第二話 魔王様とお仕事#2
ギルドハウスは、街の中央よりも正門に近い位置に存在し、その周辺では一際大きい建物として存在感を放っている。
門に近いのは仕事帰りの探索者が寄りやすくするためだし、建物が大きいのは探索者専用の酒場や雑魚寝部屋が併設され、また探索者から買い上げた各種資源を収納するための倉庫も入っているから。
簡単に言えば、探索者がなるだけ街中央に近づかなくても良いように配慮した結果の大きさ。
「ふむ。思っていたよりは立派な建物ではないか」
壁をコンコンと叩きながら、感心したように言うアイカさん。
「一見木造に見える壁は全部内側に石レンガを仕込んであるし、窓ガラスも二重化されておる。魔力障壁の気配も感じるが、これはちょっとした要塞だな」
感心するポイントが微妙にズレている。
もしかして、普段考えていることの大半が戦闘に関することだったりするんだろうか?
「……とりあえず、ギルド内では大人しくしておいてくださいね!」
無駄かもしれないけど、一応注意だけはしておく。
なぜなら――。
「………!」
ドアを開いてギルドの中へと一歩踏み込んだ瞬間室内の視線が一斉にこちらに集まり、空気がざわつく。
「おい……あれ」
「魔族ぅ?」
「エターナル・カッパーの知り合いか?」
「すげぇ美人じゃねぇか」
「いやでも、あの気迫。迂闊に手を出したら酷い目にあいそうだぜ」
ひそひそ呟きが耳に聞こえてくる。
まぁ、当たり前の話。
アイカさんは背が高い上に、言うまでもなく美人。
しかも放っているオーラが桁違いに凄く、トドメに魔族とくれば誰であっても注意を引かれてしまうのも無理はない。
アイカさんにもこれらの呟きは聞こえているだろうけど、涼しい顔で我関せずといった様子だ。
流石というか、なんというか。
「お、ようやっとお出ましか」
わたし達が近づいたのに気がついたのか、テーブルで書類を眺めていたトーマスさんが顔を上げる。
「色々聞きたいことはあるが、まずはマスター殿がお呼びだ」
そう言いつつ、右親指で肩越しに部屋奥の階段を指差す。
その上層階への階段の先に、ギルドマスターの部屋がある。
「あのさ……どうしてもギルドマスターじゃないとダメ?」
無駄だと思いつつも、そう尋ねてみる。
「トーマスさんところでなんとか処理して貰えないかなぁ……って」
「まぁ、気持ちはわからんでもないがな」
トーマスさんが頭を掻く。
「正直言えば俺も、ここで用件を済ませてやりたいのは山々なんだが、なにしろ話が話だからなぁ」
そこまで言ってから心から同情の表情を浮かべる。
「諦めてマスターの所に行ってくれ」
「はぁ……わかりました」
重い足取りで階段の方へと向かう。
(なんぞ気が進まぬ様子だが……)
そんなわたしの様子を不思議に思ったのか、アイカさんはわたしにそっと囁く。
(気まずいこととか、何か問題でもあるのか? )
傍から見れば、確かにそう思ってしまうのも当然だと思う。
思うんだけど……実はそんな深刻な話じゃなかったりする。
(百聞は一見に如かず、ですよ)
ため息まじりにアイカさんに答える。
(とりあえずマスターの部屋に行きましょう。それでわかりますから)
わたしの返事にアイカさんは沢山クエスチョンマークを浮かべた表情をしていたけど、これ以上説明する気も起きず、重い足取りで階段を踏みしめた。
階段を二階分上り、三階廊下の突き当りにあるマホガニーで作られた両開きのドア。
そこがギルドマスターの執務室。来客室も兼ねているその部屋は、三階フロアの半分近くを占めている。
「余は人族の意匠について詳しいわけではないが、なんとも立派なモノではないか」
両手を組んでうんうんとうなずくアイカさん。
「はぁ……」
わたしから見れば、お偉い人のフロアにしては飾り気もないなんとも貧そ――素朴に見える。
「質実剛健、実に結構なことだ」
まぁ、アイカさんにはわたしには見えない、あるいはわからない何かが見えてるしわかるってことで。
どちらにせよ、わたしにはそうそう用事のある場所じゃないし。
そんなことを考えているうちに執務室のドア前へとたどり着く。
「はぁ……」
一際大きいため息をついて覚悟を決める。
ここまで来たらもう後には引けない。
「アイカさん」
最後に言うべきことを、わたしは真剣に伝える。
「この部屋に入ったら、なにがあっても平静でお願いしますね」
「お、おう?」
わたしの言葉にアイカさんが困惑の表情を浮かべている。
「くれぐれもお願いしますからね?」
「なにかよくわからぬが、ま、まぁ、任せておけ」
「なら良いです……よしっ」
覚悟を決めて、わたしはドアをノックした。
「どうぞぉ」
部屋の中から返事があったことを確認し、わたしは扉をゆっくりと開けた。
広い部屋の中は飾り気もなくすっきりとしたものだった。
部屋の中央には来客との打ち合わせ用の長テーブルと椅子が置かれ、部屋奥にはギルドマスターの執務席が置かれている。
部屋の片隅には観賞用鉢植えが一つだけ置かれ、その反対側の片隅には大きめの水差しと複数のコップが置かれている。
床には赤絨毯が敷かれているが、装飾と呼べるのはこれぐらいだ。
この手のことに詳しいわけじゃないけれど、何度か仕事で行ったことのある貴族や大手商人さんの部屋はもっと飾り物が多く、高そうな美術品が所狭しと並べられてたような……。
「む。あの者がギルドマスターとやらか?」
アイカさんが小声で尋ねてくる。
その目線の先には執務席があり、難しい顔で両腕を組み目を閉じた中年男性が座っている。
ただそこに座っているだけなのに、切れ者との噂に違わぬ威圧感を周囲に放っていた。
「ほう。マスターなどというから文官の類だと思っていたが……なかなかどうして、アレは『やる』な」
アイカさんのその言葉がきっかけとなったのか、その中年男性に動きが起きる。
ゆっくりと立ち上がると同時にカッと両目を見開き、おもむろに口を開く。
「まぁ、エリザちゃん! 随分とご無沙汰じゃなぁい」
なんとも言えない野太い声でそう発しながら、中年男性はこちらに小走りで近づいて来たのだ。
「………」
いや。身体をクネクネさせながらそんなことを言われても困るんだけどなぁ……。
このおねぇ言葉で喋る変態中年おっさん。
名前はアルケミー・クリフ。
実に、本当に、まったく信じがたいことに王国最大の錬金術師でありこの探索者ギルドの最高責任者、即ちギルドマスターなのだった。
「便りが無いのは元気な証って言うけど、たまには声を掛けてくれてもいいのよぉ」
たかだか『銅』クラスに過ぎないわたしから見れば、ギルドマスターと言えば雲の上どころじゃない存在なワケで、そうそう気軽に声を掛けられる相手じゃない。
なんでかギルドマスターは一探索者に過ぎないわたしにちょくちょく絡んでくるのだけど、こちらとしては理由がわからないだけに、なんというか怖い。
見た目の話じゃないよ?
「はぁ……まぁ、機会があれば」
他に答えようなんてない。
まさか迷惑だなんて言うわけにも行かないし、他の探索者の手前フランクな付き合いを見せるのも躊躇われる。
「あ……アレはなんだ?」
一方、まるで正体不明の怪物にでも出くわしてしまったかのような、どこか微妙に怯えたような反応を見せるアイカさん。
だって、よく考えて。
どう見ても中年過ぎのおっさんが、女言葉を発しながら腕をふりふり体をくねらせ内股の少女走りで走って来たのだ。
「曲者か?!」
この場面に出くわしてなんとも思わない人はいないよね。
どうやら限界が来たのか、戸惑いの表情を浮かべつつアイカさんが刀の柄に手を掛ける。
かくいう私も、慣れるまでには結構な時間がかかった――というか、今でも完全に慣れてるとは言えないし。
「妖怪変化の類ならば、ここで成敗しておくべきではないのか?!」
そりゃ、まぁ……事情を知らない人から見れば、不審者以外の何者でもない。
アイカさんの言い分もよく分かるけど、一応この場所の最高責任者相手にその発言はちょっと。
もちろんその言葉は本人の耳に届いているわけで。
「んま!」
そんなアイカさんに、クリフさんはもちろんあまり友好的とは言えない反応を返す。
「初対面の相手に向かって曲者とか妖怪変化とかって、随分な言いようじゃなぁい? 魔族の方って、礼儀作法も身につけてはないのかしら」
「ふん!」
ギルドマスターの嫌味に、まるでふてくされた子供のような反応を見えるアイカさん。
可愛いな! この人!!
「まぁ、いいわ。そ・れ・よ・り」
本題を思い出したのか、クリフさんはアイカさんからわたしに顔を向け直す。
「なんかウチが紹介した仕事で結構な目にあったんですってぇ? 窓口じゃもう少しマシな仕事を紹介できなかったのかしら?」
ぷんぷん。という語尾に、アイカさんは寒気を感じたかのように自分の腕をさすっている。
仕草の一つ一つは可愛らしいと言えなくもないのだけど、中年おっさんという見た目が全てを台無しにしている。
いやほんと。難易度高いでしょ。
「トーマスさんは、適切な仕事を紹介してくれただけです」
とりあえずここはトーマスさんの肩を持っておく。
あの人もギルドマスターを苦手にしている(というか、ギルドマスターが得意な人っているのかしら?)から、きっと少しは恩を感じてくれるはず。
多分。十中八九。
「んもぅ。トーマスちゃんったら相変わらずお堅いんだから」
身体のくねりが、ますますヒートアップしてくる。
「アタシに直接言ってくれれば、ギルドからいくらでも割の良い仕事出したのにぃ」
「……贔屓にもほどがあるだろう」
やたらとテンションを上げているクリフさんに、アイカさんがボソリとつぶやいた。
え? なに? なんか、一気に室温が下がった気がするんですけど?!
「あらあら、うふふふ」
アイカさんと、ギルドマスター。
二人の視線が交差し、火花が散った――え? 目の錯覚、だよね?
「まー、なに? この凶悪なお胸!」
先手を打ったのはギルドマスターの方だった。
「純真乙女の大半に喧嘩売ってるわよね、それ!」
アイカさんの胸を凝視しつつ、とんでもないことを言い出す。
「ふふん」
セクハラまがいの言葉に、これ見よがしに胸を張って見せるアイカさん。
「余個人としては大した意味なぞ感じぬが、お主のような者に効果があるなら無駄ではなかったようだな」
「やーねぇ、その余裕。まったく女の敵じゃない?!」
一方、クリフさんの方も煽りに煽りで返している。
えぇ……突然どうしたの?! クリフさんって、こんなキャラクターだったの?
「んもう、その上美人さんって言うんだから、アタシ、ジェラシーの炎でメラメラ燃えちゃいそう」
そもそもクリフさんは女性じゃないでしょ……とは言えなかった。
「そのまま燃え尽きるがよかろう」
いやいやいや、そんなことより。
「あー、とりあえずお呼びになられた用件を聞かせて欲しいのですが」
いつまでたってもこの二人の応酬は終わりそうにもない。
クリフさんは決して悪い人ではないんだろうけれど、進んでお近づきになりたいタイプではないのも事実なワケで。
正直、さっさと用事を終わらせて帰りたい。
「あぁ、そうだったワ」
ようやく我に返ったクリフさんが執務席に戻り、引き出しからゴソゴソと何かを取り出す。
出てきたのは小ぶりな袋と、長方形の紙包み。
「とりあえず、仕事の報酬はコレ」
クリフさんが小袋を指差す。
「ボーナス含めて三千リーブラ相当の特貨と大貨が入ってるから、後で確認しておいてね」
おっと、予想外の大収入。
リーブラは通貨の呼び方で、一リーブラは一交易小貨と同じ価値がある。
これだけあれば、消耗品を補充して装備の修理費を払っても、二ヶ月間は生活に余裕と潤いが……。
「それと、これはゴブリン討伐の報奨金ね」
クリフさんがやたら重量感のある紙包みを長い爪先で軽く突く。
「金板で十枚。ちょっとした大金持ちじゃない」
特貨を遥かに超える価値を持つ金板。現金で用意できる上限を越えた取引で用いられるシロモノで、このままお金として使うことはできない一種の信用証みたいな物。
一枚で二千~五千リーブラ程度の価値があるから、その価値は最低でも二万リーブラ……うん、こんな金額初めてもらった。
探索者は一発当てれば大儲けはとは聞くけど、実際にこの身で経験できるなんて……噂は本当だった!
「ほん?」
聞いたこともない大金を前に硬直しているわたしと違い、アイカさんは不満そうに鼻を鳴らす。
「アレだけのゴブリン共と、その砦。それらを跡形なく始末した報酬としては、いささか安くはないか?」
「まぁ? 規定どおり三割の手数料は既に差し引いてるから、手取りとしてはちょおっとお安くなってるのは認めるけど」
そう。ギルドを通して得た仕事は、当然ながら一定額の手数料が差し引かれギルドの収入となる。
その取り分は三割。
「ふん……お宝の三割がギルドの取り分だとな。お主らが随分と儲かりそうな話ではないか?」
「ま、その辺もよく誤解を受けちゃうところなんだけどぉ」
確かにこの取り分に不満を持っている探索者は多い。特に低ランクの探索者から見ればそれでなくとも安い報酬が更に安くなるってことだから、その気持はわからなくもないけど……。
「これ、別にボッてるンじゃなくて、探索者達自身のための取り分なんだけどぉ?」
へえ?
わたし個人としてはそんな物だろうと思って特に気にしてなかったけど、ちゃんと理由あったんだ?
「探索者ギルドが独立した立場を維持できてるのは、少なくとも資金の面で完全独立を保ってるからだし」
なんだか難しい話になってきた。
「一リーブラでも領主からの資金を受け入れたら、そのあとはもう領主からの干渉を防げなくなっちゃうワケ」
言われてみれば探索者は領主様から依頼を受けることはあっても、命令されることは無い。
「マ。ぶっちゃけ消耗品に近い探索者の立ち位置を考えれば、どんな無茶振りをされるか簡単に想像つくでショ」
……うん。
もしそうだったら危険な場所や仕事に遠慮なく投入されることになり、公共事業だなんだと理由を付けられロクに報酬も貰えないなんてことになりかねない。
わたしも含めてよそ者が大半を占める探索者の立場って、そんなものだ。
本来なら立場が上である筈の領主様相手にそんなことができるのも、ギルドが完全独立運営を果たしているからってワケね。
「……て言うか。アナタ、わかってて言ってるでショ?」
「さて、どうであろうな? 如何せん、魔族に探索者のような仕組みは無い故にな」
唇を尖らせてジト目で睨んだクリフさんを、アイカさんはさらりと受け流す。
「まぁ取り分の話しはともかくとして、それだけあれば金額としては充分だと思わなくて?」
気を取り直したのか、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべるクリフさん。
「あの森、場所としては領主の所有地なワケよ。それを、いくらやむにやまれぬ理由があったとは言え、派手に焼いちゃったのよ。その後始末、幾ら必要だったと思う?」
領主に借りを作らないためにネ。って言葉が聞こえてきそう。
「ぬ……」
そこを突かれるとアイカさんとしてもちょっと痛い。
火事の大半は彼女の大技のせいだし、そもそもゴブリンが集まった理由からして……痛いどころの話じゃなくなってしまう。
「まぁ、細かいことはどーでもいーのよ」
こちらの内心を悟るまもなく、クリフさんは早々に話題を変えてくる。
危なかった……アイカさん隠し事が得意そうなタイプじゃないから、ポロッと事情を漏らしたりしそう。
そんなことをしたら、果てしなくややこしい話になってしまうところだった。
ブラニット氏じゃないけれど、そんな面倒はゴメンってところ。
「重要なのは唯一つ。この街がゴブリン・スタンピードの危機に晒されかけたってこと」
スタンピード。それは大きな驚異に晒された魔物達が、自分達の生存の為に集結し、一定数を越えた段階で餌や住処を求め周囲――主に村や町へと襲いかかってくる現象のこと。
今回はたまたまアイカさんから身を守るために集まっていたワケだけれど、もしアイカさんが気づかずに他所に行ってしまえば、恐怖心を失ったゴブリン達がスタンピードを起こすのは想像に難くない。
その意味では今回のお仕事、実に絶妙なタイミングで引き受けたんじゃない?
わぁお。わたし、結構ツイてる?
「ここ数ヶ月、オリジンモンスターの発生は報告されてないから、ちょおっと油断しちゃったわネェ」
これまた乙女チックな仕草で両手の指を下顎に添えつつ、クリフさんが呟く。
「これはブラニット達にハッパを掛けて周囲の重点見回りが必要かしら?」
ブラニット氏の嫌そうな顔が脳裏に浮かんだ。
ゴメンなさい。今度お酒でも奢ってあげよう。
「ま、そんなのはあとあと。細かい報告は、そうね……口頭では長くなるだろうから、そこのテーブルで報告書にまとめてもらえるかしら?」
クリフさんがわたしに言いながら、ペンと紙束を取り出す。
「その間にアタシはこの魔族さんとお話したいことがあるんだけど、個人のプライバシーに配慮して隣の談話室を使ってるワ」
そこでアイカさんの方を見る。
「というわけで付き合って貰うわヨ」
「余の好みにかすりもせん相手と二人きりとは、なんとも気の乗らぬ話よの」
そう言いつつもアイカさんはクリフさんの後に付いて、二人一緒に隣部屋へと移動して行った。
「………」
うん。とりあえず報告書を書かなきゃ。これも報酬の内だしね。
別に寂しくなんかないですよ?
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