第三話 目指せ! ランクアップ#4


「よう、久しぶりだな」

 マンドラゴラ騒動から三日後の昼頃。

 久々にギルドハウスへと顔を出したわたし達に、トーマスさんが声を掛けてきた。

「だいぶ稼いだみたいだし、そろそろ探索者業も引退かと思ったぜ」

 まぁ、それは確かに。隠し畑捜索の報酬は結構な額で、消費した魔道具の分を差し引いても充分な黒字。

 いやー、もうけ♪ もうけ♪

 でもそれで一生暮らせるほどの金額ではないので、まだまだ探索者は辞められない。

 それにそこまでお金が好きというわけじゃないけれど、積まれた貨幣の山は信頼の高さ。悪い気はしないんだけど……。

「ちょっと疲れてまして」

 ため息混じるに答えるわたし。実際昨日までは疲れ果てていた。

 なにかと便利な『魔力感知』スキルだけど、これは精神を激しく消耗しちゃう。使っている最中はまだマシなんだけど、次の日のリバウンドが本当にキツイ。

 体力や精神が削られるのはもとより肩こり腰痛乾き目みたいな症状もでるし、身体全体の倦怠感も酷い。

 そんな有様だったから、騒動の次の日には完全にグロッキー状態で、一日ベッドの上。

 これ幸いとベッドに忍び込んできてたアイカさんの追い出すことも出来ずに唸っていたら、流石に異常を察したのか大人しく部屋から出て行った──と思ったら大量の薬だの、薬効の高い食べ物だのを持ち込んできたり、しまいには医者を引っ張ってくるだの大騒ぎ。

 おちおち休んでいることもできず、流石に一言苦情を言うと、今度は借りてきた猫のようにシュンとしている有様。

 静かになったらなったで、今度はベッドの横でじっと座っている。

 正直実に落ち着かないのでやめて欲しいんだけど、それを言えば今度はドアの隙間とか窓の外から監視されてそうな気がするので、黙っておくことに。

 というわけで本来なら一晩で回復するはずだったわたしの体調は、一日余計な時間を費やしてしまったのだ。

 もっともその間、食事のたびにアイカさんにフーフーとかあーんしてもらえたので、約得といえば約得だったけど。

 ハッ! たまには体調を崩すのも悪く無い……?!

「なんか変な顔しているが……まだ調子が悪いのか?」

 おっと、ダメダメ。邪念が顔に出てたみたい。

「色々と大仕事だったからなぁ……たまには身体を休めるのも悪くないだろうさ」

 慌てて表情を取り繕うわたしを、なんとも微妙な目で見るトーマスさん。

「元気になったなら、ぼちぼち仕事も受けてくれや」

 昼間から飲んだくれてる探索者連中にギロリと視線を向ける。

「文句ばかり垂れる連中は多いが、ケチを付けずに仕事をする奴は少ないからな」

 頼りにされているというか、体よく扱われているというか。

 ま、まぁ? その分色々と都合を付けて貰っている点もあるので、持ちつ持たれつって言えなくもないけど。

「そこはお主の腕の見せ所であろう」

 しかしアイカさんの返事はにべもない。

「それより例の件の顛末はどうなのだ? そちらでヘマを踏んだりはしておらぬだろうな?」

 確かにそれは気になる。

 被害を最小限に抑えた自信はあるけど、逆に言えば少なからぬ被害は出ているワケで。

 となるとギルドの後始末次第では、わたし達も色々と対処を考える必要がでてくるかも知れない。

「お前さんらは当事者として話を聞く権利があるだろうが、他言は無用だぞ?」

 念を押してから、トーマスさんが言葉を続ける。

「例の商人だが、本人はシロだった。使用人の一人が大金を積まれ、例の場所を主人に無断で貸してたらしい」

「らしい……とははっきりせぬ言葉だな」

 あまり歯切れの良くない言葉に、アイカさんが顔を顰める。

「本来なら裏も含めてこちらで絞りたかったんだが、引き渡し要請をしたその日に『運悪く』荷崩れで事故死してしまってなぁ」

 アイカさんの返事に、トーマスさんが軽く肩を竦めた。

「死人に口無したぁ、このことだな」

「ほう、事故死とな」

 なんとも言えぬ表情を浮かべるアイカさん。

「そういうことであれば仕方あるまい。不運な奴だの」

 うわ、黒い黒い。

 話の内容に合わせてアイカさんの雰囲気まで随分と黒くなって来た気がする。この話題は良くない。さらりと話題を変えよう。

「安全確認・点検はしっかりと。どんな仕事でも普遍の鉄則なんですけどね。わたし達も気をつけないと」

 こちらをチラリと見るアイカさん。そして、やれやれとでも言いたげに鼻を鳴らす。

「まぁ、良かろう。どのみち余らの仕事は終わったのだ」

 なんだか手のかかる子供みたいな扱いをされたような気がしたけれど、取り敢えずアイカさんはわたしの意図を察してくれたみたい。

「そろそろ残りの報奨を頂きたいのだがな」

 報酬については、畑を見付けた後すぐに行った仕事完了報告の際にすでに貰っている。

 アイカさんが言っているのはもう一つの方。即日用意は出来ない物だった。

「お前さん本当に情緒がないっつーか、切り替えが早いんだな」

 よいしょっと、カウンター後ろの棚に向かいながらトーマスさんがブツブツ言う。

「たまに貴族のお偉いさんと話しているような気分になるぜ」

 間違いではない、かなぁ。

 本人の認識はともかく、アイカさんは正真正銘お偉いさんなわけで。

「余は仙人では無い故に、情緒で飯は食えぬ」

 トーマスさんの呟きが届かなかったはずはないけど、アイカさんは聞こえなかったように振る舞う。

「感謝の気持ちは、言葉じゃなくて行動で示すものだぞ?」

「まぁ、いいけどな……さて、お前さんの昇進はギルドで正式に承認された」

 棚をゴソゴソし、目的の物を取り出したトーマスさんがカウンターに戻ってくる。

「ほらよ。お待ちかねの新しいプレートだ。これでお前さんも晴れて『銅』クラス探索者ってワケだ」

 卸したてのキレイな光沢を放つ銅製のプレート。それは木で作られたプレートとは一線を画する。

「ふふん……これで、お揃いだぞ!」

 銅で作られた新しいプレートを首から下げ、なぜか得意げに胸をそらすアイカさん。

 ただその……せっかくの新しいプレートが、ご立派な谷間に埋まり殆ど見えてない。

「そ、そうですね」

 いやその、お揃いと言われるのは悪い気はしないけれど、なんとも気恥ずかしい。

「子供かよ」

 半ば呆れるようなトーマスさんの言葉に、アイカさんは鷹揚に答えた。

「良い、良い。今ならどんな悪態でも聞き流せるぞ」

 そこまで言ってから、今度は酒場エリアの方に顔を向ける。

「今日は余は機嫌が良いからな。ここは余の奢りで一騒ぎしようぞ」

 それまでトーマスさんの方には一切視線を向けようとせず、チビチビとジョッキを傾けていた探索者達から大きな歓声が上がる。

「現金な奴らだ」

 どこか呆れるより疲れたようなトーマスさんの顔。

「しっかし、なんだかんだ言ってあの姉ちゃん。今じゃすっかりギルドのアイドルだな」

 あの容姿と体格に加え、性格もフランクなら気前も良い。これで人気がでない筈もなく。

 魔族だからと色眼鏡で見ていた人も、今では気軽に声を掛けてくるし。

「俺は現役だった頃の荒々しいギルドは嫌いじゃなかったが」

 首を左右に傾け、肩をコキコキと鳴らす。

「……こういう雰囲気も悪くねぇと思うな」

 歳を食ったってことかも知らんが。とボヤくトーマスさん。

 個人的にはあまり殺伐とした雰囲気ってのは好きじゃないけれど、いわゆる男のロマンって奴なのかな。今の姿からは想像できないけれど、現役時代は『狂戦士』なんてあだ名が付いてたって話だし。

 乱雑とした雰囲気の方が好みなのかも?

「ま、どのみち出どころはお前さんの財布だ。好きにすれば良いが……あまり無駄遣いしねえようにな。いざという時に困るぞ」」

「なに、こちらの金などいくら溜め込んでも余にはあまり意味は無い故にな」

 トーマスさんの忠告に、アイカさんが軽く答える。

「それで友好と平穏が買えるというのであれば、有効利用というものよ」

 言われてみればアイカさんにとってこの街は飽くまでも一時の仮住まいだ。いずれは魔族領に戻るだろうし、あちらではリーブラは使えないだろうし。

 だったらここでの生活を快適にする為に使ってしまうのは、充分アリだと思う。

「とは言え、助言痛み入る。精々使いすぎぬよう心がけるようにしよう」

 そう言いつつ、料理を注文しに酒場カウンターの方へと向かってゆくアイカさん。

「……お前さんも気をつけて見といてやってくれ」

「……ソウデスネ」

 わたしがアイカさんの面倒を見るのは、もう前提なんですね。

 トーマスさんの言葉に、わたしはため息まじりに頷くしかなかった。



   *   *   *



「まったく、いつもいつもお疲れ様」

 料理のおかわりを取りにカウンターまでやってきたアイカに、酒場エリアの責任者『料理人のお姉さん』ことハンナが話しかける。

「アンタが来てから、あの問題児共もすっかり丸くなってね。随分と楽をさせて貰ってるよ」

 そりゃもう、昔は酷かったモンさ。と苦笑いを浮かべるハンナ。

「他に楽しみを持たぬ荒くれ者共が、連日シケた面を合わせていれば、トラブルになるのは当然であろうな」

 ハンナの言葉に、アイカは事も無げに答えた。

「だがまぁ、適当にガス抜きしてやれば、トラブルの種はそれなりに減らすことができるものよ。それでなくとも余のような者は妬みを買いやすいからな」

「はぁ……色々考えてるんだねぇ」

 アイカの返事にハンナが感心したように答える。

「そう気を回していて、肩がこらんのかね?」

「む。確かに胸が大きいのは些か肩がこるものだが、もう慣れたものだぞ」

 わずかに得意げな表情を浮かべつつアイカが胸をそらしてみせる。

「邪魔だと思ったこともあるが、あの変態には効果があるようでな。悪いことばかりではない」

「そっちじゃないわよ……まったく」

 はぁ……とハンナは盛大なため息を漏らす。

「どういう理由で手を抜いているのか知らないけどさ。ぶっちゃけアンタが本気を出せば、ここいらの連中どころか街中含めて全員従わせるのも簡単だろう?」

「………」

 ハンナの言葉にアイカはわずかに目を細める。

「上の部屋でふんぞり返っているあの変態だって最終的には膝を折るしかないだろうし、いずれ領主だって手を上げるだろうさね」

「ふむ。お主が何を言いたいのかは知らぬが」

 言葉が終るのを待ってから、アイカはハンナに答える。

「余はここに楽しみに来ておる。権力や財貨を求めておるわけではない。余計な警戒をされるより、話せるお調子者と思われたほうが何倍もマシ故な」

 アイカはクックックッと笑う。

「それに余は、自ら道化を演じるのを好んでおる」

「そりゃまた……変わった趣味だねぇ」

 なんと答えたものかわからないと言った表情でハンナが答える。道化というのは良い意味で使われる言葉ではなく、ましてやそれを好むなんて普通は考えられない。

「なに、魔族と人族は長年争っておったが、せっかくこうして同じ時を過ごせるようになったのだ。過去の因習なんぞより歌い、踊り、飲み、楽しく過ごすがマシというものであろうよ」

「はぁ……アンタ、本当に凄いのねぇ」

 心底感心したようにハンナは口を開いた。

「何かと目立つお嬢ちゃんだとは思ってたけど、色々アレコレ考えてるんだ」

 こう見えてハンナは人を見る目についてはそれなりに自信がある。それぐらい出来なくては、多種多様な陰謀・目論見が渦巻く領主館の料理長なんて勤め続けることなんて出来ない。

 そのハンナの目を持ってしても、このアイカという人物の底は知れなかった。

(魔族には人族の常識なんて通じないということかねぇ)

「じゃが、このことは秘密だぞ」

 軽くため息を漏らすハンナに、悪戯っぽく笑いながら軽くウィンクするアイカ。

「どのような喜劇もネタが割れてしまっては面白みも半減だ。観客にそれと知られるわけにはゆかぬ」

「あら、じゃぁ、私は例外なの?」

「そなた、自分で余のネタを割ってしまったではないか」

 ハンナの言葉にアイカが呆れたように言葉を続ける。

「であらば、そなたは観客ではなく演じる側であろう」

「言われてみれば、そうねぇ」

 ハンナが苦笑いを浮かべる。ちょっとした皮肉の応酬を楽しむつもりが、いつの間にか完全に巻き込まれてしまっている。

 好奇心は猫をも殺すというけれど、こちらから声を掛けた瞬間からこの展開は決まっていたのだろう。

 アイカという女性の経歴は知らないけれど、だいぶ政治に近い位置にいた事があるに違いない。

「それにだな」

 やれやれと心の中で肩を竦めているハンナに、彼女には珍しいどこか遠慮がちな表情でアイカは続けた。

「そなたは国の婆やに似てるところもあってな……隠し事をするには些か相手が悪いのだ」

「……そう、婆やさんにね」

 にっこりと微笑むハンナ。

 その日、アイカの皿だけ料理の量が少なくなってしまったのは、おそらく単なる偶然だろう。



   *   *   *



 アイカさんが『銅』ランクになってから一週間後。わたしとアイカさんの仕事はそれなりに順調だった。

「ようやく、余の、腕前の、見せ所、だな!」

 大手を振って討伐任務を受けれるようになったアイカさんは、それまで無関心だった仕事選びに積極的に意見や希望を主張するようになっていた。

 まぁ、それは良い。

 今まではわたしに投げっぱなしで気が向いてるのか向かないのかすらよくわからない(あ、いや。薬草集めみたいに露骨に嫌だとわかる仕事もあるけど)状態だったから、大きな進歩だと言って良いと思う。

 ただ、ちょとでも隙を見せようものなら『ワイバーン討伐』や『暴れトロールの撃破』といった(わたし的に)無理な仕事を取ろうとするのは如何なものか。わたしとトーマスさんで考え直すように説得するのも一苦労。

 それならそれで一人ないし他のパーティーの助っ人なんかで思う存分暴れてくれば良いと思うのだけど、よほどの理由が無い限りわたしが同行しない仕事はしようとしない。

 理由を聞いても「乙女心は複雑なのだ!」という謎の返事しか返ってこないし……解せぬ。

 まぁ、それはともかくわたし達は『魔の黒き森』を中心に魔物の小集団を狩ったり、魔獣を狩ったり、時には採取仕事をこなしたりと無難に仕事をしていたのだった。



 その日もいつもと変わらぬ終わりを告げる筈だった。

 街近隣に出現したゴブリンの徒党を討伐し、証拠に集めた牙を持ってギルドに戻るや否や、トーマスさんがわたし達に声を掛けてくる。

「あちらの紳士がお前さん達をご指名だ――例の『草』と『畑』の件でお礼が言いたいんだとよ」

 親指で酒場エリアとは反対側にあるロビーを指し示す。その一番奥、若干影になっている場所に人影が見えた。

「む?」

 その言葉にアイカさんは露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。

「なぜに、あやつはアレが余らの仕事だと知っておるのだ?」

 色々事情はあったにせよ、わたし達がやったことは紛れもなく不法侵入──それも上流階級の屋敷にだ──を問われること。

 わたし達はもちろんギルドから見ても隠しておきたい情報のハズ。

「ギルドとしても今回の件を表沙汰にしたいとは思ってねぇさ」

 答えるトーマスさんの表情も苦い。

「だが、裏の手を駆使されれば隠し切ることはできねぇ」

 裏社会の情報屋の手は実に長い。どれほどうまく隠しても、そこに人の手が加わる限り連中は必ずそれを暴きだし、飯の種にする。

「……とんだ不手際だな」

「それについは謝るしかないんだが……」

 不機嫌さを隠そうともしないアイカさんに、トーマスさんは押される一方だ。

 おっと、これはなかなかにレアな光景。あの人が下手にでてるところなんて、まずお目にかかれない。

「だが『出来る』商人との繋がりは、お前らにとっても悪い話じゃないだろ?」

 とはいえ、トーマスさんの方も押されてばかりじゃない。しれっと立場を入れ替えようとする。

 確かに商人との繋がりはあって損はない。

 馴染みになれば色々と融通を利かせてくれるし、指名依頼という形で仕事を斡旋してくれる。

 そしてなにより探索で得たお宝を、少なくともギルド価格よりは高く買ってくれる。

 もっとも、ギルドと違い興味が無いものは買ってくれないというリスクはあるけど。

 それを考えれば、確かにこれはチャンスだと言えなくもないんだけど……。

「ついでにな」

 そんなことを考えているわたしを横目に、トーマスさんは決定的な言葉をアイカさんに放った。

「なんと年代モノのワインもご持参だ。謝礼とお近づきの印……」

「馬鹿者、それを先に言わぬか」

 それまでの不機嫌そうな表情から一転して、アイカさんは上機嫌な笑顔を浮かべる。

「さぁ、ゆくぞエリザ。折角の訪ね人を待たせるのは、甚だ失礼であろう」

 おっと。なんともわかりやすい手のひら返し。

 ま、年代物ワインってのはわたしも興味ありますし、ここは素直にしたがっておきましょう。



 目的の場所に居たのは、まだ若い高身長な青年だった。

 歳は二十代後半、少なくとも三十代半ばより上ってことはないと思う。

 キチンと整えられた髪型に、ひと目で上物だとわかるスーツ。男性には珍しく首元にペンダントが輝いている。

 そして極めつけは女の子が喜びそうなイケメン顔。

「はじめまして」

 わたし達が近づいて来たのを見てその青年が立ち上がり、優雅に挨拶してくる。

「こちらの都合でお呼び立てしまして、誠に申し訳ございません」

 わぉ。とんだ色男さんだ。いちいち動きまで洗練されてるし、声まで色っぽい。

 舞台とかで主役をはれば、さぞかし見栄えが良いだろうなぁ。

「何者だ、お主」

 先程の上機嫌さとはうってかわり、いかにも胡散臭そうに色男さんへと視線を向けるアイカさん。

(………?)

 普段のアイカさんからはとても想像できない、感情のこもっていない視線。

「お主は余らのことを知っているようだが、余らはお主のことなど知らぬ。これは些か不公平ではないか?」

「これは失礼、申し遅れましたね」

 アイカさんの指摘に、色男のお兄さんは恐縮した様子で答えた。

「私、ツヴァイヘルド商会コンコルディア・ロクス支部長、クーリッツと申します」

 さっきも思ったけれど、一礼するポーズまでなんというか一々色っぽい。

「ふむ、こちらが改めて名乗る必要はあるまいな」

 理由はわからないけれど、アイカさんは怒っているらしい。

「それで、クーリッツとやら。いかなる用事があって余らを呼んだのだ?」

「まぁ、まずはコレを」

 アイカさんの問いに、色男――クーリッツさんは一つの包みを差し出しつつ言葉を続ける。

 形と大きさからして酒瓶、多分これが噂のワインだろう。

「今回の件について、我が主人は非常に感謝していることをお伝えしておきたかったのです」

「ほう。それは有り難いが」

 表情を変えることもなく包みを受け取りながらアイカさんが続ける。

「正直言えば、屋敷の荒らされた分を弁償しろと言われるのではないかと心配もあるのだがな」

「あぁ、それにつきましては」

 クーリッツさんは事も無げに答えた。

「確かに多少の被害は出ておりますが、主人としましてはそれらについては一切責任を問わないとのことです」

 おっと、それは朗報。

 礼はするが、それはそれとして弁償は弁償として請求されるんじゃないかと心配してたけど、杞憂に終わったみたい。あー。よかった。

「なにしろお二人の活躍が無ければ、もっと面倒な問題に発展した可能性が高いですから」

 今回はギルドだったから内密に片付けることが出来ただけで、先に領主サイドに発見されていれば無事には済まない。

 たとえ知らない間に利用されていただけだとしても、ライバル商人達にとっては格好の攻撃ネタだもんね。

「ご配慮に感謝します」

 軽く頭を下げ、謝意を示す。

「………」

 どうもクーリッツさんが気に入らないのか、さっきからぶすっとした表情を崩そうとしないアイカさん。

「それで、今回お呼びいたしました件なのですが」

 そんなアイカさんの態度に気づいてない筈もないのに、まったく気にかける様子もない。

「主人はシビテム・セカンディウムでの商売が軌道に乗るまでこちらに戻れませんが、今回のようなことがまたぞろ起きぬようにと、私が屋敷の管理とこちらでの商売の取りまとめを行うこととなりました。まずはそれについてご挨拶をと」

「ほぅ。良かったではないか。上を目指す者、自分の城を持ってこそであるからな」

 言葉とは裏腹に、あまり褒める気はないらしい。

「恐縮です」

 アイカさんの言葉にうやうやしく一礼しつつ、クーリッツさんは言葉を続けた。

「そこで当商会……いえ私としましては、有力な探索者でいらっしゃるお二人と今後も良い関係を続けて行きたい。そう考えているのです」

「えーっと、有り難い話ですけど――」

「そうか、そうか。用向きの方はしかと聞いた」

 わたしの言葉をアイカさんが遮る。

「お主は商人であるのだろう? であれば今後幾らでも余らと顔を合わせる機会はあろう」

「えぇ、えぇ。まさに仰るとおり」

 一方のクーリックさんは笑顔を崩そうともしない。

 一流の商人は相手のご機嫌伺いが得意だとは聞くけど、アイカさんの圧迫を受けて平然としていられるのは、なんというか純粋に凄い。

「名残は惜しいが、余らはこれより食事でな。なにぞ用があるならまた別の機会にするが良い」

 そう言うと、アイカさんは強引にわたしの手を引っ張り席を後にする。

 それはもうこれ以上話を聞く気も、視界の中に留めている気もない──その意思表示だ。

「あ、えーっと」

 これはいよいよ本格的に不機嫌そう。相手の態度にそこまで怒る要素があったとは思えないのに。

 確かにちょっとキザな感じはあったし、アイカさんがイラッとする気持ちは分からなくもないけど。

 取り敢えず怒っている理由は後で聞き出すにして、今は相手に失礼の無いようにしないと。

 今後のお付き合いがあるかどうかはともかく、大商人相手にわざわざ悪印象を残すメリットは無いし。

「取り敢えず、今回はそういうことで!」

 ……充分失礼だったかもしれない。



   *   *   *



「やれやれ、嫌われたものだ」

 首から下がっているペンダントに軽く触れながら、クーリッツは小さく呟く。

「クーデリア」

 数秒後、クーリッツの脳内に、直接女性の声が響いた。

「はっ、報告します」

 それは『テレパシー』の魔道具による効果だった。最初に会話をしたい相手の名前を口にする必要はあるが、それ以後は完全に思念だけで会話を続けることができる。

 魔力によって届く距離の限界はあるが、秘密の会話を行うのにこれほど便利な魔道具は他にない。

「エリザ様の方は、ざっと見た所で十種類以上のスキル。それに私では見きれないレアスキルも幾つか存在を確認できました」

 そこまで言った後、言葉に若干悔しそうなニュアンスが混じる。

「ただ、あのアイカと言う女性に勘付かれてしまった為、本人も含めてこれ以上の情報は判りません」

「なるほど、それであの態度か」

 アイカという名前の魔族が、自分に対してどうにも非友好的な態度を崩さなかった理由がわかりクーリッツは苦笑を漏らす。

「噂通り一筋縄ではゆかないようだな」

 あの魔族女性はクーデリアが持つ『千里眼』のスキルで遠くから覗かれている事を、どのような手段なのかわからないが察知したのだ。

 隠しごとをするならば、まともに相手をする気はない――そう態度で表明してみせたということだろう。

「やれやれ、自信をなくしてしまいそうだな」

 自分の容姿が女性に対して大きな武器になる事を熟知していた彼は、それを気にもとめない二人に対し大いに興味を引かれていた。

(それにしても二桁以上のスキル数だとは……)

 一般的に人一人が身につけることができるスキルの数は三~四個だと言われている。多くても六個程度だ。

 ましてやレアスキルなど持たない者が大多数であり、一つでもあれば天才の領域と言われている。

 クーデリアの見立てが正確ならば、規格外というしか無い才能だ。まるでエリザという少女の中に、二人の人物が融合でもしているような。

(末恐ろしい才能だな……)

 理由はわからないがレベルが上がらないという噂もあり、それが正しければ戦闘面から見て彼女は無能だ。

 所詮『スキル』はレベルを補完する物に過ぎない。人の強さとしての指針としてレベルに勝る物は存在しないのだから。

 レベルは主に肉体的な素養に強く影響するから、レベルが上がるほど頑強になり素早い動きができるようになる。逆に言えばレベルが低い限りどれほどスキルを持っていても、強力な魔物に襲われれば無力だ。

 故に低レベル探索者は魔獣や魔物と戦うのは難しく、高レベル探索者が持て囃される──そう、一般人視点で考えれば。

(なにが『エターナル・カッパー』だ。噂など全くアテにならんな……彼女にとってランクなんぞ、飾りにもなってない)

 人を表面でしか見ることのできない愚か者が下す評価など、本当にアテにならない。

 レベルはいずれ頭打ちになるが、スキルを磨くのは本人のやる気しだいだ。

 世間では全く理解されてないが、どちらがより優位であるかなんてその一点だけでも明らかだろう。

「この後はどう致しましょうか?」

 沈黙したクーリックに、クーデリアがやや困ったような声で続ける。

「必要とあらば、隙を見て『千里眼』を試してみますが……」

「それには及ばない」

 クーリックは一言で却下した。

 確かに情報は重要なものだ。それがなくてはまともな計画も立てられないし、対処の方法も見つからない。

 だが同時に情報は便利な道具に過ぎない。それを手に入れる為に有用な人材を危険に晒すのは本末転倒だ。

「当面は遠くからの観測に限る。二人の腕前を存分に見させてもらおう──さぞかし楽しい見世物になるだろうな」

 メリットがリスクを上回る局面なら、敢えて踏み込むのも一つの手ではある。

 果たしてそれが『今』なのかは慎重に判断されるべきであり、クーリッツはそれは『今』ではないと判断する。

(なに、まだ幕は上がったばかりだ……主人も過ぎた拙速による機会損失を嫌がる方だしな)

 ツヴァイヘルド商会はミスには寛容である。なぜならミスをしない者など存在しないから。

 だが、驕りと怠慢によるミスは絶対に許さない。なぜならそれは本人の心持ち一つで回避できることだから。

 この地を任されるにあたり、クーリッツは全権を委任されている。それだけに些細なミスで損失を出すことは許されない。

 必要以上に急いだ挙げ句の失敗など、文句なしの怠慢だ。

「それとあの二人に関して、更に得られるだけの情報を集めろ。どんな些細なことでも良い。自分判断で仕分けず全て報告しろ」

「エリザ嬢の方は問題無いと思いますが、アイカ嬢に関しては魔族ということもあり、そう簡単にはゆかないかと……」

「チッ、それもそうだな」

 なにしろ魔族領は遥か東にある果ての地だ。冒険心あふれる商人たちの行き来こそあるものの人数は極々わずかであり、とても情報収集など行える場所ではない。

「さしあたっては魔族領との交易を行っている商人達から得られるだけの情報を探せ。それ以上のことは、また後で考える」

「ハッ。了解しました」

 クーデリアからの念話が途絶える。

「さて、と……」

 あの二人のことは気になるが、所詮は数多ある案件の一つに過ぎないのだ。重要ではあるが、この件だけに掛り切りになるわけにはゆかない。

 この街に於いてツヴァイヘルド商会はまだまだ小金を持った新参者に過ぎず、やるべきことは山積みだ。

「さぁて、悪巧みを始めようじゃないか」

 クーリッツは唇の端を歪め、挑戦的な笑みを浮かべた。

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