第一話 賢者ほど気楽な仕事はない#5


「うーん……片付けたのは良いものの……はてさて、どうしたものですかねぇ」

 レティシアさんがため息交じりに口を開く。

「普段なら捨て置くんですけど、今回はなにか証が必要でしょうし」

 オークの討伐よりも面倒だったのは、その討伐したという証拠をどうするかという問題だった。

 この手の魔物や魔獣の討伐において証拠品の提出は、本来必要ない。どの部位を証拠品とするかなどという規定はないし、数数多いる魔獣それぞれについて部位を設定するのも面倒な話だし。

 というか、殆どの魔物は資源として売却可能なのだから、持って帰れるものならできるだけ持ってゆこうとするから一々決める必要もないというか。

 それにもともと探索者は信用商売。嘘を報告して報酬を得たとしても、特に討伐系は達成後に目撃報告や被害報告が相次ぐことになれば徹底した調査がされる。

 そして、不手際ならともかく虚偽報告があったとなれば良くて重罰金。下手をすればランクダウン、最悪は探索者としての身分を剥奪されて投獄までありえるのだから、意図的な誤魔化しなんてありようもなく。

 それに不思議な話だけど、規定を作ったほうが妙に不正やごまかしが増える傾向があるって話。

「流石にオーク討伐を引き受けた経験は無いからなぁ」

 腕を組んだ格好でアイカさんが困った表情を浮かべる。

 これが普通の魔物や魔獣なら問題ない。適当にバラせばよいだけ。

 ただ、オークはどうしたものか。こればかりは流石のレティシアさんも咄嗟に良い考えが出なかったらしい。

 カテゴリー的には魔物扱いとはいえ、仮にも独自の国家を作っちゃう程度には知的生物だし、見た目も色の悪い大型人間に見えなくもない。

 肉として加工しても気分悪いし、皮や血も取り立て有用な素材ではない。鞣せば頑丈な革製品になるかもしれないけど、色合いがその……ね……。

 結局は一番特徴のある尖った耳を切り取り、それを証拠として持ち帰ることにする。

 うーむ。客観的に見ればオークもゴブリンやオーガと大して変わらないと思うのだけど、なんというか心情的に辛いものがある。

 まぁ、お仕事なんだから文句は言わないけど。


 閑話休題。


「うぅ……やっぱり気持ち悪い……」

 帰りはもちろんテレポーテーションの魔法。予想より遥かに早く片付いたとは言え、歩いて日帰りできる距離ではないワケで……。

 それにアイカさんの用事はさておいたとしても、レティシアさんに言われるまま来ちゃったので、日をまたぐキャンプの準備なんかしていない。

 そうなると、嫌でもレティシアさんの魔法で帰るしかない。

 覚悟が出来ていたぶん前回よりは大分マシだったけれど、慣れないモノは慣れないのだ。

「お主でも苦手なモノはあるのだな」

 なぜか面白そうな表情で言葉を続けるアイカさん。

「他はともかく、こと探索においてお主に出来ぬことなど無いかと思うておったが」

 アイカさんの言いように、苦笑いするしかない。わたしをどんな風に見ているのかわからないけど、買いかぶり過ぎにも程があるのは確か。アイカさんのおかげで運良くランクアップこそしたけど、わたしが低レベル探索者という事実は変わらないのだし。

「スキル的なことならともかく、魔法的なことは才能よりレベルに大きく依存しますから」

 わたし達人族は魔力結晶から魔力を引き出すことができるけれど、そうして得た魔力をどれだけ使うことができるかには個人差がある。

 便宜上それを『適応力』と呼んでいるけど、これは才能よりもレベルに大きく影響されることが知られていた。

 つまりレベルが上がれば上がるほど『適応力』は大きくなり、魔法の行使や抵抗に強く作用するってこと。

 テレポーテーションぐらいの大魔術となれば、消費される魔力も桁違いに大きいから、レベルが低く『適応力』にも乏しいわたしが魔力酔いをおこしてしまうのは仕方無いのだ。

「ふむ。まぁ、仕方無いことではあるか」

「それより、ともかく移動しましょう」

 レティシアさんが急かすように言う。

「門からは離れた場所に転移しましたけれど、道端には違いありませんからなにかと目立ってしまいます」

 実際、先程まで誰も居なかった筈の場所に三人の人影が出現したので、通りすがりの人にヒソヒソ言われてたりしている。

 しかもそのうち一人は明らかに魔族なのだから、傍からみれば怪しいことこの上ないですよね。

「おぉ、そうだな」

 アイカさんが大きく頷く。

「さっさとトーマスの奴から今回の仕事料をふんだくって、余の新しい一刀を得に行くぞ!」



   *   *   *



 ギルドに戻ったわたし達はまず酒場エリアへと脚を運び、遅めの昼食を取ることにする。

「それで、結論の方は如何でしょう?」

 三人揃って日替わり定食を頼んだ後、運ばれてくるまでの待ち時間にレティシアさんが早速口を開く。

「実力はもとより、結構お役に立てる所をお見せしたつもりですけど」

 自信たっぷりの表情。多分断られる可能性なんて、露ほどにも感じてないのだろう。

「なるほど……確かにそなたは自分自身の価値を証明してみせたな」

 ふむ。と頭の後ろで手を組みながらアイカさんが思案顔を浮かべた。

 テレポーテーションを始めとする数々の役立つ魔法に戦闘力。知識はもちろん、必要と思えばどのような手段も躊躇わない行動も考えれば、レティシアさんが得難い人材であることはよくわかる。

 ただ、その。『賢者』ってのは確か勇者パーティーの血を引く一族の肩書。

 つまり『魔王』って立場から見れば、紛うことなく『因縁の宿敵』なワケだけど……。

(百年前に終わった話とはいえ、魔族って長寿だと言うし……親の因果が子に報いってことも……)

 やきもきするわたしの前で、アイカさんは重々しく口を開いた。

「よかろう。レティシアとか言ったな。そなたを余ら仲間として歓迎しようではないか」

 あ。全然まったくこれっぽちも気にしないんですね。わかってました。わかってましたとも。

 アイカさんが信用して良いと判断したのなら、わたしもその判断に従うだけ。このパーティーのリーダーは実質アイカさんなのだし。

 まぁ、わたしから見てもレティシアさんは変な人ではあるけど、悪い人ではないと思うので反対じゃない。

「もとより二人きりなパーティーにすると決めておった訳ではないし、なにしろ余一人でエリザをカバーしきるのは難しいのも事実であるからな」

 それは……うん。その通り。

 わたしは身のこなしにそれなりの自信を持ってるし、上手く立ち回れる自信もある――ある程度までの人数が相手なら。


 そう。ある程度までの人数なら。


 基本的な戦闘力に乏しく、攻撃系魔法もあまり得意ではないわたしは、探索における戦闘の大半をアイカさんに頼らざるを得ない。

 ゴブリンぐらいまでならなんとかなるし、少数を相手に不意打ちを仕掛ければそこそこの大物を仕留めることもできる。

 だけど、それは相手に集中できるからこその話であり、一度に多数の相手に襲いかかられたら手も足も出ない。逃げ回るのはできるけれど、相手の数が減らなければいずれ追い詰められるだけ。

 そういう事情から、わたし達の探索スタイルは『わたしが周囲警戒と牽制を行い、アイカさんが仕留める』という形になっている。

 だけど、アイカさんだって無敵というワケじゃない。一対一はもとよりある程度の人数差もその豪腕でなんとかしてしまうけど、一時に手に負える数には限界がある。

 だから例えばコボルトのような、ゴブリンもかくやという数で押してくる相手とは相性が悪い。

 アイカさんだけなら時間を掛ければ全員仕留めてしまうだろうけれど、その間逃げ回ることになるわたしが保たない。

 もちろんコボルトぐらいなら相手出来なくはないけれど、数に飲まれたらオシマイ。アイカさんのように力づくでどうこうするのは無理。

「ふふふ……お任せください」

 ここにレティシアさんが加われば、数の問題も解決する。アイカさんの手が回らない部分は彼女がきっちりと片付けてくれるだろう。

 その意味では実に安心できるのだけど……できるのだけど。

「……か弱いお姫様みたいですね、わたし」

 なんだかわたしの立ち位置が、屈強な騎士達に守られその後ろに控えているお姫様みたいに思えてくる。

 いえ、実際のお姫様とか見たこともあったこともないので、完全にわたしの想像だけど。

「お姫様とかいう柄ではないが、まぁ、似たようなモノではあろうな」

 アイカさんがワッハッハッハと笑う。

「どちらかと言えば、大事に守られた宝箱の方が喩えとしては近いやも知れぬがな」

 わたしの中の想像の自分が、着飾ったお姫様から派手な装飾の施された箱になってしまった。

 別にいいけど。

「エリザさんのことは、まぁ、噂中心とは言えそれなりに知っていますけど、アイカさんの方はどうでしょう?」

 レティシアさんが話題を変える。

「魔族の剣士であることは一目でわかりますけど、実際どのような事情があってこの領都に?」

「ふむ……特にコレと言って具体的な目的があったワケではないが……」

 少し困ったような表情を浮かべるアイカさん。

「言うなればちょっとした野暮用を終わらしたので、後は気ままにやっておるという所だ」

「野暮用……ですか?」

 そう言えば、最初は魔族領で暴れていたゴブリン達を追っかけてここまでやって来たって言ってた。

 あの衝撃的な出会いも、随分と前の話になったんだなぁ……。

「あまり追求してくれるな。今となっては余も少々ことを急きすぎたと恥ずかしく思っている故な」

「ひょっとして、ですけど……」

 しかしレティシアさんの追求は止まらない。

「アイカさん。実は『魔王』に近しい人だったりしますか?」

「………」

 いきなり核心に切り込んできましたよ、この人!!

 表情を変えないようにするので精一杯。それよりも。

「あぁ、余は――」

 アイカさんが言葉を続けないよう、思わずテーブルの下で脚を強く踏みつける。

「んぐっ……なぜそう思う?」

 幸いにして私の言いたいことが伝わったらしく、アイカさんが返事を変える。

「その喋り方、異国の言葉につきものな不自由かと思いましたけど、貴族かそれに類する地位に居たからではないかと思いまして」

 不自然なアイカさんの様子にも特に突っ込まず、レティシアさんは言葉を続けた。

「魔族の世界で『魔王』に近しいと言えば、彼らが言う所の『武家』の者ですから、当然剣士の肩書を持っているでしょうから……って、どうかしましたか?」

「いや、なんでもないぞ? それより、余ら魔族のことを良く知っておるのだな」

 まだ脚が痛いのか、半分涙目でチラチラとこちらに抗議の視線を向けるアイカさん。

「これでも賢者の肩書持ちですから。王都では調べ物に割く時間はたっぷりとありましたからね」

 そんなアイカさんの様子に不思議そうな表情を浮かべつつも、レティシアさんが答える。

「まぁ、魔王とは知らぬ仲では無い……とだけ言っておこう。詳しいことを言うのは、エリザに止められている故にな」

 そこをバラしたら意味が無いと思う。隠し事してますよーって白状しているようなモノだし。

「なるほどなるほど」

 予想に反してそれ以上追求してくることもなく、レティシアさんは納得したように頷く。

「エリザさんと組めたことは、アイカさんにとっても実に幸運だったようですね」

「………っ!」

 いやもう、この人。本当は全部わかってるでしょ!

 わかっててわざと言っているとしか思えないんですけど!!

「であろう!」

 しかしアイカさんの方はあまりわかっていないようだった。

 なぜか得意げに胸を反らしながら言葉を続ける。

「エリザは可愛いだけではなく、話も解るし腕も良い。誠に得難い友人であるぞ。それにだな」

 ん? なんか話が変な方向に向きだしたような……?

「それに?」

 そして、なぜにそれほどまでの興味津々な様子なのですか、レティシアさん?

「なんと言っても柔らかい。この抱き心地の良さは、二人とおるものではないぞ!」

「な!」

 いや、ちょっと待って。突然何を言い出すのか、この人は。

「ちょっと、そこの所詳しく」

「レティシアさんも、そこに食いつかないでください!」

 とんだ羞恥プレイに巻き込まれている気がする。いや、気のせいじゃないけど、気のせいってことにしておく!

「えー? 私もメンバーの一人となったからには、詳しく知る権利があると思うのですけど?」

「フッフッフッ……それは余の特権である故に、そうそう教えるワケにはゆかぬな」

「そんなことを知ってどうするんですか……」

 あー、もう。なんかメチャクチャだー。なぜ話の中心が突然わたしのことに変わってしまったの?!

「それはもちろん、私のメモリアルにきっちりと記録し、いつでも反芻できるようにする為に決まっているじゃないですか!」

 なにがもちろんなのかさっぱりわからないんですけど!!

「すみません。記憶が飛ぶまで殴っても良いですか? 良いですよね?」

 多分、一ダメージにもならないと思うけど。

「レティシアもエリザもその辺までにしておくが良い」

 ふー、やれやれ。とでも言いたげに両手を上げて肩を振るアイカさん。

 そもそも言い出しっぺはアナタだったと思うんですけど、なぜ他人事みたいに言うのでしょうか?

「心配せぬとも、余はエリザを独占する気である故、これ以上詳しいことは教えぬぞ」

 しかも話題を変える気は微塵もないアイカさんでした。

「エリザを堪能したければ、そなた自身の魅力で構うが良い」

「魅惑的な提案ですけど、取り敢えずは辞退しておきますね」

 更にとんでもないことを言い出すアイカさんに、レティシアさんが笑顔で首を振る。

「あくまでも私は、アイカさんとエリザさんのイチャイチャっぷりを傍から堪能したいので」

 この人もこの人で本当によくわからない。

「なんとも変わった趣味だな」

 アイカさんが不思議そうに首を傾げる。

「可愛いものは触れてこそと思うが……まぁ、本人がそうしたいと言うなら好きにするが良い」

「あの。わたしの意見は無視ですか。無視ですよね。わかってます、ハイ」

 などとちょっと拗ねてみせる。まぁ、ポーズみたいなもの。

 これもわたしが本気で嫌がることをアイカさんは絶対に押し付けては来ないという信頼があればこそだけど。

 それに、わたしにも役得はある。

 本人は気づいてないのか知らないフリをしているのか。アイカさん、実に触り甲斐のある良い身体をしてたりするし。

 鍛えられているのに筋肉質すぎることもなく、スラリとして見える身体も出るべき所は出てるし、引っ込むべき所は引っ込んでいる。どんな鍛え方したらこうも理想的な体型を作ることができるのかしら?

 そして、これをベタベタ触っても怒られないんだから、はっ! 思えば天国はここにある?!

「エリザ……なにやら気色悪いオーラが漏れておるぞ?」

 おっと、ダメダメ。落ち着けわたし。

「ほいよ、注文の日替わり定食三つ。出来上がりだよ!」

 話が途切れた隙を狙ったかのようにハンナさんと手伝いの子が三つのトレイを運んでくる。

 というか、多分実際に狙っていたのだろうと思うけど。

 パーティーメンバーの話は、反省会やら今後の予定についてなど仕事に関係したモノが多い。そんな中にたとえ注文品といえども割って入ると、話が変な所で中断してしまうことがある。

 そこまで気を使う必要があるのかと個人的には思わなくもないけど、そういうハンナさんの気遣いが、彼女の人気の秘訣なのだ。

「話に熱中するのも良いけどね! 腹を膨らませないとロクな結論にならないよ!」

 ハンナさんがわたし達の話を聞いていた筈はないから、これは誰相手にも言っている口癖みたいなものだろうけれど、今の状況にはピッタリだ。

「さ。早く食事にしましょう!」

 うん、これ以上変な話になる前に、さっさと次にゆこう、次に!



 ハンナさんに追加の注文一つとテーブルで例の書類を完成させるちょっとした作業を終わらせ、ギルドカウンターへと向かう。

「う~む。なんだか変なんだがなぁ」

 自分の所へわたし達が向かっていることに気がついたトーマスさんは首を捻りながらこちらに声を掛けてきた。

「お前らさんの申請書類……確かに受け取った筈なんだが、どうにも見つからなくてなぁ」

「あっと、それはですね」

 予め打ち合わせてあった通りに話を進めるレティシアさん。心底申し訳無さそうな表情をしつつ、軽く俯いて見せるほどの演技派。

「その、うっかり他の書類と一緒に持って帰ってしまったみたいです。こちらに持ってきましたので、納めてください」

「うんあ?」

 書類を差し出されたトーマスさんが首をひねる。

「しっかり受け取ってしまいこんだ覚えがあるんだがなぁ……?」

「あの時は他にも幾つか書類のやり取りがあったので、それと間違えたのでは?」

 どうにも腑に落ちないといった様子のトーマスさんに、レティシアさんがそれっぽい言葉で誘導する。

「あぁ、そう言えば仕事料から寄付への振替とかやったか……まぁ、実際ここに書類はあるんだしなぁ」

 釈然としないまでも、取り敢えず納得することにしらしいトーマスさん。確かにここで押し問答したところで仕方ないし。

「ふん、俺も耄碌したもんだ」

「トーマスさんは忙しいですからね。ハンナさんにお願いしてお酒を一本用意しておきました。帰りにでも受け取っておいてください」

 レティシアさんが、すかさず用意しておいた『お詫び』を差し出す。いや、ホント。この人、相手を言いくるめるのはホントに上手だなぁ。

「ん? 酒だと?」

 レティシアさんの言葉を受けて、トーマスさんが酒場の方に視線を向ける。

 それを見たハンナさんが、テーブルの上に一本の瓶をそっと置いた。

「お、お前! アレ、王家御用達の四〇年モノじゃないか!!」

 トーマスさんが驚くのも無理はない。レティシアさんが頼んだお酒は、探索者が一山当ててようやく一杯飲めるかどうかというレベルの高級品だったから。

 トーマスさんのお給金がどれぐらいなのかは知らないけれど、そうそう手に入るモノではないだろう。

(これは、レティシアさんの勝ちね)

 あまり知られていないのだけど、実はトーマスさん。ああ見えて結構な酒豪だ。

 仕事の間はコップ一杯のお酒も手を出さないけれど、一度仕事が終われば行きつけの酒場に直行し、思う存分飲んでいるらしい。

 他の探索者と合わないよう街中にある会員制の酒場を愛用しているって話だから、公私の区別が徹底している。

 え? なんでわたしがそれを知っているかって? それは、まぁ、秘密ということで。

「ま、まぁ……くれるというなら貰っておくが……」

 これが中級クラスのお酒だったら、トーマスさんは断固として受け取らなかっただろう。だけど、その価値の高さが彼の自制心を少し上回った。

 それに――。

「だがらといって、なにか優遇したり便宜を図ったりすることはできんぞ?」

「いえいえ。これは単純にいつもお世話になっているトーマスさんへの感謝の気持ちですから」

 探索者としての信用度が桁違いだ。同じお酒だったとしても、例えばわたしからのプレゼントであれば拒否されたと思う。

 わたしにはトーマスさんに媚をうる意味があるから。

 でも『賢者』とまで名高いレティシアさんなら?

 彼女であれば今更トーマスさんに便宜を図ってもらう必要がない。仮に便宜が必要となったとしても、トーマスさんレベルではどうにもならないことになるだろうから。

 言葉は悪いけどレティシアさんは、その意味で安心してプレゼントを受け取れる相手ってこと。

 社会的信用とそれに付随する地位は、なによりも重いのだ。

「はー。他の奴らもお前らぐらい謙虚なら、俺の仕事も少しは楽になるのだがなぁ」

 受け取った書類を後ろの棚にしまいつつ、トーマスさんが愚痴る。

「今の連中ときたら、楽して儲けることばかりをだな……」

「おっさんの繰り言は良いから、仕事の報酬を寄越すが良い」

 相変わらずアイカさんは容赦ない。

「この後も予定が入っておるでな、さっさと手続きを終えよ」

「お前さんなぁ」

 トーマスさんは何か言い掛けて、首をふる。

 その様子に、わたしもレティシアさんも同じように首をふるしかなかった。



   *   *   *



「さて、これから余らは刀鍛冶に新しい刀を受け取りに行くが、お主もついてくるか?」

 ギルドを出てから、アイカさんがレティシアさんに尋ねる。そう言えば、当初の予定ではレティシアさんは居なかった。

「う~ん……そうですねぇ」

 アイカさんの質問にレティシアさんはわずかに小首を傾げてから、そしてゆっくりと口を開いた。

「今日の所は遠慮しておきます。宿も移動したいですし、揃えたいものもありますし」

「そうか。では、また後で会おう」

「お二人のデートを邪魔するなんて野暮はしませんから」

 アイカさんの言葉に、レティシアさんがニッコリと微笑む。

「どうぞ、ごゆっくり」

 ハハハ。デートだって、デート。

 もう散々振り回されたので、いまさら反応する気力もわかない。というか、ここで反応したら、また更に弄られるのは確実だし。

「それでは、夕飯の時間にでもお会いしましょう」

 わたしが思ったような反応をしなかったのがつまらなかったのか、ちょっと残念そうな表情を浮かべているレティシアさん。

 なんだろう。両頬を真っ赤に染め拳で口元を隠して恥ずかしがりもですれば良かったのかな?(棒)

「それでは、行くぞー」

 数歩先に歩きだしたアイカさんがこちらを振り返る。

「あ、待ってください!」

 一瞬なにか胸のざわめきを感じたけど、それを振り払いわたしはアイカさんの後を追いかけた。



   ††† ††† †††



「さて……」

 アイカとエリザ。両名の姿が見えなくなったことを確認してから、レティシアはギルド前から裏口前通路の暗がりへと移動する。

「王都だろうが辺境だろうが、面倒はどこでも変わらないわね」

 ギルドに戻ってからずっと向けられていた暗い視線。王都で人の目に晒され続けたレティシアがよく知っている視線。

 その持ち主三名が、まさに裏口から出てくるところだった。

 少し前に探索者になったばかりの三人。お世辞にも真面目な性格ではなく、チンピラじみた行為で度々問題を起こしている連中だ。

「そんなコソコソと、どちらにお出かけですか?」

 誰かに声を掛けられるなどと予想もしていなかったのだろう。ギクリとした三人の姿が動きを止める。

「なんだ、テメェは?」

 その中のひとりが、やや上ずりながらも声を上げる。微弱とはいえ魔力を乗せたレティシアの言葉に耐えたのだから、地道にやっていれば上も狙えただろう。

「俺らが用事あるのは、『エターナル・カッパー』とその連れだ。関係無い奴は引っ込んでろ」

 呆れたことにレティシアのことも良く知らないらしい。どれだけ周囲の情報に無頓着なのか。

「ご存知ないのは仕方ありませんが、今では私も彼女らの一員ですよ。関係無いとは言えませんね」

「クソッ! あの女、今度はどんな手を使いやがった!」

 右足で地面を蹴りつけながら男が苛立たしそうに言葉を続ける。

「どんな手、とは?」

「あんな役立たずに仲間が出来るなんておかしいだろ!」

 冷静なレティシアに対し、男の言葉は更にエスカレートする一方だ。

「最近ではギルドからも指名仕事を貰ってるようだし、どんな汚い手を使いやがってるんだ!」

「エリザさんのことを言っているなら、彼女は『鉄』ランクですよ。少なくとも貴方達と違い、彼女は地道に信用を築き上げてきたというだけの話ですが」

「そこからしておかしいだろうが! あの無能がどうして『鉄』になれる? ズルをして手に入れたのなら、俺たちにだっておこぼれがあっても良いだろうが!」

 都合の悪いことは聞こえない。低レベルなチンピラに共通する特徴。

「はぁ……まさか、こんな場所で自分を鏡見てしまうとは……」

 大きなため息をレティシアが漏らす。

「これも私の背負う罪なのでしょうかね」

 レティシアも『おこぼれ狙い』という意味でこの男たちとあまり変わらない。

 もっとも、ここまでは堕ちてないし、堕ちたくもないが。

「ゴチャゴチャとうるせぇよ!」

 男がズイっと一歩進む。

「テメェも仲間だってのなら、少し痛い目を見てぇか!?」

「それが可能と思っているのであれば、どうぞご自由に」

 レティシアの身体から魔力のオーラが立ち上り、男たちがたじろぐ。その正体はわからないにせよ、それが良くないものであろうことは本能的に察せた。

「……っ!」

「ダークネス・プリズン……闇の監獄から無事出てくることができたなら、いくらでもお相手しますよ」

 返事はどこからも返ってこない。三人の男たちは、何が起きたのか理解する間も、抵抗する術もなく自らの影に飲み込まれてしまったのだ。

「殺しはしないから安心なさいな――もしかしたら死んだ方がマシだったかもしれないけど」



 翌日。ギルドの裏口前で、白目を剥き口から泡を吹いた男たちが発見される。

 何が起きたのか聞き取りが行われたものの、三人とも完全に発狂しておりまともな証言を得ることはできなかった。

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