ数日の行動を思い返してみるけど、本気で心当たりがないんだよなぁ……。
誰かと仕事が被ったりしたことはないし、出先で何か揉め事を起こした覚えもない。
落とし物を拾った覚えもないし、お買い得品を奪い合った覚えもないし。はて……。
「用件は簡単」
頭をひねるわたしに、クロエさんは簡潔に言う。
「エリザ、私と一緒にパーティーを組もう」
用件とやらは、なんとも情熱的なお誘いだった。
「えっと、お誘いは嬉しいですけど」
とはいえ、受けるわけにはゆかないお誘いでもある。ソロ時代ならともかく、今はもう仲間がいるんだし……全く知らないというワケじゃないにしろ、今まで殆ど付き合いの無かった人に誘われてもちょっと、ねぇ。
「わたし、もうパーティーを組んでいますので――」
「知っている」
わたしのお断りの言葉をクロエさんが遮る。
「魔族の剣士と組んだって話は聞いた。そんな身元も得体も知れないパーティーはすぐに解消して、私とパーティーを組もう」
どうやら、更に賢者ってメンバーが増えたところまでは知らないみたい。
それにしてもアイカさんを得体も知れないなんて言うのは、ちょっとカチンと来る。
「いくら『金』級の方でも、人のパーティーにとやかく言う権利は無いはずです」
そもそもこの人はなんの権利があってこんなことを言い出してきたのか。
「わたしのことならともかく、アイカさんを悪く言うのはやめてください」
「エリザが普通の探索者とパーティーを組んでいたらなら、私も何も言うつもりはない。だけど、魔族は駄目」
しかし、わたしの怒りを意に介す様子もなくクロエさんは淡々と言葉を続ける。
「あんなのと仲間になっていたら、あなたは駄目になる。あの魔族とは縁を切るべき」
「アナタが、アイカさんの何を知って――」
「……人のおらぬ場所で、なんとも好き勝手に言ってくれるモノだな」
言いかけたわたしの言葉に、別の言葉が重なる。
振り返ると、そこには腰に両手を当て、挑発するような視線でクロエさんを眺めるアイカさんの姿があった。
「魔族の悪女め……」
刺すような視線を向けるクロエさん。
なんだろう? アイカさんとクロエさんに接点があったとは思えないのだけど? そもそもなぜ彼女はアイカさんにこうまで敵意をむき出しにしているのだろうか?
「いや、余が善人であると言い張るつもりはないが……それにしても初対面で随分なご挨拶だな」
「魔族にエリザは渡せない」
流石に困惑が隠せないアイカさんに、クロエさんは噛み付くように言う。
「今すぐエリザを離し、魔族領に帰れ」
「ふむ……そもそもエリザは誰かの所有物ではないし、百歩譲って本人がそう言っているのであればともかく、どこの馬の骨とも知れぬ女に言われて、はいそうですかと聞き入れるわけにはゆかぬな」
「ならば、力づくでも排除する」
うわぉ。シンプル極まるお言葉。
っていやいや。それ、大問題になるんじゃ?
「こんな街のど真ん中で刃状沙汰を起こせば、衛士や警士が黙っておらぬだろ?」
「心配ない」
わたしと同じような心配をしたアイカさんの問いに、クロエさんは短く答えた。
「この辺一帯に人払いの結界を張った。誰も暫くここには入ってこない」
……言われてみれば、さっきから人通りが全くない。この時間に誰も通らないなんて不自然過ぎるから、結界を張ったというのは本当だろう。
特に警戒していたワケじゃないけれど、それを全く気取らせずにやってのけたのは、流石は『金』級探索者。
「だから安心して排除できる」
「なにやら良くわからぬが……迫る火の粉は払うしかないな!」
クロエさんが両腰のレイピアを抜くと同時に、アイカさんも腰の夕凪を抜き放つ。
「え? ちょ、ちょっと?!」
わたしが止める間もなく、二人が激突する。
††† ††† †††
エリザにアイカと呼ばれた魔族の剣士が腕利きであるのは、言われずともわかった。
プレートこそ『鉄』となっているけど、そのオーラは『金』級である私、クロエ以上のものさえ上回りそうだ。
(であれば、先手必勝!)
強者に対抗する最良の手段は、先手を取って相手に対応時間を与えないこと。時間が過ぎれば過ぎるほど相手が有利になる。
そして、私は『大物食い』に向いたスキルを持っている。先手を譲る理由なんてどこにも存在しない。
「はっ!」
突き出した右手の剣先を躱したアイカの移動先に、すかさず左手の剣先を突き出す。それを危うい姿勢ながら刀で弾き返したアイカが更に一歩後ろにさがった。
「逃がすかっ!」
その動きにピッタリと合わせ一歩踏み込み、左右両方の切っ先を突き出して追撃。
さらにアイカの逃げ先、躱し先へと剣先を送り込むが、その全てがギリギリのラインで有効打にならない。
次に来るアイカの攻撃に合わせ、渾身の一撃を加える。奴は必ず前進する。そこにカウンターで攻撃を当てれば、それで決着だ。
「こなくそ!」
その必殺の一撃も、アイカは上半身を大きく後ろに反らして躱す。同時に胸元から棒手裏剣を抜き、こちらに向かって投擲してきた。
「甘い!」
迫って来た棒手裏剣を最小限の動きで軽く躱す。若干予測を外されたけれど、この程度は織り込み済み。そして次の行動も。
「はぁっ!」
棒手裏剣の後を追うように突っ込んできたアイカを、前蹴りを放って抑え込む。当てる必要はない。次の行動を阻害できれば充分だ。
「ぬ?!」
流石にこれは予想外だったのか、若干焦ったような動きで飛び退く。
「ハッハッハッ!」
心底楽しそうに笑うアイカ。
「中々やるではないか、お主! ここまでの使い手、久しぶりだぞ!」
頭に響く笑い声。クソッ! クソッ! 忌々しい!
なにがそんなに楽しい! 狂戦士どもめ! 大人しく自分達の領域に引きこもり、思う存分殺し合っていれば良いものを、人族に干渉するなっ!
「う……る、さいっ!」
アイカの言葉に思わず叫び返す。
「ぐうぅぅぅぅぅっ! ちょこまかと!」
突進しながら両手の剣を交差するように振り下ろし、それを避けたアイカの移動先へ狙いすました追撃を加える。普通なら、これで終わる。だけど。
「……っと!」
並の相手なら仕留められていただろうその一撃を、アイカはギリギリとはいえ躱してみせた。
「今のは流石に肝が冷えたぞ……」
どこか感心したようなアイカの声。だか、そこにはまだまだ余裕の響きがある。
「ふむ。どうにもなにか勝手が違うな?」
距離を取りながらアイカが小首を傾げた。
「まるでこちらの動きが読まれているような反応だが……」
「………!」
この短時間で限りなく正解に近い指摘をされ、わたしは知らずに額に汗を浮かべていた。
アイカの言ってることは間違いじゃない。
実際に私は動きを読んでいる――正確には、あらゆるパターンを計算し、もっとも可能性が高い行動を狙っている。
「………っ」
これは私にとっての切り札。察せられたとしても、肯定することはできない。
「答えぬか。で、あろうな」
無言で睨みつける私に、アイカが薄く笑う。
「まぁ、それならそれでやりようはある」
言葉と同時に刀を大上段に構え、真っ直ぐに突進するアイカ。
あまりに馬鹿正直で無防備な突進。とても正気の沙汰とは思えない動き。素人剣士だってこんな間抜けな真似はしない。
「な、舐める……な!」
戸惑いつつも、迎え撃つ姿勢を取る。大上段からの一撃は当たれば相当なダメージになるけど、その分隙が大きくなるため一対一で使うのは現実的じゃない。
それが理解できない愚か者ではないだろう。計算するまでもなく、それが単なる誘いだということは解る。
大きく振り下ろすふりをして、そのまま横薙ぎにするつもりだ。
「そんな大技がっ……!」
大上段から振り下ろされた刀を、当たり前のようにひらりと躱す。あとは横に向けて振るわれるだろう一撃を避けるなり受けるなりして、返す一撃を加えれば終わる。
「舐めてなどおらぬ」
言葉と同時にアイカは刀を手放し、拳を叩き込んできた。
(な……! まさかっ!)
馬鹿な。そんな動きがあるか! そんなことありえない!
私は可能性を計算して最適な行動を知ることができる――が、それは可能性が無いことは絶対に計算できないことの裏返し。
突然、目の前で武器を捨てて殴りかかってくる可能性なんて、計算できるわけがない!
「ん、がっ……!」
流石にこの動きには反応できず、腹にもろに拳を受けてしまい身体がよろめく。そこに更に追い打ちをかけるように回し蹴りが飛んできて、私の身体を吹き飛ばした。
地面を数度転がる程の威力だったけど、さらなる追い打ちを受ける前に、なんとか立ち上がる。
「ふむ……やはり経験外の行動は読めぬようだな」
手放した刀を拾い上げつつ、アイカはこちらに視線を向ける。
「未来を予測するのではなく、余の動きを予測しておるのか?」
「くっ……!」
答えず牽制の投げナイフを放つ。それから一瞬の間をおいて、アイカの左側面へと回り込むべく走った。
その動きでこちらの狙いは気づかれるだろうが、取り敢えずは目前に迫るナイフに対処する必要がある。
それはほんの一瞬の時間にしかならないけど、私の実力があれば充分な時間――だった。
「ふっ……堅実な手を打つことよ」
普通なら手にした刀で叩き落とすであろうそれを、アイカはなんと素手で掴み取った。私が同じことをすれば、指の二・三本は斬れ飛ぶだろう。
自分の身体に直接魔力を通し、それを防御力に転換することができる魔族ならではの荒業だ。
「ならば、これはどうだ?」
掴み取ったナイフを投げ返し、そのまま後を追うように突進してくる。
(迎撃……いや、回避……でも!)
並以下の相手なら軽く避けて、そのまま叩き斬れば良い。
並の相手なら片方の剣でナイフを叩き落とし、そのまま反対側の剣で斬り伏せれば良い。
並以上の相手なら、ナイフを弾き、一歩下がって様子を見れば良い。
これで御せない相手なら――ナイフ分のダメージなど必要経費と割り切り、全力で迎え撃つ!
(ここにきて、選択肢は一つ……他はありえない)
刀を振り下ろすタイミングは、私が一歩を踏み出した時――と見せかけて、それを後ろに飛び退いて躱し、私の剣先が伸び切った時。
投げ返されたナイフが左腕、肩当ての下辺りに突き刺さる。威力の弱いナイフは刺さりこそしたけれど、行動を阻害するほどの威力はない。
(もらったっ!)
私が一歩踏み出した瞬間、アイカの身体が動く。
さぁ、後ろに下がれ! そして刀を振り下ろせ! それがお前の最後の瞬間だ。
思った通りアイカは後ろに下がり、刀を――。
「振り下ろすと思ったか?」
ニヤリと笑いを浮かべてアイカがいう。
「余は気まぐれでな」
右足で蹴り上げられ、私の左手に持っていたバトル・レイピアが空中をクルクルと回転していった。
「戦い方にこだわりはないぞ」
††† ††† †††
「どうしてこんなことに……?」
一体何が起きたのかはっきりとしないまま、突然始まった一対一の戦い。
わたしは、それを呆然と見ているしかなかった。この場にレティシアさんがいればなんとか上手いこと収めてくれたかも知れないけど……。
「余は気まぐれでな。戦い方にこだわりはないぞ」
アイカさんによって蹴り上げられたレイピアが、空中を回転し、そのまま地面へと突き立つ。
「……っ!」
怒りか屈辱かの感情を剥き出しにしながら、クロエさんは腕に刺さったナイフを強引に引き抜き左手に持った。
出血はそれほど酷くは無いみたいだけど、あまり長時間このままにしておくのは絶対に危ない。出血多量は魔法でも回復させるのは困難だから。
(……マズイ)
あの表情は間違いない――ユニークスキルの使い過ぎだ。
(止めるべき……だけど?!)
わたしはクロエさんのユニークスキルを知っている。だけど、アイカさんは知らない。
今でこそアイカさん優位に進んでいるけれど、クロエさんがなりふり構わずスキルを使えば、少なくとも無傷じゃ終わらない。最悪、二人とも再起が難しいぐらい重症を負う危険も……。
そんなの、とても見過ごせるワケがない。
でも、ここで止めるには危険である理由を告げるしかないけど、それはクロエさんのユニークスキルが露見する可能性と引き換え。
そもそもユニークスキルは人に教えるようなモノじゃない。本人自らならともかく、他人が勝手に明らかにして良いものじゃないのだから。
少なくともユニークスキルの使いすぎを理由に止めることはできない。
でも……。
簡単に言えば、クロエさんのユニークスキルは、幾つもの可能性を一度に計算することができる特殊なスキル。
その複数思考はあらゆる可能性を瞬時に計算し、その都度最適解を導き出す。いわば簡易的な未来予測とも呼べるちゃうレベル。
このスキルによってクロエさんは相手の動きを計算し尽くし、それぞれに適切な対応を行うことができる。
ほぼ無敵に見えるスキルだけどもちろん弱点もあって、いくら最適解が導き出されたとしても当人の運動能力を超えた動きは当然なからできない。
その点クロエさんは身体能力もずば抜けているから、このスキルとの相性は悪くなかった。
またあくまでも可能性の計算であり、本当の意味で未来を予測しているわけじゃない。だから常に相手の行動を読み切れるわけじゃなくて、外れることもあったりする。
外れを減らすには大量の計算を行う必要があり、そのため脳に対する負担が極端に高く、計算量を増やし過ぎたり長時間連続で使用すると脳に致命的なダメージが入る可能性がある。
最悪の場合そのまま廃人になる可能性すらあった。
そのダメージは目の充血や出血、鼻血や吐血といった形で可視化される。
今や、クロエさんの瞳は充血で真っ赤になり、唇の端からは僅かだが出血も見受けられる。
そしてなにより、その苦痛に歪む表情こそ彼女が限界までスキルを行使している証。
アイカさんの動きについて行くには、それだけ大量の計算を行う必要があり、それでもまだ追いつけていない。つまり、追いつく為には更に計算量を増やすしかない。
「あぁぁぁぁっ!」
もはや言語能力すら計算にまわしているのか、唸り声とも叫び声ともわからぬ声を上げながらアイカさんに斬りかかるクロエさん。
確かにその動きはアイカさんの行動を逐一抑えているけれど、最後の最後でアイカさんを上回る事ができずにいる。
「どうした? そろそろ限界か?」
必死に食らいつくクロエさんに、まだまだ余裕の笑みさえ浮かべているアイカさん。
本当に恐ろしいのはアイカさんの能力だ。
何手先を読んだとしても、それに一々対応できるなんて、もう強いとかいう次元の話じゃなくてメチャクチャ。
これが魔王の格ってやつなのかもしれないけれど、いや、昔の人って本当に何を考えて魔族に喧嘩売ったんだろ? 身の程とかそういう次元の話じゃないよ?
「んなぁぁぁぁっっっっっっ!」
アイカさんに連続して鋭い突きを浴びせつつ、至近距離まで迫ったタイミングでナイフを突き出す。
とても避けられるとは思えないその鋭い突きを、アイカさんは篭手を兼ねた腕輪で払いのける。
「ふーっ。ふーっ」
駄目! これ以上は本当に駄目!
アイカさんは単なるじゃれ合いみたいに言っていたけど、これはもう本気の果し合いだ。
このままではクロエさんは脳が壊れるまでスキルを使い切ってしまう。
身体は無事でも、思考能力を失ってしまっては、死んでしまったのと変わらない。
(駄目……止めないと!)
わたしは思わず叫びそうになり、その瞬間、もう一人のわたしが囁きかけてきた。
(二人を止めたいのかい? 本当に?)
当たり前じゃない。アイカさんは当然としてもクロエさんだって見殺しにはできない。見知らぬ他人じゃないし、人情を別にしても『金』級探索者を駄目にしたとなるとギルドだって黙ってはいないだろう。
(言葉で止めるのは無理だよ。魔王は戦いに酔ってるし、探索者は理性を失っている)
だったら間に入って、行動を止めさせれば良い! そうすれば攻撃の手も止まるでしょ。
(それは不可能じゃない。だけど、あの二人の間に割って入れば、わたしもワタシも無事では済まないよ)
それは……そうだろう。
アイカさんの一撃も、クロエさんの一撃も、わたし程度の腕前でなんとかなるレベルじゃない。
確実に怪我――重症を負うことになると思う。腕の一本や二本も覚悟する必要が……。
だから、なに?
あの二人のどちらかが死ぬまでこの無益な戦いが続くなら、わたしの腕ぐらい惜しくなんてない。
(そこまで覚悟しているなら、ワタシは止めない。全力を尽くすよ)
それでこそわたし。ここで動かずしていつ動く。
腰のショートソードの柄をぐっと握りしめて目を閉じ、ワタシは腰を低くして飛び出すタイミングを――。
「………ッ!」
わたしの近くでなにかの気配が動いた。
「両者、そこまでっ!」
次の瞬間、アイカさんとクロエさんの間にテレポーテーションで移動したレティシアさんが現れる。
突然の闖入者に二人の動きが一瞬止まったけれど、すでに振り抜いていた剣先は止められない。
甲高い金属音――そして閃光。
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