第二話 魔王様とお仕事#3


「さて、それでは改めて。アタシはアルケミー・クリフ」

 部屋を移るや否や、クリフが口を開く。

「しがない錬金術師で、ここのギルドマスターよん」

「余の名は……アイカ。それ以上の名乗りは必要あるまい?」

 エリザに散々念押しされていたことを思い出し、手近の椅子に腰掛けながら最低限の名乗りをすませる。

「マ、こんなトコロまで来る商人以外の魔族なら訳ありなのも当然ネ」

 アイカの返事と態度に、クリフは軽く肩をすくめる。

「無用な詮索はしないワヨ」

「ふん……で、宜しくない大人が二人。雁首揃えてどのような悪事を企むつもりだ?」

 クリフにジト目で視線を送りつつ、アイカが言葉を続ける。

「わざわざ部屋を変えるということは、よほどエリザに聞かせたくない話があるようだが」

「そこまで仰々しい話じゃないけド」

 アイカの言葉にクリフが苦々しく答える。

「アナタのことについての話をしたいだけヨ……ただまぁ、あの娘に聞かせると具合が悪い点があるのは否定しないワ」

「ふん。意外と正直に話すのだな……良い、それでは話してみよ。聞くだけは聞いてやろう」

「ホント、無意味に偉そうね! アナタ!」

 クリフのツッコミにも、アイカはフンと鼻を鳴らしただけで無視する。

「まぁ、いいわ。それで、まず大前提になる話だけど」

「余が魔族であることか?」

「人の話を先取りして腰を折るのはやめてくれないかしら……間違っちゃいないけどサ」

 アイカの言葉にクリフが難しい表情を浮かべる。

「アタシとしては、心配するだけ無駄だと思ってるんだけどネ。でも実力を持った魔族が領内をうろついていると、落ち着かないお偉さんはどこにもでいるのよねェ」

「言いたいことはわからなくもないが」

 椅子で右足を上にして組みながらアイカが続ける。

「魔族と人族の争いは、もう百年も前に終わっておる。それを誰が反故にするというのだ?」

「残念なことにね、それを素直に信じられる程、人って単純じゃないのヨ」

「実に嘆かわしいことだな。余らとしては是非とも仲良く共存したいところであるのだが」

 アイカが悲しげに首を振る。

 もう百年も前の話であり、魔族としては終わった話だ。だが人族にとってはまだ過去にはできない話らしい。

「それでもば随分マシになったわヨ。大人しくしてさえいれば、魔族だからって必要以上に警戒されたりしない程度にはネ」

「よい……要は配慮しろいうことであろう? 少なくとも無思慮に暴れたりはせぬから安心するがよい」

 クリフの意味深な言葉にそう答えて、アイカは唇の端をわずかに釣り上げる。

「もっとも、余計な手出しはされぬという前提でだがな……降りかかる火の粉あらば、遠慮なく振り払うぞ」

 アイカから放たれる冷ややかな殺気。だが、度胸についてはアイカ並であるクリフは怯みさえしない。

「売られた喧嘩を買うなとまでは言わないわヨ……んで、言質を取ったついでにもう一つお願いというか提案があるんだけド」

「なにやら、おかわりがどんどん増える気がしてくるが……まぁ、よい。続けてみよ」

「だから、アナタなぜそんなに偉そう──まぁ、いいわ。話は簡単なことネ」

 クリフは軽く肩を竦める。

 目の前の魔族女性は、高い地位のある人物なのだろうと見当は付いていたが、ここはなんとしても通したいことがあった。

「あなた、このギルドに所属して探索者になってみない?」

「余を探索者に、だと?」

 流石にこの提案は、アイカの予想範囲内にはなかったらしい。素で驚いた表情を浮かべている。

「お主、見た目だけではなく考え方も随分エキセントリックであるな」

「一々茶化してくるのやめてもらえないかしら?!」

 アイカはクリフの抗議を取るに足りないと素で無視する。

「しかし、実際問題として魔族を勧誘して良いのか? 先ほどお主が言ったとおり、魔族を面白くなく思う者もおるだろうに」

「あぁ、別にぃ、構わないワヨ」

 もっともなアイカの疑問に、気を取り直したクリフが答える。

「少数ではあるけど、魔族の探索者ってのも前例がないワケじゃないし。それにぶっちゃけた話」

 ここが重要だとばかりに、クリフがズイッとアイカに顔を近づける。

「ギルド紐付きの魔族ってことになれば、周囲の見る目も少しは変わるワ。表立ってチョッカイを掛けてくる馬鹿も少しは減るワヨ」

「えぇい、そのあつ苦しい顔を近づけるな……しかし、ふむ。よく考えた手だな」

 アイカがニヤリと笑う。

「実力者の魔族を紐付きにすることでギルドの格も上がり、ついでにお主の評価も上がる寸法なわけだ」

「別に否定はしないワヨ」

 アイカの指摘を涼しい顔で受け流すクリフ。

「アタシぐらいの立場になると、虚名だろうが何だろうが使えるモノは何でも使ってこそなのヨ」

「フン……立場が偉くなるほど面倒になるのは、魔族も人族も変わらぬ真理のようだな」

 アイカがため息を付く。自分が魔王だった時もそれはそれは面倒な仕事が山盛りだったが、人族であってもその手の悩みからは逃れられないらしい。

(ふむ……多少、アテが外れたな)

 まだ誰にも話したことのない目的に修正を加える必要を感じ、落胆のため息をもらす。

「真面目な話、こちらとしては人族の言葉を理解し、ギルドの定めた秩序と常識に従ってくれるんなら、魔族だろうが獣人族だろうが、なんなら魔物だって構わないワケよ」

 生憎、クリフはアイカのため息には気が付かない。

「それだけの無茶を通すだけの実力ぐらいギルドにはあるから心配しなくてもいいわ。ついでに、恩に着てくれてもいいのヨ」

「……余は薄着主義なので、恩などという暑苦しいモノは脱いでおくぞ」

「んもぉ。ツレないワネ」

「ともかく、探索者の件は引き受けよう」

 クネクネ身体を動かすクリフを心底嫌そうに見つつ、アイカは言葉を続けた。

「余の方の用事はほぼ終わったようなものだし、どのみち人族の中で暮らす足掛かりは必要だからな」

「話が早くて助かるワ」

 心の中の安堵を悟られぬよう最大限の努力で表情を保つ。

「必要な手続きについては下でトーマスに聞いて頂戴」

 頭を抱えるトーマスの様子が脳裏に浮かんだが、クリフはそれを振り払う。

 変わり者の相手をすることも含めて高い給料を払っているのだから、たまには苦労してもらわないと支出に見合わない。

 毎日毎晩、ゴロツキもどき探索者の相手に追われているという点については目を瞑るとして。

「さて……探索者を引き受けるのは良いが、仕事は無いなどという有様では困る……下の様子を見るに些か不安になるのだが」

 組んだ足を逆に組み直しながらアイカが言う。

「まずは同業者と仕事の奪い合いから始める生活など、刺激的ではあるが楽しみたくはないぞ」

 まだ昼間だというのに一階の探索者用酒場スペースは結構な人数が飲んだくれていたし、どうかすれば床に寝転んでいる者さえいる始末。

 チラっと見た所、依頼を貼り付けていると思しきボードも寂しい限りだった。

「頭数は確かにいるけどね……探索者ってどーしても危険が伴う上に、能力的に微妙って輩も多いワケ」

 クリフがため息を漏らす。

「下の連中は、数日に一回ケチな仕事で小銭を稼いでは飲んだくれてる輩ヨ。むしろ仕事の奪いを始めてくれるほど元気があれば逆に嬉しいわヨ」

「それはそれでどうなのかと思うが……」

 なんとも乱暴な言いようではあるが、これもまたギルドの役目ではあるのだろう。

 スラムの住民化されるよりは、小銭を稼いで飲んだくれてる方が良い――少なくともその間は市民に迷惑を掛ける心配はないのだから。

 安酒欲しさの恐喝・強盗の事件もあるが、衛士や警衛が手抜きなく巡回しているこの街では逮捕されるリスクが大きすぎる。そしてギルドは治安問題において探索者を助けてはくれない。

 それを考えれば、多少の手間があれどギルドの仕事で小銭稼ぎでもした方が遥かにマシと言うものだ。

「いいのよ。それと仕事の紹介はトーマスちゃんに聞けばイイわヨ。ボードに貼り付けているのは優先度低い案件だけだから」

 裏の事情を察し、なんとも複雑な表情を浮かべているアイカに、クリフが続ける。

「だ・か・ら、仕事なら幾らでも紹介して上げるから。たとえ女の敵でも実力者は大歓迎よぉ。」

「一々そこにこだわるのだな」

「んふふふ。アタシ、すべての悩める乙女の味方ですから」

 バッチンと音が聞こえてきそうなウィンク。

「ええぃ、気色悪い」

 本気で嫌そうな顔を浮かべるアイカ。そしてその様子を笑いながら、クリフが続ける。

「それで、これが最後のお願いなんだけど」

「また増えたぞ」

 一つと言ってた筈の『お願い』が、どんどん増えている。

「細かいこと気にしないノ。大きな胸ワリに小さいこと言うのねェ」

「胸の大きさは関係ないだろうが」

 アイカの抗議をさらりと受け流すクリフ。

「そんなことよりもネ、探索者になったついでにエリザとパーティーを組んで欲しいのヨ」

「そんなことだと……パーティー?」

 聞き慣れない言葉に、アイカは抗議の言葉を中断する。

 人族の言葉にはそれなりに精通しているアイカではあったが、細かい単語の使い分けにまで熟知しているわけではない。

「あの何人かで集まって団らんするという奴か? 余の歓迎会でも開いてくれるのか?」

「なんでそーなるのヨ……要するに探索者仲間のことね」

 アイカの勘違いをクリフがやんわりと訂正する。

「探索者って、基本一人では活動しないのヨ。稼ぐにはダンジョンに潜るのが手っ取り早いから、複数人で集まって仕事をこなすのが基本」

 やれやれと言わんばかりの表情で、クリフは注釈を入れる。

「んで、その探索者の集団を『パーティー』って呼ぶのヨ」

「もう少しわかりやすい呼び方は無かったのか……まぁ、それよりもだ」

 言語の違いに文句を言いつつも、ふと気になったことをクリフに尋ねる。

「あの森でエリザは一人だったようだが、他の仲間は所用でもあったのか?」

「あぁ、あの娘はソロよ」

 アイカの質問に、クリフはあっさりと答えた。

「今の所、仲間らしい仲間はいないワネ。だからあの森にも一人で行っているわヨ」

 なんとも単純且つわかりやすい答え。なるほど、それなら一人だった理由もわかる。

「ふむ?」

 しかしアイカはそれで納得はせず、解せぬといった様子で首をかしげる。

「まだそれほど長い付き合いではないが、エリザは中々のやり手に見える……にも関わらず一人者とは、また不自然に思えるな」

 実際アイカから見てエリザの評価は決して低くない。出会ったばかりの相手に息ピッタリとまではゆかなくともかなり高いレベルでサポートを合わせていた。

 これは口で言うほど簡単なことではなく、多くの経験と卓越した技術がなければとても真似できない。

「確かにあの娘は有用なスキルを沢山持った、中々優秀な探索者よ。同レベル帯であの娘に匹敵する探索者なんて、まずお目にかかることはないわネ」

 アイカの言葉にクリフも頷いて同意を示す。

「ますますエリザが一人である理由がわからぬ。どこでも歓迎されそうなものだが?」

 クリフの頷きを見て、アイカが更に不思議そうに首を傾げる。

「致命的な問題があってね、彼女、探索者のランクとしては随分と『銅』級のままなのよ」

 クリフが盛大なため息を漏らす。

 現状はクリフにとっても好ましくないものであり、それをどうにかするには些か強引な手段が必要で、そしてその鍵となるのは不本意ながらも目前の魔族女性であった。

 そんなクリフのやるせなさに、アイカは気づく様子もない。

「それがどうかしたのか? それほどエリザを評価しているというなら、一ランクぐらい特例で上げてやればよかろう」

 簡単かつ効果的な解決方法をアイカが口にする。

「やぁよ」

 その解決法をクリフは一言で却下した。

「ランクシステムは探索者とギルドの根本的システムよ。なんであれ贔屓の前例作っちゃったら組織が立ち行かなくなるでショ」

「贔屓とは言うが、それに見合う実績があるならば良かろう」

 クリフの正論を、これまたアイカが却下する。

「下の飲んだくれ共を見て、平等さにどれほどの意味があったと強弁出来る?」

「う……まぁ、それはそうなんだけど……」

 アイカに痛いところを突かれ、クリフは言葉に詰まる。

 平等というものが、正直者が馬鹿を見るシステムになり果てているという指摘を否定できる自信が、クリフには無い。まるでアイカに内心を見透かされたかのような気まずさ。

「これがランクだけの話でないから頭が痛いのヨ」

 心内の葛藤を振り払い、アイカの指摘を無視しつつクリフは話を続ける。

「敢えて特例を押し通したとしても、あの娘がソロだって問題は解決しないから困ってるんだから」

「なんとも回りくどい物言いをするな……そういうのは、見た目だけで充分だぞ」

 苛立たしさを隠そうともせずアイカが言い放つ。

「一言多いわヨ……そもそも、そんなプライベートなことをアタシの口から言えるワケないでショ」

 アイカの問いに、これまた常識論で答えるクリフ。

 相手が求めている答えを敢えて外すことで思考の範囲を狭め、こちらの思惑に誘導する小技。

 なんとも小賢しいテクニックだが、直情的な相手にはてきめんに効く手だ。

「………」

 アイカの眉毛がみるみる角度を深めてゆく。

 不機嫌になっていることは一目瞭然で、クリフは自分の目論見が半ば当たりつつあることを確信した。

「――と言いたい所だけど」

 わざとらしくため息を漏らしつつ、クリフは言葉を続けた。

「噂に耳を貸せばどうせすぐに分かることだしネ……ま、簡単かつ単純な話よ」

 人の事情を勝手に口にするものではないのだが、エリザについては公然の秘密みたいなものであり、その気になれば――ならなくとも、すぐに口の軽い酔っぱらい共から耳に入ってくるだろう。

 であれば、情報は高いうちに売り払うのが肝要。

「あの娘、レベルが上がらないの」

「は?」

 アイカが呆気にとられた表情を浮かべる。

 それぐらい意味のわからない、あるいはあり得ない話だから。

 レベル――それは簡単に言えば、その人物の能力的な強さを数値化して評価したものだ。

 主に魔物との戦いやダンジョンでの探索によって経験値が蓄積し、それが一定値を越えた時点で上昇する。

 これは魔物やダンジョンが持つ魔力が身体に浸透し影響を及ぼしているのではないかと考察されているが、実際の仕組みは不明だ。

 ともかく基本的に高レベルな者ほど肉体的・精神的に強いと考えていれば間違いない。

 簡単な目安で言えば一~五レベルが『初心者』、六~九ぐらいが『慣れた新人』、十レベル以上からが『熟練者』と見做されている。

 もちろんスキルや装備などによってある程度はレベル差を埋めることも可能だが。

「ダンジョンをある程度探索するにはせめて十レベルは欲しい所なんだけど……あの娘、もうずっとレベル上昇が止まってるのよネ」

 本人の了解なく具体的なレベルを他人に教えるのは極めて失礼なことであり、クリフもそこはぼかす。

「そしてダンジョンに行けない探索者をランクアップさせることは出来ないのヨ」

「む? 見た所、エリザはそれなりに経験を積んでいるようだが……それでも十レベルに到達しておらぬのか?」

 さらに困惑の表情が強くなるアイカ。

「正直、先日のゴブリンの一件だけでも相当な経験になっておろうに」

 なにしろ数十匹単位のゴブリンだ。

 ほとんどはアイカが倒したとはいえ、エリザも結構な数のゴブリンを倒している。

 高レベル探索者から見れば物足りない経験値でも、低レベル探索者ならば充分な経験値が得られた筈だ。

「レベルが上がらない理由までは知らないわヨ。本人がその原因を把握しているかもわからないし」

 アイカの言葉にクリフもお手上げだとばかりに首を振った。

「ともかくあの娘はレベルが低すぎるためにダンジョン深くに行けないし、同じ理由でパーティを組んでくれる仲間もいないのヨ……そしてあの娘のランクが上がらないのもこのせいネ」

 ダンジョン以外では大して稼げないから――クリフが言葉にしなかった部分を、アイカは正確に理解する。

「駆け出し時代にエリザのお世話になったことがある連中もいるから、あの娘をぜひ仲間にしたいと思っているリーダーはいるわね。まぁ、残念ながら仲間の説得に成功したって話は聞かないケド」

(要するに……分け前の問題か)

 理由など改めて聞くまでもない。

 実際にダンジョンとやらに入ったことはなくとも予想は付く。

 下の方にゆけばゆくほど敵の強さは上がって行き、パーティー全体での戦闘負担は飛躍的に高まる。

 そんな中、戦闘に殆ど貢献していないメンバーがどのような目で見られるかは想像に難くない。

 特にダンジョンでの『お宝』は、その殆どが倒した魔物から得られる『資源』だ。

 その状況下で戦えないメンバーがお荷物だと思われてしまうのは仕方なく、分け前で揉めるのは当然の結果だ。

 そしてどんな些細な揉め事でも、それは将来的にパーティー崩壊の原因になりうる。

「それで話は戻るんだけど、これらの事情を踏まえた上で、アナタにエリザとパーティーを組んで欲しいってワケよ」

 ここが勝負所。クリフの言葉にも力がこもる。

 普通の探索者ではパーティーを組めない。であれば、普通じゃない探索者がいれば――。

「なるほど、それがお主の目論見だったか」

 やれやれと言わんばかりのアイカ。

「なんぞ碌でもない企みでも隠しておるかと思いきや、案外可愛いモノだったのだな」

「……アタシとしても、エリザがこのまま潰れたりしないか心配なのヨ」

 プイっと横を向いてクリフが答える。

「なるほど……そなたら人族は、レベルによる人物評価という安易な方法に染まりきってしまったというワケだな」

 確かにレベルを基準とする格付けは楽だし誰の目にもわかり易い。一見すれば公平でもある。

「そのため本当に役に立つ者を見つけることもできず、なにかの奇跡で見出したとしてもレベルが理由でそれを活かすことが出来ぬと」

 その代わり、レベルに依存しない技術の評価が疎かになる。エリザがまさにその見本だ。

「そして、それを是正するのは実力者を持っても不可能に近い難事であるほど社会に浸透しきっておると……まことに難儀な話よの」

 一度定着した制度は、よほどのインパクトが無ければ変わることはない。

 人の為の制度が、制度の為の人に変わるのは、過去何度も繰り返されてきた出来事だ。

「なんでもかんでも最終的には脳筋的解決に頼りがちな魔族よりはスマート、とも言えるけどネ」

 アイカの嫌味にクリフも嫌味で答える。

「それに、昔ながらのやり方を変えられないのはお互い様だと思うのだけどネ?」

 二人の間で鋭い視線が交差する。もしこの場に人が居合わせたなら、泡を食って飛び出して行ったに違いない。

「まぁ、良い。お主の頼みは引き受けよう」

 両腕を組み、フン! と鼻を鳴らしながらアイカが断言する。

「エリザは余にとっても大事にする価値のある者だ。頼みなど無くても、あの者と別れるつもりなど無いぞ」

「魔族は人族の常識にとらわれないって言うけれど、今回ばかりは助かるわネ」

 目的を達した満足感と安心感から、クリフが小さく安堵の息を漏らす。

「で、余はエリザを連れて大冒険に勤しめば良いということだな?」

 一方アイカの方は腕をぶんぶん振って、楽しげに言葉を続けている。

「余は活躍できるし、ついでにあの者がどれほど有能であるかも証明できると」

「概ね間違えてないワヨ。アナタが付いていれば、あの娘も危ない目に合うこともないだろうし」

 アイカの言葉にクリフは頷く。

「あぁ……でも、一応言っておくけど」

 そして同時に釘を刺すのも忘れない。

「アナタも最初は、規則に従って『木』クラスよ。当面はあの娘と一緒に地道に実績を稼いで貰うから」

「な……んだと?」

 楽しげに腕を振り回していたアイカの動きがピタリと止まる。

「今回みたいな大立ち回りは、せめて『鉄』クラスになってからの話だから」

 トドメの一言。

「そこは、ほら、アレだ。余の腕前に免じ、気を利かせてくれるということでな……」

 どこか猫なで声になるアイカ。

「魔物なら百匹単位で三枚おろしにしてくるぞ?」

「ダァメ♪」

 そんなアイカにクリフはとても良い笑顔で答えた。

「どうにもアタシ、規則を守らせることしか能がないものですかラ」

「ここで意趣返しとはタチの悪い輩だな!」

 ぐぬぬぬぬ、と悔しがるアイカに、それをニヤニヤと眺めるクリフ。

「なぁに、アナタの腕前があればランクぐらいすぐに上がるでショ。人族の領域で活動するなら、人族の流儀に合わせて貰うからネ」

 どこか適当に返事をしつつも、釘を刺すのは忘れない。

「紐付きを野放しにしてるなんて噂が立ったら、お互い面倒なことにしかならないワヨ」

「……これが人族のやり口か……」

 深く重い溜息をアイカが漏らす。

 郷に入っては郷に従え。

 文字通りの『余所者』である以上、余計なトラブルを招くのは避けるべきだろう。

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