第三話 目指せ! ランクアップ#2


 さてさて。ちょいと面倒だったけど、これで必要な情報は集まった。

 ギルドハウスで借りたテーブルの上に地図を広げ、わたしが集めた情報を吟味する。

「ふんふんふ~ん」

 表の店と裏の店。それぞれを中心に人が半日で歩けそうな距離の円を描く。

 円が重なる部分が一番怪しい地域で、今度はそこから確率の低い場所を弾いてゆく。

 チマチマと魔力結晶を集めるとすれば、必然的に店に通う回数は増える。荷車を使うほど買ってしまうと嫌でも目立つし。


 ギルドハウスの周囲――問題外。バツ。

 人の多い住宅街――人目に付きすぎる、バツ。

 雑多な商店街――場所としては悪くない。だけど衛士や警士の目が厳しい。バツ。

 スラム・下街――ロケーションは良いが、秘密を保つのは案外不向き。バツ。

 高級住宅街――人目も少なく、入る方法があるなら意外とあり……。


「よし。これぐらいでいいか」

 数十分の作業の後、わたしはだいたいのアテを付けて地図を畳んだ。

 これで仕事の前段階は終了……だけど、準備を終わらせるにはもう一手必要だ。

「トーマスさん、ちょっとお願いがあるんですけど」

 その最後の一手を埋めるべくカウンターに向かう。これは一番重要で、それだけに難易度も高い。

「ん? お前さんがお願いとは珍しいな」

 暇な時間帯ということもあって手持ち無沙汰にしているトーマスさんがこちらに顔を向ける。

「今夜一晩、高級住宅街担当の警士隊メンバーを引き止めておいて欲しいんですけど」

「はぁ?」

 続いたわたしの言葉に、ポカンとした表情が浮かぶ。

「お前……それ、本気で言っているのか?」

「本気ですよ」

 わたしの正気を疑うようなトーマスさんの言葉だけど、それも無理はない。

 ここだけ聞いたら、わたしだって自分の正気を疑ってしまうところ。

「例の畑は、十中八九高級住宅街にあります」

 だから正気であるということを理屈で説明しないといけない。

「物が物だけに何が起きるかわからないので、こちらの行動を邪魔される可能性は少しでも減らしたいんです」

「お前さんの言いたいことは解ったが、そいつは難しいぞ」

 わたしの言い分に一応は納得したらしいトーマスさんが腕組をしながら唸る。

「高級住宅街で警士の姿が見えなくなると、色々面倒な問題になる。それに連中自身が乗ってこないだろうさ」

「別に高級住宅街全部の警士を引きつける必要はないです」

 もちろんその点はわたしも理解している。当然その対策も考えている。

「『下エリア』の警士、それも夜中の一~二時間程の間だけいなくなれば充分なので」

 一口で高級住宅街とは言っても、その中にはやはり格付けがある。

 大貴族や古くからの名家は『上エリア』に存在し、新興の貴族や商家と言ったいわゆる『成金』の家は『下エリア』に存在する。

 当然その警備体制には大きな差があり、『上エリア』の警士は職務に忠実な精鋭をあてられている。

 反面『下エリア』の警士は、任務にあまり熱心ではない二線級以下が殆ど。正直言って質はよろしくない。

「つまり、成金共の住処に畑がある――お前さんはそう睨んでいるワケだ」

「ある程度人目を避けつつ、表に露見するのを防ぐ。そんな都合の良い条件を満たせる場所は、そう多くないですし」

 マンドラゴラの栽培は簡単であるとはいえ、家庭菜園程気楽に行える物じゃない。

 目的を知っているかどうかはともかく、安全な場所を提供する協力者は必要だ。

 その辺のチンピラを雇っても秘密が守られるとは限らないし、地位や財産を持つ人はやすやすと怪しい話には乗らない。

 となると、狙いは限られる。そこそこの資金があり、なおかつ地位や財産の上乗せを狙っている『成金』層だ。

 その手の連中ならば、儲けさえ保証すれば簡単に手を貸すだろう。

「ふん……やってやれないことはないが」

 トーマスさんの視線が鋭くなる。

「こいつは外に大きな借りを作ることになるぞ? ギルドの立場から許容できると思うのか?」

 うぅ、怖い。今すぐ後ろを向いてダッシュで逃げてしまいたい。

「許容するしかないと思いますよ」

 それでもなんとかなけなしの勇気を総動員して言葉を続ける。

「少なくとも領軍が動きだす事態に比べれば、断然ダメージは少ないでしょうし」

 どちらにしても無傷で終わらせる方法は無いのだから、せめてよりダメージの低い方を選ぶのが賢いやり方ってもの。畑さえ押さえてしまえば、後はなんとでもなるのだし。

「チッ……まったくもってその通りだな」

 トーマスさんは苛立たしそうに自分の頭をペチペチしている。

「いいだろう。『下エリア』の連中は手を打っておく」

 億劫そうな表情と動きで幾つかのメモを書き、その辺で手持ち無沙汰にしている雑用係の少年を何人か呼んで小銭と一緒にそれを手渡す。受け取った少年は扉から飛び出しどこかへと走り去って行った。

 トーマスさんも、アレで中々顔が広いって話だからなぁ……本当に、なんでギルドのカウンター受付なんてやってるんだろ?

 ギルドマスターを筆頭に、ギルドの構成メンバーって、本当に底の知れない人が多いナァ。

「ここまでやった以上、失敗は許されんぞ。お前さんの首一つで済めばいいがな」

「あんまり脅さないでよ……こう見えてわたし、ノミの心臓より小心者なんだからさぁ」

 怖い表情を浮かべているトーマスさんだけど、その目はいつもと同じ。

 ようするに一種の気合入れってところ。でも空気が読めるわたしは、ちゃんと怖がってみせるのだ。

「けっ……レベルってやつは本当にアテにならんな」

 どこか面白くなさそうなトーマスさん。うーん……もうちょっと怖がってあげた方が良かったかな?

 あの人の凄みってその辺の中級探索者でも腰が引けてしまうって評判なのだから、低ランク低レベル探索者のわたしがビクリともしないのでは、自信に傷が付いてしまったのかも。

「きゃ、きゃ~こわ~い」

 口元に手を当て、ちょっと目をうるうるさせてみたりして……。

「おせぇよ!」

 だけどトーマスさんのお気には召さなかったもよう。

 う~ん……演芸スキルをもう少し磨いておくべきだったかな?



 さて、準備はこれで終わり。

 後は夜を待って行動を起こすだけ。別に今すぐ行動しても良いんだけど、コトがコトだからできるだけ人目にはつきたくないし。

 それにアイカさんを置いて行ったら……後でどれだけゴネられるか、想像するだに恐ろしい。

 おっと。それに念の為に幾つか道具を用意しておかないと。

「あー……疲れた」

 長いこと地図を睨みつけてたせいで皺のよった眉間を指先でほぐす。

「甘いモノがほしー」

 シティアドベンチャーは体力的には楽だけど、頭脳的というか精神的には本当に消耗する。特に準備段階で。

 ダンジョン系探索は極論すれば脳筋ゴリ押しでもなんとかなるけれど、人相手が中心となれば何でもかんでも力づくとはゆかない。

 法律によって運営されている『街』の中での行動を、ダンジョンや魔物相手と同じノリでやっちゃえば、たちまち衛士や警士のお世話になってしまっちゃう。

 要は可能な限りスマートかつ力ずくで物事を解決する必要がある……って、うん。自分で言っててなんだか意味がわからない。

「トーマスさーん。なにか甘いものひとつー」

 まだ明るい時間なせいでギルドハウス内の探索者の姿はまばら。暇な様子のトーマスさんに、テーブルの上にうつ伏せたまま注文してみる。

「うるせぇ。昼間はセルフサービスだ。自分で取ってこい」

 だけどトーマスさんから戻ってきた返事は、接客精神の欠片もないものだった。

「ってか、ウチは茶店じゃねぇ。甘いモンが欲しけりゃ他所にゆけ、他所に」

 ごもっとも。酒場で出るのはアルコールであってジュースじゃないし、ツマミであってスイーツではない。

 そもそもここに来る人は、そのほぼ全員が酒とツマミそして食事が目的なんだから当然といえば当然だけど。

「えー。もう少しこう、商売っ気だしましょうーよー。顧客の要望に答えるのがうまい商売の秘訣ってやつでしょー」

 いや、ホントのところは知らないけれど。まぁ、それっぽいことを言ってればトーマスさんもその気になってくれるかも?

「適当抜かしているんじゃねぇ」

 だけどトーマスさんはそう簡単にノッてはくれない。

「仮にそれが正しいとしても、現時点でそれは達成されているだろうが。おまえさん一人の要望に応えたとして元が取れねぇよ」

 チェッ。そう簡単には丸め込めないか。ギルドハウスでスイーツ扱ってくれたら、わたし的には大ラッキーなんだけど。

「いやいや、少数の声にも応えてこそ――」

 未練がましくトーマスさんに言葉を続けようとした時、バン!という景気の良い音と同時にギルドハウスの扉が、文字通り蹴り開けられた。

 振り返ったその視線の先には、日差しを背に立つ背の高い女性。逆光のせいでその姿は全体的に黒い影で覆われ判然としない。

 その両手で持ち上げられた横に長い物体が激しく暴れており、なんとも言えぬ不気味さを醸し出していた。

「……っ」

 言葉が出ない。額からは汗が流れ喉には何かが貼り付いたかのように動かせない。

「くっくっくっ……」

 そんなわたしの様子を面白そうに笑う人影。

「驚いて声も出ぬようだな」

 そういいながら、人影は一歩前に歩きでた。

「どうじゃ! 期待通り大物を釣り上げてきたぞ!」

 それは両手で一メートルはあろうかという巨大な魚を持ち上げた格好で、フンスと得意げな表情を浮かべているアイカさんだった。

 えぇ、見た瞬間から分かってましたとも。単に現実逃避していただけで。

「これだけあれば、夕食どころか明日の朝も困らぬな!」

 衣服どころか髪の毛先からも水がポタポタと垂れている。どうやって捕まえて来たのか容易に想像がつく。

 多分、釣り竿なんか使わなかったんだろうなぁ……川の中に飛び込んで魚相手に大立ち回りを演じただろうなぁ……。

 後で釣り場の管理人から苦情が入るだろうなぁ……はぁ。

 なんとも言えない気持ちを押し隠し、精一杯の笑顔を浮かべる。

「えぇ……と、まぁ、たしかに大物ですね」

「そうだろう。そうだろう」

 さぁ、褒めろ! と言わんばかりのアイカさん。

 あー、うん。頑張って大物を釣り上げてね、と言ったのは確かだけど……えーっと、これってわたしが悪いってことになるのかしら?

「はぁ……」

 そして、頭の痛い問題というものは必ずしも一つですむとは限らないものなのだ……。

「大物は良いんですけど、どう処理するんです?」

「む?」

 わたしの質問に、アイカさんが小首を傾げた。

「どうもこうも、ギガント・ボアでやった時のように、バラして焼いてしまえば良いではないか」

 当然のように言われたけど、いやいや。ここ街の中ですからね?

「良くないですからね?」

 ただでさえ街中で野宿をするのは行儀の悪いことなのに、そのうえ焚き火をおこして野営なんか始めたら流石に衛士から怒られてしまう。

「自宅でもあれば自分たちで調理するって手もありますけど、宿場で調理は無理ですから」

「む。ではこの大物はどうすれば良いのだ? 取ってきてくれというから奮起してきたのに……」

 そこを突かれると弱い。半ば冗談だったとはいえ、アイカさんを煽ったのは間違いなくわたしなワケで。

「あー、トーマスさん?」

 わたしに視線を向けられたトーマスさんは深くため息を漏らした。

「酒場用の食材としてギルドが買い取ってやる。ただし値段は期待するなよ?」

 ギルドは探索者が持ち込んだ物なら大抵は買い取ってくれる。その代わり相場より安めだし手数料も掛かるのでお得度はガッツリ下がってしまうけど。

 だからといってわたしに直接取り引きをするような商店とのツテはないから、そこは必要経費と割り切るしかないわけで。

 取り敢えず魚を渡して百リーブラ程と交換する。

「なんだ、なんだ。せっかく余が身体を張って捕らえたのに……」

 アイカさんは不満そうだったけれど、実はギルドの買取価格としては破格の値段。これは結構おまけしてくれている金額だ。

「いやいや、流石はアイカさんですね! 大物すぎてギルドのお世話が必要になるなんて、相当ですよ」

「であろう!」

 機嫌を損ねる前に、持ち上げられるだけ持ち上げておく。

「多少は苦戦したものの、これを捕らえることができるのは余だけであろう!」

 たちまち機嫌がよくなるアイカさん。ふ……ちょろい。ついでにもう一つ。

「その腕前、今夜も期待してますね」

「ほぉ……動くアテがついたというワケだな?」

 わたしの言葉に、アイカさんが目をスッと細める。

「なにやら色々と探っておったようだが、準備は上々……ふむ。予想していたよりは早かったな」

 そう言いつつ含み笑いを漏らしている。相変わらず底の知れない人だ。

 釣り場で大暴れしていた筈なのに、どうやってかわたしの行動を正確に把握している。

 これも魔王の力、ってやつなのかしら?

「そろそろ夕飯の時間だぞ」

 柱の時計を眺めながらトーマスさんが口を開く。

「どうしたことか獲れたての魚があってな。長く保存できるモンでもないし、今日のメニューはバター焼き定食になるみたいだが、食ってゆけ」

 ふむ。言わてみれば夕食に丁度よい時間。甘いものもさることながら、お腹の空き具合も良いところ。仕事の展開にもよるけど、今夜は体力使いそうだし。

 あと、飲兵衛が多いせいか意外と知られていないんだけど、ギルド内酒場は料理も平均以上に美味しかったりする。

 仕切っているハンナおば――お姉さんは、若い頃は領主館で調理長を努めていた程の実力者。

 貯めたお金で店を持つつもりだったらしいのだけど、ギルドマスターに拝み倒されてギルド内酒場の責任者になったという話。

 ただこのエリアに関しては完全に任されているから、実質自分の店ってことでハンナお姉さん的に問題はないらしい。

「ふむ! そう言えば小腹も空いて来たしな! 大盛りでゆくぞ!!」

 軽くスキップしながらカウンターに向かうアイカさん。

 この人、本当に人生楽しそうだなぁ……。

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