第二話 探索者クロエの憂鬱#1


 夕暮も近い時間の『はぐれもの町』。

 普段はなにかと物々しい雰囲気を持つこの場所も、この時間帯であれば落ち着いた雰囲気となっている。

 ならず者であってもはぐれ者であってもお腹はすくし、酒だって飲みたい。

 それは彼らの言葉を借りるなら『仕事の時間』は終わり、という奴なのだろう。

 スラム街に等しい場所ではあるけれど、それなりの秩序というモノが存在するのだ。


 あちこちから夕食の匂いが漂って来る中、『刀匠:イルズキ』から漂ってくるのは、炎と金属の焼ける臭い。

「ちょいと時間を外したかと思ったが、まだ仕事をやっておるようだな」

 昼食を取り、一通りの手続きを終えてからレティシアさんと別れたものの、約束の時間にはまだ早かったので、領都をぶらりと散策することに。

 その途中でガルカさんに出くわしたのが運の尽き。カード賭博につき合わされる羽目になったのだ。


 まぁ、結論から言えば運が尽きたのはガルカさんの方なワケだったけど。


 正直、アイカさんの勝負運強さを、わたしはまだまだ軽く見ていた。

 十回カードを引けば、六回はアイカさんが勝つ。それもレートを大きく上げた時を狙ったかのように。

 逆に差し引き残り四回はガルカさん勝っているワケだけど、毎度レートを下げた弱気のタイミングばかり。

 おかげでガルカさんは負けが込む一方で、それに併せて冷静さを失ってゆく。そうなれば勝てる勝負も自ら降りて負けることになったりと散々。

 結局、わたしがアイカさんを無理矢理引き剥がした頃には、哀れガルカさんはその日の稼ぎの大半を巻き上げられる羽目になっていた。

 あまりにも気の毒だったので、取り敢えず店のマスターにそれなりのお金を握らせ、ガルカさんに何杯が奢っておいてもらうように頼んでおく。

「いやぁ、刀の支払いを考えると財布の重みが若干気になる所だったが、思わぬ臨時収入で助かったな」

 一方、アイカさんはホクホク顔で財布の重みを確認している。

 勝負を吹っ掛けたのはガルカさんの方だし、わたしもアイカさんも適当な所でお終いにするよう助言したのに、それを聞かなかったのもガルカさんだ。

 であればどれだけ残酷な結果になったとしても、これはもう自己責任としか言いようがないワケで。

「これは今日の夜飯も、少々贅沢なモノにして構わぬかもな!」

 何度か延びてきたスリやかっぱらいの腕を、遠慮も情けもなく捻り上げながら上機嫌そうに言うアイカさん。

 その笑顔は素敵ですけど、やってることはちょっと怖いですよ?

「それよりも、ガルカさんび付き合ってる間に結構な時間がたっちゃいました。ちょっと急がないと約束の時間に間に合いませんよ」

 細かい時間を決めていたワケじゃなく、職人街は夕方になれば殆どの店が閉まってしまう。

 食料などの生活必需品を売っている商店ならともかく、職人が作る武器防具や金物等の店は体力仕事でもあるから閉まるのが早いのも仕方ない。

 呑気に屋台の出し物を眺めているアイカさんを半ば引きずるようにして、わたし達は『はぐれもの町』へと向かったのだった。



「今日はもう来ないかと思ってたよ」

 額の汗を手ぬぐいとかいう布で拭いながらイスズさんが言葉を続ける。

「ワリと楽しみにしている雰囲気丸わかりだったから、意外に思ってたんだけどねぇ」

 カラカラと笑うイスズさん。

「うむ。余もこの日を心待ちにしておったからな。一刻も早く訪れたかったのだが……まぁ、付き合いというモノもあるでな」

 ガルカさんの犠牲は忘れません! 少なくとも今晩までは。

「ま。いいさ。あともう少し遅かったら店じまいするところだったから、丁度よいっちゃぁ丁度よかったしね」

 ついてきな。と言葉ではなく態度で示しながら店の裏へと向かうイスズさん。

「刀鍛冶ってのは、いつ来ても、こう心躍る何かがあるな!」

 まるで子供のように目を輝かせるアイカさん。そのままスキップしながらイスズさんの後を付いてゆく。

 ……うん。わたしに同意を求められても困る。必要だから鍛冶屋で武器を眺めることはあるけれど、別に楽しくてやっているわけじゃないから。

 え? この前に新しい弓を買った時はノリノリだったじゃないかって?

 いや、だって、アレ……ミスリルですよ、ミスリル。

 伝説や神話を除けば人が目にすることのできる最高峰の素材なんだから、少しぐらい羽目を外しても仕方ないでしょ。ハイ、論破!

「いやはや、せっかくの準備が無駄になるんじゃないかって焦ってたよ」

 アイカさんのはしゃぎっぷりから当日来るだろうと予想していたら、ギリギリになっても来ないから内心では随分と焦っていたみたい。

 ガルカさんの件が長引かなければもっと早くに来れました。ホント、ガルカさんにもイスズさんにも申し訳ないとしか。

「まぁ、細かいことは良いであろう!」

 一方アイカさんの方は全く気にした様子もない。

「実際に余は来たのだし、そなたの準備も無駄にはならなかったのだから、それで良かろう」

 あー。うん。全然良くない気はするけれど、せっかく上機嫌なアイカさんの気分を損ねても仕方ないのでここは黙っておくことにする。

 以前とは違い、奇麗に掃除された裏庭には刀立てに納められた真新しい刀が一本と、その前に塩のような白い粉が山状に積まれた木製の四角置物――三宝とか言う魔族の飾り物らしい――が用意されていた。

「そもそも、元の刀がアンタ向きじゃなかったのさ」

 以前も使った木の棒に藁束を巻きつけながら言葉を続けるイスズさん。

「吊るしとしては一流の出来前だったけど、アレは刀身の軽い手数勝負に向いた一本だ。まぁ、だとしても強度に些か難があったのは、量産する為に原料のグレードを下げてるからだろうけどね」

「まぁ、余もあの一本を特に吟味して買ったワケではないからな」

 アイカさんらしいと言えばアイカさんらしい適当さだけど、その、仮にも剣士を名乗っているのに、それで良いのだろうか?

「家から勝手に名刀を持ち出すワケにもゆかぬから、刀匠センゴの店で適当に見繕ったものに過ぎぬ」

「そんなことだろうと思ってたよ」

 藁束を巻き終えると、刀立てから刀を取り、アイカさんへと渡す。

「だから、重い代わりに固い刀身に仕立ててある――もちろん、切れ味は保ったままさね」

 アイカさんが一番気にしているであろうことを、先回りして口にする。

「ほぉ」

 渡された刀を、まるで重さを確かめるかのようにゆっくりと上下させながら、アイカさんが答える。

「予想していた以上の仕事を期待して良さそうだな」

「百聞は一見にしかず、さ」

「ふん!」

 イスズさんの言葉が終わるや否や、目にも止まらぬ速さで鞘から刀身を抜き放ったアイカさんが、気合と同時にその刀を一閃させる。

 次の瞬間、バキンという固い音と同時に、木棒が三つに別れて地面へと転がっていた。

「二回……?」

 わたしの目には刀を一度しか振ってないように見えたし、納刀音も一つしかしなかった。

 にも関わらず棒は三分割されている。それは少なくとも二度は斬りつけられたということを意味していた。

「なるほど、しっくりくるではないか」

 唖然としているわたしとは逆に、満面の笑みを浮かべたアイカさん。

「正直なところを申すと、ここまでの期待はしておらなんだ……お主を見縊っておったこと、誠に許せ」

「いいってことさ」

 アイカさんの謝罪に、イスズさんは笑いながら答えた。

「アタシがまだまだ未熟な腕前なのは否定できない事実だし。人族の街で、実戦に耐えうる刀を打つ機会が得られたのはアンタのお陰だよ」

「クックックッ……長い付き合いになりそうだな?」

 その返事を、アイカさんは甚く気に入ったらしい。

「余の名はアイカという。家名は訳あって明かせぬが、許すが良い」

「こちらも商売だからね。常連さんは大歓迎だし、客の事情を詮索する気はないよ」

「話が早くて助かる。ところで、この刀。銘はなんと言う?」

 イスズさんの答えに満足そうな表情を浮かべつつ、アイカさんは刀身を眺めながら尋ねた。

「こいつの銘は『夕凪』。この刀があれば、どんな奴でもアンタの前ではいなかったのと同じことになるだろうさ」

「ほぉ? なんとも趣き深い銘だな」

「実は銘を打ったのは初めてでね……センスが無いのは勘弁しておくれよ」

 アイカさんの言葉に、イスズさんが頬を指先で掻く。

「今まで打ってたお飾りには、まともな銘をつける気にもならなくてねぇ……」

 装飾品にしかならない刀に愛着が持てなかった、ってことだろうか? 始めからそれ目的で商売しているならともかく、イスズさんはそうでないわけで、なんとなくだけどその気持はわかる。

「クククッ……つまり、余がそなたの初めてというワケだな」

「いやらしい言い方するんじゃないよ!」

 大声で怒鳴った後、更に言葉を続ける。

「月イチは手入れに持ってきな。もちろん自分で手入れするのも大切だけど、研ぎと柄巻の手入れなんかは、素人に任せるのは心配だからね」

「覚えておこう」

 アイカさんはそう言って、新しい刀を腰に下げた。

「代金の方はエリザに告げるが良い。言い値で払おうぞ」

 えーっと、そこは適価でお願いします。ギルドからの依頼をこなしたことで、手元に纏まったお金はあるけれど、節約できるところは節約するべき。怪我とかで大金が必要になるケースも――ん? アイカさんだと、その心配はないのか??

 案内されるまま店の中に入り、お手伝いさんらしき女性に告げられた代金を支払う。アイカさんとイスズさんは裏庭に残ったまま、何事か話している。

 ちなみにお値段は、約二十五万リーブラ。おぉう……流石に値段が張りますねぇ。

「刀匠キクゾウ・サタケは、余が知る限りここ数十年一人の弟子も取っておらぬ」

 支払いをしているわたしの耳に、外の声がかすかに届く。

「つまりは、お主がその技を継ぐ最後の弟子だ。今後も精進するが良い」

 あぁ、前回イスズさんに尋ねていた名前は、魔族の刀鍛冶名人の名前だったのか。

 わたしは詳しくないから誰だかわからないけど、言葉の調子からかなりの有名人だったのだろう。

「あぁ。混じり者とはいえ、仕事に対する矜持は誰にも負けやしないよ」

 アイカさんの言葉に対するイスズさんの返事は、とても力強いものだった。



   *   *   *



 アイカさんの刀を受け取ってから数日後。

 わたしはロベルトさんのお店で、お高そうな珈琲カップを傾けていた。

(……どうしてこんなことに?)

 震えそうになる手を、何事もないかのように懸命に隠す。

 だって、このカップ。自分は高いんだ! と全身で主張しているんだもの。白磁の陶磁器というだけで高級品確定なのに、金色を基調として描かれた模様からは明らかに高名なデザイナーが手掛けた作品だという貫禄が漂ってきている。

 そしてなにより、わたしの『鑑定』スキルがこれは特注品だと告げているのだ。

(そもそも、フォールディング・ボウの点検をお願いするだけの来店だったのに……)

 通常の弓と比べ、複雑な折りたたみ機構を持つフォールディング・ボウは、どうしても個人での整備に限界がある。

 ましてやこれは購入したばかりで、癖や特性なんかもまだまだ掴んでいるとは言い難いから、細かい微調整が必要だし。

 そのためにアイカさんと一緒に店の前まで来たのに、ちょうど通りかかったガルカさんに見つかり、先日のリベンジだとばかりにアイカさんをカード賭博に巻き込んだのでした。

 ホント……懲りない人だなぁ……。

「挑まれたからには是非も無し」

 口ではそう言いつつも、獲物を前に舌なめずりする肉食獣の目でアイカさんは言った。

「余はガルカを、鴨って――いや、少々遊んで――あーっと、真剣勝負をしてくるでな、取り敢えずお主はお主で用事を片付けておくが良い」

 そう言い残すとやたら張り切っているガルカさんと一緒に、賭場が開いている酒場へと向かっていった。

「ことが終わったら、合流するとしようぞ」

「あーっと……」

 ぽつねんと取り残されるわたし。思えばどこかへ行く時は必ずアイカさんと一緒だったような気がする。

 それ以前は一人で行動していたというのに、無性に物足りなく感じるのは何故だろう。

 レティシアさんがいたらあるいは違う展開があったのかも知れないけど、その日はギルドマスターに呼ばれていて一緒の行動はできなかった。

 なにしろ彼女、クラスこそ『鉄』だけど、なにか緊急事態があればギルドからお呼びが掛かる。

 今回も「一緒にでかけるー!」とかいって最後まで駄々をこねていたけど、結局はブラニッド氏とトーマスさんの二人に連行されて行っちゃった。

 そんなこんなで、今のわたしは一人きり。

「……別に寂しくなんてないですしー」

 誰に対しての言い訳なのか、自分でもよくわからないまま呟き、トボトボと一人で店へと入ったのでした。



「弓の名手とは聞いていましたが、坊っちゃんもまだまだ見る目が甘いですなぁ」

 弓の点検を済ませた後、ロベルトさんが口を開く。

「単純に的あてが上手い使い手ならいくらでもおりますが、弓への負担を最低限に抑えつつそれを成し遂げる使い手は、そうそういらっしゃるものではありませんぞ」

 えぇっと、それはちょっと持ち上げすぎじゃないでしょうか? まぁ、褒められて悪い気はしないし、場合によっては財布の紐だって緩みそう。

 幸い、今回は特に必要な買い物はないから無駄遣いをせずに済むけど。流石は商売人。

「ふむ。まぁ、宜しいでしょう」

 わたしの様子を見たロベルトさんがコホンと咳払いをする。

「特にこれと言って手入れが必要な場所はありませんでしたな。これからも良く使ってやってくださいませ」

 というわけで、本当に簡単な点検だけで用事が終わってしまった。

「う~ん……」

 用事が終わった以上、このまま賭博場まで行ってアイカさんと合流しても良いのだけど、基本的に賭け事に興味がないわたしが行っても面白い場所じゃない。かと言って、前回のようにアイカさんの後ろでボケーっと眺めているのも暇だし、なによりガルカさんが巻き上げられてるところを見てるのも辛い。

「幸いにして今はそれほど忙しい時間でもありませんし、どうでしょう? 一杯お付き合い願えませんかな?」

 そんな複雑なわたしの内心を読み取ったのか、ロベルトさんが珈琲タイムを勧めてくれて、その言葉に甘えることにしたのでした。

 ガルカさん……助けてあげられなくてゴメンなさい! でも……。

「男の人って、わりかしどうでも良いことにこだわる人が多いと思うんですよ」

 香りの良い珈琲の入ったカップを傾けながら、ロベルトさんに言う。

「そりゃ、負け込んだのが悔しい気持ちはわかりますけど、結局は実力差の問題なんですし」

 ガルカさんの立場で言えば、負けっぱなしというワケにはゆかないという気持ちはわからなくもない。

 プライド云々もさることながら、単純にお金がないと困るだろうし。でもなぁ……。

「アイカさん勝負運も強いんですけど、それ以上に手先の技が得意ですからねー」

 ガルカさん。前回の負け分を取り戻すと息巻いてアイカさんに挑んでいたけれど、まぁた有り金巻き上げられてるんだろうなぁ……。

 後ろで見てるとアイカさんのゲーム運びの上手さが良くわかった。

 単純に運が強いのは勿論、イカサマも得意なのだ。それも相手に悟らせない絶妙なバランス感覚で。

 怪しまれそうなタイミングでは必ず相手に勝ちを譲り――しかも大勝ちはさせない――油断したところをガツンと持ってゆく。

 後ろから見ていると、よくもまぁ……と感心するレベルだ。

 まことに申し訳ないのだけれど、ガルカさんがそれを見破るのは、多分無理じゃないかな。

「ふふふ……そうですなぁ」

 ロベルトさんが優雅に微笑む。

「全員が全員というわけではありませんが、男──しかも若者は概ねそういう気質であることが多いですな」

 ガルカさんは若者って歳じゃない気がするけど、ロベルトさんぐらいの歳の人からみればそうなのかも。

「プライドや誇り、そういったものに至上の価値を見いだせるのは、なんとも羨ましい特権ですからね」

 うん。ロベルトさんの言っていることはわかる。探索者の中にもそういう人は結構いるから。

「ただ、まぁ……それらは相応の年月を経て、初めて真の意味で手に入るものですからね。若いウチは振り回されるのもまた、経験というものでしょう」

 残念なことに、それに見合う実績を持つ人は、あまりお目にかかったことはないけど。

「誇りってのは、個性と同じですよ。他者によって認められるものであって、自分で主張するものじゃありません」

 苦笑いを浮かべるロベルトさん。自分の過去を振り返っているのだろうか?

「恥ずかしながら、私も若い頃はそれがわからず随分と恥をかきましたし、迷惑をおかけしました」

 そこまで言ってから自分のカップを傾けて中身を飲み、思い出し笑いのような表情を浮かべる。

「クーリッツ坊っちゃんも、今は一端の策謀家を気取っておりますが、幼子だった頃はそれはもう可愛いモノでしたよ」

「へ、へぇ……」

 そんな黒歴史を、本人の預かり知らぬところで聞かされたら、一体どんな顔をすれば良いのだろう?

 クーリッツさんとの付き合いは長くないけど、本人が喜ぶ話題じゃないってことだけは確信できる。

「あの……」

「おっと、お嬢さんにはつまらない話でしたな」

 話題を変えようと口を開きかけたわたしに、ロベルトさんが謝罪の言葉を口にする。

「どうにも歳を取りますと、昔のことばかり口にしてしまいますからなぁ……いやはや」

 そう言いながら、ポットを取り上げる。

「おかわりは如何ですかな? お連れの方はまだ来られぬようですが」

 ロベルトさんがにこやかに言う。ハッとして店奥の柱時計を眺めたら、もう二時間以上もたっている。

「あー……っと、流石に遅すぎると思うので、ちょっと見てきます」

 あれからお客さんの姿もなく、ロベルトさんはあまり気にしていないようだけど、流石に長居が過ぎている。

 それにいくらなんでも時間が掛かりすぎているような……アイカさんに限ってなにか問題がおきたとは思えないけれど、様子を見たほうがいいと思う。

 というか、なにか微妙な胸騒ぎもしてきたし……。絶対になにか碌でもない騒ぎが起こる気がする。

「さようでございますか」

 ポットを下ろしロベルトさんが軽く会釈する。

「それではエリザ様。何か御用があれば、お気軽にご来店くださいませ」

 そう言った後、なにか意味深な微笑みの表情を浮かべる。

「それに……ご武運をお祈りしておりますよ」

「は、はぁ……」

 別に今から仕事をするわけでもないし、誰かと果し合いをする予定もないんだけど……何の話なんだろう?

 一見した限りではロマンスグレーの似合う好々爺だけど、どこまでも底は知れない。正直、この人の考えを読み切るのは、わたしなんかでは到底無理。

 一体、この人には何が見えているのだろう?



 釈然としないまま外にでて、取り敢えず賭博場まで続く通りを歩いてゆく。

 もしかしたら賭け事が終わってこちらに向かっているアイカさんと鉢合わせするかもしれないし。

 それにまだ人通りの多いこの時間帯であれば、通りには屋台が並び、店には色々な商品も並んでいる。

 これでも女の子ですからウィンドウショッピングは、嫌いじゃないし。

 まぁ、並んでいる品揃え的には、ちょっと女の子っぽくないけど。だけどこちらも生活というか、命が掛かっているから、おざなりな買い物はできないしね。

「そろそろショートソードも買い替え時かなぁ」

 メインが弓だからどうしても後回しにされているけど、腰のショートソードも、かなり使い込んでいる。

 まだまだ使えると言えば使えるのだけど、いざというタイミングで壊れたりしたら最悪だし、早めに手を打った方が良い。

 お金はまだ残っているし……次にロベルトさんの店に行った時に相談するのも良いし、なんならイスズさんの店で相談するのも手だ。刀鍛冶とは言っても、それだけでは生活できないから、一応人族向けの直剣も作っているらしいし。

 あるいはこの眺めている店の商品に出物があれば、それを買うのも悪くない。

「……見つけた」

 そんなことを考えながら通りを歩いていたわたしの後ろから、不意に声が掛けられた。

「……はい?」

 振り返ったわたしの視線の先にいたのは、軽量タイプの胸鎧と腰鎧を身にまとい両腰に剣を吊り下げた、一目で探索者だとわかる女性。襟足ぐらいの長さの緑髪と、左側だけ長く伸ばされたもみあげという実に特徴的な容姿からすぐにわかる。

 彼女は、ギルドが誇る『金』級探索者。クロエさんだ。

「やっと、見つけた」

 ポカンとしているわたしに、もう一度クロエさんが言う。

 慌てて周囲を見回すが、近くに他の人はいない。そしてなによりクロエさんの目はまっすぐにわたしを射抜いている。

「えーっと、人違いでは?」

 とは言っても、クロエさんがわたしに用事があるとは到底思えない。

 人も羨む『金』級の一流探索者さんが、ようやく『鉄』級になったばかりの下っ端探索者に用事があるワケないし。彼女にも駆け出しの時期はあり、過去にちょっと手伝ったことはあるけれど、それだけの仲。

 そんなこと、もう覚えてもいないだろうし、うん、きっと誰かと間違えたに違いない。

「違わない。エリザ、あなたを探していた」

 だけど、クロエさんはわたしのそんな考えを一言で打ち砕いた。



   ††† ††† †††



 ようやく見つけた。

 私はホッと胸をなでおろす。

 だいぶ前からエリザにコンタクトを取ろうとしていたのに、なんの因果かわからないけど、まったくスケジュールが噛み合わない。

 ギルドから依頼される仕事をやっている間はエリザに会えないし、ようやく仕事を終えたと思ったら、今度はエリザが仕事でいない。

 一度は仕事を投げ出してエリザを待とうかと思ったこともあるけど、『金』級探索者はギルドからの指名依頼を断ることはできない決まり。

 それと引き換えに数々の権利や優遇措置を認められているのだから、一方的に損をしているわけでもない。

 それになんと言っても、エリザは『課せられた義務を果たさない』相手を嫌っている。

 他なら何でも耐えることはできるけれど、エリザに嫌われることだけは耐えられない。

「えーっと、人違いでは?」

 私に声を掛けられたエリザが、戸惑いの表情で尋ねてくる。

 『金』級の私と『鉄』級のエリザ。同じ探索者でも、その間には高い山と深い溝の両方がある。

 なぜか泣きそうになり、大声を出しそうになった感情の高ぶりをぐっと堪え、できるだけ静かな声で私は答えた。

「違わない。エリザ、あなたを探していた」

 そう。私はエリザを探していた。確かめるべきことがあるから。

 私がギルドの依頼でしばらく領都を留守にしている間に、なんと彼女は『鉄』級へと昇格していた。

 それ自体は別に良い。素直に祝うことができる。


 だけど問題はそこじゃない。


 なんと彼女は、魔族の剣士と組むことによって昇格を成し遂げたと聞いた。そして、そのままパーティーを組んでいると。

(許せない)

 エリザとパーティーを組むのは、この私。クロエであるべき。彼女との付き合いは私の方が古いのだから。

 誰だか知らないけれど、他の者、それも魔族なんかにエリザは渡さない。

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