第一話 賢者ほど気楽な仕事はない#4


「よし! わたし復活!!」

 日陰で半時間ほど休んで、わたしは一声上げると同時に上半身を勢いよく持ち上げた。

「ふむ……顔色は大分戻ったようだが……」

 そんなわたしの顔を見ながらアイカさんが続ける。

「なんだったら、もう少し休んでも良いのだぞ?」

 そう言いながら、座った姿勢で自分の両膝をポンポンと叩く。


 つまり、わたしは今までアイカさんに膝枕をしてもらっていたということなのだ。


「あ、いえいえ。もう本当に大丈夫ですから!」

 慌てて両手を振る。ここで強い意志を持たないと、色んな意味で駄目になりそうな予感しかしない。

 だって、アレだよ? アイカさんの太もも。間違いなく至高の逸品だもん。

「無理は禁物ですよ? ここはアイカさんの言葉に従ってもう少し休んでみては?」

 なぜか妙に楽しそうに言うレティシアさん。というか、そもそもこの状態に至った原因が彼女の言葉だったりするのだけれど……。


『エリザさんを休憩させるにしても、この辺は平野と木ぐらいしかありませんので、ゆっくり休んで頂く意味でもここは一つ、アイカさんが膝枕をして差し上げるのはどうでしょう? あ、お邪魔でしたら私、百メートルぐらい離れておきますから』


 うん。意味がわからない。なぜそうなるのかしら……。

 さらに意味がわからないのは、このトンチンカンなアイデアに、なぜかアイカさんが全力で乗っかかってきたこと。

 そのまま地面に座ると、猛烈な勢いで自分の膝を叩き始めたりするのだから、わたしとしても無視出来なかったというか、無下に出来なかったというか……ホントはアイカさんの魅惑のオミアシに勝てなかっただけです。ごめんなさい。

「ともかく今日の夕方までには街まで戻りたいですし、レティシアさんのテレポーテーションがあるとはいえ、早めに片付けるにこしたことはないですから」

 軽くジャンプしたりガッツポーズを決めたりして、完全に調子を取り戻したことをアピール。

 正直レティシアさんの目論見はよくわからないけれど、少なくとも今は同じパーティーの仲間。

 情けないところは見せてられない。

「いやでも、ここは私の目の保養……コホン。これからの行動は、慎重に慎重を重ねて検討をですね──ん?」

 そこまで言ってから、レティシアさんがわずかに表情を変える。

「失礼。ウオッチ・バリアに反応が……」

「反応だと?」

「ここから二十分ほどの距離に、動く塊が一団。多分噂のオーク達でしょう」

「ウオッチ・バリア――結界魔法ですか」

 わたしの呟きにレティシアさんが答える。

「えぇ。お二人が休んでいる間、万が一があっては困るので、この周辺一帯に結界を張っておきました」

 こともなげに言っちゃってるけど、とんでもない話。

 結界魔法は術者系探索者の中でわりと基本的なモノだけど、普通はキャンプ場周囲をカバーするのが精一杯。

 消費する魔力量は面積に比例し、しかもそれを維持するために定期的に魔力を消費する必要がある。少なくとも周囲一帯なんてレベルで使う魔法じゃないのは確か。

 賢者ともなると、魔力結晶から引き出せる魔力効率も桁違いなんだなぁ。ちょっと魔法を連発しただけで魔力切れを起こすわたしとは比較にすらならない。

「万が一の処置でしたが、今回はエリザさんのお手を煩わせる必要はなかったようですね」

「あー、賢者様ってやっぱり凄いんですね」

 わたしも一応は魔法を使える。使えるけど、レティシアさんのそれと比べれば子供のお遊びレベルだ。いや、もちろん『賢者』と比較するのもおこがましい話だというのはわかってるけれど。

 わたしの言葉にレティシアさんはわずかに眉を顰めた。

「エリザさんのスキルのように無制限で周囲を警戒できるというのは、私には真似できない強いアドバンテージなのですよ」

「は、はぁ……」

 中距離で気配を察することができる程度の技術が重要だと言われても、なんというか実感がわかない。遠距離で確実に相手を察知出来る方が遥かに便利だと思うのだけど。

「確かに魔法は便利ですし、応用も幅広く利きます。ですが、それには相応の魔力が必要で、常に展開しておくのは労力に見合いません」

 それはわかる。魔力結晶を大量に用意しておけば魔力そのものの問題は緩和されるけれど、一人の人間が使用できる魔力の量には限度がある。魔力結晶から魔力を引き出すには集中力が必要で、人間の集中力は無限ではないから。

 だけど、それは一般人レベルの話であり、レティシアさんぐらいになれば無限に近い魔力を引き出せても不思議はないと思うのだけど……?

「お主らの言葉で言うところの、連携効果って奴だな」

 アイカさんが頷きながら続ける。

「魔法は確かに便利だが、使い続けるのは現実的ではない。だが、エリザがなにかを感じた時に魔法を使うようにすれば消耗を抑えたまま最大限の効果を得ることができる」

 あー……なるほど。闇雲に魔法を使うのは魔力の無駄──ひいては魔力結晶の無駄使いになる。だけど、要所要所だけで魔法を使うようにすれば、魔力の節約はもとより、術者の手を開けておくこともでき、まさに一石二鳥って話。それ自体はまぁ、わかるけど。

「そう、それです」

 なんとなく釈然としないわたしに、レティシアさんが言葉を続けた。

「確かに私は莫大な魔力を行使することができますけど、それでも無限にとはゆきませんし、複数の魔法を併用するスキルはありますが、なにかの魔法を維持している間は結局行動に制限が掛かりますしね」

「あー、なるほど」

 要は手間とコストの問題。わたしの能力は必須ではないけれど、あれば便利だって話なわけだ。

「場合によっては、わたしの技術も少しは役に立てられるんですね」

「エリザ……そなた、なぁ………」

 何故か呆れたようなアイカさんの言葉を、レティシアさんが片手で制する。

「そうです。エリザさんがいれば皆楽になりますし、他に力を割くこともできます。それが意味することを──」

 そこまで言ってからレティシアさんが表情を変える。

「……っ! 連中が動き始めました。どうやらこちらの居場所を掴んだようです」

「ほぉ」

 刀の柄に手を置きながらアイカさんがニヤリとした表情を浮かべる。

「二十分程と言えば決して近くない距離だが、よくもまぁ、連中はこちらの位置がわかったものだな」

「テレポーテーションは、その性質上大規模な魔力の波動を発生させますから……」

 アイカさんの疑問にレティシアさんが答える。

「魔法の心得がある者がいれば、私達の居場所を探り当てるのも難しくはないですね」

「それはつまり」

 そのレティシアさんの返事に、アイカさんが短く続けた。

「一団にの中にはオーク・メイジが混じっている可能性があるということだな」

「恐らくは。レベルによっては面倒な相手になるかも知れませんね」

 オーク・メイジ。直接相対したことはないけれど、少なくともゴブリン・シャーマンよりは強敵なのだろうと思う。

「それにしても……避けるでもなく、わざわざこっちまで迫ってくるとは、なかなかに仕事熱心な連中だ」

 皮肉っぽい言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうなアイカさん。

「オークという連中は、もう少し怠惰な面倒くさがり屋だと思っておったがな」

「わざわざ人里を襲おうなんて連中です。オークの中では変わり者の類なのでしょう」

 アイカさんの言葉にレティシアさんが答える。

 ただ、まぁ……わたし達が人の事を変わり者なんて言えるのだろうか? という疑問が……。

「今更オーク達が、何の意図あってこのような暴挙にでたのかは興味が尽きませんけれど」

 レティシアさんは軽く両手を叩いた。

「取り敢えず、お仕事を片付けましょう」



   *   *   *



「………」

 十五分程経過した後、姿を見せたオーク達の姿にわたしは思わず表情を歪めてしまった。

 緑色の肌、禿げ上がった頭部。下顎から突き出している左右二本の牙が邪魔してかだらしなく半開きになっている口元。そのくせ目だけは妙につぶらで、上方向に潰れた鼻は豚のそれを彷彿させる。

 人よりも一回り以上大きな背丈には、乱雑ながらもそれなりに整えられた皮鎧を纏っていた。

 その数、六人。うち五人は刃こぼれしたブロードソードを持っており、残り一人は形の悪い木製の杖を持っていた。多分、こいつが術者なのだろう。

 これらを見ただけで、少なくともゴブリン達よりは文化的な社会で生活しているのがわかる。

「くっくっく……見よ、奴らの間抜け面を」

 小声でアイカさんが笑う。

「目的地まで来たのに、余らの姿が見えぬ故に困惑しておるぞ」

 実のところ、わたし達とオーク達の間は百メートルほどの距離しかない。連中がキョロキョロしているのを茂みの中でしゃがんで眺めている。

 隠蔽の魔法で隠されているわたし達の姿を、オーク達は見つけることが出来ずにいるのだ。

「それでは、エリザさん」

 こちらも小声でわたしに話しかけてくるレティシアさん。

「打ち合わせの通りに、お願いします」

「………」

 無言で頷き、わたしは二人からゆっくりと離れる。気配遮断のスキルを使い、オーク達にも気づかれぬよう、ゆっくりと。

 細心の注意を払い、そのままアイカさん達とは反対側の茂みに移動した。

(……さて、さっそくコイツの出番ね)

 畳んでいた弓――昨日受け取ったばかりの新しい弓――を音がせぬよう慎重に展開し狙いを定める。

 狙うのはただ一人。この集団のボスと思われるオークだ。

「グルゥ、ガァ……ガガァ!」

 集団の中でも一際大きなオークが、苛立たしそうに大声で喚いている。いかにもボスと思われる体格で、恐れ入るような周囲のオークの反応もその予想を肯定していた。

(アイツにしましょう)

 仮にボスじゃなかったとしても、中心を占めているのは間違いない。

 軽く息を整え、慎重に狙いを付ける。気配遮断が効いているとはいえ、それはあくまでも気づかれ難いというだけで、見つからないってことじゃない。

 こちらから攻撃を加えれば、余程の間抜けでもない限り必ず居場所はバレる。

「パワーショット!」

 スキルの一撃を乗せた矢を目標めがけて放つ。

 放たれた矢はまっすぐに狙ったオークへと突き進み、狙い通りその胸板を貫き通す。

(オッケー!)

 店での調整は終わっていたものの、使ってみての微調整は終えてなく若干の不安はあったけれど、ロベルトさんは完璧な仕事をしてくれていた。

「ンガッ?!」

 更にヘビーショットの上位技であるパワーショットは、目標を貫通してすぐ隣にいた別のオークに命中し、片腕を使い物にならなくする。

「グァッッツ!」

 オーク二人にそれなりの深手を負わせることに成功したものの、コレぐらいのダメージでオークが倒れることはない。

 矢の飛んできた方向からすぐにわたしの位置はバレ、残りのオークも一斉にこちらを向く。

「ひっ……!」

 あまりの醜悪な絵面に、思わず小さな悲鳴が漏れてしまう。

 だけど、ここまでは計画通り――!

「よくやったぞ、エリザ!」

 オーク達の背後からアイカさんが飛び出し、わたしの矢を受けた一番大きなオークを縦に一刀両断にする。

 そして、そのまま返す刀でもう一人ダメージを受けたオークの首を斬り飛ばした。

「正面から斬り伏せるのは少々骨が折れたやも知れぬが、不意さえ突いてしまえば簡単なことよの!」

 そう。これがわたし達の立てた計画。

 わたしが弓で不意打ちを仕掛け、こっちに気が向いている間にアイカさんが背後から強襲する。

『なんでしたら、私のエクスプロードで一気に焼き払っても。手軽でお勧めですよ?』

 というありがたいレティシアさんの提案もあったけど、アイカさんと二人で丁重且つ断固としてお断りさせて頂いた。そんな大規模環境破壊をやらかしたら、トーマスさんから壮絶な説教をされちゃう!

「ガッ! ガッ!!」

 流石に頭から両断され二つに分かれたオークは地面に倒れたままピクリとも動かない、いかな生命力自慢でも真っ二つにされてはそれも無意味だ。

 一方、首を飛ばされた方のオークは傷口から派手に血を噴き出しながらもブロードソードを振り回している。

 頭部がない以上周囲の様子が見えている筈もなくただ闇雲に剣を振り回しているだけで、おまけに思考の為の脳もないのだから、なんの驚異にもならない。邪魔なのは邪魔だけど。

「ガーッッッッッ!」

 瞬く間に二人を無力化され動揺を隠せないオーク達ではあったけど、それでも命が掛かっている状況のせいか、術者を中心に反撃へと転じる。

「少しは楽しませてくれるだろうな!」

 襲いかかってくる二人のオークに、アイカさんが凄みのある笑みを浮かべる。

「単に斬られるだけの木偶の坊では、些かつまらぬぞ!」

 もっとも、次の瞬間にオークは一人に減っている。わたしが次に放った三本の矢が両足と右腕を吹き飛ばし、それ以上身動きできない肉塊となって地面に転がったから。

「相変わらず見事な弓の腕前よな!」

 先に走り寄ってきたオークの一撃をジャンプで躱し、そのまま胸板を一撃で突き通しながらアイカさんが笑う。

「お主ならば、魔族領で長弓頭でも務まるであろう!」

 オークを倒すのは困難だけど、例外はいくつかある。先程アイカさんがやったように脳天から両断するか、今やったように心臓――急所を一突きにすれば流石に死んでしまう。

「……ファ……ナッ!」

 オーク・メイジがアイカさん目掛けて杖を振り上げ、その杖の先に炎の塊が浮かび上がる。あれは、フレイム・アローの魔法。

「くっ!」

 すかさず弓を構えて術者を狙おうとするものの、残り一体のオークが術者を守るような立ち位置にいるため上手く射線が通らない。

「フォアイォー!」

 自信満々そうな表情で杖を振り上げ、それを振り下ろそうとするオーク・メイジ。

 駄目! 間に合わない……アイカさんが魔法の一つでどうこうなるとは思えないけれど、それでも余計なダメージを受けるのは心苦しい。

「……オッ?」

 杖を振り下ろした瞬間、間抜けな言葉を漏らすオーク・メイジ。

 自信満々に振り下ろした杖の先にあったはずの炎の塊が、いつの間にか消失している。慌てようから見るに本人が意図したわけでも魔法の効果というわけでもないらしい。

「さぁて! ここでぇ! 私の出番というワケですよ!」

 突然よくわからないテンションで悠々と姿を現すレティシアさん。

「この私の前でそんなちゃちな魔法を行使しようなんて、流石に苦笑するしかありませんねぇ」

 明らかに不快そうな表情を浮かべるオーク・メイジ。言葉が通じているとは思えないけれど、馬鹿にされている雰囲気は通じているのだろう。

「それでは賢者の戦い方、その片鱗を見せて上げましょう」

 そう言いつつスッと右手を上げる。

「ミスティック・アロー!」

 言葉と同時にレティシアさんの手のひらに魔力で構成された矢が出現する。

 それは多分殆どの術者が一番最初に覚える基礎的な攻撃魔法。属性の縛りもなく魔力消費も軽い万能魔法の一つ。もっとも、その分威力は低いので、あくまでも初心者向け、ベテランの補助魔法として使われることが多い。

 ちなみにわたしは弓があるからいいや……ということでこの魔法は未習得だったりするけれど。

「さてさて。どれぐらいのモノかしら?」

 何故か自信満々なレティシアさんだけど、わたしとしては不安が拭えない。

 ミスティック・アローの威力は、本当に大したものじゃない。ゴブリンですら一撃で仕留めるのは難しいレベルだ。もちろんレティシアさんぐらいの魔力があれば、多少は威力も上がるだろうけど、それにしたって限度というものが……。

「……グッグッグッ」

 オーク・メイジも同じことを考えていたみたい。明らかにあざ笑う表情を浮かべている。

「……ファ……ボー……ナッ」

 そして再び呪文のようなモノを唱え始め、その杖の先にまた炎の塊が出現する。

「はい、バーン!」

 そんなオーク・メイジに対して、レティシアさんは軽い言葉と同時に魔法の矢を投げつけた。

「……ヌッ!」

 大したレベルではないとはいえ、ダメージはダメージ。オーク・メイジは魔法を中断し、魔力障壁を発生させる。

 というか、同時に二つの呪文を使えるって――デュアル・スペルのスキル持ちってこと? 見た目はアレだけどそれなりにできる術者ってことだ。

 投げつけられた魔法の矢は虚しく障壁で弾かれ、オーク・メイジは勝ち誇るような表情を浮かべる。

「ハ……スュ……」

 そしてそのまま先程の呪文の続きを唱え始めた。

「状況も弁えず、自尊心のまま大技に手をだすのは愚か者の証拠」

 一方、レティシアさんは眉一つ動かさない。

「魔術師の真髄は、その手数と汎用性の高さにある」

 そう言いつつ、今度は前ぶりもなく魔法の矢をオーク・メイジに叩きつける。

「無詠唱魔法?!」

 呪文はおろかその名前さえ告げず、無造作に発動される魔法。それは予め必要な術式を、自分の身の回りに組み込んでおくことで実現可能とする極めて高度な魔法発動方法。

 その魔法の矢も咄嗟に展開された魔力障壁の前に弾き飛ばれされたが、これにはさすがのオーク・メイジも驚きを隠せないようだった。

 ただ、それでも唱えている呪文を止めるには至らず、このままでは呪文が完成するのも時間の問題。

「さて、それじゃぁ、片付けますか」

 レティシアさんが両手をパンと胸の前で叩く。

「魔法、多重展開……対象『ミステック・アロー』……」

 目を閉じて軽く呟き、カッと見開く。

「マルチ・キャスト!」

 言葉と同時にレティシアさんが両手を広げ、その両掌の間に信じられないほどの数のミステック・アローが展開された。

「はてさて。その魔力障壁、一体何発ぐらいまで耐えられるかしらね?」

 少なく見積もっても五〇本近い魔法の矢が展開されている。しかもその魔法の矢は未だ増え続けていて、最終的に何本になるのかは予想もつかなかった。

「それじゃ、我慢比べと行きましょ」

 ニコリと微笑んだレティシアさんに、オーク・メイジは絶望的な表情を浮かべるのみだった。



「なかなかやるではないか」

 残り一人のオークを苦もなく葬り去ったあと、すっかり他人事のように眺めていたアイカさんが両手を叩く。

「なんのかんの言って相手に隙を与える可能性が高い大技よりも、小技を用いて確実に仕留めるというやり方、余は嫌いではないぞ」

 三十本までは耐えきったものの、それ以上は魔力障壁が持たず、十本以上の魔法の矢で身体を貫かれ絶命したオーク・メイジを見下ろす。

「なるほど、賢者というのは伊達ではないようだ」

「お気にいって頂けたのなら幸いです」

 アイカさんの言葉ににっこりと微笑むレティシアさん。

「さて、私がお役に立てることを見せたつもりですが、如何なものでしょう?」

「あぁ、あぁ。そうであったな」

 レティシアさんの言葉にアイカさんが鷹揚に頷く。

「余としては実力者であり、ユーモアにも理解がある者を拒否するつもりはないが……エリザはどうだ?」

「わたし、わたしですか?」

 突然話を振られて戸惑ってしまう。

「いえ、わたしとしてもアイカさんが良いというなら、別に良いんじゃないかと」

「………」

 我ながらなんとも自分の無い返事だとは思うけれど、ぶっちゃけ好き嫌いを判断できるほどの付き合いでもなければ、ランクは同じでも実力は雲泥の差。

 それに、なんと言ってもこのパーティーの中心は紛れもなくアイカさんなのだから、アイカさんの判断が優先されても問題はないと思う。

「まぁ、よい」

 何故かわたしの方をみて一つため息をもらしてから、アイカさんはレティシアの方を向いた。

「お主の参加を認めよう、レティシアとやら」

「ありがとうございます。お二方」

 レティシアさんがペコリと頭を下げる。

 賢者と聞けばどこか雲の上の人のような感じがするけど、実際には気さく(?)な人で、ほんと噂と先入観っていう奴は役に立たない。

「だが、書類の件はきっちりと片付けておく必要がある。とりあえずは『渡したハズが手違いで持って帰っていた』ということにでもして新たに提出するが……」

 とはいえ、アイカさんは決して甘い人ではない。

「幻惑の件は如何ともし難いな。それを罰する法はないのかも知れぬが、道理として褒められたものではない」

 トーマスさんに幻惑の魔法を掛けたことについて、アイカさんはそれを許すつもりはないみたいだった。ただ人族には『他者に幻惑の魔法を掛ける』ことを禁じる法律は存在しなかったりする。

「だからといって、今更それを明らかにしたところで、無益に混乱するだけだしな……」

 そもそも幻惑の魔法を使える者が数えるほどしかいないし、そのほぼ全員が王宮やアカデミーに仕えてるから問題が起こりようもない――建前としてはそうなってる。

 なによりも幻惑魔法を使えるレベルの術者は、罰するどころか逮捕することすら困難極まりないワケで。

「ふん。適当な理由でもつけて、トーマスに一杯おごるがよかろう」

 アイカさんの落とし所は、実によく考えられていた。

 罰則がないからって『実は幻惑の魔法で誤魔化してました。テヘッ』とか言われてもトーマスさんだって困るだろうし、それ以前に騙されたっていう事実はどうしても反感として残ってしまう。

 とすれば、些か強引ではあっても適当な理由をでっち上げ、謝罪しておくのが一番。誰の心にもしこりを残さないという意味で。

 汚い、ずるいといえばそうなのかも知れない。だけど、それで良しとするアイカさんは、やはり支配者――魔王の器なのだろう。

「そうですね、豪華なディナーでも付けてサービスしましょう……これからのことも含めて」

 アイカさんの言葉に、レティシアさんがにっこりと微笑む。

 トーマスさん、結局苦労からは逃れられないのだなぁ……合掌。

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