第三話 目指せ! ランクアップ#3


 時間は真夜中。

 食事を取った後にギルドで必要な道具を揃え、仮眠を取ってからわたしとアイカさんは目的地――高級住宅街に向かって出発した。

 主に貴族や大商人といった金持ちの向けのエリアで、領主館を除けば一番治安が高い場所。

 景観の問題もあって流石に壁で囲まれたりはしていないが、複数の警士が常に隊列を組んで巡回しており不審者の一人も見逃さぬよう見張っている。

 本当は直接『下エリア』を目指したかったのだけど、面倒なことに道の都合上『上エリア』を横切る必要があってちょっと面倒。

 時間はもう夜遅く。高く昇った月はまん丸の満月。そのため、時間の割に周囲は明るい。

「なんだかなぁ……」

 わざわざ目立たないように夜中を選んだのに、月光のお陰でまったく台無し。幸い殆どの人が寝ているであろう時間であり、最低限の人目は避けられそうだけど、テンションが下がってしまうのも無理はないと思う。

 壁に張り付き、遠目に見える道路を歩いている警士達をやり過ごす。別にわたし達が何か悪いことをしている訳ではないけれど、見つかって職務質問など面倒なことになるのは避けたい。

「くくくっ……こっそり城を抜け出していた頃を思い出すな」

 小さな声でアイカさんが呟く。

「ベテラン守衛連中の目を盗むのは、魔物のそれよりも難易度は高かったからな」

 自慢そうに言われてもその、困っちゃう。あのゴブリン退治の前から破天荒な人だったんだなぁ……部下の人も、さぞかし苦労してたに違いない。

 警士達の目を掻い潜って『下エリア』へ。周囲を見回し、警士の姿が見えない事を確認する。よし、計画通り。

 そうこうして、ようやくわたし達は目標の場所近くまで辿り着いた。

「ふん……その方が都合良いとはいえ、随分と弛んでおるものだな」

 アイカさんにしては珍しい響の声。流石に魔王様ともなると、職務怠慢には厳しい反応。

「全員が全員放棄とは、なんともまぁ呑気な話ではないか」

 うん。正直言って私もここまで効果があるとは思っていなかった。精々目的地の周辺から警士を遠ざけられたら御の字だと思っていたんだけど……。

 恐るべしトーマスさんの人脈。

「さて……とりあえず」

 目的の場所まで来たのは良いけど、それで終わりじゃない。むしろここからが本番。

 周囲はいかにも新興の金持ちでございと言わんばかりの豪邸が立ち並んでいる。

 思わぬ財産を築いた者が趣味に任せて豪邸を建てたはいいが維持できずに手放し、それを別の小金持ちが購入する。購入したは良いが前住人の趣味が気に入らないと手を加え、そのうち維持出来なくなって手放し、次に購入した人が……以下エンドレス。

 わたしのような貧乏人から見れば不毛なことこの上ない話だけど、お金持ちにしかわからない何かがあるんだろうなぁ……。

「ふん、悪趣味な。建て直す金も出せぬのであらば、元のまま使えば良かろう物を……どこの世界にも美の本質というものを理解せぬ無粋者はおるものだ」

 ……偉い人でもよくわからない事らしい。

 いやいや。今はそれはどうでもいい。ともかく最後の仕上げを。

「………」

 両目を見開き、意識を視線の先に集中させる。数秒後、わたしの視線の先に、様々な色のついた『紐』が浮かび上がってきた。

 この『紐』は、簡単に言えば人為的に動かされた魔力の流れを示している。色が明るい程最近のものであり、暗くなってゆくほど過去のものを示している。

 これはわたしの持つスキル『魔力感知』による効果だ。

「うん? 何をしておる」

 不審に思ったアイカさんが尋ねてくるが、神経を集中している状況ではそれに答えている余裕はない。

 左右を見回し、やがて目的の『紐』を見つけた。

 黒色の太い『紐』。それは大量の魔力移動が発生しながら、数日間その動きが完全に止まっていることを意味し、それは例の魔術師が捕らえられてからの日数と一致している。

「見つけました……こっちです」

 黒の紐が続く先を見つけ、わたしはアイカさんに付いてくるように手を振る。

「なんだ? 余には良く解らぬが、なにか手掛かりを発見したのか?」

「発見したというか……簡単に言えば、魔力の残滓を追っているんです」

「あぁ、何をしておるのかと思っておったが」

 わたしの返事に、アイカさんが納得いったように頷く。

「なるほど……相変わらず器用なことよの。魔力を感じる者は多数おるが、『見る』ことが出来る者などまずおるまい」

 ……っ! この人は本当に!!

 一つを聞けば三でも四でも答えを導きだす。普段はお気楽極楽な姿しか見せないのに、ここという時は必ず鋭さを見せる。

「そのような目で見るでない」

 よほどわたしが変な顔をしていたのか、苦笑交じりの言葉でアイカさんが言う。

「お主のその技能と技術がどのような目で見られて来たかは容易に想像つくが、余にとっては称賛の対象でしかない。存分に己が力を発揮するが良いぞ」

「………」

 これがいわゆる『人たらし』の才能って奴なのかしら? 流石は魔王様。

「ほら。目的地が見つかったのであれば、さっさと向かうぞ」

 一歩前に踏み出しながらアイカさんがわたしの方に手を伸ばす。

「夜更しは美容と健康の敵故な、さっさと片付けてしまうに限る」



 『紐』を追って辿り着いた先は、最近名を上げてきたとある新興商家の裏門だった。

 表向き悪い噂は聞かない商家だけに意外だったけど、まぁ、実際のところ裏では色々やっている──だからこそ新興なワケだけど──のだ。ちょっとした小銭稼ぎに手を出していたとしても不思議はない。

「ふむ? わりかし良い屋敷ではあるが……人の気配が全くせぬな」

「多分、みんな帰っちゃったんだと思いますよ」

 わたしの掴んでいる情報だと、ここの主人は独身の中年男性で配偶者も含めて家族はいない。

 屋敷も箔付けの為に買ったようなモノで、殆ど在宅していることはない。ついでに言えば、今はシビテム・セカンディウムまで出張してなにやら大きな商談をまとめようとしている筈。

 大きな屋敷ではあるが財産の大半は銀行にあり、屋敷を飾る芸術品もその大半はレプリカ。つまり盗まれるモノもほぼないって寸法。おまけに警士の見回りだってあるのだし。

 主人もいなく見張るべき財産もなければ、手入れも掃除も必要最低限でいいから泊まりの者を置く必要もない。

 なるほど、隠し畑のようななモノを作るには都合の良い場所だ。

「……お主なぁ」

 わたしの説明に、なぜか呆れたようにアイカさんが言う。

「一体どれだけの技能を持っておるんだ? 流石に驚くのがアホらしくなってきたぞ?」

 いえ、そんなこと言われましても……。わたしから見れば、アイカさんの超絶戦闘能力だけでもよほど凄いと思うのだけどなぁ。

「取り敢えず門を乗り越えましょう」

 こんな所で話し込んでいる場合ではない。警士の姿は見えないとは言え、それもずっとという訳ではない。時間は有限、時は金なり。

「よっと……」

 わたしが鉤爪付きロープを引っ掛けて門壁を乗り越えようとしている横を、アイカさんはジャンプひとっ飛びで壁を乗り越える。羨ましいなぁ……。

 取り敢えず庭への侵入は成功したので、後は『紐』が最終的に続いている場所まで向かうだけ。

 ただ庭が想定していた以上に広かったため、目的地にたどり着くには更に十分近い時間が必要だったけど。

「どうやらココが終点みたいですね」

 本館から遠い離れの横。地面に設置された地下へと向かう階段らしき扉。黒い『紐』はそこで切れていた。

「当たり前だが、鍵がかかっておるな」

 扉の前にしゃがみながらアイカさんが言う。確かに扉にはごつい錠が取り付けられていた。

 あまりに不似合いな錠前はここに何かあると喧伝しているようなモノだけど、だからといって何もしないという訳にもゆかなかったところだろう。

「これは解錠して侵入するしかないか……」

 そう呟いてピッキングツールを取り出すべく腰のポーチへと顔を向けた。その瞬間、耳に届くメキッという音。

「開いておったぞ」

 その声に顔を上げると、手の中で錠を弄んでいるアイカさんの姿が見える。

 鋼鉄と真鍮で作られている頑丈な鍵が、まるで握り潰された粘土細工のようにひしゃげていた。

「……鍵が開いてるなんて、ラッキーですね」

 もう深くは考えないし、突っ込まない。さっき見た時は確かに施錠されていたと思ったけど、多分見間違えに違いない!

「余はツイている方だからな」

 片手でヒョイと金属製の扉を開けながらそんなことを言う。予想通りそれは地下へと続く階段だった。

「ではこの先に何があるのか、ご対面とゆこうではないか」

 警戒する様子もなくアイカさんはそのまま階段を降りてゆくので、慌てて後を追いかける。

 気配は全く無いし誰かがいるとは思えないけれど、流石に少しは用心というものをして欲しい。

 まぁ、主犯はすでに捕まっているんだし、なにか起きるってこともないか。



 思ったよりも長い階段を降り切った先に、いかにもという扉がある。

「ふむ」

 見た所鍵穴どころか取手さえ付いていない代物で、とても中に入れそうには見えない。典型的な魔法的に封印された扉。

「なんだ、また面倒そうな……」

 アイカさんがため息を漏らす。

「もう、いっそ蹴破ってはいるか?」

 いやいや、やめてください。下手したら弁償させられちゃいます。

「この家の主人がどれほど関与していたのかわからないので、あまり乱暴なことをされるのはちょっと……」

 マンドラゴラの違法栽培を知ってて場所を貸していたのなら間違いなく同罪だけど、単に希少な薬草の栽培だと言われていた可能性もあるワケで。

 さらに言えば場所的に使用人の誰かが主人に秘密でこっそり貸していた可能性すら否定できないワケで。

 使用人の管理責任は問えるかもしれないけど、だからといって壊した備品がチャラになるわけじゃない。

「面倒臭い話だ……では、どうする?」

「こうします」

 ポケットから『アンロック』の魔法が封じ込められた魔法具を取り出す。そしてそれを扉に押し付ける。

 魔法具とは特定の呪文が書き込まれた魔力結晶の総称で、思念を込めることで発動するアイテム。

 同じ魔法を直接行使した場合に比べると効率が落ちるものの、誰でも使えるというメリットは大きく人気は高い。ついでにお値段の方も……高い……っ!

「ほぉ……」

 アイカさんが感心したようにため息を漏らす。魔法具は扉に吸い込まれるように消えてゆき、やがてゆっくりと扉が開いた。

 扉の先には整然と広がる畑。間違いない、ここが目的の畑だ。

「これは、思ったよりも本格的だな」

 そこまで広いわけではないのだけど、水路で周りを囲って充分な水量を確保し、畑の中央にマンドラゴラが育つのに必要な日光量を得るための太陽灯が備えられた本格的な室内畑だ。

 逆に言えば外からの日光を完全に遮断することで開放部を無くし、畑の存在が露見しないようにしている。実によく考えたもの。

「でも、無意味でしたね」

 いくら立派な畑を用意しても、マンドラゴラは勝手に育ってくれるほど楽な相手じゃない。

 数日に渡り放置されたことで植えられていたマンドラゴラは枯れ果て、無残な姿を晒している。

 なんとも勿体な――げふんげふん、もしまだ成長中だったりしたら、他の問題が起きることを承知の上でアイカさんの焔月で焼き払ってしまうことも考えなくちゃいけないところだった。セーフセーフ。

「ともかく、これをギルドに報告――」

「お? なんだ、アレは?」

 わたし言葉は最後まで続けられなかった。

 興味津々なアイカさんの言葉受け、そちらに視線を動かす。

「………!」

 その視線の先にあったのは、よっこらしょと掛け声でも聞こえてきそうなポーズで、今まさに畑から抜け出そうとしている一株のマンドラゴラだった。


 栽培されたマンドラゴラは、自力で地面から抜け出し徘徊するという性質を持つ。

 これは本来生息している場所と関連しているのではないかと考えられている。

 マンドラゴラは呪いの森の瘴気のもとでこそ存分に育つことができ、そのため栽培されたマンドラゴラは呪いの森を求めて畑から抜け出すのではないかと言われていた。

 もちろん森の位置なんてわかる筈もないから、ただその辺を力尽きるまで走り回るという迷惑極まりない存在になるのだけど。

 そう考えると、マンドラゴラも少しは可愛く見える……かな?

「へ?」

 全部枯れているかと思ったけれど、奇跡的に無事だったのもあったみたい。

 予想外の出来事にわたしが固まり、マンドラゴラの方も驚いたのか硬直している。

 あ、目(?)が合った。いや、本当に顔なのかはわからないけど。

「まずい!」

 咄嗟にわたしが別の魔法具を投げつけるのと、マンドラゴラが動こうとしたのは、ほぼ同時のタイミングだった。

「………!」

 マンドラゴラが叫ぼうとし――そして、その声は虚空に消えてゆく。

「叫ばせないわよ!」

 先ほどわたしが投げつけたのは『サイレンス』の魔法具。目標周囲の音をしばらくの間、完全に遮断する魔法だ。

 主な使い道は自分自身の足音や衣擦れを消すことだけど、マンドラゴラの叫び声を消すにはもってこい。

 ちなみに先ほどの『アンロック』と合わせて、悪用される恐れがあるので売ってもらうには相当の信用が必要。

 その上高い……二つ合わせて合計二千リーブラ程の出費だったりする。

「あ奴が逃げるぞ!」

 わたしが魔法具を投げつけた後の隙を突いたマンドラゴラが、全力で私の足の間を走り抜けてゆく。

 想定していなかった咄嗟の出来事に、わたしは反応が一瞬遅れてしまった。

「だが、捕らえれば良いのだろう!」

 マンドラゴラの動きに反応したアイカさんが、わたしの返事も待たずに目にも留まらぬ速さでマンドラゴラ目掛けてダッシュする。

 だけどあまり広いとは言えない階段ということもあり、あと一歩という所でマンドラゴラを捕まえ損ねた。

「くっ! 中々すばしっこいな!」

 階段を駆け上がるマンドラゴラをアイカさんが追いかける。その後ろをわたしは慌てて追いかけた。

「しかーしっ! 追いかけっこで余に勝とうなど甘すぎるぞ!」

 追いかけたその先は広い庭。狭いというデメリットは消え、自由に動くことができるようになる。となれば脚の速いアイカさんが一気に有利な展開に。

 瞬く間に追いつき、もう少しで手が届きそう……あ、マンドラゴラがここで突然直角カーブを!

「んなっ!?」

 マンドラゴラを追いかけることに夢中になっていたアイカさんは、目の前の確認を怠っていた。

 だから気付くのが遅れる――そう、そこに大きな噴水があるということを。

「ぬわーっ!」

 全力で走っていたアイカさんは咄嗟に曲がることができず、勢い余って噴水に突っ込んでしまう。

 それを見た(?)マンドラゴラが、まるで馬鹿にするように上下左右に飛び跳ねていた。

「お、おのれ……!」

 怒りで肩をプルプル震わせながら立ち上がるアイカさん。シーンがシーンなのでアレだけど、ここだけ見れば水も滴るいい女って感じ。美人って何やっても得だわ。

「いいだろう! 余の本気を見るがよいぞ!」

 そのまま水浸しの格好で噴水から飛び出し、慌てたように再び逃げ出したマンドラゴラをものすごい形相で追いかけ始めた。

 元気よく逃げ回るマンドラゴラだけど、なにしろ金持ちが金にあかせて作った広い庭の中だ。

 壁の他にも垣根や花壇に排水溝・果ては謎のオブジェなど障害物が多い。マンドラゴラはあちこち走り回るけど外へ出る道を見つけることができずにぐるぐる回る形になっている。

 人から見ればそれほど背が高いわけではない花壇も、マンドラゴラから見れば絶壁にも感じられる高さなのだろう。ぴょんぴょんジャンプすることもあるけれど、飛び越えることはできない。

 まぁ、あのサイズだし。ジャンプしやすい体型でもないしね。

「待たぬか! こら! おのれ……ちょこまかと!」

 おっと、またもや直角カーブ。しかし、アイカさんはその動きを軽やかに追う。

「ふっ……同じ手に二度引っかかる余ではないぞ!」

 すごいドヤ顔で自慢そうに言うアイカさん。

「お主とは頭の出来が違うのだ!」

 いや、植物(?)相手に賢さを自慢って。ま、まぁ、本人が気にしてないなら別にいいけど。

 しかしマンドラゴラは、そう一筋縄でゆく相手ではなかった。

 捕まえようとしたアイカさんの手を再び器用に交わし、またまた直角カーブを決める。

「だから、同じ手は……!」

 そう言いつつ向きを変えたアイカさんが、今度は様々な蔓植物が生けられた垣根に顔面から突っ込む。

「ぬわーっ!」

 マンドラゴラは自分の背の低さを利用して垣根の下をくぐり抜け、その動きに完全に気を取られていたアイカさんは、再び前方不注意をやらかしたのである。

「クククッ……良いだろう」

 絡まった蔓植物から勢いよく頭を抜き出しながら、完全に目の座ったアイカさんが言う。

「お主を余のライバルとして認めようではないか。ここまで余を本気にさせた者は、久しぶりだぞ!」

 だから、植物(?)にそこまで本気を出して……あー、でも本気を出してくれないと万が一がありえるか。

「誇るが良い、そして覚悟せよ!」

 言葉と同時に、再びマンドラゴラに向かって文字通り飛び掛かる。もちろん華麗に回避されちゃうけど。

 うん、頑張れアイカさん!!

 いやぁ、それにしても場所が広いお屋敷の中でホント良かった。

 しかも誰もいないなんて、本当にラッキー♪

 ついで追いかけるのもムキになったアイカさんがやってくれてるので、わたしとしては万が一外に飛び出したりしないよう見張っているだけでいい。

 気がついたら完全に傍観者みたいになってるけど……まぁ、いいか。楽ちんだし。

 結局の所一番厄介のはその『叫び声』であって、それさえ封じてしまえば面倒なだけの相手。

 見た目からは考えられないほどすばしこいマンドラゴラだけど、いつまでも動き回ってはいられない。

 その行動力は自身に蓄えられた魔力に依存しているから、まともな手入れもされず魔力が充分ではないマンドラゴラは、いつまでも動き回ることは出来ないのだ。

 まるで知能でもあるかのようにアイカさんの手を器用に避けまくってるマンドラゴラだけど、やがてその動きも覚束なくなってきている。

「ま。これで終わりかな」

 三十分近く追いかけっこを続けていたけど、徐々にマンドラゴラの動きは鈍ってゆき、やがてアイカさんに追い立てられ、花畑のある壁端へと追い詰められていた。もはやこれ以上逃げ回るだけの魔力もないみたい。

「ゼーゼー……随分と手間を、ハァハァ……掛けさせてくれたが……」

 茂みに突っ込んだり垣根に引っかかったりして身体中に葉っぱや枝をひっつけた状態で、大きく肩で息をしているアイカさん。

「ふぅー……知らなかったのか? 元とは言え、魔王から逃れられないと!」

 マンドラゴラ相手にビシッと指を突きつけ、格好付けてるところを悪いんだけど……ちょっと締まらないというか……まぁ、本人がそれで良いなら別に良いんだけど。

「お主は良きライバルであったが、どうやら余の方が一枚上手で――」

 おっといつまでも傍観者を気取っている場合じゃない。これはお仕事なのだから。

「盛り上がっているところ、本当に申し訳ないんですけど」

 なにやらまくし立てているアイカさんの横からすっと手をのばし、マンドラゴラをひょいっと掴み上げる。

 そのまま両手で掴み、その身体をポキっと折った。これにて無害化完了。

「これもお仕事なので」

 多分最後の断末魔を上げたと思うけど、『沈黙』の魔術が有効だからなにも聞こえない。さて、これでお仕事しゅ~りょ~♪

「マ、マンドラゴラーーーーーッッッッッッ!!」

 いつの間にかマンドラゴラとの間に、妙な絆が生まれていたらしいアイカさんが情けない悲鳴を上げる。

 そう言えば昔の魔王も勇者と殴り合って友好を得たって聞くけど、なんだろ? 魔族には『全力で争えば、その後には仲良くなる』って決まりでもあるのかしら?

「よ、余のライバルが、ポキっと……ポキっと……」

 力なく呟きながら、体全体から悲壮感を漂わせるアイカさん。

 えー……いくらなんでもマンドラゴラに、そこまで入れ込まなくても良いと思うんだけどなぁ。

「エリザ……お主、存外クールだのぉ……」

 ジト目で見てくるアイカさん。

 解せぬ。

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